邂逅
「……来てくれたんだ」
「勿論。面白そうなことを知っているみたいだからね」
その錬金術師はずっと笑みを崩していない。そしてそのまま、彼……いや、彼女か?はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
『おいアリス、気をつけろ。奴はβ五方の一人だ』
突然私の元に団長からメッセージが送られてくる。
私は錬金術師の方を注視しながら後ろ手で返事を送った。
『なにそれ』
『βテスト時代に五方を攻略した……まあとにかく強い奴等。正直同じ場所に居たくねぇ』
五方……っていうと、確か東西南北と中央か。
いや、そこを攻略した……って言われても強さ全然分かんないんだけど。
もう少し詳しく聞きたいところだったけど、その意思は突如現れたシステムメッセージによって阻まれる。
〈「フラース」にフレンド申請されました〉
〈受理しますか?〉
…………えっ?
その錬金術師は相変わらず笑みを浮かべている。
うーん、団長の名前ってフラースじゃなかったよね。
……まさかね。私は恐る恐る錬金術師に声をかけた。
「あ、あの……」
「うん、僕の申請だ」
やばい、思考を読まれた……!
「驚くことじゃないよ。一番錬金術に関して進んでいる、そう自負していた僕よりプラハについての情報を持っていたんだ。君に教えてもらいたくてね。……あぁいや、答えを教えて欲しい訳じゃない。どういう心構えで、どうやって探索したかを教えて欲しいんだ」
「あぁ、そういうことなんですか……。まあ、私で良ければもうここでお話しますけど……」
「良いのかい?じゃあ遠慮なく」
私はとりあえずお店の奥の方から椅子を引っ張り出してきて、フラースさんに座るよう促す。流石に立ったまま話すのは申し訳ないからね。まあ、フレンド申請は後で受けとこう。
フラースさんは頷き座ろうとしたが、それをロンリが遮った。
「ちょっ!フラースさん、それは!」
そして――フラースさんはロンリを蹴り飛ばした。
「邪魔だ、ロンリ。僕は今この人と話がしたい」
ロンリの方も見ずにフラースさんはそう言って席につく。
突然のことに私は思考が固まっていたが、なんとか現実に引き戻して私は派手に倒れ込んだロンリの方に目をやる。
「え、あの……えっ?な、仲間の人じゃ……」
「んー、まあ確かに同じギルドのメンバーだけど……あの人は話を聞かないから。こうした方が楽。今は君の話に集中したいんだ。同じ錬金術師なら分かるだろう?」
派手に倒れ込んだロンリはのろのろと不満気に起き上がってくる。……だ、大丈夫なのかな……?
「さて、話を聞かせてもらおう。まず……そうだね、君はどういう心構えで錬金術師としてプレイしているんだい?」
私は若干引きながらフラースさんの質問に答える。
「そ、そうですね……私は、とにかく錬金術師の謎を解明したいっていう思いで今はやってます」
それを聞いてフラースさんは頷く。
「なるほど、特に強くなりたいとか有名になりたいとかは特に無いと。良いね。あぁそれで、“今は”って言ってたね。ということは昔は違ったのかい?なら心構えが変わった理由も教えて欲しいんだけど」
フラースさんは相変わらず笑みを浮かべながら私にそう矢継ぎ早に語りかけてくる。……いや、話す速度が速くはない。速くはないんだけど、なんか私が喋る隙が全然無いような感じがするんだよね。
「最初は本当にしょうもない理由だったんですけど……そうですね、今の私と同じ志で活動している錬金術師の人と出会って、それから変わったって感じですかね」
「へぇ、そうなんだ。……その人って、錬金術について何か新情報を発見したりはしたの?」
うーん、そういえばメルクって私とほとんど一緒に何かやってきたから……メルク個人が何か錬金術の情報を見つけたことってあったっけ?
私は軽く考えようとしたが、もう大丈夫というフラースさんの言葉に待ったをかけられた。
「パッと思いつかないなら大丈夫。特に無いのと一緒だ。オッケー、色々と学べたよ」
えっ、特に無いなんてこと無いと思うんだけど。私メルクと一緒だから発見できたことって一杯あると思ってるんだけど……。
けれど、そう反論する前にフラースさんは間髪入れず語りだす。
「やっぱり、錬金術師に邪な心は必要がないこと。そして君が優秀な錬金術師だってこともね」
「そ、そうなんですかね……」
「僕はプラハをよく分からない場所でヘルメスに教わったことしか知らない。けれど、君はそんな僕より一歩進んでいるんだろう?」
あー、まあ多分。めっちゃ微妙なところだけども、まあ『迷妄機関』の《廃棄処分所》っていう部分でしか見つけてないけど。いやでも《記憶庫》を開けてもらえればプラハについてもっと知れるかもだし、そういう意味では進んでるかも……。
私は頷く。
「そうか。ということはやっぱり君は僕を超えているということになる。……そんな優秀な君に、提案がある。僕と組まないか?」
「えっ?」
私は思わず聞き返す。
フラースさんって、ロンリの言ってたことが確かならNPCにすら頼らず独自に回復薬の作り方まで見つけてるよね。
フラースさんと比べたら私なんて虫けらみたいな感じはするけど……。本当にそんなこと言われるくらいなのかな、私って……?
「え、えっと……」
「あっとすいませーん。こいつフレンドに呼ばれてるんですよ、同じ『虹の一端』ではぐれちゃった奴からダイレクトメッセージが届いてですね。そろそろ行かなきゃ怒られちゃうかなーって」
突然、団長が立ち上がり私に『転移石』を投げ渡してきた。
え、今凄い良いところじゃない?なんで急に……。
「あ?」
そう思っていた時、フラースさんが席から思い切り立ち上がって団長の方へ詰め寄る。
「何だお前は。お前も邪魔をするのか?」
「あーいや、そういう訳じゃなくてですね……」
「一つ言っておく。僕は煮え切らない奴が嫌いだ」
団長は顔を思いっきり殴られて店の奥の方へ吹っ飛ばされた。
棚を幾つかなぎ倒し、商品が団長の上へ覆いかぶさる。
「ちょっ、だ……大丈夫?団長?」
吹っ飛ばされ、倒れたまま動かない団長を心配して近寄ろうとしたけれど、それはフラースさんに止められる。
「こんな奴、心配する必要はない。それと、フレンドも放置しておいて構わないから。私の名前を出せば誰だってしょうがないと納得してくれるからね」
「は、はあ……」
……フラースさん、やっぱヤバい人じゃないか?
私がそう疑念を膨らませていたところへ、団長からのダイレクトメッセージが送られてくる。
『アリス、なんとか理由を付けて逃げろ。多分こいつはお前だけを引き抜くつもりだ』
えっと……つまり、どういうことなんだろうか。
私はフレンドからダイレクトメッセージが来た、そうフラースさんに言って時間を貰う。
『どういうこと?後大丈夫?』
『わざと動いてないだけだ、問題ない。それよりだ、こいつは欲しいものは必ず手に入れようとしてくるタイプだ。下手に組む組まないなんて言うと不味い』
『……言うとどうなるの?』
『どちらにせよ、最終的にお前はフラースと共にしか活動できなくなるだろう。本来飽きるか才能が無いと分かれば奴は捨ててくるが、お前には妙に才能があるからな。手放そうとはしないだろう。まあ簡単に言えば全てをあいつに捨てられた上であいつに付いていくかゲームやめるかの二択を迫ってくるタイプの人間だ』
『うわぁ』
それは嫌だなぁ……。
フラースさんは待つのがもどかしいのか、指をトントンとしている。
『対策法はとりあえず保留にしてその後一切関わらないことだ』
というか団長はなんでこの人にこんな詳しいの……。
いや、そこは触れない方が良いか。
私はフラースさんの方へ向き直る。
「マジでフレンドの人が怒ってそうなので、私ちょっと行ってきます。すみません」
そう言うと、フラースさんは少し悲し気な顔を浮かべた。
やばい、申し訳ないことをした感が半端ないんだけど。
「……そうか。まあ、また会いに来る。その時までに答えを決めておいてくれ。それと、そのフレンドについても教えて欲しい」
いや、あんまり教えたくはないかな……。
私はそう思いながら『転移石』を使ってアイナさんの元にワープした。
――――
「アイナさん!」
「何かと思えば……アリスさんっスか」
私は全力で戦闘態勢を構えていたアイナさんの目の前に出た。
まあ転移石使った時のエフェクト結構禍々しいしね……そういう態勢を取るのはおかしくないか。
「でも会えて嬉しいっスよ~!ところでどうして私のところに?」
「『集光器』持ってるのがアイナさんだから」
「ワオ意外に理由が合理的。……まあでも、本当に会えて嬉しいっスよ。私なんて全然戦えないから、もうどうしようもないかと」
アイナさんは私に屈託のない笑みを見せてくる。
それに釣られてなんとなく嬉しくなった私は、とりあえずハイタッチをした。
「さて、どうするっスか?」
「とりあえず……メルクとか他の人がどこに居るか知らない?」
「あー、それは知らないっス。すいません」
となると、合流はまだってことか。
虹の一端に落ちてきてから結構な時間が経ったけどまだ合流できてないってことは、相当散らばったのかこのワールドが相当広いのか……。
いや、ワールドだし。これまでの流れから考えたら広いのも当然か。
「あ、ちなみにアイナさんは何しようとしてたの?」
「とりあえず私も錬金術師の端くれっスし、下層の方に向かって{十二の鍵}を探そうと思ってました」
「なるほど……」
アイナさんがこの考え方なんだし、となるとメルクはほぼ確実に下層に向かってるか……。
一応ダイレクトメッセージで確認してみたところ、やっぱりメルクは下の方へ向かっているようだった。
ちなみに団長にもダイレクトメッセージを飛ばしたが、無事にあの場所を脱出して闘技大会で一緒だった人と居るらしい。
「よし、じゃあ一緒に下層の方行こっか」
私はアイナさんと一緒に……あっ!というか!『携帯型アトリエ』展開したまま来ちゃったんだけど!あれどうなったの!?
――――
携帯型アトリエは普通にアイテム欄にあった。良かった。
流石NHO、良心的……。
そして下層への移動を決めてから結構歩き、下層の空から降ってきた水が溜まってる場所まで残り半分くらいの道となった頃、私達は運良くモニュメントを発見できた。
「どうしよ、登録する?」
「転移石があるっスよね?ならそれで飛んでこれますし、メルクさんに会うまで……って勿体ぶって結局登録できずに死ぬなんてことは悲しいっスよ」
「それもそうだね……登録お願い」
アイナさんは了解っス、と言って集光器をモニュメントの前にかざした。
するとかざした集光器から眩い光が溢れ、モニュメントの頂点を指す。
瞬間、モニュメントが光り輝いてシステムメッセージが私達に届いた。
〈『虹の一端』のモニュメント「死滅回遊碑」を登録しました〉
「ほんと、なんで光を集める装置をかざしたら装置がぶっ壊れる代わりにモニュメントが登録できるようになるんスかねー」
「確かに、そこまあまあ謎だよね」
『真なる原風景』で一度モニュメントを登録しようとしたことがあったけど、その時も登録できませんっていう表示が出て終わったから……この辺のシステムは本当に謎だ。
「まあ、“光”っていう単語はこのゲームでちょくちょく出てくるからそれ関係で考察はできるんですけどね」
流石は考察ギルドの一員。
そういえば、結構前にアイナさんが光の勇者がどうのって言ってたような気もする。あの辺とも関係があるのかな……?
下層側の敵は巨大なお陰か速度が遅いので、見つかる前に隠れたり見つかっても逃走できたりして意外と楽だった。
これ上に登るよりも楽じゃん。下行けば良かった。
割と余裕が出てきたので、私はアイナさんにヌシと戦っていた時から気になっていたことを尋ねる。
「そういえばアイナさんって、“愚者の錬金”とか言ってプリンセスのレーザー弾いてたよね。あれなんだったの?」
ヌシやプリンセスと戦っていた時に、私達の乗る船は物凄い威力のプリンセスのレーザーに狙われた。
だが、そんな絶対絶命の状況でアイナさんは“愚者の錬金”品と言い、『真・グロースシルト』という普通のグロースシルトより数倍大きなものを使ってレーザーを逸らしていた。
……あれ、何?
「あ、確かにそれ説明してなかったっスね。……というか、アリスさんもなんか銃弾を本当に銃弾として扱ってなかったっスか?」
「確かに」
あの時は無我夢中だったから全然気にならなかったけど、今となってみれば謎まみれだ。しかもなんかあのレイド戦の時、システムから〈『銃弾』の運命選択がアンロックされました〉とかいうよく分かんないメッセージ受け取ってたよね。
それもそれで気になるな……一体何なんだろ、あれ。
「……とりあえず。まずは私の使ってた“愚者の錬金”が何なのかから説明するっスね!」




