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第百五回 抜け道


 ひまわり畑を通り抜けてしばらくすると、前方に町が見えてきた。多分、次に向かっているというクラウベの町だ。通称、植物の町というだけあって、一際大きな花々が迎えてくれた。垂れた二つの大きな草がハート形の門を形作ってて洒落ている。


 女の子陣は、アトリとリュカを除いて見惚れている様子。巨大な花や草を見上げていると、自分たちが小人にでもなったかと錯覚するな……。


 ここならアトリの壊れかけた心を癒せそうだが、ただでさえ遅れてる状況だし、少し休んだら出発したほうがよさそうだ。


「んじゃ御者さん、飯を食べたらすぐ戻ってくるから、しばらくここで待っててもらえないかな?」


「……ふむ? お客さん、今からじゃ夜になっちまうから、無理だよそりゃ」


「……え?」


「ここから先はな、夜になると通れなくなっちまうんだ。だから、朝にならないと馬車は動かせんよ」


「ええっ……?」


 おいおい、一体どういうことなんだ。俺の視界は、夜を前に早くも真っ暗になろうとしていた……。


 ――なんでも御者の話だと、夜になるとクラウベ周辺には影虫という魔物が出てきて、独特の鳴き声を発するために馬が怖がって先に進みたがらないのだそうだ。しかもどうやっても倒すことができないため、夜が明けることで影虫が自然にいなくなるのを待つしかないのだという。急がなきゃいけないとはいえ、そんな事情があるなら仕方ないな……。


 って、待てよ……? 影虫っていう魔物が、今は夜じゃないと勘違いするほど周囲を明るくしてやったらどうなんだろうか。俺の光の素魔法で……。


「……」


 というわけで試しにやってみたが、素魔法なだけあって光度はいまいちだった。光属性の魔法は、《マジックキャンセル》を覚える際を除いてほとんど上げてこなかったからな。こんなことになるなら、もっと上げておくべきだった……。


「コーちゃん、そんな弱い光じゃ影虫は逃げないわよ」


「……さすがリュカだな。バレちゃったか」


「大体はね。コーちゃんに協力してあげたいけど、光の魔法は持ってないの……」


「そりゃ残念だ。リュカの魔力ならさぞかし明るかっただろうな……あ……」


 そうだ、その手があった……。


「御者さん、ちょっと待って!」


「……はい、なんですかな?」


 立ち去ろうとしていた御者を呼び止める。


「あ、兄貴、一体何をする気なんっすか……」


「ソースケ、これからすぐにでも出発できるぞ」


「へ?」


「今から説明する」


 ソースケを初めとして、みんな唖然とした様子だった。少し休憩したら、この方法ですぐ出発するとしよう……。




「うー……まぶちーよぉ……」


 シャイルが隠れてしまうのも無理はない。リュカの魔術を、《エレメンタルチェンジ》で光の魔法に変換しただけで、俺の杖から物凄い光が放出されて周辺は昼間並みの明るさになっていたからだ。そのおかげで例の影虫とやらも発生せず、馬が安心して進むことができていた。といってもあくまで周囲だけなので、恩恵を受けて夜でも出発できるのはこの馬車だけだろう。


「シャイル、一生隠れてていいですわよ?」


「なのだー!」


「ひどっ……って、目が、目がぁ……!」


「「キャッキャッ」」


「……」


 シャイルには気の毒だがしばらくこうするつもりだ。


「……なんか花火を思い出すっすね、兄貴」


「……そうだな」


 ソースケはこの世界に召喚された身だし、本物の花火を知ってるわけだからな。ってなわけで、もっと花火っぽくできないかと思って、散らすイメージを思い浮かべる。ちょうどアトリの心を潤わせるような、優しい花火だ。イメージトレーニングで段々いい感じになってきた。


「わあー! とっても綺麗ですー!」


 ターニャが起きてしまうほどだ。みんな喜んでくれてるな……。まるで光の滝のようで、見てるだけで癒されるようだった。


「これならあたちもまぶちくないっ」


 お、シャイルにも好評な様子。あまりにも芸術的なもんだから術にすら見えるな。


「……あ……」


 まさかなと思いつつ精神鏡を覗いてみたら、本当に《???》レベル1という文字が追加されていた。これはレベルを上げたからじゃなく、完全に意識とか技術の問題で覚えたっぽいな……。


「ターニャ、頼む」


「はい! お任せくださいっ! ――んー……《ライトフォール》といって、精神の疲れとかを癒す効果があるみたいです!」


「おお、そりゃいいな――」


「――ですね、コーゾー様……」


「……え?」


 この声は、まさか……。恐る恐る振り返ると、涙を浮かべながら光の滝を見上げるアトリの姿があった。


「……アトリ……おかえり」


 俺を筆頭にみんな口にする。


「……みなさん、ただいまです……。リュカ……私、負けませんから……」


「……それでこそ、勝負し甲斐があるわね」


「……」


 早くも火花が散ってるな。怖いくらいだ。とはいえ、アトリの声には力がないしこの術を解いたらまた発症してしまいそうだが、それでも少しずつ元に戻してやればいいんだ……。




 ◆ ◆ ◆




「……ねえ、見てあれ。光の滝よ。綺麗……」


「「はあ……」」


 クラウベの宿の一室、窓の外を見つめるセリアに対し、妄言だと思ったロエルとミリムがベッドに横たわったまま溜息を吐く。


「セリアのやつ、とうとう頭がいかれちまったみてえだな……」


「……ですねえ。セリアさん、夜明けとともに出発ですからあ、早めに寝たほうがいいですよお」


「失礼ね! 本当だから二人とも起きてこっち来てよ!」


「「……え?」」


 半信半疑でロエルとミリムが窓際に立つ。


「……ね?」


「……ま、マジだ……」


「眩しいくらいですう。もしかしてえ、何人かで光の魔法を出し合ってるんでしょうかあ……」


「これを利用しない手はねえ! まだ近いし追いかけようぜ! オラッ、とっとと起きろユージ!」


「ひっ! 何事ぉ……!?」


 ロエルに頭を小突かれて飛び起きる雄士。


「ちょっと! ユージ様に乱暴は止めてよ!」


「いいから急ぐぞ! 早く来い!」


「急ぎましょお!」


 ロエルとミリムが荷物を持って部屋の外に飛び出す。


「……もー! ユージ様、あたしたちも行きましょ!」


「……え、えっと、セリア、その格好……」


「あ……」


 セリアは上下ともに下着姿だった。彼女が寝るときはいつもリラックスのためにこの格好なのだ。


「……きゃっ。で、でも、もう着替えてる暇なんてないから……ユージ様があたしを抱きしめることで隠してえぇっ!」


「うぎゃああああぁぁっ!」


「待ってえええぇぇぇぇっ!」


 窓を破って立て続けに飛び降りる雄士とセリア。ロエルとミリムより先に宿を出ることに成功したのだった……。

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