三原質
「精神、大丈夫ですか?」
「うん、もう大丈夫……」
私は骸骨とエンカウントしたせいで消えていたメンタルをなんとか現世に引き戻すことに成功した。
とはいえその紙切れにホラーなことが書かれている可能性も拭えない。
メルクに読んでもらうことにした。
「分かりました。では――『君達がこれを読んでいる時、私は既に死んでいるだろう。私はあの世界の主だ。
私はあの世界を作ることで何とか延命を図っていた。本来錬金術師として恥じるべき行為だが、これ以外に方法が無かった。許してくれ。
きっと近くに有るだろう書物に、あの世界で出会ったであろう小人達――『ホムンクルス』の製造方法を載せておいた。何かの助けになってくれる筈だ。
“制約”によりある程度の情報しか載せられないが、“制約”の中で最大限手は尽くした。
そして最後に――君達がトリスメギストス派の錬金術師でないことを祈る。』だそうです」
ホムンクルスか。聞いた事がある。
確か錬金術によって作り出すことができると言われていた人間のことだろう。
「気になることは一杯あるけど……情報が足りないよね」
「本当ですね……」
謎が伏せられすぎてて考えようにも考えることができない。
トリスメギストス派の錬金術師って何?多分ヘルメス・トリスメギストスの流派で錬金する錬金術師ってことなんだろうけど……私、思いっきり『ヘルメスの書』参考にして錬金してるんだけど。
え、これ私達が読んじゃっていい本なのかな……?
「とりあえずこの本どうしようね……」
私は骸骨の傍らに置かれていた本を手に取る。
すると、インベントリから勝手に『ヘルメスの書』が飛び出してきた。
「!?」
ヘルメスの書がその本を挟み込んだ。しばらくするとヘルメスの書は挟み込んだその本を離し、新たな項目を生成する。
……あぁ、そういえば本の内容をコピーする機能とか付いてたね。完全に忘れてた。
「あの、アイナさん大丈夫ですか?」
私達は見ないふりをしていたが、流石に気になってきたのでアイナさんに声をかけた。
アイナさんはメルクの朗読が終わってから急に踊り狂い始めたのだ。
一瞬何か悪霊に当てられたのかと思ったけど、どうやらそういう訳でもないらしい。
「というか三人は興奮しないんスか!?ホムンクルスっスよホムンクルス!」
「いや……あんまりリアルの方の錬金術とか知らないし……」
ちょっと現実で色々あったため、過去の記録などは割と失われているのだ。
いや、正確には閲覧できないと言った方が正しいか。
まあ本とかは残っているんだけど、わざわざ図書館まで行って本を読むやる気があるかと言われればノーだ。だからそこまで私は現実の錬金術に対する知識を持っていない。
「ホムンクルスは凄いんスよ!だって実質人体錬成ですし、なんてったって半分神の技であるとも言われてるんスから!」
「そうなの?」
「そうっス!」
アイナさんは鼻息荒く語る。
どうやらホムンクルスとは私が想像していたものよりも遥かに凄いものらしい。
早速そのレシピを確認しようとヘルメスの書を開く。
……タイトルの横に1/?ってあるのが若干嫌な予感がするけど、とりあえず読んでみることにした。
――――
……。
下準備はきっちりと書かれていたが、本題のホムンクルスの錬金方法については全く書かれていなかった。
いや、ちょっとは書いてあったんだけど……。書いてあったことを一行で整理すると「気持ち次第」だ。
まあ、この時点ではまだ私達が『ホムンクルス』を作ることは不可能なのだろう。
スキルの欄みたく1/?ってあるしね。きっと何冊かあってそれを集めることでやっとホムンクルスが作れるとか、そういったものなんだろう。
「……アイナさん、これ多分別のところからこれと似たような本を探さないと無理っぽい」
「あ、そっスか……」
アイナさんが露骨にがっかりする。
ちょっといたたまれなくなったが、そこでメルクが話題を変えてくれた。
……いや、正確にはメルクが話題を思い出したと言った方が近いかも。
「そういえば……私自身、本の話題で思い出したのですが――皆さん、あれ忘れてませんか?『オプス・パラミルム』」
「え、なにそれ?」
そんな横文字のアイテム、私全然覚えが……あ!
「パラケルススさんに渡された本か!」
……しまった!
イベントが落ち着いたらまともに読もうと考えていて完全に忘れていた。
内容もどんなのだったかほとんど忘れてるし、やってしまった……。
というわけで、私達は図書館の地下をヒストリアに任せて『オプス・パラミルム』を読むことにしたのだった。
――――
私・メルク・シエルの三人で『オプス・パラミルム』を覗き込む。
今、私達はアデプトさんのお店にいた。
ここも人が良く来るようになったのだが、それでも錬金棟ほど賑わっていることはない。こういうこと言うとアデプトさんにかなり失礼だけど。
シエルさんは散々錬金棟で『オプス・パラミルム』のことを考察してきたらしいから読み飽きているらしいが、「もしかしたら何か発見があるかもしれない」ということでこの集まりに参加してもらっている。ありがたい。
ちなみに、アイナさんは早速ヒストリアで図書館の地下を探索しようの会が始まったらしくそこへ駆り出されていた。
早速私達はこの本を読み始める。
『この書では、四大元素や四大性質に次いで重要な三原質について記させてもらう。
前置きなどは特にない。早速本題に入らせてもらおう。
この世に存在する〈形相〉を持つことができる物質、これらは第一質料と性質によって構成されている。
ではその性質は何によって構成されているかだ。
これは『硫黄』、『水銀』、『塩』の三つによって構成されている。
この三つを三原質と呼ぶが、実際は塩をその中間的な物質としたもので実質は二元論に近い。
ここで注意が一つある。『硫黄』・『水銀』・『塩』は物質そのものを指しているのではなく、特性そのものを指しているということだ。
決してアイテムの硫黄や水銀が四性質を創り出しているという事ではない。
とはいえ、今の所見つかっている中で『硫黄』・『水銀』・『塩』に一番近いのはアイテムの硫黄・水銀・塩だろう。
では次に、三原質の持つ特性について記す。
『硫黄』は男性的であり、可燃性・不揮発性を持つ能動的性質だ。
『硫黄』は『温』の性質と『乾』の性質を表す。
『水銀』は女性的であり、可溶性・揮発性を持つ受動的性質だ。
『水銀』は『冷』の性質と『湿』の性質を表す。
そして『塩』はその中間に位置付けられる。
性質は『硫黄』と『水銀』が相互に争うことで、または『塩』が互いの争いを止めることによって生じる。
それにより、物質を構成する二つの性質が現れて第一質料と結合し四大元素を作る。
ここで注意したいのは、『塩』はその中間的な性質により争いを止めるだけでなく生まれた性質が第一質料と結合する事も止めることだ。
これより、以下の事が導き出せる。
『火』の元素が持つ性質は『温』と『乾』。つまりこれは『塩』が中間体として入る事なく、『硫黄』が『水銀』に勝った事を表す。
『水』の元素が持つ性質は『冷』と『湿』。同様に考え、これは『塩』が中間体として入る事なく『水銀』が『硫黄』に勝った事を表す。
そして『空気』と『土』の元素。
これらは『塩』が中間を取り持とうと争いに介入し、『水銀』と『硫黄』の争いを止めた事を表す。
そのため、『塩』は『空気』と『土』の元素にしか含まれていない。
さて、これがどういった意味を表すか。
それは簡単である。『賢者の石』の錬成だ。
『硫黄』や『水銀』を『塩』を用いて完璧に調和させた場合、私の予想では『温』・『乾』・『冷』・『湿』の含まれない、完全なる“無”の性質が誕生する筈だ。
それが第一質料と結合した場合どうなるだろうか。
その答えは簡単だ。四大元素になることなく、第一質料がそのまま顕現する。
基本的に第一質料は放っておくと空気中や水中に存在する性質と結合して四大元素となってしまう。そのため、基本的に第一質料はこの世界に存在できない。
だが、第一質料にその“無”を結合させれば――第一質料は他の性質と結合して四大元素となろうとはしないだろう。
そしてご存知の事とは思うが、『賢者の石』は第一質料そのものを指す。
つまりこうして第一質料を顕現させることができたのなら、それは『賢者の石』であると言える筈だ。
そして、『賢者の石』によく似たアイテムが幾つか存在することは知っているだろうか。
例えば辰砂だ。辰砂はアイテムの硫黄と水銀が結合した鉱石であり、まるで理論上の賢者の石に似た――赤い色をしている。
残念なことにそれは『土』の元素で『冷』と『乾』の性質を持ってしまっているが、きっと後少しで辰砂は『賢者の石』になれただろう。
私自身『賢者の石』を錬成することは未だ出来ていないが、きっとこの方法なら錬金する事は可能だろう。以下に錬金の手順とレシピを載せておく。
〈硫黄〉・〈水銀〉+〈塩〉 = 『賢者の石』
健闘を祈る』
後のページにはどうして『硫黄』・『水銀』が性質を作っていると判明したのか等々結構気になることが載っていた。普通に読み物として面白い。
それにしても……。
「もう賢者の石ですか……」
「早速ラスボスの錬金来ちゃったね……」
早い早い。
というか私『賢者の石』が第一質料ってこと自体知らなかったんだけど。どこかで情報聞き逃したかな……。
「いや、読んだ皆も同じ反応してたから大丈夫だよ。……それと、今の所誰も錬金に成功してないね」
まあそりゃそうだ。
そう簡単に『賢者の石』が錬金されたら賢者もたまったものじゃないし。
そんな風に色々と考えていた時、メルクが口を開いた。
「うーん……どうしてこのレシピは括弧を『』ではなく〈〉で書いてるんでしょうね?」
あ、確かにそこは気になった。
わざわざこのゲームがそんな誤植をするとは思えないし。
「うーん、確か〈〉って形相で使われてた括弧だよね?だから私はアイテムじゃなくて形相を表してるんだと思ってるんだけど」
「そうでしょうか……。私はそれだとこのレシピには欠陥があると思います」
え、どうしてだろう。
私は『賢者の石』は〈水銀〉と〈硫黄〉と〈塩〉の三つの形相をいい感じに集めれば誕生するアイテムだと思ってたんだけど。
「ん、どの辺に?」
「アイテムに対する性質の結合比率が書かれていません。それこそがアイテムを成立させる要素、とパラケルススさんは言っていました。ですから、仮に形相にそれら三つが付いているものを錬金したとして、比率によって出来るはずのアイテムを無視して『賢者の石』というアイテムが誕生するとは思えないんですよ」
あー、そういうことか。
結合比率はアイテムを作る絶対のものである、と仮定するなら確かにそれはおかしい。
……いや、もしかしたら。
「もしかしたらさ、『賢者の石』が形相って線もあるんじゃない?」
「いえ、それなら『賢者の石』ではなく〈賢者の石〉と表記する筈です」
う、確かに。
「うーん……じゃあこのレシピが間違ってるとか?」
「それも考えましたが……パラケルススさんが間違ったレシピを書くでしょうか」
「だよねー……」
「……そういえば、第一質料はすぐ性質と結合するから世界には存在できないと書かれていましたが――第一質料を含むアイテム、この世界にありましたよね?」
「あ、回復薬のこと?そういえばそんなのもあったね」
回復薬。それは私達が「賢者の記憶Ⅰ」をクリアする際に使用したアイテムで、確か中に「第五精髄」が含まれていると書かれていた筈だ。
第五精髄とは第五元素の別名で、第五元素とは第一質料のことである。
つまり鑑定結果が正しいのならば、回復薬には第一質料が普通に含まれている、ということになる。
「じゃあ回復薬が『賢者の石』ってこと?」
「……あ、でも『賢者の石』によく似たアイテムが“幾つか”あるってありましたし……『回復薬』もその一つなんでしょうか」
「そうかもね……。……うーん、でもさ、なら『賢者の石』と何が違うの?」
「何が違う……何でしょう――いや、何かが、違う?」
メルクがハッとした。
一体なにを閃いたんだろう。そのまま俯き、ボソボソと呟く。
「そうです……現世に第一質料がある……第一質料は結合しやすい……だったら……そしてあの味……」
そしてメルクは机をバンと叩いて、顔をこちらに近づける。
「分かりましたよ!回復薬の作り方が!」
……え?
実際の三原質は性質を作る物質ではなく、物質自体を作る物質とされています。




