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第一回 勇者召喚


「うっ?」


 なんだ? 公園をランニング中、いきなり俺はまばゆい光に包まれた。


「――……ここは、どこだ……?」


 光が弱まっていくと、俺がいるのは薄暗くて狭い部屋なのがわかった。蝋燭が四隅に置かれていて、足元には微かな光を帯びた魔法陣があり、さらに目前には杖を持った赤いローブ姿の少女がいる。


「やったー! ついに勇者召喚に成功したあー!」


 彼女は桃色の長い髪を揺らして小躍りしていた。勇者だって? もう40歳になるおっさんの俺が……?


「あたしの勇者様あ! ……って……」


 彼女は杖を放り投げて、嬉しそうな顔で俺に抱き付こうとしてきたが、寸前で露骨に顔をしかめると同時に止まった。


「……臭い」


「……え、ああ、悪かったね。ランニング中だったし……」


「それに、髭もじゃだし……どう見てもおっさんじゃん。ナニコレ。最悪……」


「……」


 鼻をつまんでドン引きされてるな。ちょっと傷つく……。というか、勇者として異世界に召喚されるって知ってたらもうちょっとちゃんとしてたのに……。


 しかし、なんでよりによって俺なんだ? 夢かと思って一応自分の頬を張ってみたが、普通に痛かった。うーん……もうちょっと若いやつでもよかっただろうに。あくまでも才能で勇者として選ばれたってことなんだろうか?


「セリアさん、今の光、何事ですう?」


「まさか、召喚に成功したのか!?」


 ドタドタと荒い足音がしたかと思うと、明るい光とともに誰か入ってきた。灰色のローブを着た赤いポニーテールの少女と、白いローブ姿の短めな金髪の青年だ。


「ミリム、ロエル……ごめん。失敗しちゃった……」


「「ええ!?」」


 沈痛な空気が漂っていて、とても居心地が悪い。


「失敗ってどういうことなのですかあ? ミリムに説明お願いしますう」


「どういうことなんだよ」


「そこにいるおっさん見たらわかるでしょ。……はあ……」


「……」


 湿り気を帯びた重い視線が集まるのを感じる。俺、何かとんでもないことをしでかしてしまったような感じだ……。


「……んー、まあ、どう見ても外れっぽいですものねえ」


「待ち望んだ勇者が冴えないおっさんとか、笑えねえ……。セリアが失敗っていうのもわかるな、こりゃ……」


 ミリムとロエルという新しく入ってきた二人にも呆れた顔で見られている。これだけ歓迎されない勇者召喚があるんだろうか……。


「はあ……。まあ気が乗らないけど一応自己紹介しておくわ。あたしはセリアで召喚師。んでポニーテールの子が呪術師ミリム、金髪の彼が法術師のロエル」


「外れ勇者さん……ミリムの名前、覚えないでくださいねえ」


「俺も頼むわ。よろしくも言わねえぞおっさん」


「……」


 途轍もなくやる気のない自己紹介だ……。


「俺の名は……」


「いあいあ、あんたの自己紹介とか一切いらないから……」


「あうあう、ミリムも聞きたくないですう」


「空気も読めないのか、こいつ……」


「……」


 名前も言わせてくれないのか……。


「俺じゃ不満だと言うなら、元の世界に帰してくれないか……」


 運動不足だと思ってランニングを始めた途端これだからな。自分に非があるなんて思いたくもない。若ければもう少し考え方も違ったんだろうが、帰りたい……。


「そんな方法、ありませんよお」


「あるわけねえだろ、おっさん。こっちに召喚する確率自体、めっちゃ低いのによ……」


「そうよ。そんな方法があるならとっくに返品してるわよ」


「……」


 帰れなくなったっていうのか。参ったな……。


 とはいえ、現実世界に未練はあまりない。俺の両親はとっくに他界してるし、家族といえば疎遠になった兄貴が一人いるくらいだ。心残りといえば、WEBサイトに載せていた完成間近の小説くらいだが、最近は読まれている気配さえないし、更新が途絶えても誰も気に留めないだろう……。


「どうしよう。折角召喚の儀式頑張ったのに……。はあ。捨てちゃいたい。今すぐゴミ箱に叩き込みたい……ぐすっ……」


「「セリア……」」


「……」


 胸糞悪い光景が繰り広げられる中、そっと部屋を出ようとしたら、ロエルという金髪の青年に回り込まれてしまった。


「おいおっさん、逃げる気かよ」


「……い、いや、俺じゃ不満みたいだから……」


「だからって勝手に逃げるんじゃねえよ……」


「そうですよお。感じ悪いですう……」


「……わ、悪かったよ」


 感じ悪いとか君たちに言われたくないが、ここはぐっと我慢するしかなさそうだ。捨てるとか言ってるし、下手すりゃ怒らせて殺されることだってありうるからだ。


「セリア、とりあえず場所変えようぜ」


「ここじゃ余計空気が重くなりますからねえ」


「うん……」


「……」


 初めて俺が彼らに同意した瞬間だった……。




 ――俺たちは狭い部屋を出て、廊下の奥にあるロビーに移動した。さっきの部屋と同程度の広さしかない空間だが、窓があって明るいせいか大きく見えた。


 みんな中央にあるテーブルを囲んだソファに座り、隅に立つ俺をじろじろと見たかと思うと、一斉に溜息をついた。場所を変えたというのに、空気は悪くなるばかりに思えるな……。


「セリアの気持ちもわかるけどさ、一応このおっさんを鑑定師に見せてみようぜ。今のところいいところはまったくないけど、能力が凄いって可能性もあるし」


「ロエルさんに同意しますう。それでダメなら追い出せばいいだけですしい……」


「そーね……。でも、せめて若い子がよかったな。はあ……」


「……」


 できれば今すぐ追い出してほしいが、怖くて言えない……。


「ただいま戻りましたー」


 なんだ? また誰か来た。銀色のおさげ髪の女の子だ。青のワンピースに白いエプロン姿で、脇にパン袋を抱えている。多分、ここの召使いかなんかだろう。


「あら。遅かったじゃない、アトリ」


「申し訳ございません、セリア様。店には早く向かったのですが、行列ができていまして……」


「そんなの上手く掻い潜ればいいのに。あんたチビなんだから」


「申し訳ありません……」


 ……可哀想だな。あのアトリとかいう子、行列ができてたならどうしようもなかっただろうに。召使いならこんな理不尽な扱いも仕方ないんだろうか。


「あの、その方は……」


「ん、ああ。一応勇者」


「ええっ!?」


 なんだ、それまでしょげていたのが嘘のように、彼女は輝いた目で俺の前まで走ってきたかと思うと、ひざまずいた。


「ちょ、ちょっと、俺、そんな偉いもんじゃないよ……」


「とんでもございません。勇者様、お会いできて……くっ、とても光栄です……」


 召使いのアトリは凛々しい表情で涙を浮かべていた。なんか、勇者に対する対応が今までとあまりにも違っていて、俺は戸惑うことしかできなかった……。

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