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第百七回 遁走


「フハハハハッ! ……ういー、ひっく……オラオラッ、お前らもっと飲めっ……!」


 洞窟の村ザムステリアの酒場にて、大量の酒を浴びるように飲む男たちがいた。頭にターバンを巻いたカルファーンとその子分たちである。


「も、もう飲めねえです、ボス……」


「……俺もぉ……」


「もうダメ……ぐふっ……」


「「おえっぷ……」」


「……ヒック……なっさけねえな! この程度で酔っ払っちまうなんてよお……うぃー……」


「ボスだって酔っ払ってるじゃないですかあ」


「「「「そうだそうだ……!」」」」


「……こ、これしきのことで俺様が酔うかよ……って、まぶしいぞ……! なんだこりゃ!」


 天然の窓から射し込んできた朝陽をしきりに手で払いのけようとするカルファーン。


「やっぱり酔っ払ってるじゃないですかあ」


「「「「そうだそうだ――」」」」


「――シャラップッ!」


 酒瓶で部下の頭を殴ろうとするカルファーンだったが、あえなく空振りして派手に転んだので笑い声が上がった。


「……ひっく……。ちっくしょー……力が出ねえ……」


「あ、あのー、お客様、お会計のほうをそろそろ……」


「ん? ああ、釣りはいらねーぜっ……!」


 店主の男が手を揉みながら歩み寄ってきたところで、ドヤ顔で自身の懐に手を入れるカルファーンだったが、まもなく動揺した様子で自分の体をペタペタと触り始めた。


「あれぇ……?」


「お客様?」


「し、しばし待て!」


「は、はあ……」


「1、2、3……ひ、一人いないだと!? ま、まさか……あいつ、俺たちの金を盗んで逃げやがったのかっ……!?」


 指で部下を数え終わったあと、わなわなと肩を震わせるカルファーン。


「お客様、まさかお金をお持ちでないなんてことは……」


「……ク、クククッ……アッハッハ! 俺様を誰だと心得る!」


「はあ……?」


「これを見よっ!」


 カルファーンが勢いよくターバンを脱ぎ捨てると、緑色の髪が露になった。


「どうだ、俺様は魔女であるぞーっ!」


「……は、はあ?」


「ん……!? 何故びびらない! これを見ろ、この髪の色、どう見ても魔女! わかるか!?」


「いや……あなたは魔女ではない!」


「……へ?」


 店主の自信ありげな表情に目を丸くするカルファーンと子分たち。


「え、えっと、なんでなんだ? 鑑定とかでわかる、みたいな……?」


「「「「「みたいな……?」」」」」


「魔女様は無銭飲食した挙句開き直るような、下種なことは決してしない!」


「いや、現に俺様たちがしてるだろうが!?」


「あなたたち! こいつらは偽魔女の泥棒どもだ! 金目のものを奪ってつまみ出しなさい!」


「「「「「ウッス!」」」」」


 店主が手を叩いたのを皮切りに、カウンターの奥から棍棒を持った体格のいい店員たちが次々と現れる。


「え、ちょ……! こうなったら逃げるぞお前らっ!」


 逃げ出そうとしたカルファーンたちだったが、あっという間に店員たちに出入り口を封鎖されてしまった。


「えっ……ちょ、ちょっとタンマ! ここは平和的に話し合いで解決ってことに――」


「――あなたたち、やっておしまいなさい!」


「「「「「オッス!」」」」」


「ど、どわあああぁぁあぁあっ」


「「「「「うぎゃああぁっ!」」」」」


 店内に哀れな無銭飲食者たちの悲鳴がこだますのだった。




「――げほっ、げほっ……ち、ちっくしょう。酔ってたせいで体が上手く動かなかった……。だが、こんなのたまたまだ、たまたまに決まってる……!」


「「「「「そうだそうだっ……!」」」」


 酒場前の通路にて、いずれも腫れ上がった顔で強がるカルファーンたち。


「おっ……おい、お前ら、誰かこっちへ来るぞ! 団体さんだっ!」


「「「「「おおっ!」」」」」


 複数の話し声が聞こえたことで、彼らは向かい側の道具屋の看板に隠れて団体が近付くのを待つことにした。


「――やいやい、そこのお前たちっ! 俺様を誰だと心得るっ! 魔女カルファーン様であるぞーっ!」


「「「「「だぞー!」」」」」


「あら、久しぶりね……」


 満を持して登場したカルファーンたちだったが、その表情が見る見る青くなっていく。そこには、かつてルコカ村東部の沼地でやり合った本物の魔女とその一味がいたからだ。


「リュカ、どうする? こいつら……」


「んー……」


 勇者光蔵の問いかけに対し、顎に手を置いて考え込んだ表情のリュカ。


「お、お願いだ! 部下たちを奴隷としてプレゼントするから、俺様だけは助けてくれ! 頼む、この通りだっ!」


「「「「「ボ、ボス……」」」」」


「おいおい……」


 涙目で何度も土下座するカルファーンに対し、手下たちだけでなく光蔵たちも呆れ顔になる始末で、シャイル、リーゼ、ヤファの三人が容赦なく野次を浴びせかけるのだった。


「あんた、それでも本当にボスと言えるわけっ?」


「情けないですわねえ」


「なのだあっ!」


「「「バーカバーカ!」」」


「な、何ぃー!? 俺様はこう見えてもなあ――」


「――なあに? 偽魔女さん」


「あ、いや、申し訳ないっ!」


 むっとした顔になるも、魔女リュカに睨まれてすぐに土下座を再開するカルファーン。


「なんだ、この情けない雄は? 我が躾けてやりたくなるレベルだぞ……」


「あははっ……でも、面白い方ですねっ!」


「そ、そうだ。俺様は情けなくて面白い! だから助けてくれ……え?」


 ラズエルとターニャに対して自分を必死にアピールするカルファーンだったが、急にはっとした顔で振り返った。彼の背後には仄暗い笑みを浮かべるアトリがいたからだ。


「な、なんだお前はっ!?」


「……山賊、殲滅、しないと、いけません……」


「こ、こいつの目ヤバい! 逃げろおぉっ!」


「「「「「うわあぁぁぁっ!」」」」」


「……逃しません……ふふっ……」


 アトリに追いかけられるカルファーンたち。


「大丈夫っすかね? 兄貴」


「ソースケ、どっちが?」


「そりゃもちろんアトリちゃんのほうで……」


「そうだなあ。以前のことを思い出すことで正常な状態に近づくかもしれないし放置しとこうか」


「それもそうっすね!」


 光蔵とソースケが談笑する中、カルファーンの怒涛の逃走劇はアトリが一時的に元に戻るまでしばらく続いたのであった……。

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