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錬金術師の夢

「え、ここどこ……?」


 気が付いたら私は正方形の完全に閉鎖された空間に居た。

そして部屋の中央やや奥寄りに、これみよがしに巨大な開かれた本が鎮座している。


 ……他に行けそうな所もないし、これに何かしろってことなんだろう。中々この唐突さには恐怖を覚えるけど。


 とはいえ、この本にどうアクションすればいいのか分からない。とりあえず近寄り、読んでみようとした所――。


「!?」


 部屋が展開した(・・・・)

今まで壁だった部分が倒れて床になり、天井も壁にくっついて動く。

多分、上から見れば十字架形の正方形の展開図が広がっているだろう。


 だが、驚くべきはそこ以外にもあった。

展開したことにより外を見ることができるようになったのだが、その外の風景に問題があった。


 そう、外の風景が街だったのだ。これまでいた図書館ではない。

更に、その街はまるで白昼夢のように輪郭がボケている。

それはまるで触れれば消えてしまう幻想の様に。


 そして《逆転湖ルラックホール》のように世界が逆転してもいないことから、ここがこれまでいた場所ではないどこかであるということが分かる。いや、分かったところでどうしようもないんだけど。


「ここ……どこ……?」


 あまりの唐突さに驚きと困惑の声が漏れてしまった。

……そうだ、とりあえず二人と連絡を取らなきゃ。いや、でもどうやって言えばいいんだろう。運悪く変なところに来ちゃった、とか?

というかそもそもここはどこなの一体……。


「あぁ、私の声が聞こえるか」


 突然、元部屋の中央やや奥から声が響いた。――声の出処はすぐ分かる。巨大な本だ。

本の開かれたページの上には、真っ白な人型の何かが動いていた。……うん、あれから声が出てるんだろうね。


「この声を聴いているということは、君は此処に二番目に訪れた者なんだろう。おめでとう、祝福する」


 パチパチパチ、とかすれた拍手の音が聞こえる。

人気の一切ない場所でそれをやられると結構怖い。

……いや、ちょっと待てよ?私が二番目に訪れた者ってことは……既にここに誰か来てるってことか。くっ、先を越された……。


「君はどの入口からここに来たのかな?まあ、何の入口だろうと研究熱心な錬金術師にしか入ってこられない様にしたんだがね」


 ……いや、悔しがってる場合じゃない。早くこの人(?)にここがどこなのか聞かないと。


「すみません、ここどこなんですか?」


「おおっと、もしかしたら君は何か混乱しているかもしれない。ここはどこだ、とか帰してくれ、とか。大丈夫だ、此処は不安定な世界。直ぐ様戻ることができるだろう」


 ……んん?話通じてない……?

そういえば、白い人型の何かはまるで“部屋の中央に誰かがいることを前提とした”動きをしている。もしかして、これって……。


「さて、この音声が流れている、という事は実際の私は既に死んでいる筈だ」


 ……やっぱりだ。となれば私がここでどうこう騒ごうと決してあの大図書館へ戻してくれることはないんだろう。とりあえず二人に「どこかに飛ばされた」って内容のメッセージだけ飛ばしておくか。


「あぁそうだ、自己紹介が遅れたね。私はヘルメス。君も錬金術師なら何回か聞いた事がある名前だろう」


 ――!?

ヘルメスって言ったら、どう考えてもあのヘルメスに違いない。

どういうことなんだ……?もしかしてここはヘルメスが作った街とか?


「ではこの街についての紹介を始めよう。此処は《錬金都市プラハ》。我々錬金術師の“夢”が創り出した結晶だ。……残念な事に今は誰もいないが」


 ハッハッハ、と白い人型が大きく笑う。

いや、それ笑い事じゃないでしょ。


「だが、《錬金都市プラハ》が無くなった訳ではない。今も夢見続ける者が存在する限り、此処は永遠の世界として残り続ける」


 だんだんと私の視界がかすんでくる。

この視界のかすみはいくら目をこすっても治すことができなかった。きっと、このイベント特有の演出なのだろう。


「プラハを探せ」


 強い口調でヘルメスらしき白い人型は言う。

プラハかぁ。いや、一切たりともその情報を聞いた事がないんだけど……。

なんかすごい見つかる気がしない。せめてヒントをください……。


「そこに真実はある」


 ……一体何の真実なんだ。

いや、でも錬金術の都市ってくらいだし、これまで謎だったこととか全部明かされるんじゃないだろうか。見つけさえすれば。


「だが一つ忠告をしよう。“錬金術師が夢見たもの”は金を錬成することだけではない。――真に歴史を知る者ならば気づけるだろう、その嘘に」


 あ、忠告は場所のヒントとかじゃないんですか。

……うーん、でもわざわざそう言うってことは、ヘルメスのこの言葉が何かしらのヒントになってるってことなんだろうけど。分からない……。


「プラハを探せ」


 ヘルメスは繰り返しそう言う。

そして視界のかすみがもっと酷いものになってきた。もう前すら十分に見えない。


「そこに真実はある」


 その二つの言葉が私の中で反響する。

視界はもう真っ白だ。私が動いているのか動いていないのかすらよく分からない。

そして気が付くと私は……。


――――


「痛っ!」


 私は床にしたたかに頭を打ち付けた。どうやら、元いた場所に戻って早々にバランスを崩したらしい。

……いや、別に痛覚は抑制されてるからそう痛いわけではない。だけど痛そうなことがあったらさ、誰だってつい言っちゃうじゃん。

ほら、ゲームとかでダメージを受けた時に言っちゃうあれと同じで。


「あれ、アリスさん!?大丈夫でした!?」


「あぁうん、大丈夫。特に変なことはなかったから」


 謎なことはあったけどね……。

服についたかもしれないほこりを払いながら私はメルクと更に話す。話を聞くと、わざわざクエストを受けなくてもアイナさんと一緒のパーティに入れば問題ないのでは?ということに気づいたメルクはアイナさんと私を探し回っていたらしい。確かに、そう言われればそうだった。


「それで、アリスさんには何があったんですか?変なところに飛ばされたってメッセージが来たんですが」


「あー……、アイナさんを見つけたら話すね」


――――


 アイナさんは椅子でぐったりしていた。話を聞けば縄ばしごを登るのに相当体力を使ったらしい。


「で、変なところに飛ばされたって何っスか?私知らないんスけどそんなイベント!気になるっス!」


 うん、まあこの話は話しちゃっても問題ない話だろう。私も訳分かってないし。


「えっと、本を取ったら変なところにいて……ヘルメスって名乗る人?っぽいのから「《錬金都市プラハ》を探せ」って言われた」


「あの、アリスさん。それ結構すごい情報なんじゃないですか?」


 「本当、よく見つけますね……」とメルクから畏怖される。

私もそう思う。けど……このイベントは錬金術を真面目に調べてるプレイヤーしか見つけられない、ってヘルメスが言ってた。

……だから、私がこのイベントを見つけることはそこまで変なことでもないはず。自分で言うのもアレだけど。


「そうそう、多分だけど私――その話を聞いた初めてのプレイヤーじゃないんだよね。「ここにきた二番目」って言われたし」


「え、そうなんですか。……くっ、おのれ情報秘匿プレイヤー」


「いや、私達もそうだからね?」


 そうだ、私達の秘匿している情報について私は考えているところがある。

実は、私は今持ってる情報(《迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ》についても含む)を公開しちゃってもいいんじゃないかなとは思ってもいる。別に嫌なことと言えば、錬金術の研究で先を越されたらちょっと嫌ってだけだし。

というかそれより、その情報を狙う変な輩に狙われたくないってのが大きい。


 ちなみに、アイナさんが話に入ってきてないけど、それはこのイベントの話を聞いて急にうつむき始めたからだ。耳を澄ませば「プラハ……プラハ……」と呟く声が聞こえる。ちょっと怖い。


「……確かに、秘匿量に関しては私達が断然上ですね。私達、掲示板で色々なこと言われてますし」


「あー、だよね……」


 掲示板を見てなくても大体どんなことを言われているのかは分かる。

どうせ罵詈雑言や悪口の嵐なんだろう。

というわけで本格的に情報の公開について話そうとした時、突然アイナさんが声を上げた。


「あったっス!これ!」


「ちょ、ここ図書館……」


 ガッツポーズを上げ、なにやらウィンドウを私達に見せてくるアイナさん。

とりあえずここが図書館であるということを伝えつつ、私はそれを見た。


 どうやらその板は何かのギルド――多分ヒストリアだろう、のチャットログのようで、その内容は以下の通りだった。


――――

フリージア

散々言われてるけど、一応ログ残しといてね


アイナ

承知しました


稲荷男

かしこまっ!


フリージア

はい次の依頼ね

    さんから頂きました

『プラハという言葉もしくは場所に聞き覚えはありますか?探しています』


カオガネ

知らんな


アイナ

知りません


ペルセウス

知らない


稲荷男

知らないよ


クラウド

知らないですねー

――――


 依頼を出したプレイヤーの名前の部分はアイナさんが手で隠していた。

アイナさん曰く、「一応匿名で依頼を受け付けてるので見せちゃったらヒストリアの信用問題に関わるんス、すみません」だそうだ。


「アイナさん、これは……?」


「ヒストリアで考察依頼を受けて考察する時間帯があるんスけど、そこでこんな依頼が来たんス。プラハって言葉に何か聞き覚えがあって……探してみたらこれが出てきたっス。結局この依頼は全員知らない、ってことで流れたんスけど」


 なるほど。

プラハという単語が何か別のものとかぶるってことはないだろう。

それに、わざわざヒストリアに依頼を出している辺り、確実に《錬金都市プラハ》に関するものに違いない。


「なるほど……ってことはそのプレイヤーが……」


「プラハについて、もしかしたらそれ以外の錬金術の謎についても知ってる可能性が……!」


 よし、そうと決まればなんとかしてこの人と連絡を取ろう。

……うーん、でもどうやったら連絡を取れるんだろうか。


「掲示板で呼びかけてみるとかどうっスか?」


「ん、それいいね」


 それだけでそのプレイヤーと繋がれるかは分からないけど、やらないよりは断然マシだ。

それにもしかしたらそのプレイヤーと繋がれなくとも、何かプラハについての情報を掲示板の住人から聞くことができるかもしれないし。


「……そうです、アリスさん。大事な話があるんですが」


「ん、何?」


「掲示板に行くなら、ついでにエメラルド・タブレットのヒントも公開しませんか?」


 それは、かなり突拍子もない提案だった。


――――


 メルクがヒントを公開しようと提案してきた理由は、錬金術師という職業がどうしようもない過疎に陥ってしまうかもしれない、というところにあるらしい。


 錬金術師と同様に色々と技術が隠されている他の生産職の掲示板では、「基本的に無理ゲーな条件を達成したプレイヤーがその情報について色々と触れる」ことで他のプレイヤーも次のステージへ進む、という循環があるらしい。


 掲示板をしていないプレイヤーも、年表を達成したことでゲーム内新聞的なものや街売りの本に特集が組まれてそこで色々と情報を話したりしている。


 一方、錬金術師の場合は今のところそういった秘匿された情報――例えばエメラルド・タブレットとか、そういうものの攻略へ繋がる情報が何一つとしてないのだ。

まあ、それには最初のとっかかりまでの道が狭すぎるというのもあると思うけれど。


 とはいえこの調子で全く進めない膠着状態が続いてしまうと、見切りを付けた錬金術師のプレイヤーがどんどん減っていき、最終的に誰もいなくなってしまう可能性がある。


 だから、真に錬金術師のことを思うのならば情報もある程度は公開しなくてはいけない。それがメルクの話す内容だった。


 ちなみに、本への出演依頼等はメールで来るらしい。……何故メールで来るようにした、運営……。下手に《迷妄機関ビジョン・ダヴァーニ》見つけちゃったせいでいくらメールの海を潜っても見つからないんだけど……。


「これまで色々と忙しかったり、錬金術師の汚名返上に奔走したりしていて忘れていましたが……こういう事も必要だと思います」


 アイナさんは「何か助言が欲しかったら言ってっス」とだけ言って席を外している。


 ちなみにアイナさん曰く、わざわざ大図書館に来るような人なんてヒストリアくらいしかいないらしいので、私達の話を聞かれることはまずないだろう。……つまり、腹を割って話せるということだ。


「でも、なんでヒントしか公開しないの?凄い顰蹙ひんしゅくを買いそうだけど……」


「それは錬金術を真面目に研究して欲しいからです。錬金術師の魅力はアイテムを作ることにもあると思いますが、自分で研究することにも魅力があると思うんですよ」


「いや、それはメルクの理想の押し付けじゃない?それじゃ研究の魅力が分からないプレイヤーはいなくなっちゃうと思うんだけど」


 確かにメルクの考えは一理あると思う。私だって錬金術のどんどん深まる謎とか、それを解き明かすのにも楽しみはあるって思ってるし。


 ……だけど、錬金術師は基本的にどんなゲームや創作でもアイテムを作る職業として扱われている。

それを目当てにして錬金術師を選んだ人が大多数の筈だ。そして「アイテムを作る楽しみ」に到達する為に必要な条件の答えではなくヒントしか与えないのならば、「研究する楽しみ」を理解できないプレイヤーはいなくなってしまう。それだとまるで選民だ。


「せめて一般的な魅力の、アイテムを作れるようになるってところまでは皆が行けるようにすべきだと私は思う」


「確かに、そうかもしれませんね……」


 そうして話を続け、私達が出した答えは――。

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