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久しぶりのエメラルド・タブレット

「……完全に忘れてました」


「っスね……」


 私とメルク、そしてアイナさんはエメラルド・タブレットの前の広場に居る。

あの後、色々と反対意見なども出たがアイナさんの激推しを受けて私達はイベントを全力で無視して『虹の一端』を目指すという計画を立てた。

そして立てたは良いが、幾つか実行にあたって必要なことができたために久々にここに居るという訳だ。


「『白金インゴット』……これかな」


 メルクは市場機能を使い白金インゴットを注文する。

白金インゴット。それはクエスト「賢者の記憶Ⅳ」の受注に必要なアイテムだ。

高価だ高価だと言っていた記憶があるが、回復薬ポーション騒動を終えた後の私達ならばゴルドは腐るほどある。


「おおう。入手に苦労した白金インゴットをああも簡単に」


 アイナさんが引いているのを尻目に、私はこれからどうするべきなのかを考える。

ヌシスルー計画(ネーミング:私)を実行するにあたって必要そう、と判断された事柄は大きく分けて二つだ。


 まず一つ目、船の調達。

アイナさんは『渡津海島ブルーホール』を泳いで湖の中央まで向かった(リアルで一日かかったらしい)が、流石にそんなことのできる時間と体力はない。

というわけで海上を自由に航海できる『船』系統の乗り物を調達することにした。


 本来、『船』系統の乗り物はギルドの総力を挙げて頑張って作るものだが、私達にはそれらをすっ飛ばせる財力がある。

という訳で大手生産ギルドに大体30人くらいは乗れる手頃な大きさの船を造ってもらうことにした。一週間くらいで完成するらしい。


 二つ目、もしヌシと戦闘になった時に戦えるように地力をつけておくこと。

あの後確認したイベント概要には、「ラストバトルが海上になった場合の為に『船』系統の乗り物を造っておくことを推奨します」、との但し書きがあった。

多分、イベントの結果によってヌシとどこで戦うかが変わってくるんだろう。

地上で戦うのなら良いが、海上で戦うことになった場合に航行ルートと戦闘場所が被ってしまうと問題になる。


 そしてその場合にヌシの攻撃をいなしつつ逃げ切れるだけの地力が必要だ、ということになった。

勿論正々堂々ヌシと戦って倒し、その後にゆうゆうと虹の一端に向かえば良いのではないかという意見も出た。出たのだが。

そもそもヌシを倒せるのか不明であること(どう足掻いても退散までにしか持っていけない可能性がある)、また【識別】のスキルレベルをマックスにし、レベル100までのモンスターのレベルを識別可能にしたプレイヤーでも【識別】を行っても識別不能だったという情報などを踏まえて勝ち目がないと判断した為、ヌシスルーという結論に至ったのだ。


 そういう訳で私達錬金術師組は地力を付ける為に錬金術を進めることにしたのだ。

メルクとアイナさんは完全に忘れていたけれど、アイナさんからダンジョンを攻略する代わりに「賢者の記憶Ⅳ」の受注方法の情報を受け取ったことがあった。

そしてその時に貰った情報が「『白金インゴット』を錬金に使用することで「賢者の記憶Ⅳ」が受注できる」という情報だ。


 というわけで私は材料と白金インゴットを錬金釜に入れ、錬金を始めてみる。

するとなんと、まだ鍋を全くかき混ぜていないのに【錬金術】スキルが完成を知らせてきた。

……超高速錬金、ってアイナさんは言ってたけど。かなり早いな、これ。


 釜から引き上げたものの出来栄えを確認していると、派手な音と共に通知が表示される。


〈クエスト「賢者の記憶Ⅳ」の発生条件を満たしました〉


〈エメラルド・タブレット前で受注可能です〉


〈「賢者の記憶Ⅳ」を受注しました〉


〈エメラルド・タブレットが一部読めるようになります〉


 あ、エメラルド・タブレットの前に居たら速攻クエスト始まるんだこれ。

結構久しぶりにエメラルド・タブレットの変化する文字が弾け、私のよく知る日本語に置き換わる。


 そこにはこのように記されていた。


『もし地へ蒔くならば、そは地上へと下降し、上なるもの下なるものの活力を取り戻す。

もし天へ捧げるならば、そは偉大なる受容の力で天界へと立ち上る。

もし水へ落とすならば、そは大いなる力の源泉を間近に振り撒く。

力を持ちし者の秘を解き明かせ』


「……相変わらず意味が分からない」


 多分、触媒(もしくは触媒の力)が“そ”って呼ばれてる奴で、それの秘密を解明しろ――的な意味なんだとは思うけれど。

どうすれば良いのか、皆目検討がつかない。


 とりあえずメルクにも一度読んでもらおう、そう動こうとした時だった。

画面が唐突に暗転する。

眠る時によくある、意識が落ちていく感覚を覚えた。

……そういえばこの感覚、大図書館でヘルメスの居る小部屋に移動した時も覚えた気が――。


「あぁ、目は覚めたかな」


 私は気づくと、どこかの小さな家の部屋に居た。

姿の見えない何者かが私に話かけてくるのも気にはなるのだが、それよりも気になるものが私にはあった。今いる部屋の窓から見える外の景色だ。


 輪郭のボケた、白昼夢のような町並みが少しだけ見える。

……間違いない、ここは《錬金都市プラハ》!

私は声をかけてくる何者かに心の中で謝り、どこかこの部屋から外へ出ることができる扉を探し始める。

すると、謎の声の主は驚いたような声でこう発した。


「……プラハのことを知っているのか。どうやら今回来たのは相当熱心な錬金術師のようだ」


「知ってるんですか!?」


 私は謎の声の主にそう問いかける。

だが、その問いに答えが返ってくることはなく、代わりに私が受け取ったのは少しズレた返答のみだった。


「すまないね。ここの部屋から外に出すことはできない。そういう決まり(・・・)なんだ」


 いや、私は過去にこれと似たような経験をしたことがある。

最初に錬金都市プラハの存在を知った時だ。

多分、あの時と同じようにこの声は録音された音声か何かなんだろう。

……というか、さらっと聞き流したけど“決まり“ってどういうこと?


 だが、それを考える暇もなく謎の声は次々と言葉を紡いでいく。

今の私は、それに対応するので精一杯だった。


「さて、話を戻そう。君はエメラルド・タブレットにある問いかけを全て解放した。おめでとう」


 ……え?

エメラルド・タブレット、あれまだ四分の一くらいしか日本語になってないんだけど。

問いかけ、というのは「賢者の記憶」系統のクエストのことだろう。回復薬ポーションを使ってクリアした「賢者の記憶Ⅰ」のようにクリアすれば日本語の部分が増える、と仮定しても流石に解放されていない部分の量が多すぎる。


 大体半分くらいは余る気がするんだけど……どうなんだろう。

とりあえずこの人(?)の話を聞いてみるか。


「だが、君は錬金術の指標を失くしたことで戸惑うだろう。問いかけに答えるのは困難だ」


 まあ確かにエメラルド・タブレットの文で要求されてることに対して何をすれば良いのか全然分かんないしね。その辺やっぱり運営は分かっててくれたのか。


「そこで、私は錬金術の真なる秘密に迫ることのできる“鍵”を用意した。鍵は合計十二個。私はこれを{十二の鍵}と呼んでいる」


 瞬間、私を取り囲むかのようにして十二個のそれぞれ形の違う巨大な鍵が現れた。

それらは私を中心として回転した後に、部屋の天井を突き破ってどこかへ飛んでいく。


「君には{十二の鍵}の在り処が記された場所への切符を渡そう。期待している」


 すると、私の元に〈モニュメントを解放しました〉という通知が届いた。

なるほど、モニュメントを使ってテレポートした先に{十二の鍵}の位置が記された場所があるのか。


 これで話は終わりかと思ったのだけれど、どうやら謎の声はまだ言葉を紡いでいく。

どうやらまだちょっと話はあるらしい。


「勿論、君は{十二の鍵}を探しても探さなくても良い。世界には多くの錬金術師達が居る。彼らに聞けば新しく学べることもあるだろう」


 あー、フリップさんとフロップさんの時みたいなアレね。

あの時も形相の継承っていうのが学べたし。ってことはまだ色々と新技術とかあるのかな。


「だが気をつけろ。彼らは重要なことを失念している。錬金術が何を目指していたか、という点だ」


 錬金術が何を目指していたか……?

そういえばその辺の話、全然聞いたことがなかった。確かヘルメスに最初会った時に「錬金術師は金を作ることが最終目標じゃない」的なこと言われたくらいだっけ?


「錬金術師はただ金を作る為に生まれてきた学問ではない。奴ら(・・)の思惑に惑わされるな」


 いや奴らって何さ。また何か変な情報増えたよ……。

まあ私は全部覚えられるからいいけどさ、これ普通のプレイヤーとか忘れない?

とりあえず考えるのは後にして今は情報を詰め込むことに専念するか。私はガチ暗記モードに入ることにした。


「それと、錬金術は一人では完成しない術でもある。そしてそこに真の役割を見い出せるかもしれないな」


 よし、覚えた。

他にはあるのかな?


「これで今、私から話せることは終わりだ。……あぁ、そうだ。最後に一つだけあったな。もし錬金術師に会ったのならば――ヘルメスの言葉を聞いた、と言ってみろ。新たな道が開けるかもしれない」


 瞬間、視界が揺らぐ。どうやら元いた場所に戻されるようだ。

あー、なるほどね。大体のプレイヤーはここで始めてヘルメスに会うからあんな風に勿体ぶって自分の正体を明かしたって訳か。


 一応このイベントを起こす前にプラハのあれでヘルメスに会うのも運営からしたら想定内っぽいけど……。やっぱり先にヘルメスに会っちゃってると驚きとか感動とか減るよね。ここで始めてヘルメスって存在に遭遇して、やべぇ!みたいな感じになった後にプラハのイベントで更にヘルメスの情報が!って流れが運営の想定なんだろう。


 なんかプラハの時は若干説明不足感はあったけど、なるほどここで会うのなら何もおかしくはない。

……あ、そろそろ暗転が解除されそう。

私は先程まで居たエメラルド・タブレットの前に舞い戻った。


――――


「アリスさん!ヘルメスさんに会えましたよ!」


 メルクが興奮気味にそう話す。

あ、そういえばメルクってプラハイベントに行けてないんだっけ。それならこの興奮具合も頷けるか。


「良かったねメルク。……ところで、このイベントってどれくらいのプレイヤーが経験してるの?流石に私達が最初ってことはないと思うけど」


「うーん、発生条件が「賢者の記憶」クエストをⅠ~Ⅳまで受注することみたいっスから、結構なプレイヤーは経験してると思うっスけどね。……というか、何でそんなこと聞くんっスか?」


 アイナさんから若干訝しげな視線を向けられる。

特に邪な気持ちはなかったので私はそれに普通に答えた。


「私、何だかんだで錬金術の研究をしてない期間が二週間くらいあったから。このゲームって色々話が進むの早いし。錬金術がどこまで進んでるのか気になって」


「あー、そういう事っスか。ならまあ大丈夫だと思うっスよ。今の所は錬金術、あんまり進んでないみたいですから。ついでに言うと運ゲー要素のある「賢者の記憶Ⅳ」のせいで、このイベントを経験したプレイヤーもそこまで居ないみたいっスし」


「なるほど……」


 横から聞こえてくる滅茶苦茶テンションの上がってるメルクの声を尻目にアイナさんと私は話を続ける。

話したい内容は色々とあったが、やはり一番の話題になるのは{十二の鍵}についてだ。


「{十二の鍵}って奴について、何か知ってることとかない?」


「十二の鍵は錬金術における“黄金の三脚”の内の一つ、バシリウス・ヴァレンティヌスによって書かれたものとして有名な本のタイトルですね!」


「十二の鍵は錬金術の奥義に関して書かれた本っス。錬金術にはありふれてるっスけど、寓意に満ち溢れていて具体的に何の奥義なのかは不明です。私は賢者の石について書かれたものだと解釈したっスけどね」


「なんでそんな詳しいの皆……」


 私そんなこと全然知らないんだけど。なんか凄い基礎知識みたいに語ってるけどさ、多分その辺を基礎知識にしてる人なんて1万人に1人もいないと思うよ?


「そういえば{十二の鍵}の在り処が示されてる、っていう場所へのモニュメントが解放されましたよね!行ってみませんかアリスさん、アイナさん!」


 メルクがだいぶテンション高めに私達を誘ってくる。

まあ行こうとは思ってたし、断る理由はないけど。


「あ、そういえばエメラルド・タブレットってモニュメントの一つじゃん。じゃあ行こっか」


 私はエメラルド・タブレット自体がモニュメントとして解放されていたことを思い出す。

実際問題モニュメントになる定義が謎だけれど、まあその辺は今気にするべき所ではない。


「じゃあ行ってみるっスか!」


 そうして私達は{十二の鍵}のある地点が示されている、という場所へと向かった。

そこで私達が見たものは――。

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