スライムの宴
「ちょっと待って!私はこんな気持ち悪いところ行くの嫌なんだけど!」
「うっせぇ!さっさと行け!レベル上がらねぇぞ!」
「いやぁ!行きたくない!」
「その見た目でそれ言うの気持ち悪ぃぞ!」
どうやら覚悟を決めるしかないみたいだ。
確かに、ここは中々レベル上げには適した場所だとは思う。だとしても。
だとしても、こんなスライムだらけの中に突っ込むのは流石に生理的にきつい……。
「ほら、後ろもつかえてるんです。早くしてください」
いや後ろって何……。
――――
目に悪い緑色をしたスライムを、【ファイアボール】で次々と刈り取っていく。前回の狩りで手に入れた資金(正確には錬金術用ではなく別の生産職用だったレシピ本を売り払って残った金だけど)を使い、杖を手に入れる事ができたためかスライムのHPゲージがもりもり減っていく。
杖を使っているからか、【ファイアボール】のエフェクトも大きく見えた。
しかし、たとえスキルの威力が上がったところで物量相手には殆ど意味を成さなかった。
一匹倒せば次は三匹を相手取る必要がある。このままでは到底やっていけない。
ちなみに、他の二人は「パワーレベリングは嫌い」と言い、前回と同じくピンチになった時以外には戦闘に対する介入を行わないスタイルのようだ。
「緑色してるから炎に弱いとかもあるの!?」
「あるんじゃないかしら?」
「だな。お、このサンドイッチうめぇ」
「それは私の自信作です。どうです?一応料理スキルも取ってるんですよ」
くそっ……あの二人、自分たちは戦闘しないからってのんきにして……。
モンスターでも送りつけてやろうかと思ったその時、異変は起こった。
「……!?何あれ……!?」
“それ”が現れたとたん、今まで湖だった部分から水が消え去った。それは見る人によればスライムが全ての水分を吸い取ったと思う人もいるだろう。しかし、正確にはそうではなく――。
「あのさ、もしかして湖ぽかったところって……」
「あら、よく気づきましたね。あれ、実は全部スライムなんですよ」
うえぇ……気持ち悪い……そうこのフィールドを全力で嫌悪していると、後ろでピクニックを楽しんでいた二人が臨戦態勢を取り始めた。
「え、戦うの?アレと?」
「勿論です。急遽あれのドロップが必要になりまして、その為にアリスを呼んだんです」
「へ?呼んだ?」
何も分からずその場で戸惑う私。その姿に頭にクエスチョンマークを浮かべていた二人だったが、オグロはすぐ何かに気づいた素振りを見せた。
「あぁそうか、こいつ攻略サイトとか掲示板とか見ねぇスタイルか」
「なるほど。それならこのイベントを知らないのも頷けます」
「えっと……どういう事?」
二人の言っている事が意味が分からない。というか、こうしている時間はあるの?
その馬鹿でかいスライムはゆっくりとだが確実に、こちらに向かってきている。
因みに私は相変わらず周りを取り囲んでくるスライムを相手取るのに精一杯で、逃げることはできていない。
そうどうにか逃げようとしている私を放置して、二人はこの場所について説明し始めた。
「このスライムレイク、隠しエリアと銘打っておきながらそこまで隠されていないのですよ。普通に歩いていてもたどり着けるレベルでして」
「そうそう。んで、ここにたどり着けた一定レベル以下の奴ら――それこそスライムを大量に狩ってレベルが上がる奴な。そいつらはこぞってスライムをバリバリ狩るわけだ。
すると急にこいつが出てくる。そしてそのままこいつに潰されるか、逃げ帰って終わりだ」
「正確な出現条件はレベル7以下のプレイヤーがこのエリアでスライムを15匹以上倒すこと。そうしたらこれが出てくるの」
なるほど。つまりはこのゲームの初見殺し要因という訳ね。確かにそれなら掲示板なりサイトなり見ていればその情報を持っていてもおかしくはないけど。
……じゃないでしょ!やばいって!めっちゃ近くにあのデカいの来てるんですけど!
待って!ストップ!止まって!
「お、ナイスヘイト稼ぎ&床ペロ」
普通にあの巨体にのしかかられて死んだ。
というか、HPゲージが減るの見えなかったんだけど。のしかかられた瞬間秒で死んだんだけど。
「ちなみに、一応他のエリアでも出現するけど、それを狩ろうとするとレベルが凄く高くなってるだなんてオマケ付き。狩ろうと思っても狩りづらいことなんの……。
じゃ、私が狩るから。オグロ、デバフお願い」
「あいあいさー」
委員長は流れるように弓を構え、オグロが気の抜けた返事を返しつつ杖を取り出す。
私は『あなたは死亡しました』というウィンドウを眺めながらそれを見つめていた。
「【ピンポイントショット】」
「【ガードフォール】」
矢と、杖から出た光線が同時に巨大スライムの元へ飛んでいく。
光線が矢よりもほんの少し早くスライムに到達し、スライムに紫のエフェクトが表示される。それと同時に矢がスライムを貫いた。
スライムはその一撃で倒され、その形が崩れ去った。合体していたスライムと思われるものが辺一面に飛び散り、一部はこちらにも飛んでくる。
「邪魔ですね……【スプレッドアロー】」
委員長が放ったスキルで、飛んできたスライムもろとも付近のスライムが消え去った。
そのあまりの火力に私は唖然とする。レベル上げるとあんな事までできるんだ……。
「ここの適正レベルより大分上ですから。あぁそう、あの巨大スライムのレベルは15ですから、レベル範囲外という事で経験値は入っていませんよ」
「【リザレクション】、ほい蘇生」
「ありがと」
流れるように蘇生され、そのままステータスを確かめる。
確かに、私の今のレベルはちょっと前に上がった4のままだった。
PTに入っていれば死んでいても経験値は入るシステムだけど、見た目からして強そうなモンスターな敵を倒した割にレベルは上がっていないし、システムに弾かれたというのはすぐ分かった。
「あ、そうそう。死んでいてもドロップアイテムは手に入りますから、確認しては?アリス。運が良ければ結構な性能のアイテムが手に入りますよ」
「え?そうなの?ちょっと覗いてみる」
そう委員長にアドバイスを貰ったので、早速インベントリの中身を覗いてみる。するとそこには――。
「特に何もなかった」
「でしょうねー。俺もゼロ」
どうやらオグロもレアドロップはなかったらしい。というかレアドロップしても嬉しくないでしょオグロは。
委員長は慣れているのか、手早くメニューを開く動作をし、すぐ閉じている。ゲーム内でも長いロングヘアーを軽くいじり、ふぅと軽く息を吐いていた。
「必要なアイテムは手に入ったのか?」
「ええ。手に入ったわ。ありがとう、アリス、オグロ」
――――
その後、私がレベル5になるまでモンスターを狩り、ゲーム内での集会はお開きとなった。委員長が欲しがっていたのは《ヘクトビッグスライム》と呼ばれる、先程のモンスターが一定確率でドロップするアイテム、『粘着性ゲル』だそうだ。
何やらこれがないと建築物の拡張(?)ができないらしい。でもそれって結構不便なシステムじゃない……?
さて、そろそろ本題に入らねばならない。現在私は、《アリア》の街で奇妙なドロップアイテムを目の前にしている。
「塵……かな?これ」
それは、インベントリ欄に突如として現れたアイテムだった。名称不明、かつ全く説明すらないものだった。しかもそれが心当たりなく手に入っているのだからおかしいと思わない訳がないよね。
……とりあえず、鑑定でもしてみよっか。
「【鑑定】」
『塵』▽
〈粉末〉
塵。
……は?
いやちょっと待って、流石に雑すぎるでしょ。
……だけど、本当に何でこんなアイテムが?私がやった事と言えばスライムを倒して、ヘクトビッグスライムのドロップアイテムを手に入れた程度。こんなアイテムが手に入る余地はなかった筈。
それにしては鑑定結果が雑すぎる。何でだろ?どうしてこんなアイテムが……。
その時、私の中で何かが閃いた。
「鑑定レベルが足りない?」
そう、《鑑定》はレベルを上げる事で説明が詳しくなる。私はどこかでその情報を手に入れていた筈だ。他にこのアイテムについて確かめる方法はない……と思うし!早速、スキルポイントを振って確かめる事にした。
とりあえず2つ振ってみる。これで《鑑定》のスキルレベルは3になった。
「【鑑定】!」
『塵』→『何かの破片』▽
〈粉末〉
何かが破壊された跡。
いやその何かを教えてよ。
……だけれど、何かが破壊されたものという事は分かった。多分、これはただの塵ではない……と思う。きっと、多分《鑑定》のレベルを上げれば更なる情報が得られるのではないか。そう思って、鑑定のレベルを思い切って最大にした。
「お願い……【鑑定】!」