ダンジョンアタック その1
「よし、と……」
「メルク、どうだった?」
私はウィンドウを閉じたらしきメルクに尋ねる。
するとメルクは軽く笑みを浮かべた。
「上々ですよ。きっと錬金術は更なる発展を見せるはずです」
掲示板にはメルクのみに錬金術の研究結果の発表をお願いした。私はネットにあまり強くないからだ。
しばらく掲示板の反応はどんな感じだったのか等、メルクと話をしているとアイナさんが扉を開けて私達のいる個室的なところに入ってきた。
「うん、私も見てたっスけど問題ないと思うっス。でもあれはちょっと教えすぎじゃないっスかね……?」
「いえ、あれでいいんです。まず「賢者の記憶Ⅰ」をクリアしないとそもそもアイテムを作ることすらできませんから」
ですよね、と私に同意を求めてくるメルク。私はそれに頷いて返事をすると、「それより」と前置きをしてアイナさんに別の話を振る。
「ダンジョンって入れそうですか?」
「勿論入れるっスよ。今から軽く見ていくっスか?」
――――
「ここ……ですか?」
「はい」
そう答えたのはNPCの司書さんだ。
私達は今この大図書館の3F(逆転してるから実際は1Fだけど)にいる。
ダンジョンは目の前の扉の奥から移動できる大図書館の地下の階で、大体3F程度あるらしい。
アイナさんらヒストリアがここの攻略に熱中していた理由としては、このダンジョンを攻略することで図書館の地下階が解放されるからだそうだ。
それにより、何か新しい歴史等の情報が手に入らないかと期待しているらしい。
また、“図書館を救った”ということで何か情報にありつける可能性があるかもしれないと考えているらしい。
でも、地下の階層がモンスターに占拠されているだけなら、どうして錬金術師じゃないとこのダンジョンに入れないのか?という点が疑問に思ったけど、それは入ってすぐの場所に理由があった。
「お気を付けて……」
NPCの司書さんが見送ってくれた。手を振って私はそれに答え、扉の奥へと進んだ。
扉の奥は天井に人が一人通れるほどの穴がある、小さな部屋だった。
目の前に小さなハシゴがあって、それは穴を通ってずっと上の方へ昇っていっている。
「なるほど、ここを登れば地下階って訳ね」
「……まあ、そうっスね」
何かアイナさんの雰囲気が不穏だが、まあどうせダンジョンと言ってもたかが地下の図書館だ。
そうおかしいことがあるって訳でもないだろう。
「じゃあ先登るね」
とはいえ、たかが地下の階だろうとちょっとだけ私はワクワクしている。
なにしろこの世界に来て初めてのダンジョンだ。どんなものなんだろうか。
ハシゴを登りはじめてすぐ。私はこのハシゴの向かう先であろう天井の蓋へたどり着いた。
だが、早速ダンジョンに乗り込もうと天井の蓋に手をかけたところ、私はなにかに声をかけられた。
「キミはここに入ってもいい人?」
「主は言ったよ。ここに入っていいのは錬金術師だけって」
ひいっ。
周りに明かりがない閉鎖空間でこういうホラーなことされると割と心臓に来るからやめて!
「うん、キミは大丈夫なヒトだね。入っていいよ」
数秒。声は止み、自動的に天井の蓋が開かれる。
一体どんなダンジョンなのか軽く開いた蓋から覗いてみようとしたけど、その蓋の先からは真っ暗だった。
まるで、蓋を境界にして暗闇とまだ多少は見える暗闇が分けられているみたいに。
……しまった、明かりを持って来ればよかった。
そう思いながら、私は恐怖心を押し殺して暗闇の中へ一気に突入した。
――――
「えっ……ここ、どこ?」
暗闇の先は全く想像していたものとは別の世界が広がっていた。
いや、本当に世界が別なのではないかと思えるほど想像と違う。というか多分違う場所なんじゃじゃない……?
まずおかしなところ一つ目。空があること。
空には当然のことだが雲が掛かっていて、薄いピンク色をしている。
……ここ、建物の中だよね?
次におかしなところ二つ目。壁があること。
私の今いる場所から四方向に、私を囲む巨大な本棚の壁があった。
いや、壁が本棚って時点で絶対おかしいんだけど、とにかくこの世界には巨大な本棚でできた壁がある。
それは天高くまで続いていて、途中から雲に隠れて見えなくなっている。とりあえず分かることといえば、きっと私はこの本棚の壁から外へ出ることはできないんだろうということだ。
そして最後に三つ目。世界が反転してないこと。
ここ『逆転湖』は世界が逆転していることが特徴の世界だ。なのに、ざっと今見た限りでは世界が全く逆転していないように思える。
「いやいや……なんで地下にこんな空間が広がってるの……」
その不気味さに思わず私は声を漏らす。
ほんと、どういうことなんだろう……。
「……!?」
「あ、メルク」
後から来たメルクもここの異様な光景に驚いている。
まあそりゃそうだよね。誰だって驚くよこんなの。
続いてアイナさんもこの場所へ来た。
私が本当にここがアイナさんの言う特殊ダンジョンで合っているのか、と聞くと。
「まあそうなるっスよねー……。ここがそのダンジョンなんスよ……」
どうやらここがそのダンジョンで間違いないらしい。
「……マジですか」
――――
この世界(?)は大理石の床と本棚だけで構成されていた。
どうやら本棚で迷路を作っているようで、私達はとりあえず右手法を使って辺りを散策している。
「――!敵、来るっス!構え!」
「え、どこから……!?」
唐突にアイナさんが叫んだ。
どこから敵がくるのかと前後左右を見回してみたが、どこにも敵の姿はない。
「いや、上っス!」
上!?
慌てて空を見上げると、空からふらふらと小人のようななにかが二体降下してきていた。
その小人達は私達の頭上より上辺りにまで降下すると、近くの本棚に触れる。
「なっ……」
私は思わず声を漏らす。
なんと、小人が本棚に触った瞬間本棚の本が空を舞い始め、棚が人の形に、というより人の骨格に変化する。
すると本がそれに肉付けするように人型に変形した棚の周りに集まり始めた。最終的にそれは小人ごと本で包み、一つの人型の――ゴーレムへと変形する。
「こいつがここの雑魚敵っス!とにかく応戦を!」
唖然とする私達にアイナさんは指示を飛ばす。
大きさからして私の二倍はあるのに、これで雑魚って……。
しかも小人一体につきゴーレム一体だから、これもっと増えたりするんじゃないの?
「アイナさん!こいつの特徴とか分かりますか!?」
「多分本でできてるから火が弱点っス!」
まずは一番近くにいたアイナさんにゴーレム二体のターゲットが飛ぶ。
アイナさんはゴーレムのパンチを体で受けると、「私のことはいいからとにかく攻撃して」というアイコンタクトを送られた。
「あそうだ!【ファイアボール】!」
そういえば私こういう魔法使えたんだった。
魔法の杖を装備すると、私はゴーレムに向けてそれを放とうとする。が……。
〈無効なスキルです〉
〈警告:スキル制限区域〉
その通知と共に、私が発動しようとした火の玉は掻き消える。
「えぇっ!?」
「……!?」
向こうでも、お得意の【一陣の風】を発動しようとしたメルクが困惑の表情を見せている。
……スキルを使うことができないってこと!?いや、じゃあどうすれば……。
「アイテムっスね」
「アイテムですね」
「アイテムですか」
ロクに錬金術のアイテムを用意していなかった私達は、あの後普通に本のゴーレムにボコボコにされて死に戻った。
……結構素材集め、頑張らないといけなさそうだ。
「でもやっぱりアイテムあっても難しそうっスよね……。4人までならパーティーに入れますし、誰か掲示板で有志を募るとか……」
「あ、それならアテがあるから大丈夫」
「アテ……?まさか、アリスさんとメルクさん以外にもう一人同程度まで進んだ錬金術師のプレイヤーが……!?」
「いや、そうじゃ……そうかも?」
一瞬不安になったけど、きっと大丈夫な筈だ。
よし、錬金術師ダンジョンの攻略はあの四人で行おう。……四人目の都合が良かったらだけど。
――――
私とメルクはアイナさんに「錬金の都合もあるし、一週間経ってから本気でダンジョンアタックしましょう」と提案し、承諾された後に私は落ちた。
それから二日後。
若干間が空いたのは家の用事でインできない日があったからだ。
「すみません、ちょっと通してもらえませんか……」
私は今錬金棟に来ていた。その理由は、錬金棟副リーダーのシエルにお願いをするためだ。
そのお願いとは勿論、ダンジョンアタックのパーティーに加わってほしいというものだ。
一応私は軽く変装してここに来た。
その理由は、私が来たとなれば色々と面倒なこと――例えば情報を今の今まで公開しなかったことで文句を言われるとか、がありそうだからだ。あまり余計に恨みは買いたくないしね。
そしてなんと――錬金棟は既にNPCが四、五人居るだけの場所ではなくなっていた。
今や錬金棟は錬金術師プレイヤー達の意見交換や新レシピ発表の場となり、中々の盛況ぶりを見せている。
そして近くの人にシエルはどこに居るのか聞いたところ、人だかりの中心にシエルは居るらしい。
錬金術師が何かアイテムを持ってくる→大体のプレイヤーは話しかけやすいシエルに相談する→そのまま話が広がってNPC・プレイヤー問わず巻き込んで話が広がっていく……と、このような流れができつつあるからだそうだ。
ちなみにパラケルススさんはその光景をちょっと遠く離れた場所から見ていた。
どことなく嬉しそうに見えるのは私の気のせいだろうか。
私は話が一段落着いたところを見計らってシエルに話しかけた。
「忙しいところごめん!お願いがあるの!」
私はシエルに近づき、変装を解いて話しかける。
変装と言ってもサングラスと帽子くらいだし、別に変装したままでも問題ないかもしれなかったけど。
「ん、どうしたのアリスちゃん?わざわざそんな前置きまでして」
あっちょっと名前言うのはマズイ。付近から「アリス……!?」とか「アリスだと……!?」とか聞こえてきたが私はそれを無視して話を続ける。
「えーっと……次の週の週末――じゃなかった、19日後って時間取れる?」
「勿論さ。なんてったってキミとメルクちゃんは私達の救世主だからねー。それくらいできるできる」
「ありがとう……!」
どうしてシエルを選んだかだけど、ある程度意思疎通が容易だろうと考えたからだ。他に錬金術師のプレイヤーに来てもらえるよう頼んでもいいとは思うけど、結局は見知らぬ人だ。
それに、錬金術師専用のダンジョンがあるというのはヒストリアの持つ情報だ。だから、もしプレイヤーに助っ人を頼めばその情報がバラまかれてしまう恐れもある。
でもその点シエルなら問題ない。シエルのことだ、誰かに言うなんてことはしないだろうし。
特に土産話もないので軽くシエルとお話して錬金棟から出ようと思ったとき、私は急に声をかけられた。
いや、いつ声をかけられてもおかしくない状況ではあった。すごい周りがソワソワしてたし。
「貴方がアリスさん?」
「……すみませんでしたぁああ!」
私は謝ってダッシュで逃げた。
いや、あの言い方はきっと絶対やばい言い方だ。きっと私のことを恨んでるに違いない。どうして情報を公開しなかった!って感じに……。
――――
チャイムが昼休みを知らせる。私達はすぐさま席を固めて持ってきた弁当を広げ、雑談をしながら昼食を食べる。
「いやー、すげぇことになってんな」
「他人事じゃないですよ栄水。錬金術師がNHOの核になるかもしれないのに」
なんだか学校に来るのも久々だ。
栄水が何かウィンドウを見ているが、まあどうせNHOのスレだろう。
「ほら、お前も見ろよ。錬金術師のスレさ、勢いランキング一位だぜ?」
栄水に言われて共有モードのウィンドウを見る。
確かに、NHO板のスレッド一覧では勢いランキング一位に錬金術師のスレが輝いていた。
メルクが昔「錬金術師のスレはかなり過疎ってます」と嘆いていたのを聞いた覚えがあるが、こうなってメルクの心境はどうなんだろうか。
「おや、このアイテムは私のキャラでも上手く使えそうですね」
どうやら委員長も錬金術師スレを見ているようだ。
私はネタバレが怖いので掲示板系統はシャットアウトしているから詳しくは分からないけど、きっといろんなアイテムのレシピとか考察とかが飛び交っているんだろう。
「ってもなんでシャットアウトしてんだ?お前も参考になりそうな考察とかもあるけど」
「嫌ー、怖いー。もし掲示板開いて私とメルクがボロクソに言われてたら立ち直れないし」
そう言うと二人は顔を見合わせる。そしてすぐさま顔を近づけてヒソヒソと話をし始めた。
二人はある程度話した後、急に真面目な顔をして私にこう言ってくる。
「別にお前ら二人が悪く言われてるって訳でもないぞ、なぁ委員長?」
「そうですね。どちらかと言えば救世主的扱いですが――」
……こいつら二人が真面目な顔をしてこんなこと言うって、それ逆に信用できないんだけど。
まあこの場は見とくよって適当に相槌打って流しとこう。私は絶対見ないぞ。
――――
……これから、どうしようかな。
私はこの先一気に進んでいくであろう錬金術のことを思い、窓の外を見つめる。
「何か色々と……変わってくなぁ」
「何黄昏てんだよ。変えたのはお前だろ?」
「それには同意しますね。錬金術師の情報を公開しなかったら――未だに錬金術師は産廃職扱いだったでしょう」




