楽しい遠征
「えいす……んんっ、オグロは分かっていると思いますけれど、アリスはこの世界について分かっているんですか?」
こんな攻略最前線を往くトップのプレイヤー達と私みたいな初心者がパーティを組んで良いのかと思うが、委員長はその辺の事を全く気にしてないようだった。
ちなみに、先程の質問に対する答えはこうである。
「いや、全然知らないけど」
委員長――ゲーム内ではリーフという名前だ、が草原を闊歩しながら私に質問してくる。
確かに、この世界に関して何も考えた事が無かった。今までずっと色々間違えたとか地雷踏んだとかしか考えてなかったし。
「最低限覚えるべき事だけ話しておきますわね。ではまず――」
――――
「――という事なんです。アリスさん、ここまでわかりますね?」
「すんませんリーフ先生ー、眠いんで兎狩ってきていいっすかー」
オグロがだるそうに声を上げる。確かに長かった。ざっくりまとめるとこう……だと思う。
まずゲームシステムについて。いくつかのフィールドに別れていて、フィールドからフィールドに移動する際は一度それを守るボスを倒さなければならない。また、フィールドは一本道という訳でもなく、一つのフィールドから幾つかの新たな場所に繋がっているらしい。
例えば、今いる《原初の草原》エリアからは今のところ二つのフィールドに繋がっている事が確認されているらしい。
更に、街も一つのフィールドに複数存在していて、ここには《アリア》以外にも《オラトリオ》という街が存在しているとの事だった。
それに加えて、種族がキャラクリの時選べたが、それによってスタートする街もフィールドも変わってくるらしい。今のところは初期街がどこかのフィールドの一部だという事が判明しているだけらしいけど。
第二に世界観について。
この世界が何故できたのか、何によってできたのかが何一つ分かっていないらしい。普通なら神話とか図書館とかそういうもので分かりそうなものだけど、そういったものは今判明している地点ではどこにも存在しなかった。
モンスターの生まれる理由や、人間の生い立ち、街の歴史……それら全てが何も分かっていない。
ネット上では賛否両論らしいけど、私的には間違いなくアリ。だって、凄いロマンを感じるし。
「で、それを補ってくれるのがこのゲームのシステム」
「そう、その通りです。それこそがこのゲームの最大の特徴、“年表システム”です!」
「年表システム……」
「まあ、正確に言うと年表より日表と言ったほうが良いのですけれど」
年表システム。それは、プレイヤーの自己顕示欲を満たし、そしてこの世界の謎を解明するのに大きな力添えをしてくれるものだった。
例えばとあるプレイヤーが、フィールドボスを初めて倒したりと偉大な事を成し遂げたとする。そうすると〈年表に登録しますか?〉というウィンドウが表示され、それを肯定するとその偉業が年表に記載される。
この年表は誰でも確認する事ができて、誰かが年表に乗るとシステムメッセージでプレイヤー全員に通知されるのだ。
更に、そうして偉業を多く成し遂げたプレイヤーはゲーム中に出てくる絵画に登場したり、ゲーム内で販売される本に登場したりと、ゲームに深く爪痕を残す事ができるらしい。
「なるほど。いいんちょ……リーフは年表に載ったことが?」
「何回かは」
その瞬間、後ろから「えぇ!?マジかよ!?」とオグロの声が聞こえてきたが、委員長は無視して話を続ける。
「例えば、第一フィールドから次のフィールドに続くボスを最初に倒したパーティ、とかそういった形で年表に載りましたよ」
「さ、流石……」
そんな強さを誇る委員長へ、兎を追い回していたオグロが当然の疑問をぶつける。
「にしてもさ、inできる時間少なそうなのによくトップのプレイヤーになれたな」
「あぁ、こう見えて休日は一日中接続してますから」
「なん……だと……」
委員長はどうやらこのゲームにかなりハマっているらしい。
しかし休日丸々潰して大丈夫とは……。中々ハードな平日を送っているんだろうね、ご愁傷様。
……あれ?でも平日でも九時からならギルドで会えるとか言ってなかったっけ……?
それに気になることがある。このゲームは夢を使うゲームだ。一日中レム睡眠とか明らか体に悪いと思うけれど。
「一日中ログインって……それ一日寝っぱなしって事でしょ?大丈夫なの?」
「大丈夫、若い内に体は使って置くべきものなんだから」
「いや、そういう問題じゃないでしょ……」
その言葉を聞いて、私は多分そういう理由を付けてNHOをやりたいからなんだろうなと何となく察した。なんというか、流石委員長って感じがする。
「ねぇオグロ、アリス、休日はこうして一度集まりません?」
「いいのか?どう考えても釣り合ってないだろ俺ら」
「確かにそうですが、攻略ばかりで忙しないだけというのもつまらないものですから。それに、あなた方二人の成長も気になりますから」
「わぉ、強者の余裕って感じだな……流石だぜ」
――
「そういえば、アリスは錬金術師をしているとか」
「あぁ……そうだけど」
ついにバレてしまったか。実は、委員長はまあまあリアリストだ。あまり私が錬金術師に就いている事を歓迎する事はしないだろう。
――そう思っていたのだけれど。
「――分かりますよアリス!不遇な職業から嘲笑っていた皆を見返す――それがしたかったのでしょう!私も実は弓術士を選んだのはそれと全く同じなんです!大概のネット小説では不遇でしたからきっと不遇職なんだろうなぁと思い選んだのですがこれがなんと普通に強くて――――」
「うわっ、何アレ」
「あー、オグロは見るの初めてかぁ……委員長、たまにああなるから」
委員長はパッと見完璧超人に見えるけど、実際はちょっとアレな人だ。暇つぶしにと読んだ漫画からとあるジャンルにハマり、友人から紹介された自分自身の名前で読める小説サイトにハマり、その勢いで某異世界が売りの小説投稿サイトにハマり――。
その結果こうして、特に話が通じると確信した時にだけここまで饒舌になるのだ。というか、この委員長の考えてる私って、不遇職って分かっていながら突っ込んだ奴って事になってるんじゃ……?
「リーフ、私は不遇職にあえて突っ込むような修行僧じゃない。選んだ職がたまたま酷かっただけ」
「それこそハーレムでもなんで――え?あ、そ、そうだったのですか……これは失礼」
慌てて頭を下げてくる委員長。
個人的にはまだ話が続いていたのかと驚いたが、それは置いておこう……。
「お、そろそろ目的地についたんじゃねーのか?」
話が一段落着いたのを見計らって、オグロが声を掛けてきた。
委員長はその声で現実に引き戻されると、少し顔を赤くして軽く咳払いする。
「ごほん。……えぇ、ここが今回の目的地――その名も《スライムレイク》です!」
「スライム……レイク?」
一体どういう場所なのか――そう疑問に思い、目を向ける。するとそこには、想像を絶する光景が広がっていた。
うわっ……気持ち悪っ……。
平原を埋め尽くす、いや、埋め尽くしすぎてもはや平原かどうかすら判別できないスライムの大群があった。それはどこから来ているのか知らないが、明らかに異常事態である。これはバグなのではないか、その景色を見れば誰もがそう思うと言っても過言ではない。
「えっ……これ、何なの」
「説明がまだでしたね。ここは《スライムレイク》、スライム達の宴が日夜繰り広げられる――隠しエリアです」