『携帯型アトリエ』と現実
私は累計ランキング1位の報酬を見て驚愕する。
「一つしか選べない……!」
え、これって職業別ランキングの報酬みたく色んなアイテムの中から選べるとかそういうのじゃないの。
報酬リストには“1位報酬”と書かれたボタンしかない。一応スクロールバーは表示されているのに動かせる気配がないため、私は何かのバグかと疑ってイベント報酬の載っている公式サイトを確認した。
「あっ」
流石に報酬が一つだけ、ってことはなかったけど選べませんでした。
……。ただ累計一位、って称号の為だけに奔走してたからなぁ……。
全然報酬確認してなかった。うん。次回から気を付けよう。
「さて、中身は……」
既にサイトで報酬内容を確認していたので面白みも何もないが私は一応報酬に漏れがないかを確認する。
一つ目。300万ゴルド。
うん、いらない。次。
二つ目。次回アップデートにより追加される『称号システム』を先に体験できる権利と称号。与えられる称号は『伝説の大屋台主』。
いやこんなの付けたら私とメルクの炎上もっと酷くなるでしょ。何かしら効果があるらしいけどいいや。いらない。次。
三つ目。同じく次回アップデートにより追加される『開業システム』を先に体験できる権利とそれに使うアイテム。『開業届け』を使い、自分の持つ住居を一つ指定することでそこで何かしらの商売を行うことが可能になるそうだ。
……既に『市場』とかあるのに、このシステムは一体何のために追加されるんだろう。雰囲気作りとかかな。
……あ、でもこれを『携帯型アトリエ』に使えるんだったら結構面白そうなことができるかも。よし、いる。次。
四つ目。『定点転移石』10個。
これまで立ち寄ったことのある街に転移できるアイテム。モニュメントとの最大の違いはモニュメントがなくても転移できる――即ちフィールドからの逃走に使える点だ。
このゲーム、PKされると所持金の半分ほどが相手に持っていかれる。多分それ対策だろう。まあ普通。次。
五つ目。『特級生産職支援セット』5個。
使った人の職業に合わせた色々なアイテムが手に入るもの。
でも錬金術師の時って……何が出てくるの?
まあパーティグッズには丁度いいね。次。
……次、ないんだけど。
「え、もう終わり?本当に?」
…………。
私の呟きに反応はない。独りで報酬を見ているのだからそりゃそうだけど。
やっぱりメルクがいないと寂しいなぁ……。
……。うん、気を取り直そう。とりあえず早速『携帯型アトリエ』使ってみよう!
ちなみに、闘技部門の報酬も届いていたが中身は見事に戦闘職向けだった為ホロスコープに全て投げつけた。
――――
「よし、じゃあ早速……」
私は『携帯型アトリエ』のヘルプを参照しながらアトリエを展開できそうな場所を探す。
ちなみに、ヘルプに書いてあったことをまとめるとこうだ。
まず、展開できるのは“安全地帯”と呼ばれる場所のみであること。
安全地帯とはフィールドに時々ある場所のことで、割と大きめの水晶っぽい何かが立っている周囲を指す。
そこには何故かモンスターが寄り付かないので、基本的に気が休まらないフィールド探索の中でも唯一気を休めることのできる地点だ。
そして、『携帯型アトリエ』はその付近もしくは割と大きな空間がある街の中でしか展開できないそうだ。
次に、内部について。
魔法か何かで内部の時空間を弄られているようなので、外見は人一人がギリギリ入れる程度の大きさながら内部は大体8畳ほどのスペースがある。そしてシステム的にはプレイヤーが購入できる住宅と同じそうで、住宅でできることなら『携帯型アトリエ』でも可能だそうだ。
……っと。展開できるフィールドの安全地帯見つけた。早速やってみよう。
私は早速インベントリ内の『携帯型アトリエ』を選択して展開する。
すぐさま目の前にちょっとしたエフェクトと共に人一人がギリギリ入れるくらいのテントのようなものが現れた。
丁度私の目の前に扉ができる。
恐る恐る扉をくぐると、そこには――。
「わぁ……!」
想像していたよりも若干広めの部屋が広がっていた。床は温かみのある木材のような、壁は漆喰のような感触と見た目がある。
当然これらは壁紙とかを買えば変えることができるらしい。
ちょっと残念なことといえば、どうやら土足で上がるタイプの家らしいことだ。玄関ないし、多分そうだと思う。
……まあファンタジーだしね。しょうがないか。
……さて。
これでも一応私は女子だ。自分の部屋を可愛く改造したい欲は当然持っている。
そして現実ではそういったことは親が許可してくれなかった。しかしVRなら――。
クックック。私は笑う。
今の私は闘技大会の屋台の収入で死ぬほど懐が潤っている。
つまり――どんな家具も買い放題って訳さ!
「腕が鳴るね……」
私は早速街へ走った。
――――
『携帯型アトリエ』ヘルプ[Q&Aコーナー]
Q.『携帯型アトリエ』を回収しないままでいたらどうなるんですか?
A.その地点にアトリエは残り続けます。ですので回収は絶対に忘れないようにしてください。
――――
ふっ。
まさかどの安全地帯に『携帯型アトリエ』を展開したか忘れて探し回った馬鹿がいるなんてね。
ヘルプもっとしっかり読んどくんだった……。
だけど、まあこうしてなんとかアトリエを発見して内装の改造も完了したって訳ですよ。
ちなみにそうこうしている内に現実の時刻は深夜0時を回っていた。
そろそろNHOからは落ちるつもりだけど、その前に一つだけ。やっておきたいことがある。
そう、『開業届け』だ。
これが果たして『携帯型アトリエ』にも使えるのかどうかを試しておかねばいけない。
私にはこのアイテムを見て思いついこと――というか“夢”がある。
『開業システム』と『市場』。ずっと開業は市場の劣化版だと思っていたが、よく考えれば開業は市場にはない凄い特徴があったのだ。
そう、NPCに商品を売ることができること。他にも色々な点で大小差異はあるだろうけど、多分一番大きいのはこれだ。
そして、私はこの自宅件お店となる『携帯型アトリエ』を使ってプレイヤーではなくNPC中心に商売を行おう、そう考えたのである。
何故か。それは簡単だ。
それが一番厄介事に巻き込まれなさそうだから。
後、不定期に時折街に現れる移動式のお店ってロマンあるじゃん?
私はそのロマンに生きたくなった。
という訳で内装は可愛く、かつポップに、そしてお店らしくをモットーとしてデザインしてみた。
後々フレンドにも見せてみる予定だ。
「使えますように……!」
私は『開業届け』を使い、新たに出てきたウィンドウの中の「開業する住居」という欄に『携帯型アトリエ』を入力し、OKボタンを押す。
ロードを挟んだのだろうか。若干のラグと共にウィンドウは閉じ、〈アリスさんの『携帯型アトリエ』が商売を始めました!〉という通知が訪れた。
……これ、全体通知じゃないよね?
確認してみたらフレンドにしかいかない通知らしい。良かった良かった。
そしてフレンドは時間が時間というのもあり誰もオンラインじゃなかった。
……よし、と。
現在時刻が火曜日の午前1時――月曜日の25時のため、流石にそろそろ寝ないとまずい。
私はNHOからログアウトし、バイザーと触感マントを外してお風呂に入って寝た。
――――
そして時間は飛んで昼。
私はオグロこと栄水と一緒に購買のパン争奪戦に参加していた。
「オグ――栄水!ヘイト集めて!」
「了解!」
栄水が既に手に入れていた焼きそばパンを手に入れたと声を張り上げる。
焼きそばパンは人気ナンバーワンのパンだ。当然カウンターのそちら側へ人がなだれ込み、私が狙っているカツサンドの側に人が少なくなる。
「よっし!」
私は薄くなった行列をなんとかかき分けることに成功し、袋に包まれたカツサンドを掴む。だが――。
同タイミングでカツサンドを掴んだ人間がいた。
その人間は目元が伸びた前髪で見えない、少し地味な――いつぞやかどこかであったことのある気がする女性だった。
「――ッ」
私とその女性は膠着状態に陥る。
渡すべきか、渡さまいべきか――本来この高度な心理戦は結構な時間続くのだが、今回はそうでもなかった。
「っ!」
バッと、カツサンドが持っていかれる。
ついでに何故か目元が前髪で隠れた子に睨まれた。え、なんで?私何かした?
私はその子に声を掛けようとした。が、その前にその子はお会計を済ませてそそくさと出て行ってしまった。
仕方ない。カツサンドは諦めて他の奴を買うし――!?
殺気!
「……す、すみません!」
私は思わず謝る。
後ろに学校一の女不良として名高い存在が居たからだ。落ち着け、この人をよく分析しろ――私。
手にはカツサンド。なるほど、既にパンをゲットしていたがもう一つパンが欲しくなってこちらへ来たのだろう。
そして私はその女不良の射線上にいる……そして私に対して何かを言いたそうな表情をしている……か。相当まずいねこの状況は。
というか栄水の気配がしないなと思ったら……あいつ、この人が並んでることに早々に気づいて退散してやがる。なんて奴だ。
「すみませんでしたー!」
私は一言謝って逃げ出した。
そもそもこの女不良とはいい思い出がないんだよ私は。割と真面目に痛い目にあったから……。
――――
結局パンを買えなかった私は委員長と栄水の二人から食事を恵んでもらっていた。
お恵みを受け取っている中、私は委員長から幾つかの忠告を受けていた。
「いいですか?目立った活動は自粛すること。今絶賛炎上中なんですからね?」
「分かった委員長」
委員長はしきりに掲示板のウィンドウを見ている。
まあ多分私とメルクがボロクソに叩かれているんだろう。
「あ、これは貴方達のスレじゃないですよ。別のスレです」
「え、じゃあ何のスレなの?」
「ホロスコープのスレです。私が貴方達と深く繋がっていると思われていないか、心配でしたので」
へー、と私はパンをかじりながら相槌を打つ。
「そういえばさ、どうやってホロスコープは錬金術師が責められるのを防いだの?無理じゃない?」
「あぁ、貴方二人にヘイトを大量に集めることでそのことから目を背けさせた――って言ってましたね」
「えぇ」
そんな。
いや、だけどそれ以外に方法ないか……。
……というか貰ったパンとおかずがもうなくなった。
「もう少しお恵みをお与えになっていただけないでしょうか……」
私は二人に頭を下げる。流石に卵焼きと冷凍ミニハンバーグとパン4分の1じゃ足りない。
「いや流石に無理」
栄水からそう言って拒否られる。委員長からも「厳しいですね」との返答が返ってきた。
「ならパンの耳だけでも……!」
「焼きそばパンに耳ねぇよ」
……。
「……食料探してきます」
「行ってらっしゃい」
幸いにも、ここは購買でパンの他にお菓子も買うことができる学校だ。
もしかしたら栄養補助食品とかが入荷されてて売っている可能性だってある。
私は食欲を満たすために再度購買へ赴いた。
――――
「…………」
「……」
「…………」
私は今、購買へ向かう途中の廊下において先程カツサンドを持っていった目元が隠れている女性と相対していた。
目元が読み取れないせいで相手が何を考えているかは分からない。が、少なくとも楽しいことではないってことは流石に分かる。
「…………ください」
「はい?」
「付いてきてください」
私は腕をガシっとその女性に掴まれた。
……意外と力が強い!私は抵抗することもできたが、割と周囲の目がある中全力で抵抗するのは気恥ずかしいのでおとなしく引っ張っていかれることにする。
引っ張られるがままに私が連れて行かれたのは、校舎の中でも人気の全くない――なんでこの階段存在してんのといつ突っ込まれるのか分からない階段の踊り場だ。
そのまま私は目元の隠れた女性に詰問される。
「……貴方。貴方はNHOのアリスというプレイヤー、ですよね?」
「……」
私は黙秘権を行使した。
下手にはいそうですって答えると一体何をされるか分からない。この前生産部門でやらかしたばっかりだし。
正直、この女性が誰なのかが分からない限り下手にそういうことは言えない。なので私は逆に質問をする。
「その前に……あなたは、誰なの?」
目元を隠した女性は一瞬逡巡する。
陽の差さない暗い踊り場。女性の表情はこちらから見ることはできなかった。
「私、ですか。そうですね。分かりました。…………私は――」




