生産、準備
「皆。私達は回復薬の製造に成功したんです。――今、年表に登録するのはできないけど」
錬金棟にいる皆がその発言にざわめく。
驚いていないのは私とメルク、シエルさんとパラケルススさんだけだ。
メルクがその発表に驚いていないのは「皆が私達を助けてくれる」と聞いた時にテキストメッセージを使って相談したからだ。
どうして私がその事を発表するのかだけど、それは簡単だ。
私達に協力してくれる人からすれば、何故自分がその作業を行うのか分かった方が動きやすいだろう。そう思ったからだ。
「クッソ、また先越された……」
「俺も後一歩だったんだけどなー」
周りからそんな怨嗟の声が聞こえるが、それでも私達を取り巻く空気は変わることがなかった。プレイヤーの嘆きも妬みよりも憧憬の意味合いが強い。
「で、何を手伝えばいいの?」
周りの錬金術師達を代表して装飾屋と自称していたプレイヤーから声を掛けられた。――勿論、手伝って欲しいことは決まっている。
「ネタバレになりそうで申し訳ないんだけど、回復薬の空き瓶を集めて欲しいの!闘技大会の屋台の目玉商品にしたくて」
私とメルクは頭を下げる。
錬金術師達の誰かが「俺は協力する」と言った。そしてその一言を皮切りにして、皆がそれに追従し始める。
「俺もやるぜ!」
「僕も!」
「私も!」
錬金棟内が歓声に包まれた。
私達の周りにいるプレイヤーやNPC達は皆優しい表情をしていた。
胸が熱くなる。泣くことこそはしなかったが、目頭は熱くなった。
「皆……ありがとう……」
その嬉しさに動けなくなっている私の肩をメルクが叩く。
「ほら、ここではアリスさん――貴方がリーダーです。指示を」
「……うん。皆!」
私はメルクにアイコンタクトをする。そのアイコンタクトを正しく受け取ったメルクはいつものプロジェクターっぽい何かとこれまでの物より一際大きなプロジェクタースクリーンっぽい何かをどこからともなく取り出した。
「メルク。適宜修正お願い」
「はい」
私は大声を張り上げる。
「まず回復薬の空き瓶の収集目標だけど、とりあえず500本にします!」
メルクがウィンドウを何やら弄る。するとプロジェクタースクリーン(命名:私)に『目標:500本』と表示された。
「そしてシエルさんらこの世界の住民から50本程度は集められる、そう言われました!」
『目標:500本』と書かれたスクリーンの下に空白の円グラフが生成されたかと思えば、その10%程度が『この世界の住民から』と書かれた扇形で埋まる。
「ここまでで20本は集めました!どうにかして私達で後100本は集めます!」
グラフの20%程度が『収集予定』と書かれた扇形で埋まる。
だが、残り70%ほどはぽっかりと穴が空いた状態のままだ。
「ですので、皆さんには残り350本ほどを集めて頂きたいんです!」
私達は再度頭を下げた。
すると、装飾屋さんから私達に質問が飛んでくる。
「……ちょっと待って。細工師ギルドが『他所者が俺らの商売を真似しようとしてやがる』って言ってたんだけど――それってもしかして貴方達?」
「あ、そうです……。でも、どうしてそれを?」
「私、やってることが殆ど細工師みたいなところあるから。……ねぇ、これまでに何があったのか話してくれない?そっちの方がこれからの作戦も立てやすくなるし」
……確かに、それもそうだ。というか下手に皆が買い取りとか始めちゃったら、それこそまた戦争にまで発展してしまう可能性もある。
ちょっと熱に浮かされて冷静な判断できてなかったかもしれない。
「そうですね。話しましょう」
メルクの促しもあり、私達は回復薬の錬金に成功してからのことを赤裸々に語った。
――――
「っていう感じなんです」
「……それなら、私から細工師ギルドと交渉できるかも。勿論貴方達二人にも同席してもらうけど」
「本当ですか!?」
私とメルクの声が重なる。
「ええ。……だけど、資金は15万程って言ってたでしょ?それじゃちょっと空き瓶をそれだけ買い集めるには足りないと思うんだけど――」
「いいや、金ならあるぜ」
誰かが装飾屋さんの言葉に反応する。
錬金術師達の奥の方から一人の体格の良い男の人が現れる。
「装飾屋の姉御。あの金、まだ残ってるぜ」
「……63万ゴルド!?どうしてこんな大金が……!?」
「え、そんな大金を!?」
今度は私と装飾屋さんが驚く。
メルクは顔面蒼白になって固まっている。まあそりゃそうだよね、こんな大金目にするのも初めてだし。
その男はがっはっはと笑い、そのゴルドの出処を説明し始めた。
「メルクの姉御が掲示板に登場するよりちょっと前になぁ、金を貯めて情報屋からお前らの居場所とかを聞き出そうって計画を立ててたんだよ。そん時に貯まった金がこれだ」
装飾屋さんがはっとする。そういえばそんな事も言ってたね。
「え、ア……アリスさん、知ってたんですか?」
……掲示板に出るタイミング測ってたから。まさかその金が残ってるとは思ってなかったけど。というかメルクまだ顔面蒼白なんだけど。なんか蒼白さ酷くなってない?
「……あ、あの。そのお金を私達につか、使って頂け……るんですか?」
その体格の良い男はニカっと笑う。
「あぁ。実質錬金術の情報を教えてもらう為に貯めてた金みたいなもんだ。でもそれをメルクの姉御が無料で教えてくれちまった。じゃあ何に使うか?こういう時に使わなくちゃあ意味ねぇだろ?」
「な、なるほど……」
メルクが大金を目にしたからか、面白いくらいに狼狽えている。
……っと。私は錬金術師達の方に向き直ってまた声を張り上げる。
「……あ、えっと!とりあえずこれでお金の問題も解決です!とりあえず皆さんには空き瓶の回収を手伝っていただきたいんですが、それは装飾屋さんと細工師ギルドとの交渉の結果次第となります!交渉がどうなるか分からないので、皆でこの世界の人から空き瓶を集める作業の手伝いをお願いします!交渉の結果は明日、同じ時間にこの場所で教えてくれるそうです!」
了解、や分かった、といった声が色んな場所から飛んでくる。
そしてプレイヤーの皆はシエルさん率いるNPCの錬金術師――というか錬金棟の生徒、から回復薬の空き瓶をNPCから手に入れる方法の解説を受けて散っていく。
だが何人かのプレイヤーは解散せずこの場に残っていた。
何かあったのか、私はそのプレイヤー達に事情を聞く。
「えっと、アリスさんと装飾屋さんが話していた間に僕達錬金術師で臨時のギルドを組まないかって相談してたんですよ。そうした方が空き瓶集めも捗りそうですから」
「それはいいですね。既に解散したプレイヤーも入っているんですか?」
「いや、その人達はもうギルドに入っていて。錬金術師、ここ最近で需要が高まってて……」
メルクと残ったプレイヤーとの会話に、装飾屋さんや体格の良い男の人も入っていく。
「そりゃあいいな。ってことは勿論、ギルドマスターは?」
「ええ、決まってますね」
周囲の目線がまた私に注がれる。
……え?メルクじゃないの?
「いやいやいやいや!無理!無理だから私!」
――――
空き瓶集め用の臨時の錬金術師ギルド、「錬金術師の研究日誌」(命名:私)は私の必死の抵抗の甲斐あってメルクがギルドマスターになって設立された。
加入しているプレイヤーはあの場所に残っていたプレイヤー4名と私にメルク、そして装飾屋さんに男の人を加えた8人だ。
勿論、私は一般メンバーである。サブマスターは今の所存在しない。
ギルドを設立した後に、私とメルクは装飾屋さんと一緒に細工師ギルドを訪れて交渉を行った後に、今ある空き瓶全てを回復薬にしてログアウトした。
そして次の日。天気は快晴だった。
私達は同じ時間に錬金棟に訪れる。
嬉しいことに、錬金棟の中は昨日と殆ど同じメンバーで構成されていた。
私は前日と同じようにメルクにいつもの奴を出してもらって皆に交渉の結果を伝えた。
「交渉の結果ですが、同程度の大きさのガラス瓶を持っていけば空き瓶と交換してくれるそうです!また、同額での回復薬の空き瓶に限った買い取りはOKということになりました!」
錬金棟内が歓声に沸く。その人達にとって関係のないことなのに、ここまで喜んで貰えるのは嬉しい。
「なので、皆さんには空き瓶の買い取りを行って欲しいんです!そしてもう一つ――『ガラス瓶』の錬金に必要な素材集めも!」
そう、個人的に盲点だったのだが――私達は錬金術師。
『ガラス瓶』程度錬金できない訳がないのだ。そしてそれさえ錬金できれば細工師ギルドが持っているだけの空き瓶と交換できる。
「お願いします!」
私達は頭を下げた。
――――
「アリスさーん、追加の空き瓶です!」
メルクがつっかえながらなんとか荷物をアデプトさんの狭い錬金部屋の中に滑り込ませる。
休憩中だった私はそれに青い顔をする。えぇ、まだ追加で来るの……?
あの協力要請は掲示板とかSNSで拡散され(流石に回復薬製造に成功したことは触れられていなかったが)、その為結構な錬金術師プレイヤーが協力してくれた。その結果として予想以上の量の空き瓶が集まってしまったのだ。
勿論MPは時間経過で回復するけど、その時間経過はしっかり待つ必要がある。
勿論メルクと交代交代でやっているが、それでも消費の方が上回る。
ついでに言うと回復薬の空き瓶を何者か、というか錬金術師達が集め始めたという情報は既に出回っている。でもまあまさか回復薬を売り出すなんてことは予想できないだろう。ちなみに今のところ空き瓶のついでに消えた『塩』と空き瓶で何か錬金するんじゃないか、という意見が最有力らしい。
ちなみに、MPがない内は武闘大会用の戦闘用アイテムを作成している。そしてここで新発見だが、普通の錬金でも少しだけMPを消費するらしい。MPって第一質料だよね?なんで錬金する時に使うんだろう。
……いや、今は考察じゃなくて錬金に集中するべきだ。
既に500本のノルマは達成していたのだが、空き瓶はまだまだ私達の元へやってくる。
……うん。いやぁ、流石に飽きてきた。
「飽きで死にそうなんだけど……」
「私もです……」
どんよりとした空気が私達の間に流れる。
とはいえ、職業別ランキングで上位に入るためだ。この程度で根を上げていてはいけない。私はMPが回復したのを確認すると、気合を入れ直して錬金作業を始めた。
そして――。
――――
「そろそろですね」
『原初の平原』、第二に発見された街《オラトリオ》はお祭りムードに包まれていた。
そこかしこで垂れ幕が下がり、住民もなんだか浮ついている。
今日は武闘大会当日だ。どうやら《オラトリオ》でそれはプレイヤー達と同様一大イベントのようだった。
私達は武闘大会の会場の目の前に立つ。
武闘大会は夏休み前の三連休全てを使ってゲーム内で9日間かけて行われる。
私とオグロがタッグを組んで参戦する2vs2の試合はゲーム内4日目の午後から始まる。ちなみに予選は無事に通過できた。
つまり、それまでは商売に集中できるという訳である。
私の予定ではそれまでの期間で職業別ランキングの上位に陣取り、そのままその順位を維持していくというものだ。
ちなみに、私の屋台には私とメルク以外にもシエルさんやパラケルススさんらに参加してもらっている。
……そういえばあの臨時ギルド、解散するの忘れてたな。
まいいや、武闘大会が終わったらメルクに解散するようにお願いしとくか。
「行くよ……メルク!」
「はい!」
私達は出店の許可を貰っていた場所に向けて歩き出した。




