闘技大会の終わり
「……どうしよう」
あれから結構な時間が経った。だが、私は全くよく分からない路地から動くことができていない。……あんな風に別れてしまった手前、今更メルクに連絡するというのも忍びない。
かと言って連絡しないのも……。
天気が徐々に悪くなり、遂に雨が降り出し始めた。
傘を持っていなかった私は為すすべもなく雨に濡れる。冷たくて気持ち悪い。
「あら。どうしました、アリス」
私に向かってそう微笑みかけたのは、委員長だった。
「はい、傘です」
そう言って委員長は私にトレード申請を送ってくる。
……いや、傘一本1000ゴルドって何さ。高くない?
「今の貴方は大金持ちでしょう?それくらいふっかけないと」
「……」
私は要求された金額を支払って委員長から傘を買った。
私は無言で傘をさす。雨は一層強く降ってきた。
「何があったかは知っています。とりあえず、近くのカフェで話し合いましょう」
「……うん」
私は委員長について行く。
目の前に人が居るというのに、私の頭の中はこの問題をどうすればいいかで一杯だった。
――――
軽く歩いて私達がたどり着いたのはいつものお店――即ちアデプトさんの店だった。
「……カフェって、アデプトさんのお店のことなの」
「そうですが?」
いや違うでしょ。ここ普通のお店だよ?くつろげるところじゃないから。いやまあ確かに私達もナチュラルにカフェみたく扱ってた節はあったけどさ。普通に迷惑だから。
「ご注文は?」
!?
あ……アデプトさん!?
何……何その滅茶苦茶似合わないエプロン姿は!?
「珈琲で」
いや委員長もナチュラルに注文しないでよ。
え、何があったの?
「……あ、あの。ここって、錬金術のアイテムを売るお店じゃ……」
「あぁ、そうだね。だが時代の波とは恐ろしいものだ。あらゆる物をいとも容易く塗り替えていってしまう。ある意味本当の波よりも恐ろしいものかもしれないね。そして私の店もそういった部類の波に飲まれてしまった。勿論、飲まれまいと努力することはできる。だが時には抵抗をやめて飲まれてしまった方が上手くいく時だってある」
「は、はぁ……」
それ結局どうしてお店がカフェになっちゃったのかを説明してないよね。
そう困惑する私をよそに、委員長と死ぬほどダサいエプロンを着たアデプトさんは話を進めていく。
「そういうことです。大体思いつくような飲み物は出てきますから、好きに注文してください。……あ、勿論アリスの奢りでお願いしますね?」
「…………じゃあ紅茶で」
「かしこまりました」
アデプトさんは伝票を書き終えるとそう言ってカウンターの奥へ行ってしまった。
あまりに突然なことに呆然とする私を放っておいて、委員長が話を切り出す。
「さて。……アリス。今回の事件、私から言わせてもらえば『問題ない』と言えるものです」
「……そう?」
私は訝しむ。
委員長は余裕を持った表情を崩さない。
「ええ。今回の一件、確かにアリスさんとメルクさんは私達の力でもってもどうしようもないくらいに責められています。ですが錬金術師という職業自体はそこまで責められませんでした」
「……え、そうなの?」
それは私にとっては意外なことだった。
何故なら私達の起こした問題にかこつけて錬金術師という職業が責められていると思っていたからだ。錬金術師はこれまでずっと不人気な職業だったし、突然の錬金術師需要の急増を快く思っていない輩も居るはずだ。
「なのにどうして……?」
「勿論そういった輩もいましたよ。ですがその程度なら私達だけで対処できます――というよりしました。「ホロスコープ」にはネットに強い方も居ますしね」
うう、流石委員長……。やはり人脈こそ力だったか……。
なんというか、いつも委員長にお世話になりっぱなしな気がする。
いつか何かお礼をしないと……。
「……まあ、実は私達もこの騒動で一儲けさせて貰ったので。これくらいはお返ししないと」
そう言って委員長はニッと笑うと、私に累計ランキングの画面を見せてきた。
委員長は累計ランキングで17位の屋台を指し示す。
……わあ、500万ポイントはある。稼ぎがそのままポイントになるから……結構な額稼いでるね。
「まあとにかく。イグニスさんと話していたことのように、錬金術師の立場向上の妨げになる事件ということではありませんので。安心してくださいね?」
委員長はバチっとウィンクを決める。
……あれ?イグニスさんと話してた時って委員長いたっけ?
そんな時。一度話題を打ち切るかのように、私達の元に飲み物が運ばれてきた。
「どうぞ、珈琲と紅茶っス」
「ありがと――!?あれ、アイナさん!?」
私達に飲み物を持ってきた店員。その声とその見た目は間違いない――よく見知った人物。そう、アイナさんだ。しかもアデプトさんと同じく死ぬほど似合わないエプロンを着ている。
「実は今日だけ暇を貰ったんスよ。なんでアリスさん達に連絡しよっかなーって思いはしたんスけど、ちょっと修羅場っぽかったっスから」
「じゃあなんでこんなところの手伝いしてるのさ……」
「クエスト消化っス。「錬金店の手伝い」ってクエストっスね」
……そんなクエストあるんだ。全然知らなかった。
「というかなんかもう錬金店ですらないような気がするんだけど」
「それは私もそう思うっス。なんかアデプトさんに聞いてみたら、ちょっと前に来た錬金術師のプレイヤーに――っと。アデプトさんに呼ばれたので!では!」
そう言ってアイナさんは言葉を半ばにしてカウンターの奥へと出向いていった。
閑話休題。委員長はそう呟いて珈琲を飲んだ。
どうやらここからまた真面目なムードに戻るのだろう。私は委員長に質問をする。
「……この騒動で、どれだけ普通の……何も悪くないプレイヤーに迷惑がかかったの?」
私がこの騒動で心配していることは大きく分けて三つある。
一つ。錬金術師のイメージダウン。これは問題なかった。
二つ。一般プレイヤーにかかった迷惑。
三つ。メルクに対する邪な気持ち。
私達がネットでボロクソに叩かれていることは別にどうでもいい――と委員長と話していて感じ始めた。私達がこうしてネットで多くの人から責められるのはこれが始めてではないからだ。
『迷妄機関』を見つけた時にもどうせネットは同じように大荒れだっただろうし、そう思えば別に大したことではないような気がしているのだ。
委員長は私の二つ目の心配事についての質問に答える。
「そうですね……具体的な人数は分かりませんが、結構な数は居るでしょう。あれほどのバブルはこのゲーム史で類を見ないものですし」
「……やっぱりそっか」
申し訳ない気持ちで私の胸が一杯になる。もしかしたら引退者すら出してしまったのではないか、そう思うと本当に……やるせない。
「……。まあ、こればかりはどうしようもないですね……。迂闊に手を出した方々が悪い、としか」
「そう、だよね……」
沈黙が私達を包む。
心なしか委員長が気まずそうな顔をしているように見えた。
「はい暗いっスよ二人共!こちらお代わりの珈琲と紅茶になるっス!」
「うわっ!?」
……普通にビックリした。
ちょ、アイナさん唐突すぎ。
「いや、私お代わり頼んでないんだけど……」
「私も……」
「アデプトさんからの粋な計らいっス!あ、いらないなら私が飲むっス」
どうやらそろそろ飲み物が尽きたのではないか、そうアデプトさんに思われていたらしい。
ふと時計を見れば、私達が入店した時刻から結構な時間が経っていた。
……え、いつそんなに時間使ったんだろう私達。
「ま、そう悩むことはないんじゃないっスか?されどゲーム、たかがゲームっスよ」
「そうかなぁ……」
うん、確かにアイナさんの言うことも一理はある。
どうせこれはゲームの話だ。それに被害に遭ったのが関係あるプレイヤーならまだしも、私達には全く関係ないプレイヤーの話だし。
「私はアイナさんの意見に賛成ですね。この世界は結局ゲームの世界です」
「……だけど」
「結構この事件を楽しんでいたプレイヤーもいるみたいですからね。私なら流すところなんですが……」
「それは……何か、違うと思う」
ゲームだから。その一言で流していいような問題じゃない……と私は思う。
じゃあどんな問題なんだ、そう聞かれたらうまく答えることはできないのだけど。
結局、それ以上の答えを出すことはできず委員長との話し合いは終わった。
だけど、確かに一般プレイヤーにかけた迷惑についての問題はその程度しか進展しなかったが――他の二つの問題は解消できた、と思う。
そもそも錬金術師の職業に批判は来なかったし、人を恨まない為のメンタルトレーニングみたいなものを委員長から教わることができたし。
概ねこの話し合いはやってよかった、そう思えるものだった。
――――
「まあそんな感じ」
「うわ、何か相当色々やらかしてんなお前……。いや掲示板見てっからある程度は知ってたけどさ」
九日目の夕方。ようやく私は川原でオグロに事の顛末を話し終えた。
オグロはちょっと引いている。まさかここまで色々やらかしているとは思いもしなかったのだろう。
「まあ分かったぜ。一位が確定してるから最終日はのんびりしてる、って訳だろ?」
「うん、大体合ってる」
私としては意外だったことが一つある。
それは運営がランキングに介入してきたことだ。
……いやまあ、四日目にして生産部門の累計ランキング1位~15位くらいがどうあがいても超えられないポイント稼いじゃったっていうのが原因だろうけど。
運営が行ったこと。それは回復薬の売り上げを除いた新しい累計ランキングを作ることだ。勿論古い方のランキングでランクインしていてもランキング報酬は手に入る。
最初は正直それはどうかと思ったが、まあなんだかんだで生産部門は賑わったので良かったんじゃないかな。
今も白熱のデッドヒートが繰り広げられてるみたいだし。
「で、お前は店に行かなくてもいいのか?」
「今はやってないから」
その後、私の屋台は(メルクがいないというのもあるが)普通に商品が不足したので普通に閉めた。それにヘイトもかなり溜まってるだろうし。
「ま、そりゃそうか」
そうして私達は無言で景色を眺める。陽が沈み始めた。闘技大会終了の時刻が近い。
「闘技大会、そろそろ終わるね」
「だな。――アリス、お前はどこか打ち上げとかはないのか?」
「いや、ない。……ねぇ、ここでこのまま終わりを迎えるってのはどう?」
「お、そりゃいいな」
委員長は「ホロスコープ」で何か打ち上げをやるらしいし、イグニスさんやとらんぱ七号さんはリア友同士で現実で何かするそうだ。
錬金棟の皆は《アリア》へ引き上げる作業の為に今日の朝には帰ってしまった。
「錬金術師の研究日誌」の皆は職業別ランキングに載ろうと頑張っていたために打ち上げを何も企画していなかったらしく、多分良くて流れ解散だろう。
……願わくば、一緒に生産部門で戦ってきたメルクとも共に闘技大会の最後を迎えたかったけど。
メルクはあの時以降ずっとオフラインだ。大丈夫だろうか……。
そうこう考えている間にも時間はどんどんと経っていく。
陽が完全に沈んだ。月っぽい何か謎の惑星が昇り、辺りは人工的な光で満ちた幻想的な空間へ様変わりしていく。
「うーっす、近くの屋台でジュースとつまみ買ってきたわ」
「さっすがオグロ。急にどっか行ったと思ったらそういう事かー」
私は渡されたジュースを飲む。うん、甘酸っぱくて美味しい。
「これ何のジュース?」
「知らん」
「えぇ」
そうやって私はオグロと駄弁りながら、闘技大会の終わりを共に過ごした。
メルクが隣に居ないことに一抹の寂しさを感じるけれど。
――――
「いや~楽しかったな」
後日。
私は年末カウントダウンばりのテンションで過ごした闘技大会最終日を思い返しながらNHOにインする。
そして私を待っていたのは――。
〈未受取のイベント報酬があります〉
という通知だった。
ん、もう受け取れるんだ、闘技大会の報酬。
ちらりとフレンドリストを確認するが、メルクはオフラインだ。
そして最終ログインもあの時以来更新されていない。
「よし、じゃあ先に受け取っちゃうか」
私はまず職業別ランキングの報酬を確認する。
報酬一覧をスライドし、迷わず『携帯型アトリエ』を受け取る。
特に別のものにしようかと迷ったりはしない。そもそもこのアイテムの為に始めたんだし。
「で、累計ランキングの報酬はどんなのがあるかな」
私は続いて累計ランキングの報酬を受け取ろうとする。
私は受け取ることができる報酬リストを開く。そこ表示されていたアイテムは――。
「こ、これは……!」




