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ダンジョンアタック その3

――――

アイナ▽

――――


 ……まずい。

私は吹き飛ばされたアリスさんを見て舌を軽く噛んだ。


 高所から受身を取れずに地面に叩きつけられた場合、キャラクターは一時的にスタンの状態異常になる。

つまり敵の思うがままに弄ばれてしまう。


 アイテム一号は私も持っているから、たとえアリスさんがやられてしまったとしてもなんとか戦っていくことはできる。

けど、そうなると私とシエルさんの二人で戦わなければいけなくなる。

シエルさんとはある程度波長が合う人間と分かってはいるが、それでもこうして一緒にモンスター討伐に挑むのは今日が最初だ。連携を取ることは難しい。


 このデカブツを倒したところで、きっと後続の何かは襲ってくるだろう。

その時、果たしてアリスさん抜きの二人で戦えるか?


 ……それに、救えるかもしれない人を救えないなんて――プレイヤー失格だ。


「……何か、何かないっスか」


 デカブツはのしのしと、満足気にアリスさんに向かって歩みを進める。


 シエルさんはキャンドルに囲まれていて上手く動けない。

ならば私がアリスさんを――いや、ダメだ。私は自分の運動のできなさを知っているのか?


 リアルでの運動の経験は皆無。その上筋力ステータスにポイントは全く振っていない。

多分、人一人を持ち上げて運ぶことはできないだろう。出来てアリスさんを引きずることだけだ。

しかし、引きずっていては確実にデカブツに殺られるだろう。


 インベントリに使えそうなアイテムはあるか?

さっと目を通すけれど、使えそうなアイテムは全くなかった。


「……いや、あるっス」


 そうだ。あの時に錬金はしていなかったが、「こんなアイテムとかあったら面白そうっスよね~」なんて話していたアイテムがあった筈だ。

そしてここになくとも――私なら創り出せる。


 私は近くに転がっていた元キャンドルだったロウソクを手に取る。


「間に合って――!」


 錬金釜を取り出す。

デカブツが打撃を放つ構えを取る。

錬金釜にあの時貰った花、『黒粒花』と『ロウソク』、そして“とあるアイテム”をまとめて突っ込む。


〈『ロウソク』{17:16}・『黒粒花』{3:4}+??? = 『銃弾ティル』{10:10}〉


 デカブツが溜めを解き、腰の入った打撃を放つ。

私は錬金釜に手を突っ込んで、思い切り叫んだ。


「『銃弾ティル』――加速するっス!」


 〈植物〉の形相のみを付けた銃弾ティル軌跡を残して(・・・・・・)かっ飛ぶ。

〈植物〉の形相を付けた爆弾ヘルツが爆発する時に植物を伸ばしたのだ、きっとそれは銃弾ティルでも同様に起こる筈。そしてその考えはどうやら合っていたようだ。


 そして、もう一つ考えていた「こうなったらいいな」という希望的観測も奇跡的に当たっていた。

それは植物が当たった部分に絡みつく(・・・・)のではないか、という予想。


 尾を引きながらアリスさんに向けて伸びるデカブツの腕に向けて加速していった銃弾ティルはその腕に絡みつきながら貫き、腕の向こう側の本棚にも植物が絡みついてデカブツの腕を縫い止めた。


 デカブツはよろめく。標的に向かって伸ばしていた腕が急に動かなくなったのだ。当たり前だろう。

……うん、アリスさんはこれで守れた。


「アリスさーん!今っス!」


 私は叫ぶ。後はアリスさんに任せよう。

……全く、アリスさんを守れても自分自身がこんな風になっちゃったら意味がないんだけど。私の考えが浅かった。


――――

アリス▽

――――


 腕は私の予想に反し、少しだけ私から逸れて私の後ろの本棚に当たっていた。一体何が……?いや、考えるのはよそう。今はその時ではない。


「アリスさーん!今っス!」


アイナさんの声が聞こえる。……なるほど、アイナさんが言わんとしてることは分かった。


 私が前に浮かしたアイテム一号は巨大本ゴーレムのパンチによってどこかへ吹っ飛んで行ったが、それでも喉元にいる操縦者の小人に肉薄できる道は用意されている。

そう、巨大本ゴーレムの腕だ。


 私は幾つかアイテム一号を使って腕に飛び乗る。

私が何を考えているのか察した巨大本ゴーレムは慌てて私を振り落とそうと動くが、腕が植物のような何かに絡みつかれているためか動かせない。

私はもがく巨大本ゴーレムを尻目に、小人のところまで歩みを進めて行った。


「今度は油断しないから。銃弾ティル!」


 性懲りもなくまた叫ぼうとした小人の動きを銃弾ティルでキャンセルさせる。

私はつかつかと小人のすぐそばまで歩み寄ると、小人の額に小さな丸いシールのようなものを貼り付けた。


「……『流星メテオール』、降り注げ!」


 その言葉と同時に、シールのようなものから空へ向かってレーザーが伸びる。

一拍置いて、伸びていったレーザーの先からある程度の大きさを持つ岩石が降り注いだ。

それらは圧倒的な質量で小人を押しつぶした。


 小人が倒されたことで、巨大本ゴーレムの体は元々の素材だった本棚に戻っていく。

それはコントロールするものがなくなったことにより、重力に従って降り注ぎ――って、ちょっと。私の真上に落ちてきてるんですけど!


銃弾ティル!」


 どこからともなく飛んできた銃弾ティルが私を押しつぶす予定だった本棚を弾き飛ばした。


「アリスちゃん!大丈夫!?」


「シエルさん!」


 ……いや、私のことはいい。

それよりアイナさんだ、あの人は一体どこに?


 この世界の様々な部分に広がる大きな黒い穴と、降り注ぐ本棚が視界を妨害する。

本棚はもうほとんど地面に落ちた。救えなかったかと思ったけれど、アイナさんを発見することはできた。腕を植物に巻き付かれて、本棚に叩きつけられ――今まさに、キャンドルに襲われんとしている状態だったけど。


 一体何が……いや、それよりもアイナさんを助けなくちゃ。


「シエル!行くよ!」


 私はシエルの目を見る。シエルもその意味を分かってくれたようで、私達は二人でアイナさんの元へと駆け出した。


「『グロースシルト』、展開しろ!」


「ちょっと熱いかもだけど我慢して!『ファイアヘルツ』!」


 シエルさんが『グロースシルト』を展開してキャンドルの炎からアイナさんを守る。

すかさず私がアイナさんに向かって『ファイアヘルツ』を投げた。

これは形相が〈炎〉のみの爆弾ヘルツだ。自爆しないように遠距離から使ったが、それでもちょっとは炎に当たってしまった。、


 だが、その炎で私はアイナさんの腕に絡みついている植物を燃やすことができた。フレンドリーファイアがなくて助かった……。


「あ、ありがとうっス……」


「こっちこそありがとう、アイナさん。私を助けてくれたのってアイナさんでしょ?」


 ゴーレムの腕と、アイナさんの腕に巻き付いている植物を見てピンと来たのだ。アイナさんが何らかの手段で私を救ってくれたのだろう。


「二人とも!また小人がいっぱい!」


「えぇ!?」


 シエルが叫ぶ。

その言葉通り、上空を見ればまだ沢山の小人がふわふわと浮いていた。

どうやらこの戦闘はまだ終わらないようだ。


――――


「『流星メテオール』、降り注げ!」


 天空から多数の岩石が降り注ぐ。

それらは最後の一人となった本ゴーレムごと小人を潰した。


「はぁ……はぁ……」


 皆肩で息をしている。

まさかあんな敵が出てくるとは思わなかった。メルクにもこの戦い見せたかったな。


 この世界はもう八割が謎の黒い穴に包まれた。これのせいで戦闘中下手に動けなくて中々大変だったのだ。敵も同じだったみたいだけど。

小人を倒し尽くしたことをトリガーにしたのか、老人が私達に話しかけてくる。


「よくぞ我の試練を突破した、錬金術師よ」


 あ、これ試練だったんですか。

……というか、ここからこの老人が出てきてまた戦闘!とかならないよね?なったら流石にやばいんだけど。


「この世界もじきに消滅する。そうすれば、君達はこの世界の真実を知ることになるだろう」


「真実……ですか?」


「あぁ。大それたものではないがね。……そして、ほんの僅かだが、錬金術に関する情報も残しておくよ」


 突然、世界全体が揺れ動いた。

黒い穴が拡がり始め、本棚にあった本は全て床に落ちる。


「健闘を祈るよ。新たな錬金術師達。だがエア、君は何故――」


〈ダンジョン初踏破ボーナス!Expを20000入手しました〉


〈レベルが2上がりました〉


 私の視界はどんどんと拡がっていく真っ黒な穴に包まれた。

そして気が付くと――。


「うーん……ここは?」


「暗いっスけど……多分周りに本棚が一杯あるっスね」


「あ!もしかしてここが本来の図書館の地下なんじゃない?」


 なるほど。戻ってきたという訳か。

後ろに振り向けば下(逆転してるから本来は上)へと続くハシゴがあった。多分、これが最初に入ってきたハシゴだろう。


「明かり明かり……よっと」


 もしかしたら暗所を探索するかと思い、持ってきた松明に火を付ける。

そして本来の地下図書館の探索を始めようと思ったその時、シエルがそれに待ったをかけてきた。


「ふふ、その前にちょっとだけ時間が欲しいなー」


「どうしたのシエル?」


「ちょっと……アイナちゃんをね、こうクイっと」


 いやどういうこと?

困惑する私をよそに、シエルはアイナさんに近づいていく。


「え、何っスか?」


「忘れたとは言わせないよー。あの超高速錬金、一体何したの?」


 超高速錬金?何のことだろうか。

そんなの見た記憶もないんだけど。


「あぁ、あれっスか。……見られてたんっスね」


「そりゃシエルちゃんは地獄アイだからね。当たり前さ」


 すると、アイナさんは観念した風に首を振った。

「ま、今から話すつもりのことだったっスから」と呟いて私達を近くの床に座らせた。


「本当ならメルクさんも居るときに話したかったんスけど――」


「いますよ」


 !?

驚いて背後を見ると、そこにはいつの間にかメルクが立っていた。

いや怖い怖い怖い。


「死に戻って急いでここまで来ました」


「…………。じゃ、じゃあ話すっスね。超高速錬金について」


 心なしかアイナさんもビビってるように見える。

コホン、と軽く咳払いをしてアイナさんは続けた。


「あれは「賢者の記憶Ⅳ」を解放するのにも繋がることっス。錬金するとき、とある材料を入れると錬金作業を高速化できるんス」


「とある材料って?」


「……私が入れたのは『白金インゴット』っス。前に錬金していたとき、これを入れたら爆速で錬金が終わったんスよね」


 白金?白金っていうと……あの白金だよね。

……え、それってめちゃくちゃコスト高いんじゃないの?もしかしてこのゲームだと白金の値段が物凄く安いとか?


「いや、そんなことはないっス。死ぬほど高いっスね」


「……じゃあなんでそんなアイテム錬金に使ったの?」


「酔ってたんスよ」


「あぁ……」


 なるほど、それなら錬金作業で白金を使ったことにも合点がいく。

あんまりよろしくない動機だけど……。


「いやー、『鉄インゴット』と間違えちゃって。ほら、見た目似てるっスから」


 「後で鍛冶師さんにこっぴどく叱られたっスけどね」と笑うアイナさん。

『白金インゴット』、今市場機能で調べてみたら7万ゴルド以上してるんだけど。確か――私の装備全部合わせて1万ゴルドいかない筈だから、これ相当な額だ。よくこっぴどく叱られるレベルで済んだねアイナさん……。


 ……んん?ちょっと待てよ。


「それ、いつ使ったの?」


「あー、あの巨大ゴーレムがパンチしてきた時っスね」


「あー……なるほど、私を助ける為かぁ……」


 ……。

うん、アイナさん。お金の使い道は考えた方がいいと思うよ……。


「いやいや。助けられる人を見捨てるなんてプレイヤー失格っスから」


 おお……やはり聖人であったか。

私が心打たれている時、不意にメルクが口を挟んだ。


「あの――「賢者の記憶Ⅳ」って、どのタイミングで解放されました?」


「えっと、『白金インゴット』を使って錬金をした時っスね」


「……」


 するとメルクが真剣な顔をして私にこう告げた。


「アリスさん、私達は「賢者の記憶Ⅳ」を解放する為に金策が必要みたいです」


――――


「よーし!図書館の地下探索始めるっスよ!」


 あの後若干微妙な雰囲気になり、とりあえず空気転換にと図書館の地下を探索することになった。

図書館の地下とはいえ、基本的に地上階の部分と変わっている部分はない。

そのため、後はヒストリアにしらみつぶしにアクセスできる本棚を探してもらうという感じになって探索は終わると思っていたのだが――。


「ひいっ!?」


 地下2Fの一角。骸骨が本棚にもたれかかっている形で、無造作に放置されていたのだ。


 ちなみに声を上げたのは私だ。

私はそのまま硬直して動けなくなる。私はホラーにかなり弱いのだ。


「これは……本と紙切れ……のようですね」


 メルクが物怖じせず骸骨に近づき、傍らにあった一冊の本と紙切れを拾い上げた。

どうやら紙切れには何か言葉が書かれていたようで、メルクがそのまま読み上げる。


「ええと、『君達がこれを読んでいる時、私は既に死んでいるだろう。私はあの世界の主、ヴェルト――』」


 いい感じの雰囲気になってきたところ悪いけど、私はメルクの朗読を手で制した。


「メルク……ちょっとタイムいい?」


「どうしましたアリスさん?」


「……正直精神が限界」


 この本と紙切れに書いてあることは気になる。そりゃもう滅茶苦茶気になる。

でもね、暗闇の中骸骨に出くわすとかやばいでしょ。死にかけたよ私。

ごめんメルク。ちょっと休憩させて……。

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