狂乱は狂宴と共に
「ものすっごい揺れてますけど!?大丈夫なんですか装飾屋さん!?」
「なぁに、大丈夫さ!」
私達の船は迫撃砲っぽい攻撃が大量に落下してくる中を無理やり突き進んでいた。
すぐ横で爆発する砲弾の衝撃を受けて、船がグワングワンと揺れる。
そもそも、ヌシを避けて『虹の一端』へ向かうだけならこんな危険な道を進む必要はない。
だが、そんな航路を選ばなくてはならない理由が私達にはあった。
その理由とは、「他にも私達と同じことを考えているプレイヤーが存在する」ということだ。
流石に多くはなかったが、それでも何隻かはヌシを無視して突き進んでいる船がいる。
というか、出発する時に団長がめっちゃガチガチに海の中で動けるような装備着込んでたのを見たのもある。どうやら今回も団長は敵らしい。
正直、私としては別に一番乗りを他のプレイヤーに渡しても良かったのだが。「錬金術師の研究日誌」のギルドメンバーや「ヒストリア」のメンバーが「やるなら一番でしょ!」っていうノリだったのが原因だ。
……いや、でもこんなところを進んでるのって今回舵を任せた装飾屋さんの趣味もあるんじゃないの?
とはいえ、どうやら装飾屋さんが出発直前に「運転をさせたら右に出る奴はいない」みたいなことを言っていたのは事実のようだ。
完璧な軌道で落下してくる砲弾を避け、それでいながら勢いを落とさず航行している。乗っている私達からしたら心臓に悪いこと極まりないが。
他に舵を任せられそうな人も居ないことだし、多少危険な目にあっても仕方ないか。
一回私も船を触ってみたことがあったんだけど、その時とかほんのちょっとしか動かせなかったからね……。そして、他のほとんどのメンバーも全く動かせなかった。唯一まともに船を動かせたのは2、3人程度だ。
……まあ、今はこの物凄く不安になる船の揺れと仲良くなるしかないか。
そう覚悟を決めた時だった。
「そこの錬金術師とかの船!そのまま突っ走れよ!」
そんな声がどこからか響いてきた。
この声は……あたりめさんか。だけど、どういう意味だ?
そして、その声と同時になにやら船上がざわめき始める。
船の後方を見つめていたイグニスさんが呟いた。
「……まずいな」
イグニスさんが少しだけ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
イグニスさんって、確か未来が見えるとか言ってたよね。何か嫌な未来でも見えたんだろうか。
「イグニスさん、また何か未来でも……?」
「いや、未来は見えてないが……後ろだ」
「後ろ?」
どんどんとざわめきが激しくなる船の上。
私は遂に後ろを振り返った。そして、見てしまった。
「っ……!?」
ヌシが、私達の船を追いかけてきていた。
巨体が水をかき分け、ヌシの巨躯と比べれば小さな私達の船へと一心不乱に向かってくる。船の上には、その光景に恐怖したプレイヤーしか居なかった。
そんな中、アイナさんがぽつぽつと何かよく分からない呟きを始める。
「【契約】、『呪いの装備』……代償は……あの名前……まさか!?」
はっとした表情になったアイナさんは、舵を取っている装飾屋さんに向かって叫んだ。
「装飾屋さん!速度を落としてください!ヌシは湖の中央へ向かう船を優先的に狙うっス!」
その言葉を聞いた装飾屋さんは慌てて船の速度を落とす。だが、イグニスさんが装飾屋さんの前に手をかざしてそれを遮った。
「ちょっ、何してるんっスか!?」
「速度を落としたら駄目だ。皆、あれを見ろ」
イグニスさんは船の後方に向かって指を指す。その指の向かう先は、私達の船を追いかけてくるヌシ……ではなく、それよりも少し右にズレた位置にあった。
そして、その場所にあったのは――。
「船……っスね。えっと、それが何か?」
イグニスさんの指の先にあったのは、一隻の船だ。
私は最初、その意味が分からなかった。だが、その船のステータスバーを見た瞬間に全てを理解する。
「あの船……「セブンクライム」の……」
セブンクライム。それは、『霊園リュミエール』に初めて行った時に私達を執拗に付け狙ってきた、また現実においても私の元へ突撃してきたプレイヤー、ロンリが所属しているトップギルドだ。
確か、あの時はロンリのみならず同じセブンクライムのメンバーも私達を襲ってきた筈だ。で、あれば……きっと、ロンリだけではなくギルド全体が私達に恨みを持っている、ということになるだろう。
この船には「錬金術師の研究日誌」以外にもヒストリアやオプティマス理想協会等も乗っているけれど、それでもおかまいなしに襲ってくる可能性はある。下手に近づくべきではないだろう。
「こ、航路を変えるとかは!?」
アイナさんが声を荒げる。しかし、イグニスさんはこれを首を振って否定した。
「ヌシは中央に一番近い船を狙う、それが本当なら今は航路を変えるべきじゃない」
「ちょっ、どういうことっスか!?」
当惑するアイナさん。それと対照的に、イグニスさんは冷静に続ける。
「この船がイベントに参加する有象無象の一隻、であれば舵を切っても問題はない。だが、現時点で既に私達の船はこの戦いを左右する要素の一つになっている」
「えっと……それは?」
あまり言っていることがよく分からない。私は詳しく話して欲しいと促す。
イグニスさんは数拍の沈黙の後、私達にこう告げた。
「――今の私達は、囮としての役割を皆から期待されている。多分だが、私達がヌシの注意を引くまでは奴は規則性の見つけられない動きをしていたんだろう。それならば当然ヌシへ攻撃することが難しくなる。……だが、そこへ現れたのが私達だ」
「囮……そういうことっスか」
アイナさんは何か分かったかのように1人頷く。
……えっ?どういうこと?
「ああ。私達は今、ヌシの注意を一番集めている。つまりヌシはこちらへ向かって動くことしかしない――プレイヤーからすれば格好の的だ。要するに、私達は今ヌシの動きをコントロールする役割を背負わされている。舵を切るということは、その期待を裏切り汚名を着ることを意味することになる」
そういうことか。
私もようやく理解できた。
確かに、よく見ればヌシの後ろでは隊列を組んだプレイヤー達の船がヌシに猛攻を仕掛けているのが見える。
「……ってことは、進み続けることしかできないってことですか」
「ああ」
苦虫を噛み潰したかのような顔でイグニスさんはアイナさんの言葉に賛同する。
仕方ない。湖の中央に着いたらすぐ虹の一端に潜る準備をしなくては。
そう思った時だった。観測手をしていたオグロがこちらへ声をかけてくる。
「おい!ヌシとの距離がどんどん縮まってきてるぞ!」
ヌシはそんなに速いのか。仕方がない、戦闘の準備を……いや、待てよ?
私は一つ、嫌な可能性に思い当たる。
……そうだ。船にパラメータがあったとすれば?
私達が生産系の大手ギルドに船の制作を頼んだ時、指定したことは「人数がある程度乗れて、かつできるだけ早く作って欲しい」という条件だ。
もし、指定できる条件に“船の速さ”があったら。そして、私達がそこを見落としていたとするならば。
――この船の速さは、最低ランクということになる。
「……まずい。ヌシだけじゃなくてセブンクライムとも戦闘になる可能性が高い」
私は呟く。
そしてその呟きに、アイナさんが反応した。
「え、どういうことっスか?」
「船、ってさ。速さのステータスとか、ある?」
私は恐る恐るアイナさんに尋ねてみる。
もし、あったとしたら。
「あるっスね。……え、もしかして」
どうやらあるらしい。そして、アイナさんもその質問の意図を察したようだった。
私はアイナさんに苦笑いを浮かべ、その後船に乗っている皆に向けて叫ぶ。
「皆!戦闘準備!――多分、この船は戦場になるから!」
――――
私の言葉は本当のこととなった。
まず、私達の船はヌシに追いつかれる。とはいえ、ヌシの攻撃は大ぶりなものが多かった為になんとか対処することはできていた。
しかし。私の想定した通り、セブンクライムの船はかなり速い船だった。まあトップギルドだし、そりゃ強い船持ってるか。
そして、セブンクライムの船との距離は徐々に詰まっていき――。
「アリスさん!『銃弾』がこっちの船に!敵が来るっス!」
「やっぱりか……!」
見れば、私の船に〈植物〉の形相が付いた銃弾がいくつも刺さっている。それは私の船とセブンクライムの船との間に橋を架けていた。
そしてセブンクライムの船から、大量の殺気立ったプレイヤーが植物の橋を易々と渡ってやってくる。それに加えて、セブンクライムは砲撃も放ってきた。どうやら本気でこちらの船を妨害しに来たらしい。
……っ。今、この船には白兵戦になった時に戦える人材はほとんど居ない。……つまり、どれだけプレイヤーをこの船に乗船させないかの戦いになる!
「皆!セブンクライム達を乗船させないで!」
砲撃を食らってグワングワン揺れる船の上で私は叫んだ。
瞬間、錬金術師の研究日誌連合から様々な遠距離攻撃が飛んでいく。
一瞬錬金術師のプレイヤーがあまりアイテムを持ってきてないのでは、と思ったのだがそれは杞憂だったようだ。……あぁ、『虹の一端』でモンスターと戦闘になるかもしれないからか。
「くっ……固い!」
そして船への乗船を妨害する弾幕の裏で、メルクらが船に突き刺さった〈植物〉の銃弾を切り落とせないか試みているのだが全くうまくいっていない。
……どうしてだろう。植物ならある程度時間さえあれば切り落とせる筈なのに。いや、まさか。
私は銃弾を撃ちながらメルクに叫ぶ。
「メルク!多分それ……〈岩石〉か何かを継承されてる!一旦諦めて!」
「……そうですか、その手が」
形相の継承。〈植物〉の形相を何か固い形相に継承されている可能性がある。
どうやら、相手方の錬金術の腕は相当進んでいるらしい。
「おいそこの奴ら!何やってんだ!?」
あたりめの声が聞こえる。見れば、私達は既にヌシの包囲網の中に居た。
……まあ、確かにレイドボス戦なのに仲間内でドンパチやってたら何やってんのって思われるよね。
うん。正直私としてもこの戦いをやめたいんだけど、どうして向こうが襲ってきてるか分からない以上止めようがない、ごめん。
そして、敵がこちらへの橋を作って1分は経ったが――奇跡的にも、私達の船に乗り込めたセブンクライムのプレイヤーは1人も居なかった。
多分、それは少し先の未来を見て的確に射撃できるイグニスさんの活躍とすぐ近くで暴れまわって海を荒らすヌシのおかげだろう。
だが、その優位ももう終わりを迎えようとしていた。
だんだんと弾幕が薄くなってくる。MP切れやアイテム切れ、弾切れなどが原因だろう。不意に、イグニスさんがこちらへ近づいてきた。
「アリス。私にはもうほとんど弾がない。もうこの船で役立てることはないだろう。……残り数発しかないが、弾と私の銃をアリスに渡す」
「……えっ?」
突然表示されるトレード画面。そこにはイグニスさんの渡すものとして、イグニスさんの銃とそれ用の弾が表示されていた。
「必ず使う時が来る。持っておいてくれ」
「えっ、いいんですか?」
確か、イグニスさんはこの銃しか武器を持っていなかった筈だ。それを渡す、ってことは……。
「私は皆の指揮に移る!後は任せたぞ、アリス!」
そう言って、イグニスさんは逆にこちらから銃弾の橋を渡って行ってしまった。
なんだかよく分からなかったが、きっと多分……これは重要な物の筈だ。
イグニスさんの意思は、継がなくてはならない。
「アリスさん!危ない!」
決意を満たしていた私の元へ、メルクが飛び込んでくる。
そのまま、メルクは片手に持った短刀で私へ襲いかかる凶刃を逸らした。
「どうしてこんなことを……!」
私へ襲いかかってきたプレイヤーに、私は見覚えがある。……ロンリだ。
「どうして?それは貴方達が考えることです!」
ロンリは逸らされた剣を持ち直すと同時に、もう片方の剣でメルクに斬りかかる。
メルクはそれを難なく避けると、ロンリと睨み合った。
ロンリが口を開く。
「もう貴方達は終わりです。この船に乗り込むことに成功しましたから」
見れば、弾幕が薄まってきたせいか次々とこの船にセブンクライムのプレイヤーが乗り込んできている。
今のところ皆がなんとか応戦してくれて助かってはいるが、それでもセブンクライムの船からはどんどんと増援が来ている。この船が堕ちるのも時間の問題だろう。
「だけど、俺達は諦める訳にはいけねぇんだよ!」
上からオグロが杖を振りかざしながら降ってきた。
ロンリはその攻撃を難なく弾く。
オグロは私に向かって口を開いた。
「アリス!お前は下がってな!」
「他の方の援護をお願いします!」
「わ、分かった!」
私はその場から離れる。
瞬間、三人の間で戦闘が始まった音が聞こえる。
私達と、セブンクライムとの戦いがどんどんと本格化してきている。
無事に『虹の一端』にたどり着けるように、私は心の中で祈った。




