空き瓶集め
「お願い……!」
「……!」
私達は釜の中に空き瓶を入れる。
『塩』は入れたし、第一質料も入っている筈だ。
お願い……!『回復薬』、できて……!
空き瓶を釜から掬い上げる。空き瓶の中で緑色の液体が揺れていた。
震える手で私は【鑑定】を行う。そして出てきた結果は――。
――――
『HP回復薬--』▽
〈水〉〈ガラス〉〈耐???〉
不純物の多い回復薬。
効果は低いが、それでも第五精髄は含まれている。
中傷や軽傷を治療するには十分だろう。
効果▽
まずい(HP-30)
HP即時回復(HP+350)
――――
「……った!」
メルクがたまらず声を上げる。
私も嬉しさに叫び声を上げた。
「やったー!」
二人で手を叩いてお互いを称え合う。
というか回復薬作成においてはメルクが一番理論とか立ててくれたしね。メルクがいなかったら確実にできなかっただろう。
「後は……」
「量産するだけ!」
よし。回復薬作成の方法は確立させた。
後は闘技大会に向けて量産するだけ!
闘技大会まで残り二週間を切っている。どれだけ在庫を作れるか、それが勝負になるはずだ。
〈「HP回復薬を作成」偉業を達成しました。年表に記載しますか?〉
――――
「リサイクルにご協力くださーい!」
「余った回復薬の瓶があったら私達まで!」
私達は街頭で呼びかけを行っていた。
何を隠そう、回復薬の空き瓶が圧倒的に足りないのだ。
他の空き瓶で作れないかダメ元で試してみたはみたのだが、空き瓶は釜の中の液体に付けただけで溶けていってしまった。
だからこそ、あの〈耐???〉という形相の付いたものでないといけないのだろう。
しかし、私達はその形相の付いたアイテムを回復薬の空き瓶と錬金釜本体以外で見たことがない。
そんなレア度の高い形相を探していては確実に時間が足りなくなる。一応錬金棟で聞いてみたが、そんな形相を見たことのあるプレイヤーやNPCは存在しなかった。
……というか、そもそもあの液体に溶けないんなら錬金で形相移せないし。
そのためこうして街頭でリサイクルの呼びかけと偽って回復薬の空き瓶を集めているのだ。
幸いにも、回復薬は結構な量が出回っている(価格は死ぬほど高いが)。
だからある程度の量は集まるはず、そう踏んでいたのだが――。
「なんで無料で渡さなきゃいけないんだ?」
「え……っと、それはどういう……?」
街中で出会ったプレイヤーからこんな話を聞いた。
なんと、細工師の職業のプレイヤー達が集う大手ギルドがガラス瓶(回復薬の空き瓶以外のものも含めて)を大量に集め始めたらしいのだ。勿論、一個辺り結構なゴルドを出して。
この時期に集め始める、ということは確実にそれは闘技大会のためだろう。
確かに、このゲームのガラス瓶はかっこいい。そこに細工師の力で更なる細工を施せるのなら、よりかっこよくなるはずだ。露店で売ることができる程に。
「なるほど……これは強敵ですね」
「だね」
相手は結構な大手ギルドだ。そして私達はたった二人。
一見無茶な戦いにも思えるかもしれないが、十分勝機はある。
私達が欲しているのは回復薬の空き瓶だけだ。別にガラス瓶全てを欲している訳ではないから、きっと向こうのギルドは私達を歯牙にもかけないだろう。
つまり、武闘大会開始までに細々とひっそり集め続けていれば問題なく集まる筈。それが私達の出した結論だ。
しかし、それにも問題はある。
私達には、圧倒的に――資金力が足りないのだ。
向こうのギルドはガラス瓶を引き取る際に報酬を渡している。ならば、私達もそれと同量もしくはそれ以上の金額を渡さない限り回復薬の空き瓶が集まることはない。
「でも……金策ってどうすればいいんだろ」
私は俯く。攻略Wikiや掲示板を漁れば幾つか良い方法が見つかるかもしれないが、たとえ見つかったとしてもそれで本当にどれだけの資金が稼げるのか。そこがネックだった。
「どうであれ、とりあえず攻略Wikiを見てみるしかないかな……」
私は攻略Wikiの『金策』のページから良さげな方法を見繕い始めた。
――――
それから一週間が経った。攻略Wikiに載っていた情報で、私達はなんとか二人で15万ゴルドほどを稼ぐことに成功していた。
勿論、私は武闘大会の練習も兼ねているしそこまでのお金は稼げていなかったけれど。
「回復薬の空き瓶の買取やってまーす!」
「是非お願いします!」
私達は再度街頭で声を張り上げる。
空き瓶の買取金額は一個辺り700ゴルド。露店では900ゴルドで売るつもりの為儲けはほぼないが、とりあえずこれで200個程の在庫はできる筈。
細工師の大手ギルドはガラス瓶を一個辺り500ゴルドで買い取っているので、これできっと回復薬の空き瓶はこっちに流れてきてくれる筈だ。
だが――。
「アリスさん!」
「どうしたのメルク?」
「細工師のギルドが……買取量の値上げを発表しました」
「えっ……?」
20個ほど回復薬の空き瓶が集まってきた時だった。なんと、向こう側のギルドが買取量の値上げを発表したのだ。それも、回復薬の空き瓶に限り1000ゴルドに。
理由は簡単だった。
そもそも、ガラス瓶はNPCから購入しようと思えば購入できるアイテムなのだ。
じゃあ何故細工師のギルドはガラス瓶集めをしていたのか。それはNPC売りのガラス瓶には在庫があったからだ。
そしてプレイヤー達からガラス瓶を買い取るとき、一番集まるガラス瓶は何か?
答えは簡単だ。どう考えても回復薬の空き瓶以外ない。
他にも別の街から買ってきたガラス瓶とか色々集まっているとは思うが、比重は一番回復薬のものが大きい。
そして、そんなところに空き瓶に限り700ゴルドで買い取る私達が出てきてしまったのだ。細工師ギルドが値上げに踏み切るのも当然だろう。
「どうしよう……」
「私達も買い取り料を上げるしかないんじゃないでしょうか……?」
「いや、でもそれは……」
それに対抗して買い取り料を上げようとも、どう考えても資金力は圧倒的に向こう側が上だ。
最終的には私達の方が根負けし、全くガラス瓶を集めることができないまま終わるのは目に見えている。
「……であれば、同額ですか」
「だね……」
全く同じ金額で、どちらに空き瓶が多く流れるかの対決を挑むしかない。
しかし、プロモーション力やマーケティング力で考えてみればどう考えても力量に違いがありすぎる。隙間産業で細々とできないことはないだろうが、それではまともな量空き瓶を集めるのは不可能に近い筈だ。
「どうすれば……」
私達は街の広場で俯く。
本格的にマズい。どうすればいい……?
「あれ、どうしました?」
「……あ、委員長」
そんな時私達の目の前を通りかかったのが委員長だ。
そうだ、委員長達の力を借りれば……。私は藁にもすがる思いで(勿論メルクに許可を取って)このことについての相談をすることにした。
――――
「すみません。無理です」
「そっかぁ……」
待っていたのは非情な通告だった。
まあ、よく考えなくてもそうなるのは当たり前だ。今回の件は「ホロスコープ」が私達に手を貸す義理はないし、装備にエンチャントを付けられる細工師と大事を起こして関係悪化を招きたくはないだろうし。
「私個人でならある程度手伝えなくはないですが、それではどう考えても力不足でしょう?」
「うん……」
委員長は申し訳無さ気に手をもじもじとさせている。
実際、この問題は私達でなんとかすべきものなのだ。人に頼ろうと思ったのが間違いだろう。
「ごめん、委員長。無駄なことに付き合わせちゃって」
委員長は話し合いをしていたアデプトさんの店から出て行く。その時、去り際に委員長はこんなことを言った。
「私達は手伝えません。ですが……きっとその問題に手伝ってくれるプレイヤー達は居ます。その人々に頼ってみてはいかがでしょうか」
――――
「手伝ってくれるプレイヤー……ですか」
「居るのかなぁ……そんな人」
大手ギルドと事を構えているのだ。そう安々と手伝ってくれるような人は存在しないだろう。
イグニスさん。生産職としての繋がりが大事だ。事を構えることに協力してはくれないだろう。
アイナさん。ヒストリアは今忙しいと言っていた。そんな修羅場に手伝ってくれだなんて言いたくはない。
オグロ。オプティマス理想協会は揉め事を嫌う。それに、前の戦争の時も無茶ぶりを許可してもらったし、またお願いするのは非常に申し訳ない。
「いないよね……」
今日の天気は曇り。雲は暗く、一行に陽の光は見えてこない。
そんな天気を見ていると私の心までより暗くなる。回復薬で儲けを出そうとするのは諦めた方が良いのかなぁ……。
その時だった。曇りの空から一筋の光が差し込む。
それと同タイミングで私にボイスチャット申請が飛び込んできて――。
『アリスちゃーん!回復薬作りの調子はどう?』
シエルからだ。そういえば最初に回復薬を作ってた時は一緒だったっけ。
『ん、作れたよ。でもちょっと問題があって』
『本当!?それで問題ってなになに?できることなら私達で協力するけど!』
――あぁ、そうか。委員長が言っていた、手伝ってくれる方っていうのは……そういうことか。
『じゃあ錬金棟で会える?そこで話したい』
『分かった!』
ボイスチャットが切れる。私はメルクに今からする予定のことを話し、錬金棟に向けて駆け出した。
――――
「アリスちゃん、メルクちゃん!久しぶりー!」
「久しぶり……?」
私達の姿を認めたシエルが走り寄ってくる。
でもどうして久しぶりなんだろ……?
……あ、そっか。このゲームは現実で一日経てば、ゲーム内では三日経ってるシステムだった。
現実で一週間経ってるってことは、こっちじゃ三週間経ってることになるのか。
そう考えれば久しぶりって言うのも当たり前か。
「それで問題って何?」
「回復薬の空き瓶が圧倒的に足りないの……」
「あー、なるほどね」
シエルはむむむと考え込み、その後すぐ他の錬金術師プレイヤーと話していたパラケルススさんのところに話をしに行った。
パラケルススさんとシエルが話をしている。そしてその時の私達は気付かなかったが、錬金棟に居た多くのプレイヤーから私とメルクはジロジロ見られていた。
変装するのを素で忘れていたのだ。
ほどなくしてシエルが戻ってくる。一瞬だけシエルは申し訳なさそうな顔をしてこう言った。
「キミ達じゃない、私達から回復薬の空き瓶を集めてくればその細工師ギルドと関係なくある程度は集まりそうだけど……それじゃきっと足りないよね」
「そっか……。でも集まるだけありがたいから。ありがとうシエル」
シエルは微妙に申し訳なさ気な笑みを浮かべる。
とはいえ、ある程度集まるだけでも十分だ。後は私達だけでなんとかしよう。
私達は手持ちの有り金13万ゴルドで出来る限りのことをする決意を固めた。
そして錬金棟を出ていこうと思ったその時――。
「アリス、メルク。ちょっと待って。その問題、私達が協力できると思うの」
「……?えっと、貴方は……?」
私達は、見知らぬ錬金棟に居たプレイヤーの一人から声を掛けられた。
当時の私達は何故声を掛けられたか分からなかったが、まあ変装せずに堂々とこの錬金棟に来たのとかシエルと話してた「回復薬の空き瓶が足りない」という内容が聞かれてたとかそういうのだったんだろう。
「私は装飾屋。他のプレイヤーからそう呼ばれてる。それで――その回復薬の空き瓶が足りないって問題、私達にも協力させて欲しいな」
「え、それはどういう……」
私は目をパチクリさせる。どうして私と無関係なプレイヤーがこの問題を手伝ってくれるのか、それが分からなかったからだ。
「……あの、アリスさん――」
メルクが私に耳打ちをする。
その内容は私にとって非常に衝撃的なものだった。
「ここに居る殆どのプレイヤーは、錬金術を進めてくれた貴方達に感謝してる。だから、その恩を返すためにも――私達を、貴方達に協力させて欲しいの」
「……本当?」
私は驚愕した。何故なら、ずっと私は「どうして情報を公開しなかったんだ」と錬金術師のプレイヤー達から恨まれてると思っていたから。
――だけどそれは私の思い込みで、本当は全然違ったってことか。
そう感激する私に、更にメルクが助言する。
「アリスさん。錬金棟に居る殆どのプレイヤーとNPCがきっと、私達に協力してくれる筈です。あの人が言っていた頼れる方々というのは――錬金術師の人々ですよ!」
見れば、錬金棟にいるプレイヤー達の視線は全て私達に向けられていた。




