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継承論と大図書館

「分かった!そういう事か!」


 何事かと見つめる周りを無視し、私は自分が持っている錬金釜を取り出した。


「ちょっ……どうしたんですかアリスさん?」


小妖精の秘術(ヘクセアレイ)!あれ、攻略できる!」


 私は急いで『爆弾ヘルツ』を釜の中に入れ、【ファイアボール】を釜に向けて放った。


「ごめんメルク!シエルと皆に説明しといて!」


 メルクに説明をお願いし、私は錬金作業を続ける。

ちなみに、先程【ファイアボール】を放ったのは材料である『火』を加えるためだ。

今までは物を燃やし、器用に火の部分のみを釜に入れるというやり方をしていたけれど、最近になって【ファイアボール】でも『火』として扱われるという事を知った。


 さて、残る投入すべき材料は『フランメ』だけだが。

ここで――形相をまとめる為に必要であろう、『鉄インゴット』を投入する。


 そして私の予想が正しければ――きっと、出来上がった錬金アイテムは爆発せず、れっきとしたアイテムになっている筈だ。どんな見た目かはよく分からないけれど。


「来て……!」


 上げ鋏を使って釜の中のアイテムを引き上げる。

その発見をした事に我ながら驚いているのか、それとも予想が外れて失敗するのが怖いのか、どちらかはよく分からなかったが、上げ鋏を握る私の手は震えていた。


 ――。


「やっ……た!」


 引き上げたアイテムは、いかにも植物という外見をしていた。――外見だけは。

手で触ってみるとそれはとてもぶにぶにとしていて、そして冷たい。だが、それの上部は波打って(・・・・)いて、そしてその波打ちは炎の様相を示していた。


「できた……!」


――――


「それにしても……一体、どうやってそれを?」


「ふふ……聞きたい?」


 若干私が自慢気になっている気もするが、まあちょっとくらいこうしても怒られない……と思う。

だって、ある程度ヒントはあったとはいえ――今回、初めて自力で錬金術の謎を一つ解明したのだから。


「鍵は……『鉄インゴット』にあったと思う」


 『鉄インゴット』。それは、『ヘルメスの書』に載っていたレシピにおいてよく使用されているアイテムだ。


 そして、『鉄インゴット』は形相において謎の[ ](かっこ)を付ける要因であるという事も私の検証により判明していた。

そう、これこそが“形相を継承した”という証だったのだ。


 事実、今回作った『爆弾ヘルツ』の鑑定結果はこうだ。


爆弾ヘルツ』〈植物〉[〈水〉〈火〉]{熱-10:10-乾}◁


 多分、これまでの情報を合わせて考えれば――〈植物〉の形相が〈水〉と〈炎〉の形相の要素を継いだ、という事だろう。


 実は、前にも『鉄インゴット』を使った錬金の実験は何回か行っていた。

だが、その実相を掴むには至らなかったのだ。

そしてその理由は簡単である。私はその実験の時に〈岩石〉と〈鉱石〉、〈植物〉と〈易燃性〉等、その要素を持っていて当然の組み合わせでしか実験していなかったからだ。


 ……まあ、“解明した”と言っても原理は不明なのだが。


「早速見せに行きます?」


「勿論!」


シエルにその旨を伝え、私達は《シルワ》の錬金術師の家へと急いだ。


――――


「どうでしょうか!」


 私達はフリップさんとフロップさんに錬金したアイテムを見せる。

メルクもいつの間にか錬金作業を済ませ、その三つの形相が付いたアイテムを用意していた。一体どのタイミングでしたんだろう……。


「うん。これなら大丈夫。よく見つけたね」


「それじゃあ錬金術の技術を教えるよ。こっちに来て」


 フリップさんとフロップさんは私達の渡したアイテムを軽く見ると、そう言って私達を家の中へと案内してくれた。


「こっち」


 家の中は意外と広く、普通の一軒家ほどの大きさがあった。

内装は妖精が暮らしている割には普通で、特筆すべきところはほとんどない。

――あれ?なんで普通なんだろ?

妖精なら妖精のサイズの家具とか使うものじゃないのかな……?


 ……っと、先を見れば先導していた二人が止まっている。

いけない、考え事をしていたら歩きすぎるところだった。


 私達がたどり着いた部屋はそれまで通ってきた部屋よりも大きく、まるで現実世界で言うところのリビングの様なものだった。

部屋の奥に錬金釜が置いてあって、その周りには本棚や何かの器具が乗った棚などがある。……うん、こういうオカルト的な雰囲気嫌いじゃないよ。


「このアイテムを入れて。そしたら最後に『鉄インゴット』を入れるの」


「今から私達が教えるのは形相の継承について。あなた達がした形相の継承」


 妖精は慣れた手つきでアイテムを釜の中に入れ、釜をかき混ぜている。だが、そこから動きはなかった。

二人が手招きをしている。……どうやら、『鉄インゴット』は私が入れる必要があるみたいだ。


 私はそばの棚に置いてあった『鉄インゴット』を難なく釜の中に入れた。


「そしたらミクロコスモスを意識して。釜に内在する小宇宙を動かすの」


「あぁ、難しく考えなくても大丈夫。形相を動かそうと思えばいいの」


 ……あぁ、なるほど。“集中”のことか。

どうやら集中にも何かよく分からない謎が潜んでいそうだけど、それは一旦おいておこう。今目を向けるべきは形相の継承についてだ。


「“卑金属ひきんぞく”を錬金の最中に入れることで、形相を操作できるようになるの」


「『鉄インゴット』なら形相の継承。一つの形相に複数の形相の要素を継がせることができる」


 「やってみて」と言う二人。

どうやって継承させるかは知らなかったけど、集中したときの画面を見て直感的に理解できた。


 一つの釜の中に漂っている形相から線が伸び、線の先には大きな円がある。これまで集中していた時には見られなかったものだ。

きっと、この円の中に漂っている他の形相を移動させることで“継承”が可能なのだろう。


 形相を移動させ、フリップさんとフロップさんから言われたとおりの物をイメージしながら上げ鋏でアイテムを引き上げる。

引き上がったアイテムは、確かに釜の中で操作した通りの形相となっていた。


「この継承を行う理由は大きく分けて二つ」


「一つ、形相過多を含む形相の反発を防ぐため」


「二つ、特殊なアイテムの作用時、擬似的に複数の形相を作用させるため」


「例えば爆弾ヘルツなら、爆発する形相は一つしか選べないけれど――〈水〉[〈ガラス〉〈岩石〉]とすればガラスと岩石、二つの特徴を継承した水が飛んでいくの」


 ふむふむ。

多分、特殊なアイテムとは『ヘルメスの書』で作ることができるようになったアイテム達の事だろう。多分。


 “作用”という言葉の意味はよく分からないけれど、爆弾ヘルツなら爆発、グロースシルトなら展開……という様に、そのアイテム特有の動き的なものを指すんじゃないだろうか。


 そしてなんでわざわざ継承する必要があるかだけど――きっと、その“作用”とやらは一つの形相を参照してしか行えない、とかそんな感じなんだろうとは思う。

これまでそういったアイテムに複数形相を付けたとき、どっちの形相の効果が出るかはランダムだった気がするし。


「そして、鉄よりも高位な卑金属ひきんぞくを使えばより多くの操作を形相に加えることができる」


「詳しくはまた誰かに説明される。今は『鉄インゴット』は卑金属ひきんぞくの中では最底辺ということだけ覚えておいて」


 ……あの、卑金属を錬金に使うとどうしてそうなるのかっていう解説はないんでしょうか?


「これであなたは「形相の継承」を含む、幾つかの形相の操作ができるようになった」


「何か困ったことがあったら教えてね」


 あぁ、やっぱり解説はなしかぁ……。

まあ自分で謎を解明しろ、ってことなんだろうけど……。……分かる人、いるんだろうか。


 二人は私達を家の外まで案内すると、「それじゃあね」と言って扉を閉めてしまった。それと同時に通知が訪れる。


〈「小妖精の秘術(ヘクセアレイ)」をクリアしました。10000expを獲得しました〉


〈アンロック:錬金中に「形相の継承」が可能になりました〉


〈アンロック:――まだこの項目はアンロックされていません――〉


 その通知を見た私とメルクは顔を見合わせる。


「……できることは増えましたけど、また謎が増えましたね」


「うん……」


――――


「っし!バハムート討ち取ったり!」


 あの後、私達は再度錬金棟に戻り、幾つかのアイテムを錬金した。

特に形相を継承できるようになったことが大きく、私の考えていた〈無重力〉の形相を持った『グロースシルト』という案も、グロースシルトに〈岩石〉[〈無重力〉]という形の形相をつけることで成功、目論見通り宙に浮かせられる足場アイテムが完成した。


 そしてメルクとシエルが新しく『ヘルメスの書』でレシピを見つけてきたアイテムを錬金、シエルに形相の継承のことを伝えて錬金パーティーは終了となった。


 とりあえず私自身が物理的に高くに行けるようになった――即ちバハムートに対抗する術ができた、そのため早速バハムートを倒しに行こうと思ったのだけど……アイナさんがオフラインになっていた。


 というわけであれから時刻は飛び、次の日の正午。早速アイナさんを呼んで、私達は三人でバハムートに勝利したのだった。


「なんか……アイテム一号みたいっスねそれ」


「?」


 落ち着いた後、アイナさんに「見せて欲しいっス!」と鼻息荒く迫られたので無重力のグロースシルトを見せてみると、そんな感じの反応が返ってきた。

……アイテム一号って何?


「……で、これはどうやったら《逆転湖《ルラックホール》》に行けるんですか?」


「まさか伝わらないとは…………あぁ、まっすぐ行ったらいいっスよ。大丈夫っス、水には浸からないっスから」


 目の前には湖しか広がっていないけど……まあ、言われた通りまっすぐ進んでみる。

すると、突然身体がふわっと浮き上がり、私達はそのまま重力に引っ張られて天井に落ちた。


「……!?」


 私は頭から落ちた。メルクは綺麗に受け身を取っていた。……いや、なんでそんな反応できるのメルク。

ドロップアイテムを確認し終えたらしきアイナさんも私達の後ろに降り立つ。


「ここのエリアの特徴は“世界が逆転していること”っス!」


「名前からそんな予感はしてたけど……やっぱりそうなんだ」


 アイナさんに案内されるがままに私達は洞窟を抜ける。

久々の太陽の光に私は目をつぶった。そして目を開けると――そこは雲海だった。空を見上げればそこに大地があり、足元の地面には雲と一面真っ青な空が広がる。


 そして何より目立っていたのは、真正面、ここから結構離れた場所にある円柱状の巨大な“滝”だった。

どうやら上空の大地に大きく広がる湖の水が落ちてきているようで、それはいつになっても止むことはない。その景色を見ていると、湖からは水が無限に湧き続けているのではないか……そう思える。


 そういえば、私は一体どこから出てきたんだろうか。そう思って私は後ろを振り向いた。

なるほど、どうやら私達が入ってきた場所は山肌にある洞窟だったようで、そこから雲を足場にしてこのエリアを探索する、ということなのだろう。


 ちなみに、雲を足場にはしているが空の地面との距離は結構近い。50mもないんじゃないだろうか。

また、よく目を凝らせば雲の地面から空の地面にかけての空間を埋め尽くす、蜂の巣のような人工物を認めることができた。


「もしかしてあれが……?」


「そうっス!あのよく分からない構造をした奴が《王都グランシャリオ》っスね!」


――――


 道中、いくつかの興味深いアイテムを採取することができたが、それの紹介はまた今度にする。後、バハムートからドロップしたアイテムも。


 《逆転湖(ルラックホール)》で襲いかかってくるモンスターは意外と弱かったので、私達だけでもなんとかすることができた。

流石に弱すぎないか?と思いアイナさんに聞いてみたところ、どうやら《王都グランシャリオ》周りの敵はかなり弱く設定されているらしい。


 さて、5分ほどで難なく私達は《王都グランシャリオ》にたどり着いた。

どうやら、外観が蜂の巣状になっていた理由は空の地面から建造されていた建築物と、今の雲の地面から建造された建築物が複雑に絡み合っているかららしい。


 そうそう。ここに来て分かったことだが、世界が逆転している割に空の地面から何かが降ってきたりはしていない。普通、湖の水が落ちているのなら他にも土とか木とか落ちてきても良いような気がするけど……。


 ま、それはさておき中々絶景だ。スクショ撮っとこう。


「どうするっスか?早速《ケニス大図書館》に行きます?」


「勿論!」


 ケニス大図書館は空の地面の方に建っていた。外観は中世の神殿みたいな形をしている。人々は入口から垂らされた縄ばしごを上って図書館の中へ入場していた。

よし、私達も続こう。


「これ……中々怖いですね……」


「…………大丈夫?このハシゴ途中で切れたりしない?大丈夫?」


「や、大丈夫っスから。それに落ちても復活できますし」


「いやいやいやいや、そういう問題じゃないから。落ちる可能性があるってだけで怖いから!」


――――


 精神をかなりすり減らし、それに加えて結構な時間をかけることで私達はようやく大図書館の入口までたどり着いた。


「はぁ……はぁ……死ぬ……」


「……流石にこれはちょっと……」


 ……うん、二度と登りたくない。いやほんとに。


 事前にアイナさんから聞いた情報では入場料などは特になく、またクエストの発生条件は「図書館の地下階が大変なことになっているという職員同士の会話を聞き、職業が錬金術師のプレイヤーがその話をしている職員に話しかける」だそうだ。……どうやって見つけたんだこれ。


 というわけで早速その話を聞くために、三人で手分けしてあちこちを回ってみたのだが。


「全然見つからない……ん?」


 適当な本棚にもたれかかって休憩していたところ、私の横にあった本がふと気になった。本の題名は「錬金術師と夢 Ⅰ」だった。


 よく見てみれば、本棚の一列全てがそのシリーズで埋まっている。しっかり本棚にどんな本があるかとかその辺り作り込んでいるんだなぁ。まあ読めないんだろうけど。


 ……そして私は、もしかしたらこの本がヒストリアが見落としている読める本な可能性もあるかも、という少しの期待からその本を手に取った。


 ――次の瞬間、私はどこか別の空間へと移動していた。

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