プラハと闘技大会
……エレベーターが降りてくるまで待つのが辛い。
エレベーター、登るのは早いのに降りてくるのを待つのは物凄い長く感じるよね。なんでだろう。
「すみません!コーザルさん!」
エレベーターの扉が開くと同時に私はコーザルさんの元に駆け寄る。
「《廃棄処理所》のことで話がしたいんですが!」
尋常ならざる私の様子を見て、コーザルさんは若干何事かと焦っていたようだったが、すぐさま平常心を取り戻したのか落ち着いた声で言葉を返してきた。
「あぁ、なんだね?」
「あそこの『錬金都市プラハ』の映像の先がどこか、知りませんか!?」
コーザルさんはそのことについて思慮を巡らせているのか、視線を斜め上の方へやっている。
そして若干の間の後。コーザルさんは口を開いた。
「……『錬金都市プラハ』?何だそれは」
その言葉は私にとって衝撃的なものだった。
「え、プラハについて……知らないんですか?」
思わず私は聞き返す。
だが、そうしたところで結果は何も変わらなかった。
「すまない……。《廃棄処分所》は奴らの管理下にある。我々の管轄外なのだ」
……確かに、言われてみればそうだ。
自律機械達のゴミ捨て場なんだから、自律機械達があの場所を管理してるに決まっているだろう。
くっ、考えが足りなかった。
だけど、ならどうするべきか。
何かしら意思疎通ができる自律機械を見つけてあの映像の先がどこかを聞き出す?
……それしかないよね。仕方がない、頑張って探すしかないか。
そこらの雑魚が喋ってくれたら助かるけどなぁ……。
「すみません、お邪魔しました」
私は二人にお礼を言って塔から出ようとする。
だが、私がエレベーターに乗り込もうとした瞬間にコーザルさんが私を呼び止めた。
「……いや、待て。確か――プラハという名前は、この地に伝わる伝承で聞いた覚えがある」
「本当ですか!?」
僥倖だ。
ふっ、プラハの謎破れたりという訳か。いや伝承知ったレベルじゃプラハの謎なんて解けないと思うけど。
「だが聞いた覚えがある、というだけだ。その詳しい内容を知るためには記憶媒体の収蔵されている《記憶庫》へ行かなければならない」
《記憶庫》……ね。ヒストリア辺りが聞けば狂喜乱舞しそうな場所だ。
勿論そんな情報の宝庫があるならプラハ以外にも錬金術の何かが眠っている可能性だってある。私は早速頭を下げた。
「ならそこへの行き方を教えてください!」
またもや若干の間。そして帰ってきた答えは……。
「……すまない。それはできない」
……間ができた時点でそんな気はしてたけどね。
まあそうサクサクことが運ぶ訳がないか。一応理由だけは聞いておこう。
「それは……どうしてですか……?」
「《記憶庫》はこの地の指導者に代々受け継がれてきた、我らにとって非常に重要な場所だ。下手すれば我々が滅ぶ情報すらも眠っている。だから指導者以外を入れることはできない、と決められているのだ」
「そうですか……」
……なるほど。
つまり現時点ではどう足掻こうが入る事はできないと。
……でもこれ、どうすれば《記憶庫》に入ることができるようになるんだろうか。
そう私がどうやったら《記憶庫》に入場できるか考えを巡らせている時、「これは独り言だが」とコーザルさんは前置きをして語り始めた。
「……もしこの地を救った英雄が行きたいと所望するのであれば、連れて行けない訳がないだろう。先祖もそれなら許す筈だ」
なるほどね。
つまり入りたかったら『迷妄機関』と亡霊達を救え、と。
……コーザルさんに頼んで取ってきて貰うって手も考えたけど、きっとそれは「それに費やす時間がない」と断られる未来も見えた。それにこうやってお膳立てされたんじゃ、それに従わない方が無粋だ。
待ってろ自律機械のボス。今すぐ倒しに行くから――!
とはいえ、まず目指すは目先のこと、つまり闘技大会だ。
そもそも自律機械のボスと出会えるのなんていつになるか分からない。ワールドクエストだ、そう簡単に終わるものでもないだろう。なるべく優先してやるけど最優先ではない、そんな感じで「自律機械の主」クエストは進めていこう。
……それにしても。
なんであのモニター、わざわざゴミ捨て場に付けてたんだろう。付けるなら本拠地とかの方が良いんじゃない?
まいっか。
――――
『集積回路』〈機械〉{熱-18:23-乾}◁
(備考:イグニス)
自律機械のパーツの大部分を占める回路だ。
そこまで珍しいものでもないらしいが、他のワールドからしてみればオーパーツも良い所だろう。
『迷妄機関』のアイテムを利用した金策は……まあないか。
――――
「そ!」
「そぉ!」
私の手にした『銃弾』が屈んだオグロの頭上を通り抜け、その先にいた敵をヘッドショットする。
それと同時に〈Duel Finish!〉という巨大な文字がコロシアムの中央に現れ、盛大なファンファーレが鳴り響く。
よし、腕は衰えてないみたいだ。
「おっ」
「お!」
私達はハイタッチを交わす。
今、私達は二人で『原初の平原』の《オラトリオ》にある闘技場に通っていた。
闘技場では「デュエル」と呼ばれる、様々な形式でのPVPを特にペナルティなしで行うことが可能だ。
つまり私達は闘技大会の練習をするためにここに来た……訳ではない。
闘技大会には出場条件があるのだ。
その条件とは、出場したい形式での月間ランキングにおいて128位以上であるというものだ。
まあそりゃ出場したいって人を無条件に受け入れては意味がない。質の低いバトルを繰り広げられても困るし、そもそも時間が足りないだろう。
幸いにもランキングはレート制だ。という訳で私とオグロはランキングをどうにか上げる為に闘技場へ通っているのだった。ちなみに現在のランキングは大体500位くらい。
「お疲れ様、アリスにオグロ。……傍から見たら異星人みたいね」
「そ?」
観戦していた委員長がそう言ってきた。……一体どこが異星人なんだろう。
闘技場ではマッチングの時間に色々な他プレイヤーの試合を観戦できるのだ。
闘技場は一個しかないのにどうやって同時に何試合もできるのか、それは永遠の謎である。それもきっと答えを知った人から消されるタイプの。
「そ(じゃあそういう訳でもう一試合行ってくるねリーフ)」
「そ!(じゃな!)」
「……いや、だからそういうところが異星人っぽいんだけ――」
委員長はマッチングが完了したのか虚空へ消えていった。
……っと、私達もマッチングが終わったらしい。体が闘技場の中心へとテレポートされる。
〈3〉
空中に盛大に数字が現れ、カウントダウンのボイスが流れた。
〈2〉
空中の文字が変わる。
この間は移動が制限され、動くことはできない。だが相手がどういう職業かを判別することはできるし、この時間をどれだけ有意義に使えるかが勝敗を結構左右するだろう。
〈1〉
相手は武器を構えた。
相手はフルプレートのいかにもな盾役に、ローブに魔法帽のいかにもな魔法使いだ。
「そ?」
「そ」
私とオグロは顔を見合わせる。……よし、作戦は決まった。
〈Fight!〉
空中の文字が消えると同時に私達の移動制限が解除される。
盾役が開始早々何かしらのヘイト奪取スキルを使用した。視界内で盾役が妙な存在感を放っている。視線を逸らそうとも、何か絶対に見なくてはという強い強迫観念のような物が働く。
これがプレイヤー対プレイヤーでの〈挑発〉の効果だ。勿論ロックオンを自分に吸い寄せるという効果もあるが、そんなものに頼っていては上位は目指せない。
それに、〈挑発〉が掛かっていると言っても初期位置で発動して私達に届くような範囲のヘイト奪取スキルだ。だからそこまでかかる〈挑発〉のレベルも大きくない。
私は形相が〈水〉だけの『ウォーターヘルツ』を盾役を越すように投げ込んだ。
魔法使いも勘が良い。見知らぬ何かを見ただけで詠唱を中断し、『ウォーターヘルツ』と遮蔽物を挟んだ場所へ移動した。
だけど、勿論それは魔法使いを狙ったものではない。
「そ!」
「そぉ!」
ヘルツが爆発した。
盾役は「たとえ後ろから何かを受けても問題はない」と考えていたようだが、後ろから飛んできたのは水しぶきだ。水しぶきはフルプレートの隙間から首筋やくるぶしに入り込み、一瞬だが嫌な感触を相手に与える。
そのチャンスをオグロは逃さなかった。すかさずオグロが盾役の横に回り、レベルの高い〈挑発〉をかけて視線誘導する。そしてその隙に私が〈植物〉の『銃弾』を魔法使いに放った。
放たれた『銃弾』は魔法使いに植物の触手を伸ばしながら接近し、一瞬の内に魔法使いを植物で絡め取る。
ちなみにここまで魔法使いが一発も攻撃をしてこなかった。一撃必殺タイプのパーティだったんだろうか。
「そ!」
……っと、よそ事を考えている場合じゃない。盾役が〈挑発〉を何かしらスキルで無効化し、私と魔法使いの間に割り込んできた。
「そぉぉ!」
だがそこで、オグロが更に盾役と魔法使いの間に割り込む。
「そっ!」
オグロが更に〈挑発〉を与えるスキルを発動。無効化していたことが仇になり、盾役は再度そちらに気を取られる。
私はオグロからそう動くと言われていたので、その隙に一気に盾役にまで近づいて小さな丸いシールのようなもの――『流星』を貼る。
シールの中央部からレーザーが空へ向けて照射される。それに呼応し、隕石が空から降り注いだ。
「そ!」
「そぉ!」
オグロは呆然としている魔法使いに斬りかかった。
慌てて魔法使いは杖で対処するが、その隙だらけな所を『銃弾』で狙い撃つ。
魔法使いは斃れた。
盾役は『流星』を食らってもまだ生きていたが、魔法使いが倒されたのを見るやいなや棄権した。
〈Duel Finish!〉
――――
「いや、やっぱり異星人でしょ」
「私も異星人だと思うな」
試合後。イグニスさんと委員長からそう言われた。
何故イグニスさんが居るかだが、「アリスの戦いを見てみたい」とのことで来てもらったのだ。委員長はなんか居た。
そして二人は同じ遠距離武器使いということもあったのか、何故か知らぬ間に仲良くなっていた。……イグニスさん、あんまり委員長と仲良くしない方がいいと思うよ。何考えてるか分かんないし。
「にしてもさ、俺らのどこが異星人な訳?」
「そ」
「いや、だから「そ」って何だ?」
その他の略。だけどそう言っても分からないと思うし、適当に返しておく。
「そはそ」
「そ……?」
よしよし、大分この二人も汚染できてるな……。
……じゃない。汚染したら駄目でしょ。
“その他”は流行らせてはいけないものだ。これは私とオグロとの間だけで使うと決めたものだし。
「それにしても……強いな、アリス」
イグニスさんがそう褒めてくれた。……凄い、イグニスさんに褒められると滅茶苦茶嬉しい。
だが委員長からの評価はそうでもないようだった。
「いえ、アリスはアイテムの特異さに頼っている部分があります。そこを突かれたら厳しいことになるでしょう」
うぐっ。
まあね、そこを突かれてもなんとかなるし……。
「それより、二人共はプレイヤースキルがまだまだですね」
「そりゃVRで動くのは現実で動くのと訳が違うしよ……」
オグロがそう反論する。
すると委員長は「良い反論です」とでも言わんばかりに私達を指さした。
「そこです!二人共VRで動くことに慣れていないんです、それでは武闘大会優勝なんて望めませんよ」
「いやでも、そこは友情パワーでなんとか……」
私とオグロと委員長は幼い頃からずっと一緒に遊んできた親友だ。
特に私とオグロはよく一緒にゲームとか運動とかで遊んでいたこともあり、友情パワーは凄まじいことになっているだろう。だから“その他”も通用するんだけど。
「いいえ、上位陣は意思疎通は”その他”を使わなくとも無言で行えます」
「そっかぁ……」
くっ、“その他”だけじゃ勝てないのか。
委員長はこれでも攻略トップ勢だ。実際言ってることは殆ど正しい。
友情パワーだけじゃ勝てないってのもそうだし、私が組み合わせが無限大にある錬金アイテムでろくに対策の取れない相手を翻弄しているのも事実だ。
「そこで!私は私の恩師に頼んで二人に訓練を施すことにしました」
え、恩師とかいたの委員長。初耳なんだけど。
「「ホロスコープ」の我が師匠、『あたりめ』氏に頼みました」
……んん?ちょっと待った、これもしかしてもう決定事項なの?拒否権とかはないってこと?
「勿論ありません。頑張ってください、アリス!オグロ!」
「いや、ちょっと待って!?私、明日に予定が――」
私達は問答無用でどこからか現れた黒服達に連行された。
……なんでこのゲームこんなシステムあるんだろう。




