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新緑のタブレット

『上なるものは下なるものの如し。そして、下なるものは上なるものの如し。唯一なるものの驚異を実現す。万物は唯一なるものの意志により来たるがゆえ、かくして森羅万象は唯一絶対のものより力を受けうまれ出ず。総体より精妙を分離し、この地に示せ』


 それが、解放されたと通知された部分に書いてあった内容だった。エメラルド・タブレット、そしてこの文。現実にある(実在するかは怪しいが)エメラルド・タブレットの伝説から結構引用している部分がある。意外と運営は錬金術について調べてるのでは、そう思えた。


「……つまり、これはどういう事なのでしょうか」


 その魔法帽の人の呟きに私は答える。


「多分、“唯一なるもの”をここに持ってこいって事だと思います」


「……なるほど。そういう事ですか、確かに、確かに。ありがとうございます……あっ」


 魔法帽の人がこちらを向いて頭を下げる。そして、お礼を言いかけて途中で声が止まった。慌てているのか、体が硬直している。


「どうしたんですか?」


「いえ、その……。お礼をしようと思ったのですが、名前を……知りませんでした」


 それが恥ずかしかったのか、いつも以上に頭を俯かせてふらふらとする魔法帽の人。

あまり気にする事でもない気がするが、とも私は思うけど。


「あぁ、なるほど。私はアリスです、あなたは?」


「私は……メルクです。ありがとうございました、アリスさん」


 名前を教えあったところで、メルクさんがよほど大事なことなのか、いつもは下を向いている顔を上げて、こちらをまっすぐと見て質問をしてきた。

その顔は可憐で、目は帽子の影が掛かっていて暗い雰囲気を纏っていたが、そこには確実に何か光が宿っていると思える。

強い意志を持ちこちらを見据えてくるその目は、垂れがちの目だろうと人を硬直させ、身動ぎさせるほどのものを持っていた。


「あなたは……錬金術師に何の為になりましたか」


 なるほど。その質問で何を言っていいのか、言ったら駄目なのかがある程度分かる。

だがしかし、私はここで嘘をついて好感度を得ようとする程度の人間ではない。

しっかりとメルクさんの目を見て、問いに答える。


「詠唱をしたくないから」


「詠唱を……えっ?」


 どうやら斜め上の答えをしてしまったようで、メルクさんはきょとんとしている。


「あー、詳しく説明すると――」


―――――

【未だ見ぬ】NHO雑談スレ Part23【魔の森】

1 名前:名無しの探索者

ここはNHOについての雑談を行うスレです。

雑談とは掛け離れた内容の話などを行った場合荒らし行為とみなします。

次スレは>>900を踏んだ人が立ててください。

皆で仲良く雑談しましょう。


782 名前:名無しの探求者

また錬金術師見つけたぞ


784 名前:名無しの探索者

>>682そマ?

錬金術師始める奴とかまだいるのか…


785 名前:名無しの探求者

>>784

マジマジ

なんなら調合してて失敗してた


786 名前:名無しの叙述者

あれなぁ……

失敗するとクエスト始まるから「一瞬錬金始まったな」とか思うけどそうでもないし


789 名前:名無しの探索者

>>786お前錬金術師かよぉ!?


791 名前:名無しの叙述者

>>789

残念だが既にキャラデリ済だ

まあその新人君にもなるべく頑張ってほしいけどね……


792 名前:名無しの料理家

すぐやめるに100ゴルド


793 名前:名無しの叙述者

やめたれwww

――――



「な、なるほど……」


 一体あの説明で何を納得したのか知らないが、メルクさんは軽くうんうんと頷いている。


「……では、錬金術を研究する気はないのですか?」


「いや、それはあるよ。少しだけど、エメラルド・タブレットに興味が湧いたから」


 そう答えると、メルクさんの纏う雰囲気がぱあっと明るくなる。表情は読めないけれど、口元が少し弧の形を取ったのが見えた。


「では、私と一緒に錬金術を研究してくれませんか?」


「錬金術を……研究?」


――


「錬金術は未知の職業なんです、それも、他のどの職業よりも謎に満ちた!」


 メルクさんが錬金術について鼻息荒く、熱く語っている。ここから非常に長い話が展開されるのだろうな、そう察せるけれど、私も錬金術について興味があったから止める事はしなかった。


「掲示板や攻略サイトでは散々に言われていますが、きっと何か秘密があるのだろう、そう私は思っているのです」


「確かに、それは賛成かも。ここまでボロクソ言われてるのに運営が改善しないっていうのは何かあるよ、絶対」


「ですよね!……アリスさん、私とフレンドになりましょう!」


 それは唐突な申し出だった。あまりの突然さに面食らってしまったが、よくよく考えてみればおかしいことではない……と思う。

そもそも今錬金術師として遊んでいるのは、オグロが前に言っていたように殆ど芸術家らしい。


 そして、真面目に錬金術を研究しようとしているメルクさんが私と出会った事。それは、彼女にとっては同じく(少しアレな理由だが)同様に真面目に研究しようとしている人間に会えたのだ。多分、これはきっと千載一遇の機会なのだろう。

私も錬金術師の真面目なプレイヤーに会える気がしない。であれば答えは決まっていた。


「分かりました。よろしくお願いします、メルクさん」


 そう言いながらフレンド申請を飛ばす。それは即刻受理され、フレンドになった事を証明するフレンドリストに、新しく“メルク”という名前が追加された。


「メルク、で良いですよ。アリスさん、よろしくお願いします……!」


 こちらとしても呼び捨てで構わないけど、多分メルクさんはそう言ってもさんを付けて呼んでくる事はなんとなく分かった。


「……では早速、エメラルド・タブレットを調査しましょう、アリスさん!」


――


「これどうなってるんだろう?文字が分からない」


 学生達に許可を取り、エメラルド・タブレットの目の前まで近づく。そうしてわかったのだが、何の仕組みか、“文字が変動している”。ゆっくりと、しかし早く文字が徐々に変わっていっている。これでは解読するのは不可能そうだ。

多分、先ほどのシステムメッセージにあったように、何らかの方法で“解放”しないといけないのだろう。


「ダメですね……【解読】スキルも通用しません」


 私と同じく、メルクも研究が進んでいない様子だった。【解読】スキルというのは聞いたことないけれど、多分字面の通りだと思う。


「やっぱり文を解放しないとダメっぽいね……心当たりは何かある?アレ以外で」


「すみません。ありません」


「やっぱりか……“唯一なるもの”って一体何なんだろう」


 こうして錬金術の謎はより深まっていくのだった。


――――


「お前まだ錬金術師してんの?流石清沙だな」


「それを言うなら栄水も教祖でしょ」


「確かにな」


 そう言って栄水がハハハと笑う。

私は今、現実世界の学校にいる。あの後色々試したけれど、結局なにも分からなかった。


「はいはい。無駄話も良いけれど、手伝いを疎かにしないこと」


 委員長が更なる書類を持ってくる。栄水がそれに唖然とした顔をして、ガックリと机にうなだれた。

結局やらねば終わらないのだから、うなだれたところでどうにもならないと思うけれど――そう思いつつ、私はペンを取った。


「そういえば、委員長ってNHOやってるんでしょ?何やってるの?」


 そうそう、私と栄水が椿の事を委員長と呼んでいるのは、彼女が小学生の頃からずっと委員長や生徒会長等の立場にいたからだ。半分あだ名の様なものである。

生徒会長やってるのに委員長なんて子供っぽい名前、そういうふうに椿本人は嫌っている素振りを見せているけど、実際は満更でもなさげである。


「弓術士をやっています。平日の夜九時からならギルド〈ホロ・スコープ〉にいますので」


 それを聞いて栄水が椅子をガタッと音を立てて引き、立ち上がる。


「お前ホロスコープ所属ってマジか!?」


 その栄水の言葉は怒気や驚き、興奮といった強い感情の全てを孕んでいた。普段の見た目の割に落ち着いた栄水の性格とかけ離れた台詞を聞いて、私はちょっと引く。


「……ホロスコープって何?」


「知らねぇのか清沙!?ホロスコープってのはな、後方職の憧れの的――それこそ後方職ならNHO内最強とも称されるギルドの事だぞ!?」


「え、そんなところに委員長が……」


 NHOには今のところ10万人を越すプレイヤーが接続している。その10万人の頂点に委員長が立っているというのは非常に驚きだった。

そう私と栄水の二人が畏怖している中、委員長がこんな提案をしてきた。


「明日は休日ですし、せっかくですから三人でNHOに集まりませんか?」

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