光の勇者と無形相
「じゃあまず前提知識からっス。アリスさんとメルクさんは『光の勇者』って知ってますか?」
「うーん、聞いた事ない……」
「そうっスか……じゃあ、そこから説明するっスね」
そう言ってアイナさんは真剣な顔になって指をピンと立てた。いかにもこれから説明を始める、といった具合に。
……うん、説明の為に突然何か取り出したりはしてない。やっぱりメルクが特殊なだけなんだろう。
「私達「ヒストリア」は先程軽く話に出した、《王都グランシャリオ》の《ケニス大図書館》でその話を知ったっス」
「えーっと、確か……『逆転湖』っていう、まだ私が行ってない所の街だよね?」
ちょっと前に少しだけ出てきた名前だったから半分忘れていたが、よく思い出したぞ私。
名前に“王都”って付いてるくらいだから、凄い広くて綺麗な所なんだろうなぁ。ちょっと観光してみたい。
「そうっス。そこでは基本的に本棚に何かアクションする事はできないんスけど、何個か“本を取り出す”アクションができる本棚があったんス」
「そのことに気づけるのって、中々凄いですね……」
いつの間にかメルクが会話に加わってきた。
どうやら先程の熟考は終わったようで、何か吹っ切れた感じの口調をしている。
「その本の一冊に『光の勇者』についてが記されていたっス。まあ絵本だったんスけど……大抵こういう謎が深いゲームの絵本って真実っスよね」
「おおう、中々のメタ推理……」
まあ、その推理はきっと当たっているだろう。
まさかブラフで運営が配置しているなんて事はないだろうし、どんなゲームや小説でも童話や絵本は真実と決まっている。100%本当と言ってもいいんじゃないか。
「で、その本の内容はこうっス。「雲が空を覆い、光が一切届かなくなった世界。不作が訪れ、草は枯れ、民は飢え、魔物はあちこちに蔓延っていた。そんな時、どこからともなく人間が現れた。
その人間は元凶であった何か(ここ牛っぽい絵があったっス、名前とかは特に書いてなかったっスね)を倒すと、また消えていった。
それが倒された事で世界には光が戻り、平和な世界が訪れた。
人々はその人間を光の勇者と呼んだ」ま、ざっくり話せばこういう話っス」
『光の勇者』は、あらすじだけ聞けばごく普通のありふれたものだった。
だけど、これが謎の深いゲームのものだとなれば話は別になる。きっと何かこの世界と関係する話なんだろうけれど――。
「で、それのどこが考察と繋がってくるの?」
「ふふふ。それは――この絵本、最初に“世界”の様子を描写してるんスけど、よく見ればその地形が……ここ、『原初の平原』と一致してるんス。
そしてそれこそが――《アリア》にフリップさん、フロップさんが来ることができない理由なんスよ!」
ビシッと指を振り下ろし、決めポーズらしき構えを取るアイナさん。
「どういう事?」
「つまり!元凶を倒したせいで来ることができなくなったんス!」
「……えぇ?」
訳が分からない、と言わんばかりに私とメルクが聞き返す。
それにアイナさんは、その反応を待っていたとばかりに思いっきり息を吸い込み、一息である意味物凄い考察を始めた。
「きっと、その元凶は土地を荒らしていたのではなく、魔物にとって快適な環境を作っていたに過ぎなかったんス!そして妖精は人間にとって快適な環境になってしまった『原初の平原』に近寄る事ができなくなった――勿論、人間に討伐されてしまう可能性もあるからっス!
妖精は良い存在じゃないか?そう思うかもしれないっスね。いや、まあそう思ってもおかしくないっス。ないっスけど、“妖精”は東洋においては魑魅魍魎を指す言葉だったんス!あえて妖精と書いてフェアリーとルビを振っているのはそういう意図があったからだと思うんスよね!
その根拠として、妖精は種族として使う事はできないし妖精NPCと仲良くなった人からは妖精は他ではあまり歓迎されない、とかいう話を聞いたことがあるっス!
以上のことから、私はフリップさんとフロップさんが《アリア》に行く事ができないって言っていた理由だと思うっス!」
「は、はぁ……」
……。
まさかアイナさんがポスト委員長の立場に付くとは思わなかった。うん。
アイナさんと委員長の二人、上手く引き合わせたら相当仲良くなるんじゃないかな……。いや、そうでもないか……?
「つまり、実は魔物だった妖精としては人間にとって理想的な環境になった場所には行きたくないし、討伐されてしまう可能性もあるからですか」
どうやらメルクはアイナさんの考察を理解することができたようで、簡潔にアイナさんの言いたいことをまとめてくれた。
「そうっス!」
「……うーん、確かにそれっぽいけど……違うんじゃない?それならさ、あの二人が「ヘルメスなら行ける」って言ってた理由にならないじゃん」
「え、ヘルメスって人じゃないんスか?人だから行ける、って話じゃ……」
その私の言葉に対して、今度はアイナさんが訳が分からない、と言わんばかりに聞き返してくる。
確かにそうだけど、アイナさんはこの世界においてヘルメスが何なのか、という事が語られていない事を見落としている。
「いや、それは先入観じゃない?だって、妖精がヘルメスの事を知ってるならヘルメスが妖精って可能性もあるじゃん」
「あー、確かに……」
そう、今のところ「ヘルメス」という単語、もしくは人名は二度しか登場していないのだ。もしかしたら概念かもしれないし、人だと早とちりしてはいけない。
「……あの、すみません。私、その話で少し気になった事が」
「ん、どうしたのメルク?」
「私の姉が…………いえ、何でもないです」
――――
「ここから先はお邪魔になりそうっスから退散するっス。お疲れさまっス!」
「あ、ちょっと待って!フレンドにならない?」
「いいっスね。よろしくお願いするっス!」
そんなこんなで、また私のフレンドリストに名前が一つ増えた。
……まあ今回は、どちらかと言うと“フレンド”というよりは連絡先の交換、に近かったけれど。
「さて、どうします?例のアイテムを錬金しますか?」
アイナさんが去ってから少し。
私はその空間に錬金釜を広げると、早速素材インベントリにある素材を弄り回し始めた。
「勿論。――さあ、レシピを考えよっか」
――――
『黒粒花』〈植物〉{熱-3:4-湿}◁
備考[シエル]
黒い点々が綺麗な花。
何本か持ち帰って錬金棟に飾ってあるよ!
『深海の瞳』〈青〉〈宝石〉{冷-13:11-乾}◁
備考[メルク]
深い青をたたえた宝石です。
それはまるで魅入られそうなほど……。売れば高く付きそうです。
『緑紋石』〈植物〉〈岩石〉{冷-9:5-乾}◁
備考[アリス]
木の特徴も持ち、石の特徴も持つ、緑の紋様が流れる何か。
うーん、石なのこれ?木なの?
いや、でも名前に石って入ってるし石なのかな……。
『中空結晶』〈無重力〉〈岩石〉{冷-11:15-乾}◁
備考[アリス]
《虹の一端》で空を見上げると時々浮いてる奴!
色々と形相で悪さができそう……。
『フランメ』〈易燃性〉〈植物〉{熱-10:19-乾}◁
備考[パラケルスス]
《虹の一端》内において非常に多く見られる木の一種。
何故か非常に乾燥しており、易燃性という点においては最高峰。
おそらく人為的に改造が為された物だろう。
『焦げた棒?』〈機械〉{熱-35:47-乾}◁
備考[アリス]
なにこれ?
『イカ』〈食用〉〈魚〉{冷-5:12-湿}◁
備考[アリス]
非常に美味しそう。
『サバ』〈食用〉〈魚〉{冷-8:12-湿}◁
備考[アリス]
非常に美味しそう。
『イワシ』〈食用〉〈魚〉{冷-12:12-湿}◁
備考[アリス]
非常に美味しそう。
――――
以上がイベント中に皆で手に入れたアイテム達だ。
そして今回は早速そのアイテムを使って、フリップさん、フロップさんから出された課題を達成したいと思う。
「それで、レシピは決まりました?」
「当然。〈水〉の形相を付けた『爆弾』と『火』、そして新たに入手した〈植物〉の形相が付いた『フランメ』を使用します!」
「すると?」
「『爆弾』が10:10、『火』が10:1、『フランメ』が10:19なので、足し合わせて30:30……三つアイテムを使ったので3で割って10:10、という訳で再度『爆弾』が出来上がります」
このレシピ、最初はどうかとは思ったけれど……まあ、こういう事ができるというのもNHOの錬金術だ。別に悪いレシピではないだろう。
という訳で早速作ってみよう!
「えーっと、とりあえず火加減は……弱火?で、混ぜるのは……少なめでいっか」
錬金術のレシピがない以上、ここは適当にそれっぽくやるしかない。
というか混ぜる混ぜないとか火加減とかって、どういう意味を持ってるんだろう。
うーん、謎が深い。
材料を釜に入れ、良い感じに釜を混ぜすぎない程度に、入れた物全体が混じり合う程度に軽くかき混ぜる。
そして形相を選んで、爆弾の形をイメージして引き上げてみたのだが……。
「あれ?失敗……?」
釜から上げ鋏で引き上げたアイテムは、よく分からないグチャッとした物となって現れた。
【鑑定】をしてみると、これまたよく分からない結果が出てくる。
『産業廃棄物』▽
〈産業廃棄物〉{N/A}
錬金術が失敗した時に引き上げられる物。
まずはイメージしているアイテムが正しいかを確かめ、
次に操作が正しいかを確かめる事。
また、このアイテムを錬金に使用したら確実に失敗する。
「失敗でしょうか……?」
「多分……」
……これはきっと火加減か混ぜ具合――この鑑定文で言うなら操作、がまずかったんだろう。
だとしても操作……何がダメなんだろうか。
火加減一つにしても、弱火中火強火の三つがあるし、混ぜ方も大体強く混ぜるのと普通に混ぜるの、弱く混ぜるものの三つだ。
……うん、総当りするしかないよね。
市場機能を活用すれば一番の問題である鉄インゴットもなんとかなるし、他の素材は結構残っている。
よし、総当りだ!
――――
強火で強い混ぜ方……失敗。
強火で普通の混ぜ方……失敗。
強火で弱い混ぜ方……失敗。
中火で強い混ぜ方……失敗。
中火で普通の混ぜ方……失敗。
中火で弱い混ぜ方……失敗。
弱火で強い混ぜ方……失敗。
弱火で普通の混ぜ方……失敗。
――――
「はぁ……はぁ……」
「……ローラー作戦しなきゃ良かった」
まさか最後の一つになるまで成功しないとは思わなかった。
というか、これ失敗したらどうしよう。
もう素材も尽きそうだし、私達の気力も限界である。
「……やってみないと分からないかぁ」
材料を入れ、弱火にし、弱めにかき混ぜて、爆弾をイメージしながら引き上げる。
引き上げたものは今回はグチャッとしたものとはならなかった。
だが、高く掲げたそれは光輝き――。
周囲一帯を震わせる程の、強い衝撃波を放った。
「なっ……!?」
ドン、とかなりの音が響き、アイテムの周りの空気が吹き飛んだ余波で、出てきたアイテムの見た目を見ることすら叶わずに私達は軽く吹き飛ばされる。
「けほっ、けほっ……。一体何が……」
後方一回転を綺麗に決めた私が見たのは、真っ黒となった爆弾の形をした何かだった。
「ええい、とりあえず【鑑定】!」
『爆弾』▽
{熱-10:10-乾}
「[対象のアイテム]、爆発しろ」と念じる事で爆発する。
うーん?鑑定文におかしい所はなさそうだけど……。
……いや、おかしい所は一つあった。――形相が、無い。




