謎の錬金術師
「痛たたた……?あれ、ここ何処だ?」
団長が目を覚ますなり、きょろきょろと辺りを見回す。
私は起き上がった団長に声をかけた。
「あ、おはよ団長。ここ『虹の一端』だよ」
「へぇ……ここが『虹の一端』か」
物珍しげに、空から流れ落ちる巨大な滝を眺める団長。そして次の瞬間に団長は何か変なポーズを色々取り始めた。
……あぁ、スクリーンショット撮ってるのか。
まあ、化石が空を泳いでたりする色々凄い場所だからね……そうなるのも仕方ない。というか私も撮っとこ。
そうやって二人して無言でスクリーンショットを撮りまくっている間に、この中で一番の問題児(予定)が目を覚ました。
「……ここは、何処?」
団長と同じようにきょろきょろと辺りを見回すロンリ。
……あれ?というかこれってまずくない?
あの時は偶々共闘できたから良いけどさ、今は仲間である理由特にないじゃん。
私はいつでも戦闘に対応できるように構えを取りながらロンリへ伝える。
「ここ?『虹の一端』だけど」
「帰ります」
「あっはい」
二言目がそれか。
でも突然殴りかかられたりされなくて良かった、と考えるべきか。
ここで死に戻って『渡津海島』からなんて洒落にならない。
まあ、どう動くか分からない人が自主的に帰ってくれるのは別に悪いことではない。
『転移石』をインベントリから取り出したロンリを私はぼーっと見つめていた。
『おっと、ここは俺に任せな』
『えっ何?』
なんか突然団長からダイレクトメッセージが来たんだけど。え、何?何するの団長?
「待ちな、ロンリ」
「何ですか……」
転移石で転移するのを静止するジェスチャーと共に、団長が私とロンリの間に入ってくる。
団長は続ける。
「ロンリ、本当にここで帰っても良いのか?お前には、俺たちと同じように『虹の一端』に来ようとした理由がある筈だ」
あぁ、ロンリもヌシ討伐放棄組だったね。
ってことは何かしらロンリ含む「セブンクライム」が理由を持っていた、ってことになるんだろうけど。
「……この場所のモニュメントを登録すること。それが私の使命」
「いいや違うな。お前が負ってるのはもっと重要な使命だ」
辺りに一触即発の空気が漂う。
近くに来ていたモンスターもその空気を察したのか、そっぽを向いて別の方向へ泳いでいった。……いや、モンスターってそういうこと察せられるの?
なんてことを考えている内にも、二人の会話はどんどんと進む。
「俺から言えることは一つだ。アリスに付いていけば、その使命は達成される」
「……なるほど」
ロンリは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、目を閉じて腕を組む。
……えっ。これってもしかして、ロンリが同行してくれる流れ?
私は団長へダイレクトメッセージを飛ばす。
『“任せろ”って、もしかしてロンリの説得なら任せてって意味だったの?』
『そうだが?』
すぐさま団長は返事を飛ばしてきた。
いやちょっと待って。まあ確かに嬉しいけど……ロンリに同行されるとさ、いつ後ろから刺されるか分からなくて滅茶苦茶怖いんだけど。
私はその思考をそのまま団長に送った。
『大丈夫だ、ロンリはお前と同じ目的でここに来ている。同様な理由を持ってここに来たお前を殺すことは多分ない』
いや多分って何さ。その単語物凄い不安になるんだけど。
次にどんなダイレクトメッセージを送ってやろうかと思っていた時、頭の中でうんうん唸っていたであろうロンリが目を開いた。
「……分かりました。同行しましょう」
『ほらな?』
……。
――――
「それで、この後どうするんですか?」
「うーん……私としては、まずフレンドと合流したいかな」
その発言に、ロンリから疑いの視線が飛んでくる。
私達は特にその場から動くことなく、草原で座って会議を開いていた。
「……はぁ。どうしてまた?」
うーん。『集光器』のこと、言っちゃっても良いんだろうか。
……でも、今はロンリとは一応仲間の関係にあるし。軽く触れるくらいなら問題ない筈。
「まずここでモニュメントを登録したい。だけどモニュメントが登録できるかどうかが分からないから、たとえ登録できなくても登録可能にするアイテムを持ってるフレンドと合流する必要があるの」
「なるほど。『集光器』ですね」
「えっ?あっ……うん」
いや、なんでロンリがそれ知ってるのさ。
アイナさんが言ってたことによれば、それって「ヒストリア」のギルドマスターが開発したらしい一部のメンバーしか知らないことなんだけど。
セブンクライムも作ったとか?いやでもなぁ……。
「……それなら合流を急いだ方が良い」
「右に同じ」
ロンリは頷いてくれた。団長も同意見だそうだ。
……という訳で、私達はフレンド……特に『集光器』を持っているアイナさん、を探すことになったのだった。
――――
「団長!右っ!」
「は?そっちには何も……っ!?サンキューアリス!」
団長の右から化石型のモンスターが新しく乱入してくるのが視える。
後ろから突撃してくるであろうモンスターを防ぐために『グロースシルト』を展開させつつ、私はロンリの方を見た。
……いや、強すぎでしょロンリ。
いくらレベルが同じくらいと思われる相手でも、4体ほどを相手取って無双できるのはおかしいと思う。こっち1対1でも精一杯なのに。
「『銃弾』、加速しろ!」
私は化石型モンスターの動きを先読みして最後の一発になった『銃弾』を放つ。
その一撃でモンスターはバラバラになった。
丁度、それと同じくらいに団長とロンリも空を泳ぐ化石を倒し、それぞれドロップアイテムを漁り始めた。
「……意外と的確な指示が飛ばせるんですね、アリスは」
「いや的確ってレベルじゃないと思うんだが」
……まあ、私が多分頂点に君臨しているであろうプレイヤーのロンリからも褒められる程の指示が出せるのは……きっと少し前にロンリとかと戦ってた時に目覚めた、『未来推量』のギフトがなんとなく使えるようになってきたからだろう。
さて、ドロップアイテムも特に良いものがなかったので私達はそのまま進むことにした。
このワールド、『虹の一端』はなんというか……今まさに落ちている砂時計の砂が水になった感じのワールドだ。
そして私達はその水が落ちてきているであろう場所に向かって道なりに上がっていっている。
それこそ下に行っても良かったのだけれど(というか多分{十二の鍵}があるであろう都市は下方にある)、下に行けば行くほどなんか巨大で強そうなモンスターが一杯居たのを見て諦めたのだ。
そして多分アイナさんやメルク、オグロ達もそう考えただろうと踏んで上へと向かっている、という訳だ。
……とはいえ、上に行く道中で幾度となく遭遇する敵が弱くなる訳ではない。というかまあまあ強い。
正直なところ、持ってきた錬金術のアイテムは『渡津海島』での戦闘の時にほとんど使ってしまった。アイテムが使えない錬金術師なんてお荷物も良いところだ。
そしてそれは団長やロンリも同じだったようで、『回復薬』等の常備しなければならないアイテムも底をつきてきた。つまりジリ貧だ。
「うっわ、また敵がいるよ……」
私は小声で呟く。
もうこれ以上戦いたくない状況だけれど、また戦わなければいけないのか……。そう思ったが。
「……あれ?こっち来ない?」
指示を出そうと後ろへ下がった所で、私は違和感に気づいた。これまで物凄い感知力でこちらへ来ていたモンスターが来ないのだ。
すると、ロンリがため息を付きながら私へこう解説する。
「ここ、安全地帯の大結晶がある。……まさか、知らなかった?」
ロンリは指をさす。その方向を見れば、確かにモンスターが近くへ寄ってこない安全地帯の大結晶があった。
……まずい、全然気づいてなかった。
「あ、あははは……」
私はとりあえず愛想笑いでごまかす。
安全地帯があるのは嬉しいけど、でも結局物資が――!?
「そうだ!物ならあるじゃん!」
「うおっ、どうしたんだ?」
団長がついに気が狂ったかみたいな感じでこちらを見てくるのを無視して、私はインベントリから『携帯型アトリエ』を取り出し、その場に展開した。
「……ふ、ふふふ。そういえば、私『携帯型アトリエ』を使って……お店、作ろうとしてたんだよね」
そうだ。私は少し前、闘技大会で手に入れた持ち運べる拠点である『携帯型アトリエ』とお店を開ける『許可証』を使って移動式のお店を作ろうと考えていたのだ。
そして、その為の在庫品をかなりの量アトリエ内部に格納しておいた。
つまり、在庫品こそ無くなるが物資の補給拠点として扱うことができる!
「臨時開店!アリスの道具販売店です!どうぞ!」
私は心からの笑顔で携帯型アトリエの扉を開き、二人を招く。
ロンリは「物凄いミラクルですね……」と呟きながら頭を押さえてアトリエへ入る。団長も「絶対使い方違うだろ」とツッコミながら中へ入った。
「いやー、まさかこんな形で使うことになるとは……」
携帯型アトリエの内部にあった棚やチェストには錬金術のアイテムを始めとした、様々なアイテムがあった。
「ま、今回は緊急事態だし特にお代とかは要求しないから。適当に良さげなの持ってって」
「タダより怖いものはありませんが……今回は、ご厚意に甘えましょう」
「おっ、『転移石』まであんじゃん。これ借りるぜ」
「今必要な物だけにしてね?」
私は威圧を込めてオグロのギフトを使う。
団長は冷や汗を書きながらはい、と短く返事してくれた。
それから少し。
皆、ここまでの移動と戦闘の疲労があったのでそれを取り去る為に店内の手頃な場所で休憩していた。
……うん、そろそろ頃合いかな。私は話を切り出す。
「ところで、どうしてロンリって私達を狙うの?」
その話があまりに直球過ぎた為か団長が飲んでいた飲み物を吹き出すが、私は気にせず続ける。
「まあ、なんとなく察しはつくけど。それでも一応聞いておきたくて」
ロンリは眉をひそめてこちらを凝視する。
「できれば、で良いけど……教えて欲しい。理由も分からずに襲われるのもなんか嫌だし」
私はロンリをしっかりと見据える。
ロンリは一つため息を吐いて、それから口を開いた。
「全く。その純粋さ、本当に嫌になりますよ。――良いですよ、お話しましょう」
今度は団長がむせ始めたが、まあそれは無視するとして。
ロンリは指を立てて語り始めた。
「まず、私達セブンクライムというギルドについて。セブンクライムはその名の通り、七人で結成されたギルドです。けれど、「ヴィーラすこすこスコティッシュフォールド」や「極楽鳥花」等の大人数ギルドと同じ“トップギルド”という土俵に立てている」
団長のむせかたが激しくなってきた。というかなんか死にそうじゃない?大丈夫かな?
……ま、大丈夫でしょ。私はロンリの話に集中する。
「それは、私達があるアイテムを使って他のギルドを傘下に置いていたからです。その“あるアイテム”とは、製造がとても簡単だけれどかなりの高価で取引されていたもの。……もう分かりますよね?」
「……そのアイテムは、『回復薬』でしょ?」
なるほど。大体回復薬が何かしらしたんだろうな、と思ってはいたけれど……結構、大変なことをしてしまった。ロンリは続ける。
「そう。そうやって私達は安価に大量のギルドを従えていた。けれど、それは闘技大会が終わってから一変する」
「それは私達が回復薬を開発し、その作り方を公表してしまったから。……でしょ?」
「そう。そうして私達はまた別の方法でギルドを従えねばならなくなった。そのことに激怒した私含む何人かのメンバーが貴方達を攻撃していた。――そして、今も」
ロンリが剣をこちらへ向ける。
……だけど、それが本当だとしたら。私はロンリを見つめてもう一つ、聞きたいことを口にする。
「……その話が本当なら、回復薬を私達が発見するよりかなり前から作っていた錬金術師のプレイヤーが存在する筈。私は、その人に会いたい」
「どうして?」
「その人がどれだけ錬金術を研究できているのか、そしてどれだけこの世界の真実に迫れているのかを知りたいから。勿論ネタバラシを要求するんじゃない。ここまで進んでいる人が居る、それを知って――かつ、私達がその人を越えたいから」
ロンリは笑う。
「だったら会わせる訳には行かない。何故なら、私は貴方に恨みを持っているから」
私はロンリのその言葉に、間髪入れずに渾身の返事をした。
「ロンリ。あなたがここに来た目的、{十二の鍵}を探すことでしょ?」
ロンリは少し狼狽する。その後、私をキッと睨みつけた。
沈黙が辺りに流れる。団長は棚の商品を漁って現実逃避していた。
「それと。その錬金術師が私に会うか会わないか、それは最終的にその人が決めること。――私が、『錬金都市プラハ』についての情報を持ってる……そう言ったらどう?」
「――『プラハ』を知っている?お前が?」
私は笑う。
やっぱりだ。『錬金都市プラハ』の情報を初めてヘルメスから聞いた時、ヘルメスは私を“ここへ来た二人目”と評した。
なら一番最初に訪れたのは誰なのか。それを私はずっと考えていたのだ。
プレイヤーなのか、それともNPCか。シエルやパラケルススが一番怪しいと感じていたけれど、この話を聞いてその考えは別の確信へと至った。
――その錬金術師が、一番最初にプラハへ訪れたプレイヤーだ。
「……お前は、一体」
ロンリが呟く。
そしてその瞬間、ロンリの横にポータルが現れた。ポータルをくぐり抜け、一人のプレイヤーが顔を出す。
「……っ!?」
このポータルは……いや、これは『転移石』を使った時に出てくるもの、何もおかしくはない。
だけど、これはロンリの側に出てきている。ということは……まさか?
そのプレイヤーは、私に笑みをこぼすとこう言った。
「やあ。――僕が、その錬金術師だ」




