第百九回 意外性
「はい、どうぞー」
「……」
店員によって、俺たちのテーブルになんともでかくてグロテスクな料理が届けられた。思わずうわっと声に出しそうになったほどだ。リュカによるとこれはモルスワームの素揚げといって、ここでしか味わえない特産品で人気があるのだとか。信じられんな……。
「「「美味しそー!」」」
「ひいぃ、兄貴、こりゃヤベー見た目っすねえ……」
「……あ、ああ。そうだな……」
シャイルたちを筆頭にみんな大体喜んでるが、ソースケだけはやはり俺と同じ転移者なだけあって、これには抵抗の色がありありと出ていて妙にほっとする。なんせどう見たって大きなダンゴムシだもんな。こんがりと焼けてて美味しそうではあるんだが。
「はい、コーちゃん食べて。あーん」
「……あ……」
リュカのフォークに刺さったダンゴムシの一部が俺の口へと運ばれてくる。正直全力で拒否したいし、アトリから情念の籠ったような強い視線も感じるが、生死がかかってるし断るわけにもいかない……。
「うわー、兄貴、めっちゃ羨ましいっす!」
「……」
ソースケのやつ、そう言いつつニコニコだ。だったら代わってくれよと。まったく、他人事だと思って。
「どう?」
「う、うぐっ……?」
吐き出しそうになったがぐっと堪える。ん……待てよ、これ結構美味しいような……?
「う、旨い……」
というか、あまりにも予想外な味だった。カニに近い感じの味なんだ。それも旨味が凝縮されてるような。こりゃいける、いけるぞ……。
「ふふっ、ゆっくり食べてね。まだまだいっぱいあるし――」
「「「――うまうまっ!」」」
「凄い食欲ね、この子たち……」
リュカが目を丸くしてる。それもそうだろう。シャイルたちが寄ってたかって、既に半分以上食べてしまっていたからだ。
「そ、そんなに旨いんすか……? お、こりゃいけるっすね!」
ずっと手を出さなかったソースケまで食べ始めて、巨大なワームはすぐに跡形もなく消えてしまった。
「げぷっ……食べ過ぎたのだあっ……」
「わー、ヤファのお腹、妊婦さんみたいっ」
「本当ですわっ」
「そっ、そんなに触ったらくすぐったいのだ……ウヒヒッ、やめるのだ! ガルルッ!」
「「ひいっ!」」
シャイルたちの恒例の追いかけっこが始まった。見てると目が回りそうだ……。
「……私も、コーゾー様の子を孕みたいです……」
「えっ……」
アトリの抑揚のない不気味な小声で静まり返る。まるで呪いの呟きみたいだ。ただ、これでもよくなったほうだから生温かく見守っていくしかない。
「もう食べられないですっ! ……むにゃ……」
「まったく、ターニャどのはすぐ寝てしまうのだからな……」
ラズエルがターニャを揺さぶってるが起きる気配がない。彼女は一度寝ると中々起きないからまた水魔法を使うしかなさそうだ。
「――いい加減にして」
「……え?」
俺の隣にいるリュカの鋭い声でみんな静まり返る。
「リュカ……?」
「死にたいの……?」
立ち上がったリュカの顔を見るに、冗談だと思えるようなものではなかった。まさか、早くも来てしまったというのか? 呪いの影響が……。もし今度狂ってしまったら、俺は彼女を殺さないといけなくなるかもしれない。この手で……。
「あーあ、バレちゃったかぁ」
「なっ……?」
この声は、まさか……あいつなのか?
「てへっ……」
テーブルの下から現れたのはやはりヒカリだった。ここまで来ていたのか……。
「やっぱり、コーゾー君とソースケ君は強力なライバルになりそうだし、奇襲してでも殺さなきゃと思って待ってたのお。ウトウトしちゃってたけど……」
「……」
相変わらず直球だなあ。
「戦うつもりならやめとけ、ヒカリ」
「兄貴の言う通りっすよ。ここには――」
「――黙って。あなたもそれ以上言ったら無事じゃ済まないわよ?」
「わ、わかったす……!」
リュカ、以前なら殺すとはっきり口にしただろうに、変わったな。
「へーんだ! 隠れてるの見破ったくらいで大した自信だけど、僕も以前とは違うもんっ! 地形的にも有利だし!」
「知られちゃったら逃げられるんだし、ここで始末しちゃいましょう」
「むう、生意気な小娘めーっ!」
「あっそう。でもあなたにだけは言われたくないわね……」
あー、ヒカリのやつ、リュカに完全に敵だと認識されちゃってるな。まあヒカリは強敵だと思うし実際危ないやつだから当然なんだが、殺すとなるとなあ。
とはいえ、もう誰にも止められそうにない。こうなった以上、見守るしか術はなさそうだ。ただ、最強の火力を誇る魔女とはいえ、こんなところで全力で戦えばどうなるか。ヒカリが言うように狭い場所は闇の精霊にとって有利に働くだろう。何もなければいいが……。
「……」
俺は不思議だった。リュカがヒカリを殺す心配より、リュカに無事でいてほしいと願っている自分が。それだけ今のリュカが俺たちに配慮するような子であり、大切な仲間になっているということなのかもしれない。