第百回 壁
「こっちの方角がいいみたいっ」
ピラミッドの入口から続く長細い通路をしばらく歩いていくと、奥に二手に分かれた道が出てきた。というわけでシャイルの言う通り右の方向に進んでいく。
壁が微妙に発光しているために灯りは必要なかったが、間違った道を歩けば罠を確実に踏んでしまうということで、シャイルの存在は大助かりだった。
罠の種類は槍だらけの落とし穴か有毒ガスかなんらかの呪術かということだが、迷路の罠は設置場所も内容も一定時間ごとに変わるために特定不可能らしい。アトリによれば遠回りになっているとのことだが、トラップを避けられるならそれに越したことはない。
道は三つ、四つ、五つとどんどん複雑に分岐していったが、俺たちは罠がない場所を選択できるためにスムーズに進むことができていた。
道中、タフなミイラ――エンシェントクロース――の数が増えてきたが、アトリが《スラッシュクイッケン》であっという間に倒してくれるからこっちは何もしなくてもよかった。たまにすぐ近くで即湧きしてくるやつもいたが、ラズエルがバリアで防いでくれるからな。それにしても、物理攻撃が普通に効く魔物相手だと、アトリは本当に神がかって見える……。
先に進めば進むほど、今度は分岐が徐々に少なくなっていって、最終的には一つの道に合流する格好となった。シャイルによれば凶ではないとのことで、アトリもここから先はトラップはないと言うし、ひとまず第一難関を突破したというところだろう。
「コーゾー様、あとはお願いいたします」
「あ、ああ」
ただ、ここからは魔法を使ってくる魔物――スカルナビゲーター――も出てくるということで、アトリが一歩引いて俺が先頭を行く形だ。例外はあっても、魔法を使う敵は魔法でしか倒せないというのが基本のようだ。
それにしても、アトリが俺を見ようともしなかったので他人行儀のように感じてしまう。気になるが、今はあれこれ考えても仕方ない。行こう……。
道中、炎に包まれる浮いた頭蓋骨が前方に見えた。あれがスカルナビゲーターってやつか。こっちに向かって口を開けると、そこから闇の球が放たれた。あれは《暗黒の刻印》であり、受けてしまうと視力が悪くなるという。やつが放つのはレベル6のものだから、灯りがないと近くにいる者の輪郭がようやくわかる程度になるんだそうだ。
「《カウンターボール》――《エレメンタルチェンジ》」
あいつを本当にナビゲーターにしてたまるものかと、輝く杖で闇の球を跳ね返すとともに属性を光にチェンジしてぶつけてやると、跡形もなく散っていった。《エレメンタルチェンジ》のレベルが5になってるから、一瞬とはいかなくても目に見えて俊敏に敵の魔法を自分の色にできるようになった。
さらに《カウンターボール》はレベル6なので杖の輝きも持続するため、魔物を倒すにはほとんど《エレメンタルチェンジ》を使用するだけでよかった。
俺たちは二種類の魔物――ミイラと頭蓋骨――を倒しつつ、前へ前へと進んでいく。もうすぐ広間に出るということで、かなり順調だ。ソースケが自分の出番がないと愚痴るほどだった。特にアトリの活躍が目立っていて、たまに出てくるスカルナビゲーターがいなければ一人でもいいんじゃないかと思えるくらいの活躍だった。透かさず黙々と倒してるから、なんだか心配になるレベルだ……。
「……兄貴がリュカちゃんのことばかり考えてるから、アトリちゃんが怒ってるんすよ……」
「……」
ソースケが耳打ちしてきたが、やっぱりそうなんだろうか?
「声をかけてあげるべきじゃ……?」
「……あ、ああ」
とはいえ、今のアトリは誰も寄せ付けないような空気を醸し出してるんだよな。リュカ以上の怖さをひしひしと感じる。よく考えたら、物理職最強の子なわけだしな……。
「アト――」
勇気を振り絞り、声をかけようとしたまさにそのとき、アトリが立ち止まった。
「……」
彼女の目がとても怖い。光が宿ってないというか……。
「……います」
「……え?」
「この先に……」
「……まさか、リュカか……?」
「……いえ、これは召喚師のようです……」
「召喚師? 相手は人間……?」
「はい、魔女ではありません。しかも一人です」
「……」
魔女がいることを知らずに潜っていたんだろうか。それも、一人で……。
「……強い殺気を感じるので、注意してください」
「……殺気?」
まさか、ピラミッドで無差別に殺し回ってたやつって、リュカじゃなくてそいつのことじゃ……。
「私ではどうしようもできませんので、下がっています」
「……あ、ああ。アトリ、お疲れ」
「……こ、コーゾー様、お気遣いありがとうございます……」
「……」
アトリに涙まで浮かべながら感謝されてしまった。なんか重いな……。
「……いーなあ、兄貴は。あっしなら、思いっ切り抱き寄せて、好きなのはお前だけだって呟いて安心させるっすよ……」
「……そ、ソースケ様、お戯れを……」
想像したのか、アトリが顔真っ赤だ。多分俺も……。
「あたち、ソースケにそんなこと言われたら隠れちゃうもん」
「お、照れってやつっすね」
「断じて違うもんっ。恥をかかせるためだもんっ」
「……シャイルちゃん、いくらなんでも意地悪過ぎっすよ……」
「普通よっ」
「そうですわ。わたくしなら、死んだ振りをしますわ……」
「リーゼちゃん、あっしの告白はそんなに恐ろしいっすか……」
「怖いのだ。あたいなら噛むのだー。ガブリッ」
「いてええぇっ!」
「……」
ヤファ、そう言いつつもう噛んでるし、しかも5%の壁を破ってるし……。この先とんでもなくヤバイ敵がいそうだっていうのに、その場は笑いに包まれていた。とはいえ、アトリにも笑顔が戻ってるしよかった……。




