遠き地の姫
「くっ……!」
『爆弾』は他のプレイヤーを巻き込む可能性があるし、『銃弾』はダメージに欠ける。『流星』は勿論無理だ。
そのことを考えると、錬金術師はかなり集団戦に弱い。これが戦闘職と生産職の違いなんだろう。
私は自分の無力さを痛感しながら、『グロースシルト』でタンクの真似事をする。
敵の攻撃を受けてひびが入ってきた半透明なグロースシルトの奥に、尚も戦い続けているオグロとメルクの姿が見えた。
オグロとメルクは疲弊したような顔つきだが、ロンリは至って余裕そうな表情だ。私達の中でも一、二を争う戦力の二人を相手取ってその余裕なんて……。私は戦慄する。
「なっ……!」
その時だ。オグロが戦闘の不意を突かれ、ロンリの攻撃を受けて吹き飛ばされた。そのままオグロは宙を舞い、荒れる海へ落ちていく。
「オグロ!」
私は叫ぶ。
その叫びに反応したのか、海に飲み込まれる寸前のオグロが私にアイコンタクトを送ってきた。
……「俺は大丈夫だ、それよりこの船を離れる準備をしろ」、か。
分かった。私は頷き、ギルドのチャットに一つの連絡をする。
『この船から離れる。流星をできる限り落として』
私は攻撃の合間を縫って流星のマーカーを置けるだけ置く。
少し遠くを航行していた一隻の船がこちらへ近づいてきた。
「死なば諸共、ですか?面白いですね」
ロンリがメルクを相手取りながら笑う。一体その余裕はどこから来るのか分からないが、今はそれを気にしている暇はない。
湖の中央に見える建造物まで後少し。
そこまでたどり着くことさえできれば、きっと。
私は次なる指令をギルドチャットに書き込む。
『皆、もう一隻の船の方に道を作る!そっちに移動して!』
私達は、この湖に船を2隻持ってきている。
こちらの船の方が巨大で速さもあるのだろうが、トップの戦闘系ギルドと白兵戦になった以上もうどうしようもないだろう。
私は〈植物〉の銃弾をもう一隻の船に向けて幾つか放った。
『逃げて!』
私はギルドチャットに書き込みをする。
そして流星を落とし、私達は銃弾の橋を渡ってもう一隻へ移る。
……くっ。心が痛い。
当然、ただ逃げるだけなら意味はない。圧倒的に機動力はあちらの方が上だ。
だが、何人かのプレイヤーに退路をグロースシルト等で塞いでもらうとしたら。そうすれば、ある程度の隙は生まれるだろう。
『ごめん』
私はギルドチャットに書き込み、そして銃弾の橋を渡った。
『大丈夫ですよ!僕、こういう役回りは慣れてるんで!』
『その代わりに絶対『虹の一端』に行ってくださいね?』
『レポートと新素材、待ってるぞ!』
だが、ギルドチャットに書き込まれた言葉は非常に暖かいものだった。ありがとう、皆。
……絶対に、私は『虹の一端』に向かわなくちゃいけない。私は決意を固める。
私達は囮以外の最後の生き残りが銃弾の橋を渡ったのを確認して、橋を切り落とす。
そして、船の操舵手を装飾屋さんに代わってもらった。このメンバーの中で一番操縦がうまいのは装飾屋さんだから。と、いうか前の操舵手の動きがぎこちなかったし……。
それにしても。残ったメンバーはこの船に居たプレイヤーを含めても25人ほどだ。大部分のメンバーは白兵戦の時に倒されてしまった。最初の60人程度の大所帯がここまで減らされてしまったことを考えると、本当に『虹の一端』まで無事にいることができるのか心配になってくる。
……いや、駄目だ。弱気になっちゃいけない。
もう謎の建造物まで近い。私は心を持ち直す。鼓舞の言葉を、私は出せる限りの声で叫んだ。
「皆!絶対に、行こ――!?」
その時だった。
更なる絶望が現れる。
「なっ……!?」
「……そんな」
突然、システムの通知が流れ出す。
〈届かない叫び。永遠の罰。真なる世界の守護者〉
〈レイドボス:プリンセス・コロッサル=ニーク・ディリジャン LV:170〉
〈制限時間:5時間〉
私達がこれまで建造物だと思っていたそれが、ゆっくりと浮かび上がる。
巨体が、のそりと顔を出した。
最初に、一つの巨大な砲台と円盤が見えた。私達が建造物だと勘違いしていたのは、縦を向いた巨大な砲台だった。
次に、その円盤の下から、無数の機械でできた触手が踊り狂いながら姿を現す。
〈ワールドクエスト「遠き地の姫」を受注しました〉
〈クエスト達成条件「プリンセス・コロッサル=ニーク・ディリジャンを倒す」「??????」〉
〈このクエストの結果により、ワールドに多大な影響が与えられます〉
〈クエスト達成条件を一つでも達成した瞬間、このクエストは終了します〉
「嘘……でしょ……」
私達は、絶望的な戦いに足を踏み入れてしまった。
――――
委員長▽
――――
「クソッ……何やってんだあいつら」
「内輪もめ……ですか。面倒な」
私達は突然弾幕をぶつけ合い始めた「錬金術師の研究日誌」の船と「セブンクライム」の船を見ながらそう呟く。
これまでの観測からして、多分あの二隻は湖の中央に見える謎の建造物へ向かっていたのだろうと推測するのはできましたが。まさかまだ戦争状態にあるとは。
「……まあ、放っておいても問題ないでしょう。あたりめ!指示を続けてください!」
「え、どういうことだよ!?助けに行かなくていいのか!?」
あたりめは私に向かって質問を飛ばしてくる。
確かに、その気持ちは分かります。あのお人好し達がトップを務める錬金術師の研究日誌が喧嘩をふっかけるギルドとは思えないし、まあまあ悪名高いセブンクライムの何か恨みを買ったんだろうということは推測できるでしょう。
「……今回のイベントで指揮と鼓舞を務めているのは私達「ホロスコープ」と「ヴィスコ」だけ。その職務を放棄してしまえばヌシ討伐に大きな支障が出ます」
「クッソ……」
あたりめは私の意図を察したのか歯ぎしりをする。
そう。今回は、前回『虹の一端』で「看板団」に追われるアリス達を助けた時とは状況が全く違う。
私達ホロスコープは大役を背負っているし、アリス達は多分、このイベントにまともに参加しようとは考えていないでしょう。このイベントに便乗して何かをしようと企んでいることは目に見えて分かります。そういう船をイベントを無視して助けてしまえば、ホロスコープの評判は地に落ちてしまう。
勿論、あのギルドが航路を逸らすことでヌシのターゲットがまた変化してしまう可能性はある。それを理由にして助けに行くことも考えましたが、ヌシの攻撃は双方のギルドにとって戦況を覆す重要な要素の一つ。航路を逸らすことはないでしょう。
ですから、今回は私達が助けに入ることはできない。……すみません。
だけど、それでも何か、ヒントくらいはもたらせるかもしれない。特にあのロンリとかいうプレイヤー。私は“あれ”を、知っています。
だから、私は何かの助けになるかもと思ってアリスにロンリを倒すためのヒントを送りました。
「敵襲か!?」
そんな時。あたりめが声を荒げます。
見れば、私達の船に他の船から植物の一本橋が架けられていました。
その上を1人のドワーフ族プレイヤーが歩いてくる。
「……誰だ!」
あたりめはそのプレイヤーに大剣を向ける。
……んん?何か、私はこのプレイヤーを知っている気がします。
「……いや、待ってくださいあたりめ。私はこのドワーフを知っています」
「え、知り合い?」
あたりめは困惑した面持ちでこちらを見る。
私は自分からそのプレイヤーに歩み寄りました。
「確か……イグニス、でしたか。アリスの仲間の」
「……ああ。指揮の力添えをするために来た」
その言葉を聞いて、私は顔をしかめる。
指揮の手伝い、ですか。
「残念ですが、戦況は安定しています。気持ちはありがたいですが、助けは必要ありません」
これが名の知れたプレイヤーだったのなら少しは考えましたが、イグニスというプレイヤーが武闘大会で上位に入っていた記録はない。戦場を読み解き、必要な指示を下す力が備わっているかどうかは分かりません。もし指揮の実力がなければただのお荷物になる。
「ああ、確かに今はそうだな。……だが、この先戦場が混沌としたものになる――としたらどうだ?」
「どういうことだ?」
あたりめは尋ねる。私も首を傾げた。
「私は断片的だが未来が見える。そして、新たなレイドボスとこの海で争う未来を見た」
「何を言ってんだこいつは……。信じる奴が居ると思うか?」
あたりめは大剣を構えた。確かに、普通の人間がその言葉を聞いたのならば疑うでしょう。……だけど。
「イグニス。『新庄高校』という言葉に聞き覚えは?」
「ある。……ということは、君もか」
「ええ。『未来推量』のギフト……確かにあの場所で見た覚えはあります」
――私は、いや私達は、普通の人間ではない。
その時だった。システムの通知が流れ出す。
〈届かない叫び。永遠の罰。真なる世界の守護者〉
〈レイドボス:プリンセス・コロッサル=ニーク・ディリジャン LV:170〉
〈制限時間:5時間〉
「……っ。来たか」
「え、マジでこいつの言ってたことが当たってる……?」
「流石は第二世代のギフト……」
突然、湖のこれまで建造物のように見えていた物体が、浮上を始めた。
どうやらイグニスの言っていたことは当たりらしい。……それにしても。未来推量は確か、推測できる事柄が無ければ未来を予測できない筈。……どうして?
ですが、その不可思議なことを考えている余裕はありませんでした。
「ふぃー。死ぬかと思ったぜ」
そして、そんな間の悪い時に1人の男がこの船へ上がってきた。どうやらホロスコープの救助班がその辺で溺れているのを救助したらしい。
「オグロ。どうしてここに……?」
「ロンリに吹っ飛ばされて海に叩き込まれた」
「あぁ……。それにしてもオグロ、かなりタイミングの悪い時に来ましたね」
「え、どういう?……っておわっ!?」
どうやら、オグロは今更新たなレイドボスが現れたことに気づいたらしい。
そのまま綺麗に腰を抜かして船に倒れる。
「とりあえず、もうアリスの船には近づけなさそうですし。オグロ、支援役としてこき使われてください」
「はいはい、どうせ拒否権はないんだろ……」
オグロは渋々杖を構えた。
……さて。新しいレイドボスが現れたことについては驚きを隠せません。ですが、それでうろたえるほどホロスコープはやわじゃない。私達はすぐ指揮に付いた。
「あたりめは指揮を続けて!イグニスはあたりめの補佐を!」
「了解!」
「了解した」
私達は所定の位置に付く。……若干1名変な奴は居ますが。
「変な奴って、そりゃひでぇな」
「人の心読まないでください」
全く。オグロはこれだから困ります。
そして通常通り指揮を始めた私達でしたが――。
「まずい……指揮が全然通らねぇ」
ここで、1つの問題が発生した。
今回私達が動揺しなかったのはイグニスによって未来が告げられていたから。つまり、イグニスの未来推量が行われなかった場所では、混乱が起きている。
そして、その混乱は指揮へ悪い形で影響を及ぼす。
つまり――指揮が、全く通らない。
「あたりめ!もっとボリュームを上げて!」
「できる限り叫んでる!」
思わぬ新たな敵の出現によって混乱した戦場は、混沌極まりない状態になっていた。
触手によって壊滅状態にされた船がある。それを見て、攻撃対象をヌシから円盤に触手が生えたレイドボスに変える船がある。同じくそれを見て、この戦場から逃げ出そうとする船もある。
私達の指揮は、全くと言って良いほど通らなくなっていた。
「おいおい……これじゃヌシすら倒せねぇぞ……」
あたりめは呟く。その通りです、バラバラに好き勝手されてしまえば、倒せるものも倒せない。それがレイドボスとの戦いなら尚更です。
特に、戦闘から離脱されてしまうのが一番困る。貴重な戦力を失ってしまうことはなんとしてでも避けなければならない。
……だけど。どうすれば良いのか。
その時でした。
1人のプレイヤーが、立ち上がる。
「言っとくけど、俺にだってやれることはあるんだぜ?」
オグロでした。
実は、私はオグロのことをよく知らない。それはオグロが徹底的に隠しているからです。本当はどんな人物なのかとか、家はどこにあるのかとか、そして――彼の持つギフトが何なのか。
「オグロ……まさか」
「鈍いな委員長。俺がここで教祖になった時点で気付かなかったのか?」
オグロはそのまま歩いてあたりめの肩を叩く。そしてあたりめの代わりにマイクの前に立つと、私達に向き直ってこう言った。
「指揮は任せろ。――俺のギフトは、『人心掌握』だ」




