闘技大会 その5
ここで一旦状況を整理しよう。
相手である委員長は今弓を持っている。それに対し、私は遠隔で敵を攻撃できそうなアイテムをあまり持ち合わせていない。
『銃弾』や『爆弾』では遅すぎる。委員長なら余裕で回避できるスピードでしか攻撃できない。
……一応、私にはこの状況を覆らせることのできる切り札を持ち合わせてはいるが、それを切るには事前準備が必要だ。
だが、その事前準備の為の時間は全くと言っていいほど足りていない。
既にちょくちょく被弾している委員長の攻撃でHPは残り4割ほどにまで減らされているし、もし委員長の使う一撃が重いスキルに当たってしまえば即座にお陀仏できる域だ。
「逃げてばかりでは勝てないですよ?」
委員長が私を煽ってくる。だが、私は無策に逃げ続けていた訳ではない。
委員長から離れた場所に逃げようとしていただけだ。
「『銃弾』!『銃弾』!」
とはいえ、フィールドは結構広い。委員長の放つ矢を避けながらでは離れた場所に辿り着くのに時間がかなりかかるだろう。というかそれだけ時間かけてたら死ぬ。
という訳で私は宴会芸様に作っておいたアイテムをこけおどしの為に使うことにした。
「――!?」
委員長が驚く。無理もない。
植物の尾を引く銃弾が何個も生き物の様に空中を泳ぎだしたのだから。
「これは形相が〈植物〉と〈魚〉の銃弾。空を飛び回って死角から委員長を襲う私の武器!」
私はさらっと嘘を吐く。形相が〈魚〉[〈植物〉]なのは真実だが、試し撃ちをしてみたところ別に相手を襲いにいく、なんてことはしなかった。ただ空を泳ぐだけだ。
とはいえ、委員長はその嘘に引っかかってくれたらしくどうにか空を泳ぐ銃弾を撃ち落とせないか悪戦苦闘している。
委員長は私への射撃も同時並行して行っていたが、当然空と陸の二つを相手取っているので私に向かって飛んでくる矢はそれ程多くなかった。
――よし、着いた。
私が目指していた場所はとりあえず委員長からある程度離れた場所だ。そうじゃないと私はこの切り札に巻き込まれてしまう。
私は呼吸を整え、インベントリから“真っ黒な”爆弾を取り出す。
この爆弾は、形相が何も無い爆弾だ。いつぞやか偶然できてしまった思い出がある。
形相が無いなら何も起こさないのではないか、私はこのアイテムで実験する前そう思っていた。だが――実際はそうでもなかったのだ。
私はいつもの様に『流星』をくっつけた銃弾を飛ばし、そのついでにと無形相の爆弾を投げた。
「そんな罠に引っかかるとでも?」
委員長はどうやら銃弾に流星がくっついているのを見て取ったらしい。明らかに銃弾の着弾地点へ近づこうとしていない。
とはいえ、この方法はこの武闘大会内で何回も使ってきた方法だ。割れているのは把握済み。
それよりも委員長が先程なげた爆弾に注意しているか、していないかの方が重要だ。
気休め程度にしかならないが、一応爆弾の落ちている場所とは反対側に〈植物〉の銃弾で壁を作っておいた。怪しまれないといいんだけど。
そうこうしている間に、空から大量の隕石が降り注いでくる。
流星が地面に着弾するまで……3、2――ここ!
「『爆弾』!爆発しろ!」
私は無形相の爆弾を爆発させる。
それは真っ黒な爆発を起こして周囲の世界を吸い込んだ。
だが世界は吸い込まれたそばからどんどんと再構成されていく。当然爆発のそばにいた委員長もその爆弾の爆発に吸い込まれ、そして“爆発の中心点”で再構成された。
そして、爆発の中心点は流星の着弾地点でもある。唐突に瞬間移動した委員長は戸惑い、そして次の瞬間には降り注ぐ隕石で見えなくなった。
無形相のアイテムには物や人を吸い込む効果がある。中々悪さに使えそうな効果だけれど、まさか闘技大会で使ってくるとは思わなかっただろう。
次々と降り注ぐ隕石を見つめながら、次の第四回戦では一体どんな敵と戦うのだろうか、そんなことに思いを馳せていた。
そして次の瞬間、私は――虚空から生えてきた短剣を持った腕に切り裂かれ死んだ。
〈Duel Finish!〉
――――
「ちょっと委員長!?何あれ!?」
「【雲に架け橋】。短剣のスキルで、相手の近くに腕を生やして切りつけるスキルです」
「いやそれは分かる!」
第三回戦お疲れ様パーティ。どんどんと参加者が減ってきたこのパーティだが、どうやら主催者はまだ勝ち残っているようでこの謎の集会自体は続いていた。
私とオグロは委員長を見つけると早速詰め寄る。そして先ほどの様に尋問を続けていたという訳だ。
「というかなんであの状態から勝てたの委員長は」
「流星は合計ダメージこそ凄まじいけど、隕石1個1個のダメージはそこまで大きくないんです。だから私の発動したスキルが当たったアリスが先にHPが尽きて負けたってことですよ」
「だからといってあの引き寄せられた瞬間にすぐスキルを発動できるもんなのか?無言発動使うにしても無理だろ」
それはオグロの弁だ。確かにその通りである。
確か、あのスキルは発動してから効果が現れるのに結構な時間が掛かるスキルだった筈。どうしてあんな短時間で……?
そう悩んでいた私とオグロの元へ、黒魔術的暗黒合成をしたジュースを手にしたあたりめさんが近寄ってきた。
「無形相のアイテム。あれな、誰でも作れる代物だぞ」
「まあそうだけど……え、委員長ってもしかして無形相アイテムの効果知ってた?」
「ええ」
あちゃー。そうだったかー。
私は額に手を当てた。知られてたのなら仕方ない。引き寄せられる前にスキルを無言で発動してあえて攻撃を受けた、というのなら話は通る。
「錬金術師がPVPやる時は誰も使ったことのないようなアイテムを使え、前にもそう言ったと思うが――」
「誰でも思いつくようなアイテムを使ったことが敗因、ね。うん、次こういう機会があったら気をつけるよ」
無形相のアイテム。その効果を発見したのは私だけじゃないとは思っていたが、少し自惚れすぎた。
そもそも、「本来形相が1つは付いているのに錬金術ならそれが何一つとしてついていないアイテムを作れるんじゃね?」という考えから「じゃあ無形相の攻撃アイテムってどうなるんだろう?」という発想に飛ぶのは当たり前だろう。
私はそれよりももっと誰も使ったことのない――要するに形相の継承を使ったアイテムを作るべきだったんだろう。
ま、反省反省。次気をつけていこう。
「つーかさ、あの空飛ぶ植物の銃弾ってどうやって作ったんだ?あれ、死角から勝手に攻撃してくれるとか便利すぎだろ」
「あ、ごめんそれ嘘。なんかただ空泳ぐだけだからあれは」
「えぇ……」
「ですが虚仮威しには便利そうですよね。私達のギルドに幾つか譲っていただきたいのですが」
「あ、ホロスコープだけ抜け駆けするのはズリぃぞ!俺んとこの協会にも買わせろ!」
「うーん、どうしよ……」
「頼む!一生に三度くらいのお願いだからホロスコに買わせて!」
「……ま、あたりめさんが言うなら。いくつ欲しいの?」
「ちょ、オプティマスにもくれよ!」
そうやって私達はパーティ会場で談笑し合う。
委員長とあたりめさんのコンビには負けちゃったけど、私の心に二人に対する妬みや悪い感情が現れることはなかった。きっとオグロもそうだろう。
「……ふぅ。第四回戦、頑張ってね」
「だな。頑張ってくれよ二人共!」
私達は二人に心からの応援を送る。
きっとこの二人なら1位……までは行かなくとも2,3位くらいの順位は手に出来るだろう。
「ああ!」
「勿論です!」
二人はそう言って、笑顔を見せてパーティ会場から去っていった。
「で、俺らはどうする?」
「どうしようね」
私とオグロは顔を見合わせる。
さて、どうしようか。そう悩む私達の元へ、見知った二人組が声をかけてきた。
「アリスさん!凄く良い戦いでしたよ!」
「わあ~!ありがとうございます!」
「よおオグロ。中々悲惨な戦いぶりだったな」
「うっせぇ。お前こそ凄まじい死に様だったじゃねぇか」
団長とその付き添いの人だ。
今回のイベントでは割とこの人達と仲良くなれた気がする。
もう関わることはない、そう思ってたんだけどなぁ。
ちなみに、この二人は第三回戦をどうやら勝ち上がったらしい。
私とオグロの分も頑張って欲しいな。
そうして私達はパーティ会場で団長と付き添いの人が落ちるまで駄弁っていた。
――――
「……なぁ」
「何?」
闘技大会、最終日の9日目。私達が負けたのは7日目のことだから、それからゲーム内時間で2日経っていた。
私はオグロに呼び出され、最終商戦だと盛り上がる《オラトリオ》の中心街からは離れた川原のような場所で、夕日を見ながら二人で座っていた。
「負けちまったな」
「それ、誰について?」
「まあ……委員長らもだけど、俺らが」
「そうだね……」
私の心がやましい感情に支配されるということはなかった。そう言ったかもしれないが……やっぱりちょっとだけ悔しさが残っていた。
「ま、要練習ってとこだな。どうせ来年辺りには似たようなイベントやるだろうし、その時頑張ろうぜ」
「……うん」
間が訪れる。
私達は並んで空を見上げていた。
私は闘技部門のことを思い返す。
委員長とあたりめさんのチームは、なんとか第四回戦を突破した。だが第五回戦、どこかで見たことのあるようなプレイヤー(確か戦争の時に会った気がする槍使いの人と、自らを『情報屋』と名乗る人のコンビ)に倒された。
結局、委員長とあたりめさんのチームはベスト8で終了した。
ちなみに団長と付き添いの人のチームは第五回戦にも勝ち上がってベスト4で終了したらしい。いや強くない?
……。
こうして見ると、たかが一介の錬金術師が1位を目指すなんてことは無理があったんだな、そう痛感させられる。
「そう黄昏んなって。元々やりたかったのは錬金術師の評判を上げるんだろ?結局どうなったんだよそれは」
「あー。私が健闘したので評価はある程度上がったみたいなんだけど――生産部門の方でマイナスされて結局プラスマイナスゼロって感じかな。いやどっちかって言うとマイナス」
「えぇ……」
オグロが呆れる。
いやうん。累計1位、っていう称号に憧れすぎたって所はある。
そもそも、職業別で上位に入って当初の目的だった『携帯型アトリエ』を取ってしまえば良かっただけの話なのだ。
「……まあ、ほどほどにしとけよ?――で、生産部門の方はどうなんだ?今最終日だぞ、こんなのんびりしてる時間はないと思うが」
「……あぁ、それはね――」




