第十回 返品
正午を知らせる鐘の音が鳴り響く中、俺たちが妖精屋の次に向かったのはすぐ隣にある道具屋『スタンド・バイ・ミー』だ。
例の音楽が頭の中でリフレインする中、店に入る。
中は結構明るくて広く、古本屋のような雰囲気だ。棚には道具がずらりと陳列してある。一体なんに使うのか、モンスターものであろう羽や牙、目玉らしきものがビンに入った状態で売られている。さすがに異世界というだけあって、現実世界じゃ到底お目にかかれそうにない品物ばかりだ。何より商品の値段がどれも10グラード均一で、ダイ〇ーを思わせる安さだった。
「いらっしゃーい」
豚の顔をした獣人に笑顔で迎えられる。店主だろうか。普通なら驚いてるがもう慣れた。顔はただの豚だが、フリルがついたピンク色のエプロンに同色のリボン、それに膨らんだ胸部や声からして異性なのがわかる。
「あらぁ、あんたいい男じゃない。素敵ぃ……」
「……」
雌の豚さんにイケメン認定されてしまった。なんだか複雑だ……。
「ど、どうも……」
「お安くしとくわよー」
「ふふ……」
アトリが笑ってる。シャイルは相変わず俺の影の中に潜ったまま出てこないが……。
「――えーっと、確かこの辺に……」
「何を探してるんだ?」
アトリが中腰になって商品の並んだ棚に顔を近付けている。こうして見ると本当にただの召使いの女の子って感じで、騎士っていうのが信じられなくなるな。とはいえ、エプロンの腰の部分からちらっとショートソードっぽいのが顔を出してるが……。
「ありました。これです」
アトリの小さな手に、小さな包装箱がすっぽりと収まっていた。なんだこりゃ。指輪を入れる小箱に近い大きさだ。
「魔法の家ですっ」
「……これが、家?」
これじゃシャイルでさえ入らないと思うが……。
「あんた、本当に何も知らないのね」
「「あ……」」
俺とアトリの声が被る。シャイルがいつの間にか呆れた様子で足元に出てきていた。
「あたちが教えてあげる。これはね、包装を解いて地面に置けば魔法の家が建つの。六時間くらいで消えちゃうけどね」
「そうなのか……。便利なアイテムがあるもんだな。ありがとう、シャイル」
「ふんっ。勘違いしないで。あんたがあまりにも世間知らずで可哀想だと思ったから教えてあげただけ。人間なんか大嫌いだもん……」
「……」
「こ、こら、シャイル!」
アトリに叱られると、シャイルはおどけるように舌を出してまた隠れてしまった。やれやれ……。でも嫌いにはなれない。それどころか、少しだが距離が近付いた気すらしていた。
――それから色々購入して、所持金は残り150グラードになった。それにしても、豚さんに安くしてもらったのもあるが、これだけ買い物してたった50グラードで済んだのは凄い……。
夕方になると混み出すということで、早めに野菜とかを買うべく俺たちは八百屋『キュロット・キャロット』に向かったのだが……選んだ果物や野菜をことごとくダメだしされていた。シャイルに。
「傷んでるって。これも、あれも。それは軽いからダメ。みずみずしいものは重さがあるの」
「……物知りだな、シャイルは」
「あんたが何も知らないだけよ。ふんっ……」
「こらこら、シャイル。いつまでもそんな態度じゃコーゾー様に愛想を尽かされますよ」
「……どうせ捨てられるのはわかってるし、怖くないもん。みんなあたちを捨てた。表向きじゃいい顔して、すぐ違うのに乗り換えた……」
「コーゾー様はそんなことしないですよ」
アトリが宥めるも、シャイルは首を横に振った。
「買われていった仲間にも、闇の精霊は一生愛されない日陰の子だって言われたもん。だから、あたちを早く捨てて。ゴミみたいに……」
「もー……」
「……ふう。もう放っておこう。アトリ、買うのはこれくらいでいいかな」
「そうですね。多少の傷みくらい無視でいいですよ」
こっちの世界でも野菜は結構高くて、比較的安い傷んでるものを合わせても全部で50グラードになった。というわけで残り100グラードだ。金ってのは本当にすぐなくなるな……。
「さて、コーゾー様、次はどこに行きますか?」
「妖精屋に戻ろう」
「こ、コーゾー様、それって……」
「ああ、返品するんだ」
「……ほーら、あたちの言った通りでしょ」
「……シャイル、あなたがいい子にしないからですよ……」
「……いい子にしてたって、こうなるのはわかっていたもん。どうせ、みんなあたちを捨てるんだから……」
「――返品しにきた」
妖精屋に戻ると、俺はすかさず猫男に向かって言い放った。
「あー、やっぱりかあ。短い旅だったな、シャイル……」
「いや、この子自体は返品しない」
「……へ?」
「コーゾー様?」
「な、何を言いだすのよ、あんた……」
「俺はこの子の抱えた寂しさを返品しにきたんだ。これでもうずっと一緒だ……」
裏切られたのと同じやり方で、この子に知ってほしかった。人間の中にある尊い部分も……。
「……返品に承諾するぜ。シャイル、今度こそお別れだ。元気でな……」
「……うん……」
シャイルが見せた涙で、俺はこの子に主人として初めて認められたような気がした。




