真なる錬金術師
「『銃弾』、加速しろ!」
私はプリンセスに向けて銃弾を撃つ。
銃弾は嵐の中を突っ切り、プリンセスに当たる――。
「なっ!?」
と思われたが、なんとプリンセスの円盤下部から生えている触手が器用に動いて銃弾を払い除けた。
「くっ……!」
私は歯ぎしりをする。そう簡単にこの状況を突破させてくれはしないか……。
すると、メルクとアイナさんが私の元に寄ってきた。
「アリスさん、今の銃弾は一体?……もしかして、何か攻略法が見つかったんスか?」
「何か思いついたのなら、遠慮なく私達に話してください。全力で手伝います」
メルクがいつの間にか元《NHO》の性格に戻っていたがそれを気にしている余裕は無かった。
私は「一つだけ攻略法があるかもしれない」とだけ前置きして、船を操作しながらその内容を二人に話す。
「なるほど。確かにそれなら、なんとかなるかもしれません。ですがこの嵐の中、常に揺れる船の上でその小さい目標を狙うことは難しいと思いますが……」
「問題ないとは思うっスけど……でもさっき飛び道具が触手に弾かれて無かったっスか?」
メルクとアイナさんがこの作戦の一番重大な二つの問題点を指摘する。正直なところ、それをどうすれば良いのかが全く分からない。
そんな時だ。突然私は、少し前に送られてきた委員長のダイレクトメッセージの内容を思い出す。
そうだ、あのダイレクトメッセージには……。
私は既に送っていた“ありがとう”という言葉だけでなく、追加でいくつかのお願いを委員長にし、二人の目を見据えて言う。
「その辺りの問題点は、解決できそう。だから――私に協力して」
――――
「皆!一回で良い、プリンセスのレーザーを避けて!」
私は声を張り上げて「錬金術師の研究日誌」連合にこう伝えた。体よく言っているが、実際はただの囮だ。そしてその事実には誰もが気づいていたと思うが。
「了解です!任せてくださいよ!」
「若干不安ですけど、やってみせます!」
私を待っていたのは、肯定の言葉だった。きっと、皆が私に期待してくれているんだろう。
「ありがとう……!」
私は感極まりながら一言を残す。そして、皆とアイコンタクトを取って私は脱出用の小舟が置いてある場所に向けて急いだ。
脱出艇のある場所には既にアイナさんが待機していて、すぐに脱出艇を発進できるように準備を整えてくれていた。
「アリスさん!脱出艇の準備できたっス!」
「オッケー!」
私はすぐさまメルクとアイナさんの三人で脱出艇に乗り込み、そのまま荒れ狂う海へ向けて発進する。
少しづつ遠く離れていく私達の船を見ながら、私達はこれから行う計画を確実に遂行するための決意を固め――!?
「嘘っ!?」
「そんな……」
私達は絶望の声を漏らす。
先程まで居た私達の船に向けられるだろう、そう決めつけていたプリンセスの銃口は、私達の船に向いていた。
そしてその銃口に光が満ちると、溜め込まれた光の塊は一筋の線となり――私達に向かって発射された。
――――
委員長▽
――――
あれから少し。オグロは順調に指揮を執っていました。
イグニスがもたらす未来の情報と、それを的確に……まるで相手の心に直接語りかけるかのように伝えるオグロ。その二人組はこれまでずっとバラバラで、いつ瓦解してもおかしくないようなプレイヤー達を大きなまとまりのあるものへ変えていました。
「おいおいすげぇな……あれが後世代か?」
あたりめが呟きます。
その言葉には、私もほとんど同意でした。
……だけど。足りない。
私のギフトは欠片でしかありませんが、それでも直感で分かります。
このままでは、プリンセスどころかヌシすら倒せないと。
トップギルドなりにできることが何か無いか、そう考えていた時。少し前に私からアリスでダイレクトメッセージを送ったのとは逆に、アリスから私へダイレクトメッセージが飛んできます。
その内容は――。
「……なるほど。確かにこれなら」
「どうした?委員長?」
あたりめが突然考え込み始めた私へ質問を投げかけてきました。
私はあたりめに向き直ると、こう告げます。
「この戦況を覆せるかもしれない方法が、見つかりました。今からそれを可能な限りのプレイヤーに通達してください」
――――
アリス▽
――――
その瞬間、アイナさんが私とメルクの前に躍り出る。
「はあああっ!『真・グロースシルト』!展開しろっ!」
アイナさんの指から半透明な盾が超高速で拡大し、レーザーに対して少し斜めに海に刺さった。
普段使っているものよりも数倍巨大なグロースシルトは、そのまま向かってきたレーザーを微妙に逸らす。
「なんとかなった……みたいっスね……」
レーザーは私達のすぐ横の海に着弾し、海に一瞬大きな穴を開けた。
……おかしい。グロースシルトはこんなことができない筈だ。
こんなに大きくないし、何より耐久があまりない。船を一発で沈めるレーザーなんて受けたら一瞬で溶けるはずなのに。
アイナさんはふっと笑いながら私達に言う。
「ふふ……これが、我々「ヒストリア」の開発した『愚者の錬金』品っスよ……!」
「愚者の……錬金?」
聞きなれない言葉が出てきたので、私は思わず聞き返す。
アイナさんはそれに胸を張って答えた。
「ほら、ヘルメスさんが言ってたじゃないっスか。「錬金術は一人では完成しない術」って。だから一杯人を集めてやってみたらできたっス。システムにはやり方に酷い名前が付けられたっスけど」
「なるほど……」
メルクが興味深そうに海へ倒れこんだグロースシルトっぽいアイテムを見つめる。
確かに凄いアイテムだけど、“愚者の錬金“って。なんでシステムはその方法にそんな名前を付けたんだ……。
そういつもの考察モードに入りそうになった私達二人を、アイナさんが慌てて現実に引き戻す。
「って!今それどころじゃないっスよ!アリスさん、ちゃんと覚えたっスか!?」
「あ、勿論。ありがとう、アイナ」
私はアイナさんにお礼を言う。私達の計画に必要なこと、それはプリンセスがどうレーザーを撃ってくるかを完全に覚えることだ。本当は錬金術師の研究日誌連合の船に囮になってもらって、そっちにレーザーを撃ったのを見て覚えるつもりだったんだけど。
まあどうであれ生きている状態で覚えられたし。過程が変わっちゃったけど結果が変わらないのなら問題ない。
そしてプリンセスは私達の船を落とせないと判断したのか、砲台の先を別の船へと向けた。
……よし。それで、次に私がするべきことは。
大体そろそろ来る頃合いのはずだ。私は周囲を警戒する。
その時だ。突然、私達の小舟へ何者かが上がってくる。
「はぁ……はぁ……運が悪かったですね、錬金術師……!第二ラウンドですよ!」
私達の小舟へ上がってきたのは、ロンリだった。
すぐさまメルクとロンリの間で鍔迫り合いが起こる。本来荒波に揉まれて満身創痍なはずなのに、すぐ敵と戦えるくらいにピンピンしてるとは……流石か。
……だけど、私はロンリと戦いたくはない。
私は体の奥底に眠る、何か得体の知れないものを呼び起こす。
……そうだ。ロンリを海へ落としたとき。あの時、私は少し先の未来が見えていた。
どうして急に未来が見えるようになったのか。あの時は全く分からなかったけれど、その理由にようやく気づいた。
あれは――イグニスさんのギフトと全く同じ、“未来推量”のギフトだ。
どうしてそのギフトが使えるようになったのかは分からない。
だけど。もし私の考えた、私自身のギフトに関する仮説が正しいのなら。今の私には、もう一つ使えるギフトの力がある筈だ。
「ロンリ、私の話を聞いて」
ロンリが急に動きを止める。
そう。
闘技大会の時だ。私とオグロは、言葉一文字だけで相手の言葉の意味を理解し合っていた。そして、最終的には言葉を発しなくても目だけで意思疎通が可能なほどにもなった。
これは、ただ私達の仲が良かったからできた芸当じゃない。これまではずっとそう思っていたけれど、実際は違ったんだ。
オグロはこのゲームに存在しない神をでっち上げて宗教を作った。そんなこと、普通の人間ができることじゃない。
……でも、もしオグロが普通の人間じゃなかったら。イグニスさんと同じような、デザイナーベビーで――例えば相手の心に関与できるようなギフトを持っていたら。
全ては仮説に過ぎない。けれど、私にはそうとしか思えなかった。
きっと、私は無意識の内に人の心をのぞき見たり、影響を与えたりできるオグロのギフトを使っていたんだ。
だから、オグロと無言で意思疎通ができた。
それなら、今もその力を使える筈だ――!
「今は戦ってる場合じゃないの」
私はロンリに語りかける。
「確かに、私達はセブンクライムに悪いことをしたかもしれない。……でも。今は、争ってる場合じゃないと思う」
「うる……さい……っ!」
ロンリは尚も変わらず武器を構え続ける。
私は語り続けた。
「ロンリ。お願い。あなた達も、『虹の一端』に行きたいんでしょ?……だったら、ほんの少しでいいから、力を貸して」
セブンクライム連合の船は、最初に見た時私達の船とそう遠くない場所に居た。真っ直ぐ中央に向かっている私達とそう遠くないのなら、きっとセブンクライム連合も私達と同じで『虹の一端』に向かおうとしていたんだろう。
「……っ!」
ロンリは首を振る。
それでも。
「あなたの力さえ借りれば、この場をどうにかできるかもしれないの。レイドボスが2体も居るなんて絶望的な状況を、確実に好転させられる」
私はロンリの肩に手を置いた。
ロンリの目を見て、私は続ける。
「だから。ちょっとだけでいい。ほんの少しだけでいいから、力を貸して……!」
そして、ロンリは……。
渋々と、そんな表情で頷いてくれた。
――――
「それで、どうすればいい?」
ロンリは腕を組みながらそう言った。
私は尚もヌシがセブンクライムの船を襲い続けているのを見た後、ロンリにアイナさんから貰った愚者の錬金品である銃弾っぽいアイテムを手渡す。勿論使うことはアイナさんに許可を取ってある。
「何の変哲もない銃弾……これで戦況が変わるの?」
ロンリはふてぶてしくそう呟く。
私は頷いた。
「ロンリってどんな武器でも英雄並みに扱えるんでしょ?なら、この荒れ狂う海の上でもプリンセスの砲塔を狙えるよね?」
私は加えてロンリにそう尋ねる。
プリンセスの円盤状部に付いている砲塔は簡単に回転して狙いを付けられるような構造になっている。勿論その部分はかなり小さいが、ロンリなら可能だろうと判断したのだ。
「……やりたいことは分かった。ですけど、無理」
「えっ?」
ロンリが少し申し訳なさそうに呟く。
説得が上手くいかなかったのか、と思ったけれど。どうやらそういうことではないらしい。
「指弾とか投擲はうまくできない。武器じゃないから……」
……そういうことか。
確かに銃弾は武器だけど武器じゃない。
きっと、ロンリが英雄のギフトで上手く扱えるのは“武器”だけなんだろう。
まずいぞ、アテが外れた。
どうする、どうすれば……。
その時だ。メルクが口を開く。
「そうですアリスさん!あれはどうですか?あの、銃みたいな……」
「……あれは、駄目」
確かに、今手元にはロンリの扱える“武器”というカテゴリに入るであろうイグニスさんから貰った銃がある。
だけど、その弾は既に使い切ってしまった。もう撃つことはできない。
……でも、正直今の状態で未来を切り開ける可能性と言えばそれしかない。
何か。何か無いか?
ここに無い弾を用意する方法は。
私が使える弾を用意する方法なんて、錬金術で作ることくらいしかない。
……いや、錬金術?
そうだ、錬金術だ。錬金術のアイテムの中に、弾になりそうなアイテムが無かったか?
私の頭の中で、ヘルメスの言葉がリフレインする。
ヘルメスはこう言っていた。「錬金術は一人では完成しない術でもある。そしてそこに真の役割を見い出せるかもしれない」と。
そして、アイナさんはその言葉を受けて複数人で錬金術を行った。だがその方法はシステムから『愚者の錬金』と名付けらている。なら、どうやったら愚者じゃなくて賢者になれる?
……そうだ。簡単なことじゃないか。答えは最初から教えられていたんだ。どうして気付かなかったんだ、私は。
「ロンリ!これを使って!」
私はアイナさんから渡された、愚者の錬金品である銃弾とイグニスさんから貰った銃をロンリに渡す。
勿論イグニスさんとアイナさんにはダイレクトメッセージとかで許可を取っておいた。
「本当、お人好しばっかりですね。錬金術師の仲間はさ」
ロンリは銃と銃弾を受け取る。
私はそれを確認して、委員長にメッセージを送った。この計画を決行する時は、次に来るプリンセスのレーザー攻撃だ。
――そして、プリンセスの円盤上部にある砲台が……今度は元いた船の方に向かってレーザーのチャージを始める。
「絶対に私の合図で銃を撃って、ロンリ!」
「良いですけど……遠距離武器は触手に弾かれるのでは?」
ロンリは最後の最後で懸念事項を口に出した。
だけど。そこは、もう問題ない!
「私を信じて!」
「…………分かった」
ロンリは長い沈黙の後、頷いた。
私とロンリは、光を溜め始めた砲台を見据える。
あと少しだ。私はカウントを始める。
「3……」
砲台の先は、錬金術師の研究日誌連合の船へ向いている。
私達の元いた船は、あえて動きを止めた。
「2……」
光の強さがますます増していく。あと少しで溜め込める光の量は限界を迎えるだろう。
そして、私が1を数えると同時に、オグロの声が戦場に響き渡った。
「総員発射!」
「1……」
砲台に光が完全に溜まり切る。それと同時に、いつの間にかプリンセスの周囲に展開していた船から無数の攻撃が放たれた。
プリンセスの触手はそれらの攻撃を受けようと揺れ動き始める。
「――撃って!」
それらの攻撃から一拍遅れて、イグニスさんの銃から銃弾が飛び出す。
一筋の光となり、ぐんぐん加速していく銃弾。
そしてプリンセスの触手は少し先に放たれた周囲の船から攻撃に対応していて――私達の攻撃を、防ぐことはできなかった。
銃弾……もっとだ、もっと加速しろ!
そして、私達の声が一つになる。
「いっけえええぇぇぇ!」
レーザーが発射される寸前に、私達の放った銃弾が当たる。そして砲台はその衝撃で大きく回転し――。
目標からズレたレーザーは、セブンクライムの船を襲っていたヌシだけを轟音と共に切り裂く。
そして、私達はシステムから通知を受け取った。




