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闘技大会 その4

この小説にリアル陰謀的な要素はないとは言い切れませんが、それを話の主軸に置くことはありません。

「【スプレッドアローレイン】」


 行動可能になってまず最初に動いたのは委員長だった。

真上に弓を向け、数十本もの矢を放つ。少し聞こえたスキル名からしてこのスキルは合体技の筈だ。そして相当嫌な予感のする技でもある。


 すかさず私は〈無重力〉の『グロースシルト』を真上に展開した。

オグロには突っ込んできたあたりめさんを抑えてもらうように頼み、私は『銃弾ティル』で委員長の狙撃を試みる。


 が、委員長は放たれた銃弾ティルを反射的に射った矢で相殺した。なんじゃそりゃ。


 ほどなくして、ただ平坦な土地が広がるフィールドの半分ほどに矢の雨が降り注ぐ。

いや半分って何さ。いくら合体技とはいえバランス崩壊甚しすぎない?


 しかし私に当たる筈だった矢の雨は先程展開したグロースシルトによって防がれる。

だが、それは逆に言えば「自分はグロースシルトの元から動けません」と言っているようなものだ。当然委員長はそこを狙ってくる。


 委員長は微笑んで、動けない私の元へ矢を放つ。

――それを待っていた。


 私は目と手に形相が〈機械〉の『ミステル』をぶつける。ミステルはぶつかった場所を形相と同じに変化させるアイテムだ。それを目にぶつけた、ということは。

視覚が研ぎ澄まされるのを感じる。

世界がスローになる。この瞬間を待っていたのだ、委員長が“確実に私に当てる”矢を射ってくるこの時を。


 私はスローになった世界で放たれた矢を掴む。

そしてそのままオグロと格闘しているあたりめさんに向けて放った。


 私が機械化した腕で投げた矢はあっさりとあたりめさんに食い込んだ。

あのあたりめさんが何故避けられなかったのか。それは簡単だ。元々は味方の攻撃だからだ。


 このゲーム、何か相手に攻撃されると殺気のようなものを感じ取れる様に設計されている。

いや、始めた頃はそんなもの全然感じなかったんだけどね。委員長とかオグロにそのことを聞いてみたところ、このゲームをやっていると自然に身につく能力だそうだ。


 軽装で戦うプレイヤーにとって矢が一発当たっただけでもかなり痛いダメージだろうが、それに加えてダメージが入っていくのが見える。そのダメージは出血によるスリップダメージではない。毒だ。


 弓術士の使う矢には種類がある。弓術士を単調な職業にしないように運営が考えたのだろう、火矢、氷矢、状態異常にさせる矢などなど……。

そして私は委員長が毒の矢を使うと踏んだ。それが一番PVPで使いやすい矢であり、こういう確実に当たるシチュエーションでは使わない手がない。


 ふっ。完全に流れを掴んだ。

そう思っていたのだが――。


「……っ!」


 視界がガタガタと揺れる。オーバーヒートか。

機械化した目を使いすぎるとこうなる。というかどの部位に限らずそうだ。


 その隙を狙い、委員長は矢が刺さったあたりめさんに目もくれず矢を放ってきた。

私は仕方なく真上で矢の雨を防いでいたグロースシルトを掴んで目の前に構えた。

うぐっ、矢の雨が当たって滅茶苦茶チクチクする。


 痛覚はかなり抑えられているとはいえ、流石にこれはきつい。HPゲージが地味に削れていく。

とはいえ、構えたグロースシルトをまた上に戻そうものなら今飛んできている矢に当たって余計HPが減る。私は黙って耐えた。


 グロースシルトが矢に当たって砕け散る。

私はすぐさまもう一つグロースシルトを展開しようとしたが、委員長は間髪入れずに矢を放ってきていた。

逡巡する時間はない。遂に見えなくなった片目を抑えながら、私は反射的に横へ跳んだ。


「【ドロップグラウンド】」


 私はすぐ近くで聞こえたあたりめさんの声にぎょっとする。

防御が紙な錬金術師にとって、近接職に近づかれるというのは死を意味する。

どうやらあたりめさんは気合でヘイトを無視して私に近づいてきたらしい。


「まずっ――」


「【かばう】!」


 すんでのところでオグロが私をかばってくれた。

オグロが目で私に合図する。……分かった、ごめん。


 これまでの訓練の甲斐があったからだろうか、それともこれまでの試合で絆が深まったからだろうか。遂に私達は言語を超越した。

残念なことに、そのメリットはここで失うことになりそうだが。


 オグロが合体技【ドロップグラウンド】の効果で硬直する。

オグロのHPは4割を切っていた。多分、次に飛んでくるであろうスキルでオグロは死ぬ。


「【ピアッシング――」


銃弾ティル、加速!」


 だけど、私はオグロを無駄死になんてさせたりはしない!

私は両手に構えた〈植物〉の銃弾ティルあたりめさんが(・・・・・・・)逃げられないように(・・・・・・・・・)壁を作った。ついでに委員長からの攻撃も一時的だけどシャットアウトできる。


「――バスター】!」


 あたりめさんがスキル名を言い終わった。

私達二人ともを貫けるほどの強烈な突きを繰り出してくる。そしてそれをオグロは――。


「【()ばう】!」


 一拍遅れたが、オグロは尚も私をかばった。

スキル名の発音に一部おかしなところがあった気がするが、それこそがオグロの作戦だ。


「っ!?」


 あたりめさんが驚く。無理もない。何故ならオグロは、スキルの第三段階を解放していた(・・・・・・)のだから。

オグロがニッと笑う。


 スキル【かばう】、その一文字目に隠したオグロのスキルは【カウンター】。

オグロは華麗な動きで突きを受け流し、逃げ場のないあたりめさんを杖で叩きのめす。


 あたりめさんは蓄積していた毒矢のダメージに加え、完璧な【カウンター】のダメージ。あたりめさんは元々軽装だったこともあり、その二撃で沈んだ。


 だが、それに喜ぶ暇はない。

まだ委員長が残っている。


 当然委員長もその間何もしていない、なんてことはなかった。

殺気を感じる。上空を見れば、また先程と同じように大量の矢の雨が降り注いできていた。


 私はオグロにアイコンタクトを送る。

オグロは頷き、私達は二人で駆け出した。


 矢の雨から逃れたいというのもあるが、弓術士は当然遠距離武器を使用した職業だ。近接には弱い。

そう思っていたのだけれど――。


「【ウェポンチェンジ】【一陣の風(ヴィンドボルト)】」


 委員長は武器を短剣に変えると、襲いかかる私達を翻弄し始めた。

オグロのヘイト集めも全く気にしていないような素振りで防御の弱い私を狙い続ける。


 もしかして委員長の本職って弓じゃなくて短剣なの、と驚くほどの動きだ。

仕方ない。私はオグロに目配せし、〈岩石〉の『爆弾ヘルツ』を床に叩きつける。


「【かばう】!」


 〈岩石〉の爆弾ヘルツ。あの戦争の時も使ったアイテムだ。

効果は一定範囲内の相手を吹っ飛ばして、その後スタンさせる。

そしてそれをかばってもらうことでオグロと委員長は動けないが、私は動ける状況を作り出す。


銃弾ティル、加速しろ!」


 私は動けない委員長に向かって銃弾ティルを放つ。

それは委員長に吸い込まれて――委員長が(・・・・)消えた。


「確かに作戦は良かったですが、少し甘かったですね」


 ……そうか、短剣スキルの一つ――【月夜の蟹(ルクラブリュンヌ)】。自分の分身を作り出すスキルだったっけ、それに引っかかったって訳か。


 当然委員長が狙ったのは私ではない、スタンして動けないオグロの方だ。

オグロは何もできないまま委員長の放った矢を受けて斃れる。


 ……なるほど、これでタイマンって訳か。弓術士と錬金術師、どちらが不利かなんて分かりきってる。

だけどこの勝負――私が勝つ!


――【闘技大会生産部門・四日目朝】――


「今回流す回復薬ポーションの個数は50本。いい?」


「問題ないです」


 メルクの考えた『回復薬ポーションバブル計画』。


 それは回復薬ポーションのバブルを起こすことで回復薬ポーションの値段を1個10万ゴルドほどにまで釣り上げ、最高値になった辺りで更に大量に回復薬ポーションを流すことでバブルを割る。


 1個10万ゴルドほどの相場なら、しっかりバブルを割り切ることができれば初日に稼いだ90万ポイントのリードと共に一位を切ることができる。それが私達の考えた作戦だ。ちなみに売り上げがそのままポイントに変わる。


 もうこれからは従業員もそう多くは必要ない。必要なのは適切な相場調査だけだ。


 正直、今現在1万5000ゴルド程度の値段が果たして10万ゴルド程度にまで上がるのかどうか、という問題はかなりの不安の種だった。だが、更に回復薬ポーションの値段上昇に追い風となる出来事が起こることになる。

それは――。


「アリスさん、あの……」


「ん、どしたのメルク?」


「……私達のお店に、取材の許可が来ました。しかもその許可を取りに来た人が――」


――――


「はい、ヴィーラです。今日はなんと、あの回復薬ポーション売りの錬金術師のお店に来ています」


「何か固くあらへんヴィーラ?」


「いやいや固くなりますよそんな。え、だってあの回復薬ポーションですよ?知らないんですか逆にアールは」


「そりゃ私このゲームあんま知らへんから」


 現在、私達の屋台の前に居る2人。

右の背が高い方がヴィーラさん、左の背が低くて少し関西弁が混じっているのがアールさんだ。


 確かあの人達は結構な大人数でグループを組んでいるらしい(オグロ談)が、今回武闘大会の取材に来たのはヴィーラさんとアールさんの2人だけだった。


「じゃ、回復薬ポーションお願いします!」


「私もお願いするわ」


「分かりました、どうぞ!」


 私とメルクは満面の笑みで自家製の回復薬ポーションを1本づつ渡す。

勿論お金は払ってもらう。1個3万ゴルドだ。


「じゃ、一回飲んでみてくださいよアール」


「え、もう飲むの?怪我してないのに?」


「そりゃまあ。美味しくて健康にいいんですよ」


「それ本当?じゃあ先に飲んでみてよヴィーラ」


「は?嫌です嫌ですなんで私が飲まなきゃいけないんですかちょっ押し付けないでくださいやめもごっ」


「あっちょっと私の口に無理やり押し付けんなや飲みそうになるやろやめっ」


 ……何やってるんだろう、この人たち。

――あ、何か格闘してる二人の裏からもう一人出てきた。


「ハロー、シャリーだよ!ゲーム内で今日からなんと、ここの店主の熱心な要望で在庫が尽きるまで回復薬ポーションを買ったら私達のグッズがついてくる、ってことになったの!」


 あ、こうやって本題に戻すんですね。

まあそういうことだ。メルクが取材のオファーを受けた時にコラボをして欲しいと申し出、嬉しいことにそれは大方私達の要望を飲んだ上で承諾してくれたのだ。


 まあコラボと言っても、ゲーム内で販売する予定だったアクセサリーを前倒しでここで売ってくれるというだけなのだが。とはいえ、回復薬ポーションの価値を高めたい私達にとっては願ってもないものだった。


「そういう訳で買いたい人は早めに!めに!来ること!いい?……じゃ、次は闘技部門に移りまーす!」


 ヴィーラとアールの二人が格闘している絵を映しながら生中継が終わる。

そしてここに来ていたバーチャルアイドルの人たちはまた別の屋台の元まで移動していった。


「さて……」


「どうしようね……」


 二つ。いや三つくらい問題がある。

まず第一に、アクセサリー付きの回復薬ポーションは在庫が50個くらいしかない、ということ。


 第二に、この生中継が開店前の出来事である、ということだ。

つまり徹夜組と中継を見て買いに来た組の諍いを私達は鎮めなければならない。どうしろと。


 更にこの問題を合わせるとこうなる。

徹夜組ならぬ転売組がアクセ付きを買い占めて終わる、という結果が見えているのだ。1人1個と制限は付けるが、それでも徹夜組は50人を超えている。多分その制限を付けても買うのを防ぐことは難しいだろう。


 ……まあどうせね、買うのなんて転売屋くらいしかいないと思うし。

うん、バーチャルアイドルのアクセサリー付きは最初30万ゴルドで売りますか。

これなら転売屋も諦めて買わないでしょ。


〈開店時間です〉


 そんな通知が私達、いや《オラトリオ》にいるプレイヤー全員に訪れる。

私は胃の痛みを覚えた。


――――


「やっばいどっちも全部売れちゃったよどうしよう」


 このザマだ。

30万ゴルドという馬鹿みたいな高値で売った筈なのに、何故か全て徹夜組にかっさらわれた。ついでに普通の回復薬ポーションも。


 在庫切れにより閉店。私はその札をどうにか屋台の前に立てかけ、私達はモニュメントを使って《オラトリオ》の外部に逃げる。


「どうしましょう……どうしましょう」


 流石にこれはメルクでも焦ったらしい。まあファンに向けたコラボなのにそれがファンに流れず全て転売屋に流れてしまっただなんて酷い。いや酷すぎる。


「お前――」


 声をかけられた。まずい。これは勘違いでもなんでもなくガチで文句を言いに来たプレイヤーに違いない。私達は小さく叫んで逃げ出した。


「ひいっ!」


 路地という路地を巡り、何かよく分からないところまで逃げ込む。

ここがどこだかは全く分からない。私とメルクはお互いを励ましあってなんとか正気を保っていた。


――――


 あれからどれだけの時間が経っただろう。

未だに私達はこの路地から出ようという気が起きない。

嗚呼、何故午後からも販売なんて予告してしまったのだろう。屋台行きたくない……。


 だが、悪いことはそれだけでは終わらなかった。

メルクが顔面蒼白で私に告げる。


「あ、ああ……アリスさん……。市場調査の結果、アクセ付きの回復薬ポーションの値段が……150万ゴルドを突破してます」

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