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闘技大会 その3

「そ?」


 罠多数。敵影消失。デザイナーベビー。

多数の情報が私達の間で交錯する。

そして私達がどうするか話し合っている間にも、どこからか罠が大量に投げ込まれ、更にレーザーも襲いかかってくる。それらは今のところオグロが全て防いでくれているが、ノーダメージというわけにはいかない。既にオグロのHPは半分を切っていた。


 ……仕方がない、やるしかないかな。


 私はオグロの手に形相が〈炎〉[〈易燃性〉]の『ミステル』をぶつける。

オグロにぶつかった『ミステル』はぶつかった場所に吸い込まれていき、吸い込まれた各部位を形相と同じ状態にする。今回の形相は〈炎〉なのでオグロの手が燃え盛り始めた。

そして私も形相が〈炎〉[〈空気〉〈易燃性〉]の『シュポルト』を手に持つ。


「そ!」


 森を焼き払うよ、オグロ!


 〈炎〉の形相に〈易燃性〉を継承させると、発動した時の炎の勢いが二倍ほどになる。多分何かデメリットとかもあるのかもしれないけど、今必要なのは何より火力。たとえあったとしても全く問題はない――!


 あの二人は完璧なゲリラ戦法で私達を翻弄している。

少なくとも、この森を全て燃やし尽くしてしまえば状況は私達の有利に傾く筈だ。


「そ!」


 出てきやがれ、そうオグロが叫ぶ。

いやその他語使ってたら他人には伝わらないよ?


 ほどなくして、森が真っ赤に染まった。

まだ燃えていない木も多いが、森の半分ほどは焼けている筈。これで圧倒的に場はこちらの有利に傾いた。


 これまでより圧倒的にとらさんの姿を目にする機会も多くなったし(攻撃は相変わらず当てられていないが)、何より森を燃やす行為のついでで切り札をセッティングできたのも大きい。


 私はオグロに背中を預け、周囲を索敵する。

チャンスは一度きり。だけど、この状況を逆転させる作戦は一つだけ立てた。

オグロにとらさんのヘイトを稼げるだけ稼いでもらえるように指示し、私は精神を集中させた。


 銃撃の軌跡から相手が今どこにいるかを読み解け、私。

この森フィールドをどう燃やし、今どう燃えているのかは完璧に私の頭の中にインプットされてる。だから……イグニスさんの通れる道が1本だけに絞られる場所。あの付近で銃撃をしたのなら特定できる。


 イグニスさんは多分演算特化型だ。今いる森フィールドがどうなっているか暗記はしていないだろう。ならきっと、可能性はある。


 私は形相の継承について知るきっかけになったアイテム、形相が〈炎〉[〈植物〉〈水〉]の爆弾ヘルツを握り締めた。



 ……。




 …………。




 ――!

銃撃が来た!


「『爆弾ヘルツ』、爆発しろ!」


これが戦闘では初舞台だ、存分に暴れて来い!


 その地点に大量に設置しておいた爆弾ヘルツが爆発する。

それは燃え盛り、そしてずっと残る軌跡を描く水飛沫を周囲に撒き散らした。


「なっ!?」


 イグニスさんの驚愕の声が聞こえる。

突然、水飛沫の軌道がそのまま炎の鎖となって自分自身の身動きを封じたのだ、無理もない。


「そ!」


 私はその隙を狙い、〈無重力〉の『グロースシルト』を使って一気に空へ駆け上がった。

森を焼き払ったおかげでしっかりと地面が見える。イグニスさんは後1秒もあればその炎の鎖から脱出できそうだったけれど――これで私の勝ちだ。


「『銃弾ティル』、加速しろ!」


 明らかに殺意の高い、尖った〈機械〉の形の『銃弾ティル』がイグニスさんの頭を打ち抜いた。

ついでに【食いしばり】対策に『シュポルト』も撒いておく。


 相手チームが降参した、という通知が来たのはそれからすぐだった。


〈Duel Finish!〉


――――


「おつかれさん。オグロもアリスも」


「ありがとう」


 試合後、私達は誰かしらのプレイヤーが主催したらしい2vs2部門第一試合お疲れ様パーティに出席していた。場所は《オラトリオ》の少し大きめのホールだ。

相変わらずあたりめさんの相方は姿を見せない。何やら物凄い厄介事を抱えたせいで出席することができないそうだ。


「お疲れ様、アリス。良い試合だった」


「だね~」


「あ、イグニスさん!とらさん!」


 あたりめさんと楽しく談笑していた私達の元へ、イグニスさんととらさんも来てくれた。

そんな時、とらさんは「あ、そうだ」と言うとウィンドウに何かを入力し始める。何かあるのかな、と身構えたその時。


〈「とらんぱ七号」さんからフレンド申請が来ています〉


「……!?」


「え、いいのか?」


 どうやらオグロの方にも来ていたらしい。

そしてオグロは特に何も考えず二つ返事で快諾した。まあ別にフレンド数は無制限だし何も困ることとかないからいいんだけどね。ささっと私も承諾した。


「ありがと~」


 とらんぱ七号さんは相変わらずニコニコと笑っている。

……あ、というか私達あたりめさんとフレンドになってないじゃん。フレンド申請送っとこ。


「あ、完全に忘れてたわ」


 どうやらあたりめさんもど忘れしていたらしい。サクッとフレンドになり、そして――。


「あ、ごめん。ちょっと待ってて」


 一瞬視界に映ったプレイヤー。あれ、「看板団」の団長だ。というかあの人パーティーとかに出席しなさそうな人なのにね。出るんだ。


 ……いや、よく見ればタッグを組んでいるらしい大人しそうな女性にすっごい嫌な顔しながら付いて行ってる。なるほど、相方が出たいと駄々をこねたのか。


 まいいや。団長さーん!


「あぁ?……って、アリスじゃねぇか。見せもんじゃねぇ、散れ散れ」


「いや、忘れ物してたから……」


 忘れ物。それは昨日控え室で見つけたヴィーラのキーホルダーである。裏側に「看板団」って書いてあったし多分団長のだろうな、そう思って持ってきたのだ。


 このゲームは最近大人気のバーチャルアイドル、「ヴィーラ」とタイアップしている。そしてそのキャラクターのアクセサリとかがゲーム内で販売されているのだが、なんとそのタイアップアイテムはこの世界の物として扱われる。アイテムとしては扱われない。

つまりどういうことかというと、インベントリにしまえないし紛失したらそのまま失くす。


 ヴィーラ関連のアイテムはそういう割と危険なアイテムだ。それが原因でPK問題が浮上したとかなんとか聞くし。


「はいこ――」


「助かる」


 私が取り出したヴィーラのキーホルダーは取り出そうとした瞬間、すぐさま団長にひったくられた。

……ま、忘れ物は届けられたしいっか。

私はオグロ達の元まで帰ろうとする。だがその時だった。


「よぉ団長、久しぶりじゃねぇか」


「教祖か。何しにここに来た」


 オグロだ。


「単なる有象無象かと思えば――純粋なヴィーラのファンからグッズをひったくるなんてな。てめぇは俺の中の許さないランキング2位に浮上した」


 あたりめさんだ。

……げ、もしかしてさっきの場面見られてた?

あっやば、だいぶ誤解される可能性が……。


「アリス。お前の大切なグッズは俺らが取り戻してやっから。その分ヴィーラを推せ」


「いや、そうじゃなくて!誤解だから!誤解!」


――――


 次の日。私達は第二回戦の控え室にいた。

もうこの場所に私の知っているプレイヤーはいない。いや、いるが関わりたくないのだ。というのも――。


「ヴィーアールマジ尊い……」


「だからアールヴィーだっつてんだ――」


「……ヴィーシャ」


 団長がそう呟くと同時に、団長と会話していた二人の空気が一変する。


「――!?」


「ヴィーシャは危険だぞ……!?」


「いや、ヴィーシャだ。俺はそれ以外認めない」


「なかなかやるな……」


 昨日の一件以降、団長とオグロとあたりめさんの3人があんな感じなのだ。

いやさ、ちょっと前までバチバチやってた関係でしょ?おなじバーチャルアイドルを好きだからって問答無用であんなサクっと仲良くなるもんなの?


 私は頭を抱える。

大丈夫か、これ。


 だが、驚くべきことに――そんな私に寄り添ってくれる存在プレイヤーがあった。

そう、その存在とは。


「私の団長ちゃんがあんな調子でごめんね……」


「いやいや、こっちのオグロこそ……」


 団長の相方である大人しそうな女性の人だ。

名前は知らない。だけど、何か同じシンパシーを感じて私達二人は仲を深めあった。


――――


〈Duel Finish!〉


「……」


 まずい。二戦目、何の見所もなく終わっちゃった。

今回の戦いをダイジェストで振り返ろう。


 相手、魔術師二人の殺られる前に殺る、初見殺しスタイル。

私達、割と器用貧乏なオールラウンド型。ちなみに現在割れている初見殺しの全ては私が暗記している。


 ……うん。

初見殺しをサクっといなして、返す刀(銃弾流星ティルとメテオール)で1人撃破。そのまま次々と飛び出てくる初見殺しを躱しながら爆弾ヘルツで残った1人も撃破。


 そして今に至る。

うん。


――――


 第二回戦お疲れ様パーティーは別に疲れてなかったので出てません!


「あの……この試合って何試合目まであるんでしょうか」


「えっと、確か6試合ですね」


 第三回戦の控え室。相変わらずバーチャルアイドルの話題で盛り上がる3人をほっといて、私と団長の相方のお方とで一緒に話をしていた。


「あの、私長槍系統の武器が苦手で……」


「あぁ、そういう武器相手にはこうやって立ち回れば良いですよ」


 互いに教え、教わる。なんていい関係なんだ。

この関係が続けばいいな。そう思っていたのに――。


――――


〈3〉


 大きな数字が空中に現れる。コロシアム上に上がった私達を待っていたのは、私にとってはよく見知った2人組だった。


〈2〉


 1人目。大剣を抱え、腕を組んでこちらを不敵に見つめる男性のプレイヤー。

やや小柄ながらも筋肉質なその身体からは圧倒的な強者の余裕というものを見せ付けられる。


〈1〉


 2人目。長弓を構え、こちらをやや警戒した目つきで眺めてくる女性のプレイヤー。隣の男性プレイヤーよりも背は高く、流れるような黒髪のロングヘアが美しい。


「あたりめさん。それに――委員長」


 委員長、2vs2の予選も突破してたんだね。

……あー、委員長がパーティーとか控え室に来なかった理由、私達が生産部門で色々やっちゃったからか。本当ごめん。


 とはいえ、だからといって負けられる戦いではない。

あたりめさん。委員長。私達は――「ホロスコープ」を越える!


〈Fight!〉


――【闘技大会二日目午後:生産部門】――


 午後。

空き瓶の価格は尚も上昇し続けていた。

私達が集めている、というのもあるが何より他の錬金術師を抱える大手ギルド達が製法の研究目的で集めだしたからだ。


 そして私達はそれを理由にまた価格を上げる。

1個辺り2500ゴルド。遂に普通の回復薬ポーションの相場くらいになってきた。


 ついでに、屋台に「値段の上昇により買ってくれる人が少なくなりそうなので1日1人3個までに変更する」という旨と「材料費の高騰・希少化により販売できる個数がもっと減る可能性がある」という旨の張り紙を記載しておいた。


『メルク、今並んだ人もう3回目だけど追い出さないで』


『了解です』


 午後には回復薬ポーションを限定100個しか売り出さなかった。実際在庫がないというのもあるが、これこそがメルクの考えた秘策である。

回復薬ポーションは非常に便利なアイテムだ。それも、1日で900本も売れてしまうほどに。


 そしてそうなれば――私達の屋台から回復薬ポーションを“転売”しようと考えつくプレイヤーも出てくるだろう。

しかも幸いなことに、何故か市場機能において出回っている回復薬ポーションの数は極端に少なくなっている。需要過多だ。確実に転売したら売れると踏む。


 そうして何人、もしくは何ギルドかが転売を始めようと動き始めた時に2日目は終了した。


――――


 3日目。

夜の間に生産できた回復薬ポーションはたったの100個しかない。ついでに休憩時間の内に、ほんのちょっとだけ流れていた回復薬ポーションを念のため買い占めておいた。

……うん、大丈夫。今のところはうまくいってる。


 私達は回復薬ポーションの値段を更に釣り上げた。1個辺り3500ゴルド。

そして午前中の間は限定70本しか販売しない。


 更に、ここで一つ悲しい知らせがある。

私達の屋台が、遂に開店時間の相当前から並んでおかないと回復薬ポーションを買えなくなってしまったのだ。


 こうなってしまえば、単純に回復薬ポーションを買いたいプレイヤーは徹夜して私達の屋台に並び、在庫をかっさらっていく転売屋から買う必要が出てくる。


 勿論、転売屋の回復薬ポーションの値段は屋台よりもはるかに高い。

更に回復薬ポーションの需要が高いせいで、どんどんと回復薬ポーションの値段は高騰していった。


 昼頃。錬金棟の生徒に回復薬ポーションの価格調査をお願いしたところ、なんと一番安くても1万5000ゴルドで売られているらしい。


 ……ふぅ。

これで私達がいくらか在庫を転売屋に渡すだけで回復薬ポーションの値段はどんどんと、私達が関与せずとも上がっていくだろう。


 メルク考案、『回復薬ポーションバブル計画』。

彼女の秘策はまだ始まったばかりだ。

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