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第百四回 揺れるもの


「……あ、あのっ……」


 次の町に向かう馬車の中は異様な空気に包まれていた。


 ターニャがクリスタルロッドを返してほしそうにアトリを見ていたが、赤ん坊を抱くかのように大事そうに持ってるために、どうすることもできない状況のようだった。


「ふふっ……コーゾー様ったら、めーですよっ……」


 アトリが死んだ目でクリスタルを撫でている。口元だけは笑ってて楽しそうに見えるから余計怖い。一応例の薬草も煎じて飲ませたものの、これに限っては魔力がないと効果も薄くなるらしくて、一時的には落ち着いたがしばらく経つとこういう状態になってしまった。


「……アトリが壊れてしまったのは、全部俺のせいだ。はっきりとした態度をもっと早くから取るべきだったんだ。俺は知っていながら、見ない振りをしていた……」


「コーちゃん、お願いだから気にしないで」


「リュカ……」


 リュカに手を触れられて妙に安心する。彼女は子供のような見た目だが、中身はなんというか、長く生きてるだけあって母親のような感じなんだ。実際、これ以上アトリを刺激したくないということで、旦那様呼びからコーちゃんに変えてくれたしな……。


「この子が一方的にコーちゃんのことを思ってただけなんだから……」


「……」


 結婚の約束をしていたというわけじゃないが、死ぬときは一緒だとか言い合ってたし、アトリは俺が思ってる以上に強い結びつきを感じていたのかもしれない。《マインドウォーク》で精神が削れていたところで、リュカと俺がやっていたことを目にして、それがとどめになってしまった可能性は充分に考えられる……。


「……哀れな……」


 ラズエルがクリスタルを撫で続けるアトリを見て、呆れ顔で首を横に振っている。そういう風にしてしまったのは俺だ。リュカもだが、アトリもなんとかしてあげないと……。でも、無責任な発言はさらに彼女を追い込んでしまうかもしれないし、心が砕け散ってしまわないように慎重に接していかないといけない……。


「兄貴、もしあっしなら、二人とも愛してるってことにして暮らすっすよ……」


 ソースケ……口じゃ言えないが、それを実際にやったらいつかどっちかに殺されるだろうと……。


「ソースケは女の子の気持ちがわからないのねっ」


「そうですわ、最低ですのよ、ソースケ様……」


「女の敵なのだあ!」


「ちょ……あっしは想像でハーレム作るのも許されないっすか……」


「「「もちろんっ」」」


「うぅ……そりゃないっすよー……」


 シャイルたちに即座に否定されて項垂れるソースケ。今や玩具みたいな扱いだが、何故か羨ましく感じた。恋愛とか絡むと重くて仕方がないんだ。それでも身から出た錆。アトリの心を元に戻し、リュカの呪いを解き、選定の儀式で真の勇者に選ばれないといけない。問題は山積みだが、どれも必ず解決してみせるつもりだ。


「……はい。嬉しいですコーゾー様、私も愛してます……」


「……」


 クリスタルにキスをするアトリがとても遠くにいるように感じた。彼女のことだ。個人的なことで俺に迷惑をかけまいと身を引こうとした結果、ストレスを発散できず心が壊れる寸前まで追い詰められてしまったんだろう……。




「綺麗ねえ」


「ですわねえ」


「うっとりなのだあ」


 荒廃した大地を離れてから数時間ほど経ち、やたらと背丈のある草が周囲に目立ってきたと思っていたら、突如として広大なひまわり畑が現れた。


 異世界にもあるんだな……。こっちのほうがサイズは大きめだが、見た目はほとんど変わらない。例の映画音楽が流れてきそうだ。さらに黄昏時ということもあって、一際輝いて見えた。


「……コーゾー様ぁ……綺麗ですよぉ……」


 アトリがクリスタルロッドからひまわりのほうに視線を移してるのがわかる。こういうので癒されて元に戻ってくれたらな……。ターニャの鑑定によると、心が壊れるまではいってなくて、軽い記憶喪失状態ということらしい。


「コーちゃん」


「ん? どうした、リュカ」


「アトリが心配なのはわかるけど、あんまり甘やかさないほうがいいわよ」


「……あ、ああ」


 リュカが言うと説得力がある。彼女の場合は、よく今まで精神が壊れなかったなっていうレベルだからな。長命な魔女なだけある。でも、アトリも充分に苦労はしてきてるから、甘やかすつもりはないが刺激するようなこともしたくない。今は黙って側にいてあげるのが一番な気がする……。


「――わ、見て見てっ」


「怖いですわ……」


「怖いのだー」


「ですねー! でも、ちょっと可愛いような気もしますっ!」


「……」


 シャイルたちが騒いでるから、何事かと思って俺も外を見てみる。


 ひまわり畑の中に身勝手に動き回るものがいて、最初は風のせいかと意に介さなかったが、よく見ると口がついていて踊っているかのようだった。おそらく地属性系統の魔物だろう。昔ああいう玩具が流行していたような気がする……。


「よっしゃ。あっしもあれの真似をしてみるっす!」


 ソースケが動くひまわりの真似をしたが、総スルーされて見る見る顔を赤くした。


「全員無視はひでえっす……」


「……ふふ……」


 あ、でも今アトリが少しだけ笑って、ソースケもこれにはニッコリだ。って、まさか治った……?


「あ、アトリちゃん、あっしのことわかりやすか……?」


「……魔物……」


「え!? アトリちゃん、その目怖いっす!」


「……」


 まだ治る気配はなしか……。

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