二限。スキル
「段階……ですか」
「そうだ」
完全に予想外の要素が飛び出てきたことに、私は思わずオウム返しをする。
スキルの段階ねぇ……。そんな物がこのゲームに存在しているなんて。
「……っと、そもそもスキルの種類を教えなきゃ意味がねぇか」
あたりめさんは再度黒板の方に向き直る。
先ほど黒板に書いた文字が大きすぎたため、あたりめさんは背伸びをして上の方に若干あるスペースに何やら書き出した。
「まず、スキルには『魔法』と『スキル』と『その他』の括りがある。そして『段階』が存在するのはその中の『スキル』だ。
ちなみに『スキル』の判別方法は発動するのにガイドに沿う必要があるかどうかで決まる」
普段何事もなく使っていたスキルにそんな括りがあるとは。そう感心する私をよそにあたりめさんは話を続ける。
「ま、そういうわけで『段階』の肝はこのスキルガイドをどう扱うか、それになるってことだ」
スキルガイド。それはスキルを発動する時に従う必要があるガイドだ。
例えばメルクのスキル、【一陣の風】を発動する為にはスキル使用時に表示されるガイドに合わせて腰を低く、そして短剣を持つ手を利き手側の腰に当てる必要がある。
ガイドに合わせてその構えを取ったとき、【一陣の風】は発動可能になるのだ。
ちなみに、そのガイドはスキル名を口に出さないと表示させることはできない。そのためスキルを発動するためにはこのスキルを使う、と知らせる事になるのでPVPには結構不向きなものだと思っていたのだが――。
あたりめさんは『第一段階』を指で指し示した。
「第一段階。ガイドに従わなきゃ発動できない状態を指す。まあ素の状態だ」
あたりめさんは指し示す指を『第二段階』の方へ動かす。
「第二段階。ガイド無しでガイドの動きを模倣することでスキル名を口に出さなくても発動できる様になった状態を指す。だからPVPをマスターする為にはスキルの特徴的な動きを知る必要があるってわけだ」
あ、これ第二段階って言うのか。
ちょくちょくオグロこれやってるから、ちょっとしたテクニックなのかなとは思っていたけど……。
……いやちょっと待て、ってことは第三段階ってどうなるの?
あたりめさんは「だがこれまでは大した問題じゃない」と言い、指を『第三段階』に動かした。
「第三段階。スキルガイドを捻じ曲げることに成功した状態を指す。これの何が問題か――分かるか?」
「……スキルの特徴的な動きが変わるから予測が付かないこと?」
「いや、違う。ガイドを捻じ曲げる――つまりガイドを重ねることで別々のスキルを同時に発動できる様になった」
「マジかよ……」
オグロがまた呻く。
私も呻きたい気分だ。だってさ、メルクのスキルで例えると【一陣の風】と【遣らずの雨】が同時に飛んでくるってことでしょ?高速で攻撃してきて当たったら一定時間動けなくなる攻撃とか頭おかしいじゃん。
「そしてどうやら運営にとって第三段階は仕様内の範疇らしくてな。スキルの“合体技”が大量に発見された」
「えぇ……」
我慢できず私も呻いた。
そんなのなんでもアリじゃん……。ズルくない?
「つっても、運のいいことにこれを発見したプレイヤーはそう多くない。まあ多分、闘技大会に出場できるプレイヤーの全員が使えるくらいだ」
……それ、結局相手は全員使ってくるってことだよね。全然幸運じゃない……。
「……というか、それ私達に話していいの?」
「大丈夫だ。捻じ曲げ方は教えてないからな」
そういう問題ですか。
まあ確かに、スキルガイドを捻じ曲げると言われても全く捻じ曲げ方が分からない。
軽く絶望している私達を前にして、あたりめさんは手をパンと叩いて私達にこう呼びかけた。
「よし、空気を変えよう。座学ばっかってのもつまらねぇからな、一発模擬戦行ってみるか?」
「よっしゃ!」
オグロが思いっきり席を引いて立ち上がった。
私も立ち上がる。ちょっと体を動かしたい、少し座りすぎた。
あたりめさんは既に訓練場の中央に出て私達を手招きしている。
決闘申請のウィンドウが表示された。私とオグロは頷いてそれを承諾する。
特に通知が訪れるということもなく決闘が始まる。
ま、決闘は基本的にどこでもできる機能だ。下手に壮大な演出が入る方が鬱陶しいし。
「そ!」
「そ!」
私達はオグロが前に出て私が後ろに下がる、いつものフォーメーションを組もうとした。だが――。
「【ドロップグラウンド】」
「そぉ!?」
あたりめさんが垂直に飛び上がったと思うと、唐突に前方に加速して私とオグロの間に足を振り下ろしてきた。周辺に地鳴りが起こり、私とオグロはそれによって少量のダメージと共に浮かされる。――まずい、〈浮き〉は一瞬だけ身動きができなくなる状態異常。
その一瞬の隙は対人戦においては非常に大きなロスになる。
「【十文字突き】」
「【かばう】!」
そこから私に向けてあたりめさんは大剣で突きを繰り出してきた。
それをギリギリでオグロがかばってくれたが、ただの突きとは思えないレベルでオグロのHPが削れる。
……というか突き攻撃の筈なのに十字に切られたエフェクト出てきてるんだけど。
とはいえ、まだオグロが死んだ訳ではない。
あたりめさんが突き刺した剣を引き抜く。そこに一瞬の隙がある。
……ここで使うべきアイテムは――!
「『ミステル』、そ!」
取り出したるはまりもみたいな丸くて硬めの何か。
私はそれをあたりめさんの足に投げつける。
「チッ……」
「そ!」
それはあたりめさんの足元に引っ付くと、すぐさま足の中へ消え去った。
するとあたりめさんの足があっという間に岩石へと変わっていく。
『ミステル』。まりもみたいな見た目をしている丸い何かだ。当たった部分に入り込み、入り込んだ部位に形相に応じた効果を与えるものだ。今回使ったアイテムは〈岩石〉のもので、当たった部位を一定時間石に変える。
片足が潰れるのだ。これで状況は圧倒的にこちらが有利になる――筈だった。
あたりめさんはニヤリと笑う。
「【回し蹴り】」
――しまった。
回転する石の足がオグロを吹き飛ばす。通常の【回し蹴り】では考えられない程にオグロのHPが減り、そのままオグロは斃れる。
『ミステル』はデバフを与えるが、当然バフも与える。例えば、先程の様に〈岩石〉の形相のものなら石化こそさせるが、その代わりにその部位での攻撃によるダメージ増加といった具合にだ。
だけどまだ負けてない。私は〈植物〉の『銃弾』を構え――!?
気が付くと、目の前にあたりめさんの姿があった。
私はそのままアッパーカットを食らってKOされる。完敗だった。
――――
「おつかれさん。んじゃ、さっきの模擬戦の振り返り始めっか」
「はーい……」
私達はほうほうの体で死に戻った。
いくら相手がトッププレイヤーとはいえ、二対一で完敗したのは結構心に来る。
「ま、スキルの合体技に慣れないのはしょうがねぇとしても、安易に〈岩石〉の『ミステル』を使ったのが敗因だな。使うならもっとマイナーなアイテムを使え」
「なるほど……」
……多分、武闘大会の本戦で形相が一つしかないアイテムを狙い通りに使うことは難しいだろう。きっと対策されているだろうし。すっかりお馴染みになった〈植物〉の『銃弾』で相手を拘束するとかはもう無理と考えても差し支えない筈だ。
――だけど、私はあたりめさんにも伝えていない秘策がある。
そう、形相の継承だ。どうしてこれを伝えていないかだが、それはきっとあたりめさんが本戦で戦うことになるだろう相手だからだ。迂闊に情報を漏らすことはできない。
「正直言って、アリスがどんなアイテムを作ってくるか、どのタイミングで使うのかで戦況は大きく変わる。オグロとアリス、どっちが戦況を変える強い力を持ってるかって言うならアリスだ」
はい。その責任は重々承知しております。
しゅんと項垂れる私を見て、あたりめさんは言いすぎたかと思ったのか唐突に話題を変える。
その話題とは、これまでも散々周りから言われていた“その他”についてだ。
「にしても、お前らなんでそんな“そ”ばっかり言うんだ?ま、それで連携が取れてんだから文句はねぇけどさ……」
「あー、それはですね――」
私はあたりめさんに説明した。“その他”略して“そ”が私とオグロとの間で共通言語となった由来を。
昔々。まだ私達が高校生ではなかった頃。その頃から私達はゲームに夢中になっていた。
そんな時、とあるFPSゲームが人気になった。そして当然私達もそれにハマった。
その頃は幼かった。当然そのゲームで頂点を目指そう、そう意気込むのは必然だっただろう。
そして私達は頂点を目指す途中で、“日本語で連絡すると圧倒的に時間がかかる”ということに気がついた。そこで私達は連絡したい事項を略すことにしたのだ。
例えば、“やばい”をや、“敵がいる”をい、“接敵”をせ……といった風に。
そしてその中に“その他連絡事項”のそ、も含まれていたのだ。
あたりめさんはこの辺りで何かを察したらしい。あちゃー、というような顔をしている。
うん、そういうことだ。結局私達はそういったきめ細かく設定した略語を面倒くさくなって使わず、“その他”のそだけで会話するようになった。
これが“その他”の真相だ。
私達は結局そをどう発音するか、その発音の強さはどうかといった情報だけでなんとなく相手が何を言いたいかが察せられるようになってしまった。
勿論、オグロ相手なら何が言いたいかまで100%分かる。
まあそういうことである。
「……そういうことか」
なんか多分あたりめさんが気にしてたのはそが使えるようになるまでの経過のところだろうとは思ったが、正直覚えていないので分からない。“その他”は気がついたら使えるようになってたし。
「ま、一文字で会話できるってのは結構デカいな。だが……廃人の中には目と目だけで会話できる奴もいる。武闘大会本戦の途中からはその利点はないと思っていい」
「委員長にも言われたけど……やっぱそうなんだな」
「ああ」
武闘大会本戦にはあたりめさんくらいの強さのプレイヤーが多数いる、との話もされて今日の訓練は終わった。
……これ、なんか凄い大口叩いちゃったけど優勝できるのかな……?
――――
翌日。
私は《ケニス大図書館》の地下エリアに遊びに行っていた。
何故そこに行ったかだが、それはメルクから何か錬金術に繋がる情報がないか探してほしいとお願いされたからだ。
プラハの情報掴んだのもここが原因だしね。なんかあるでしょ。
「こんにちはー!」
「おぉ、こんちわっス!」
いぇーいと私とアイナさんはハイタッチを交わす。
どうやらアイナさんはヒストリア内では割と下っ端に位置する人らしく、こうして結構フリーな時間があるらしい。自分で探すのも寂しいので(メルクは別エリアの図書館を巡るから一緒に来られないらしい)アイナさんを呼んだ次第である。
「と、いうわけで今の所見つかってる文献はこんなところっスね……」
「どれどれ……」
私はアイナさんの後ろから持ってきてもらった本を覗き見る。
そこには結構な量の情報があった。
――――
アイナさんが持ってきてくれた文献には大きく分けて三つの情報が載っていた。
だけど残念なことに、そこに錬金術に関する情報を見つけることはできなかった。
一つ、『逆転湖』が何故逆転しているのかということについての情報。
昔(といっても結構近い年代だったが)、『逆転湖』に“ラハム”と呼ばれる怪物が現れ、世界を逆さにしたという伝承が残っているそうだ。
ちなみにその怪物がどこにいるかは不詳らしい。
また、その怪物を呼び出すための儀式とやらもあった。だがその儀式の手順は全てページが破かれていて確認することはできない。凄い怪しい。
次に、魔法使いがどうやって魔法を行使するのかについての文献。
魔法使いはMPこと『マナ』を使って魔法を使うということは基礎知識だが、さらなる上位の魔法を使うためには何故詠唱を行うのかや何故杖を装備しないといけないのか、といった情報が記されていた。
魔法使いは世界魂(六大属性の元締めのこと)にアクセスする権利を持っているらしく、そこから六大属性をマナに付与して魔法を放つらしい。
世界魂というものは魔法使い界隈でも初出のものらしく、ヒストリアが他に似た文献がないか躍起になって探しているそうだ。
……そして、もう一つ。
錬金術とは関係が無かったが、私にとって驚くべき情報がそこには載っていた。
明日の更新は私事によりできなくなりました。
申し訳ありません。




