頂点
「私は――ロンリ」
「どちら様ですか?」
第一印象凄いメルクっぽいと思ったんだけど。いやそこはさ、メルクは厳しいとしてもせめて知人でしょ。本当に全く知らない人ぶち込まれても。反応に困る。
「え、えっと……私が何か?」
とりあえず、私はその人に何かした覚えはない。なのでしらばっくれた。
が、どうやら知らぬ存ぜぬで通せる状況ではないようだ。掴まれた腕にかかる力が大きくなる。
「何かじゃない。貴方、この私のことを知らないのは良いとしても……こうなっている原因にすら気づけないのですか?」
「……はあ」
原因。原因ね。
いやまあ、うん。多分回復薬騒動だろう。というかそれ以外に考えられないし。
「えっと……まあ原因は分かるけど、それに対して私はどうしたら」
瞬間、腕にかかる力がもっと強くなる。どうやらその発言は地雷だったらしい。
「……どうしたら?貴方、置かれている状況を分かってないみたいですね。今、この場においては私が絶対的に上の立場にいるんですよ?償いを決められる権利は貴方にはありません。ですから私の言うことに――」
「そこまでです、ロンリ」
突然、上の方から声が聞こえた。
見上げれば、上段の方に委員長が壁にもたれかかって立っている。
「……委員長。どうしてここに」
「どうして、もありません。学校内の秩序は私が守る。それが生徒会長の役目ですよ」
「……へぇ。随分と上から目線で話すじゃないですか。プレイヤースキルは私の方が――」
「ここは学校です。地位なら私の方が上ですよ?」
委員長は毅然とした態度で生徒会長のバッジを見せつける。
少しの間。私の腕を掴んでいた手は離れ、苦虫を噛み潰したような顔でロンリさんは私から離れた。
「ロンリ。最近の貴方の態度は目に余るものがあります。確かに回復薬騒動で貴方が受けた被害には同情の余地がありますが、リア凸は流石にやりすぎですよ」
「五月蝿いですね……私が手を振ればNHOの半数のプレイヤーは動きますよ?」
ロンリさんは委員長の方に向き直る。
今度は委員長の方に向かって歩き始めた。階段を登っていく。
「ゲームをリアルに持ち込まない。引き継ぎコピペですか」
「おや?リア凸が怖いんですか?」
ロンリさんは階段を登りきった。そのまま委員長に手を掛けようとする。
「それは最早ただの脅しです。一応言っておきますが、この会話は録音してますよ?今アリスに手を出さずに引くのなら不問ということにしますが」
一瞬、ロンリさんの動きが止まる。
だがすぐさまロンリさんの硬直は終わり、委員長の肩に手を置いた。
「見え透いた嘘ですね」
「そうでもないですが」
委員長はウィンドウを中空に出現させ、そこから先程の会話の音声を流し始めた。
「……」
ロンリさんはそれに驚きの表情を浮かべる。
正直、私も驚いた。委員長って録音がクセにでもなってるのかな。あーでも委員長こういう人との対応は慣れてそう――いや慣れてないか。例の事件が起こったのは委員長が突っ込みすぎたのが原因だし。
暫くの間。ロンリさんは無言でその場を離れていった。
「危なかったですね」
「ありがと委員長……」
本当に助かった。
委員長が来てくれなかったらあの後相当ヤバイ事になってた気がするし。
私は委員長の元まで階段を上がり、元いた教室まで戻った。
……あれ?何か忘れてる気がする……。私、そもそも何しに教室出たんだっけ。
まいっか。
――――
良くないよめっちゃお腹すいたわ午後の授業!
くっ、そういえば私は食料を探しに購買まで行った時にロンリさんに絡まれたんだった!
「にしても、まさかこの学校にロンリが居るとはなぁ」
「驚きましたよ」
帰り道。
私は栄水から受け取った、賞味期限が切れてるリュック漁ったら出てきたらしい栄養補助食品を貪りながら“ロンリ”というプレイヤーについての話を聞いていた。
「にしてもまさかロンリすら知らねぇとはな」
「この人に常識を求めても無駄ですよ、栄水」
栄水が笑う。……なんかディスられてる気がする。
栄水は「それもそうだな」と言ってロンリというプレイヤーについての説明を始めた。
「ロンリってのはこのゲームでトップに立ってる奴、そう言われてるプレイヤーだ」
委員長が続ける。
「前回の闘技大会イベントの1vs1部門、あれで1位になったプレイヤーでもありますね」
そうだったんだ。全然知らなかった。
……確かに、それならロンリを知らないって言ったら驚かれるか。
「“アリス”がロンリに狙われた理由も一応説明しておきますね。ロンリが所属しているギルド、「セブンクライム」は傘下となるギルドに狩りをゴルドと引き換えに代行させていました」
物を説明される時にホワイトボードとプロジェクターないのって新鮮だな。
いやそんなことするのメルクしかいないけど。
「そしてセブンクライムが大量のゴルドと引き換えに結構な量の回復薬を交換する取引を交わしたすぐ後。貴方が回復薬騒動を起こしたんですよ」
「ちなみに大量のゴルドって大体何ゴルド?」
「1000万ですね」
「わあ……」
確かにそれなら私が恨まれてもあんまりおかしくはない気がする。バブルに乗っかって大損したならロンリ側が悪いって言えるけど、こればっかりは……。
まあ正直逆恨み感はあるけど。
「とにかく、一応釘は刺しておきましたが……気をつけてくださいね。リアルでもゲームでも」
「分かった」
あの様子では私に何かしようとすることを諦めてなかったのだろうことは分かる。
委員長と栄水にお礼を言って、私は二人と別れた。
――――
「……なあ委員長、本当の事を教えてくれよ。先物取引で大損したから、それはロンリのキレた理由じゃないだろ?」
「おや、勘が良いですね」
「セブンクライム関連で面倒なゴタゴタが起きてた。一体アリスは何を起こしたんだ?」
「回復薬で給料を払う制度の崩壊ですよ。あ、これ詳しいことはアリスには黙っておいてくださいね?これはまだアリスが背負うべき問題じゃないですから」
――――
『おはようございますっス!』
『おはようアイナ、どうしたの?』
私は特に課題とかもなかったので帰って早々NHOにインした。
そしてこの後どうしようか、と色々悩んでいた時にアイナさんからメッセージが来たのだ。
『頼んでた武闘大会の屋台の食べ物、どうっスか!?』
なるほど、用事はそれか。
というかそれなら前カフェで会った時に言ってくれれば良かったのに。
『勿論買っておいたよ!どこで会う?』
『じゃあ……今『名画テネーブル』のモニュメントすぐのところで出張考察屋やってるんで、来てもらえるとありがたいっス』
『分かった!』
という訳で私はモニュメントを使って『名画テネーブル』に移動し、アイナさんのお店を探すことにしたのだった。
ちなみに、『名画テネーブル』とは種族幽霊でスタートした時の初期ワールドだ。まるで絵の中に居るかのような幻想的な空間で、それに見合った敵やファンシーなモンスターが出てきて女性に人気だそうな。
ちなみに、このゲームには種族が11種類ある。それぞれに開始地点となるマップが用意されていて、それら全てはモニュメントを使って行き来することが可能である。
つまり、始めた時点でマップは11個用意されているのだ。そして私は一応全てのマップを回ってはいる。
っと、あれがアイナさんのお店かな?……まあお店の看板に思いっきり「考察請け負ってます」とか書いてあるし、多分そうでしょ。
お邪魔しまーす。
幸いにも店内がお客でごった返しているということはなかったため(というか結構閑散としていた)、私はすぐ受付っぽいところで座っているアイナさんの姿を見つけることができた。
「アイナさん!食べ物持ってきましたよ!」
「アリスさん!ありがとっス~」
アイナさんは私の姿を見つけると、すぐさまパタパタと駆け寄ってきて私の手を握る。
「いやぁ、今の店番が私だったんス。勝手に店を出るのはどうかなって思って。わざわざいらっしゃって頂きありがとうございます」
「いや、そんなかしこまらなくても……」
「あ、つい癖が。とにかくありがとうございますっス!」
私はそのままアイナさんに店の受付っぽいところまで誘導される。
アイナさんは受付テーブルを飛び越えて向こう側へ移動した。
……移動がえらく雑だ。
「そういえば、考察屋とか言ってたけど……それって何なの?」
「あぁ、それは私らのギルド、「ヒストリア」が『開業届け』を使って作った全く新しい――というか新しすぎて人が来るかも微妙な商売っス!」
アイナさんは胸を張った。
微妙な静寂が辺りに訪れる。
……というか「ヒストリア」って『開業届け』が貰えるくらい累計ランキング上位にいたんだ。全然知らなかった。
「ま、やってることって言ったら考察の代行やってるだけなんスけどね。それに最近は何か体のいい相談屋みたいな感じになってきてるっスし」
ふぅ、とため息を吐いてアイナさんは椅子に深くもたれる。
「あ、アリスさんもゆっくりしてって大丈夫っスよ。結局のところ人は殆ど来ないので」
「あ、はい……」
私は受付の前にあった椅子に着席する。
そして私は屋台で適当に見繕って買ってきた食品アイテムを受付カウンターの上に取り出した。
「おぉ……これぞ伝説の屋台メシ……!」
アイナさんはよだれがたれそうな勢いで食品に見入っている。
まあ、確かにこのゲームは食事をしたらその食品の味がする。美味しいものは美味しいし、まずいものはまあ普通にまずい。
「いやー、リアルだとこういうご飯は食べられないんスよ~」
「ありがとうっスアリスさん」と付け加え、アイナさんは私が買ってきた食品アイテムを食べ始めた。
……え、屋台の食品が食べられないってどういうことなの?……いや、これは突っ込まない方が良い案件か。私は黙っておくことにした。
――――
「ザ・屋台って感じの味でした!ありがとうっスアリスさん!」
「いや、そこまで感謝されなくても……」
アイナさんはなんと私が買ってきた10数個の食品アイテムを全て食べ尽くした。
そしてそれよりも驚くべきことに、食べ方が滅茶苦茶綺麗だった。美しさすら覚えるほどの。
……なるほどね。アイナさんが「現実でこういう食品食えない」って言ってたのはあれか、なんかお嬢様系のキャラがフライドポテト食って感激する奴。多分あれに違いない。
ちなみに、私が店を訪れてからまあまあ時間が経ったが……考察屋に客は今のところ一人も訪れていない。やばくない?
「あ、そうっス。アリスさん覚えてるっスか?『ケニス大図書館』で手に入ったあの紙のこと」
「え、何それ」
そんなのあったっけ?……あ、よく考えてみればあったような気がする。なんだっけかな……。
「あれっスよあれ。『真なる原風景を近付けるな』、『迷妄機関を呼び戻せ』とかいう紙」
「あ、あれか!」
そういえばそんなのが『ケニス大図書館』から発見されたとか言ってたね。
それで……えっと、確かヒストリアは『逆転湖』にその類の紙がある、って睨んで闘技大会中に色々探し回るとか言ってたような。
「……あれ、闘技大会中探し回ってたならなんでヒストリアが『開業届け』持ってるの?」
「それは普通に買いました。市場機能で」
……あそっか。アイテムだもんね、そりゃ売る人もいるか。
「まあそれは置いといて、その類の紙を探し回ったんスけど……残念なことに、他の紙は一枚も見つかることはなかったっス」
「あ、そうなんだ……」
「まあその代わりに別の奴が色々見つかったんスけど、とりあえずアリスさんに関係しそうなことだけお伝えするっスね」
お、それは普通にありがたい。
しかし、私に関係しそうなことか……。なんだろ?
「結論から言うっス。『錬金都市プラハ』、多分アリスさんが体験したイベントと全く同じもの。それに私も遭遇したっス。それと、プラハに関係しそうな手がかりも」
「本当!?」
……はっ。つい大声を出してしまった。というか机バンって叩いて立ち上がっちゃったし。
私は顔を赤くして椅子に座り直す。
「「ここに来たのは三人目」、そう言われたっスね。先の二人はアリスさんとメルクさんっスよね?」
「え、違うけど」
「えっ?」
アイナさんがきょとんとする。
私はとりあえず覚えている限りのことを説明した。
「アリスさんが入るより先にプラハを知ってたプレイヤーが居た、ってことっスか?」
「うん、多分そう」
私は頷く。確か、あの時は私しか入ってなくて――なのに「二番目の訪問者」的なことを言われた筈だ。
「あー、ならちょっと怪しい錬金術師のプレイヤー知ってるっスよ」
「え、本当?差し支えなかったら教えて欲しいんだけど」
アイナさんは頷く。
が、その時。突然の通知が私達に訪れた。
〈フォルシェンが新ワールド『霊園リュミエール』を発見しました〉
〈フォルシェンが「『名画テネーブル』-『霊園リュミエール』間の隠し通路を発見」の偉業を達成しました〉
「――!」
その通知の意味を理解してからのアイナさんの行動は早かった。
「ちょっと待っててっス!」と私に口早に告げると、すぐさまアイナさんは誰かとボイスチャットを始めた。
何を話しているかは分からないが、まあ多分ヒストリアのギルドマスターとかその辺だろう。
まあこの通知が何を意味するかは分かる。新ワールド、私達が『迷妄機関』を発見した時と全く同じことが起こる筈だ。
できることなら同じ新ワールドを発見したもの同士、フォルシェンさんに何かしてあげたいけど……まあできないだろうなぁ。南無。
――――
それから数十分が経っただろうか。事態は急速に動き始めた。アイナさんは私に興奮した表情で告げる。
「アリスさん!私のギルマスがうまくやってくれたっス!情報屋に……情報屋に新ワールドの情報が入荷されたっス!待っててっスよ新ワールド!」
急速にアイナさんのテンションが上がっている。ギルマスがうまくやったとか言ってるけど一体ヒストリアのギルマスは何をしたんだ……。
「というか、それ言っていい事なの?」
「……あっ。……まあ色々と恩があるっスから、大丈夫っスよ多分」
……割とヤバい案件なんですね、それ。
うーん、にしても……新ワールド、かぁ。
……うん、面白そう。知人募って行ってみるかな。
「――あっ。でも情報を買うお金が無いっス……」
アイナさんが途端にしょぼくれた顔をする。
そっか。まあ新ワールドの情報だもんね。そりゃ結構な額するかぁ。
でもまあいけるでしょ。
「じゃあアイナさん、一緒に行く?私情報買ってくるから」
「……へ?良いんスか?というか新ワールドの情報が買えるお金はどこから?」
恩は売れる時に売るものだ。私はドヤ顔でこう告げた。
「屋台の売上」




