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小妖精の秘術

「全部……ですか?」


「正確には――結局全部を進める事になる、って事だけど」


 仮に「錬金術を進め、エリアボスを倒さなくてもエリアを移動できるようになる」という選択肢を選んだとしても、それを達成するためには錬金術を進め、錬金術師として高位の存在にならなければならない。


 つまり、それを達成しようと努力すれば他二つの、「圧倒的高火力で速攻で倒す」と「『グロースシルト』を強化する」も達成できる可能性が高いのだ。


「あーなるほど、そういう事っスか」


「うん。火力を上げるにしろ、グロースシルトの耐久を上げるにしろ、錬金術を進めつつやった方が、とにかくその方法を探そうとするよりも効率的じゃないかなって思って」


「確かにそうですね。……錬金術を進めれば、もっと色々な技術等が出てくるかもしれませんし」


 そう、私が全ての選択肢を進めたい理由にはメルクの言うことにもあった。

『ヘルメスの書』を読んでいて思った事に、まだ圧倒的に情報が足りていないと感じた事がある。


 例えば、ヘルメスの書の『爆弾ヘルツ』の項目。


爆弾ヘルツ』▽

 爆弾ヘルツとは{熱-10:10-乾}の爆発物です。

 ですがそれは、通常の“爆弾”ではありません。

 『火薬』による爆発ではなく、     による爆発を行います。

 その為、爆発時に生じる温寒を操る事も可能です。

 注意点は

 なので、「賢者の記憶Ⅳ」を解放していない場合は何もしないでください。


 とある。

パっと見ほとんどが読めるようになっている様な気がするが、肝心の爆発する原理については一切分からない。


 きっと他の錬金術アイテムの項目を読んでも、その原理を知る事はできないだろう。


 だけど、もし私がその原理を知ることができたら?

もし……もしも知ることができたら、きっとそれを応用して様々なアイテムを創る事ができるようになる筈だ。爆弾ヘルツだってより高威力のものを創り出せるだろうし、もしかしたら爆弾ヘルツとはまた違った攻撃アイテムを創る事だってできるかもしれない。


「でも、そういう錬金術の原理ってどうやって知るんスか?流石に手探りじゃ無理な気がするっスけど……」


「いや、手探りじゃない。――私達は、手を付けられていなかった知識の鉱脈に手を付けられる」


 確かに、アイナさんの言うとおり手探りで錬金術の原理を調べる事は不可能に近いだろう。私が形相過多でアイテムが崩壊する、という原理を知ることができたのはほぼ奇跡に近いし。


 ……だけど、それは錬金術について手探りで何もなかった頃の話。

今の私達なら、きっと破竹の勢いで錬金術を進められるはずだ。


――――


「で、今どこに向かってるんスか?」


「エルフの初期街。そこにまだクリアしてない錬金術のクエストがあるから」


 昔メルクと話した時、《シルワ》と呼ばれるエルフ族の街に「小妖精の秘術(ヘクセアレイ)」というクエストがあったという事を聞いた覚えがある。

誰もクリアしたプレイヤーはいないとの話だったが、それは挑んだプレイヤー達が錬金術を知っていなかったからの筈だ。

今の私なら、きっとクリアできる。そんな確信めいた予感が私にはあった。


 《アリア》に戻った私はモニュメントを使いシルワへとワープする。

エリア読み込みの軽い暗転が終わると、そこは今まで見たことがないような――雑に言えば、ファンタジーな風景が広がっていた。


「ここがシルワですか……綺麗ですね」


 私達は巨木の枝の上に立っていた。枝一本取っても幅は10mほどあり、私達や建造物を載せるのには十分すぎるほどの大きさだ。下を見ても地面を見る事はできず、一体私達がどれほどの巨木に乗っているのかは想像がつかない。


 そんな巨木が何本も生えている森のあるエリアが、一つの大きな街になっているのであろう事はすぐさま容易に想像できた。

枝の中やある程度平らな枝の上部に建造物が複数建っていて、また足場や道は枝のみに頼っているのではなく、いくらかは先人が作ったのであろう木材の道や縄のハシゴがあった。


 私達が来たタイミングが夜というのもあるのだろうけど、シルワの街はとても美しかった。

何本もの巨木の中や上に建てられた建物の灯りが外へ漏れ出し、虫なのか妖精なのかは判別できないけれど、青やピンク、黄色など様々な色の光がいくつも空中を漂っている。


 ……はっ。いけない。

見とれている場合じゃないぞ、私。早く錬金術のクエストを進めないと。

……でもスクショは幾つか撮っておこう。


「…………よし。じゃあ「小妖精の秘術(ヘクセレイ)」を受注できる場所に行こっか。……メルク、案内お願い!」


「了解です。こっちへ」


 メルクに案内されて私達は巨木の上を移動する。

枝の中に入ったり出たり、時には梯子を登り巨木の内部へ。そんな中々複雑なルートを辿り、私達は遂に目的であろう場所――枝の先端にある小さな小屋へとたどり着いた。

早速入ろうかと思った時、メルクが唐突に口を開いた。


「……あの、ここまで来て貰って悪いのですが、アイナさん……無駄足なのでは」


 あ。

そういえば、アイナさんは錬金術について知らない(前に聞いてみたら「賢者の記憶Ⅰ」と「賢者の記憶Ⅳ」としかエメラルド・タブレットを解放していないらしい)んだった。

……わざわざここに来てもらった意味、ないじゃん。


「あー……途中で気づいたっスけど、別に大丈夫っスよ。それに、ここの錬金術師に少し聞きたい事もあるっスから」


「ならいいんだけど……ごめん」


 そう謝って、私は小屋のドアに手をかけ、開いた。

メルクがここに来るとき、「結構癖がある方達なので気をつけてください」と言っていたけれど、一体どんな錬金術師なんだろうか……。


「あれあれ?お客さん?」


「いいえ。この目は錬金術師。私達の秘術を知りに来た錬金術師。そうでしょう?」


「は、はい……」


 小屋から出てきたのは、私の手のひらほどの大きさの二人の妖精だった。

片方は髪の毛がピンク、もう片方は空色の髪の毛をしていて、二人共同じような薄いドレスらしき服を着ている。


 ……というか、この大きさの妖精二人にこの家って大きすぎない?


「そっかそっか。じゃあ教えてあげる、私達の錬金術」


「だけどそれには資格が必要。私達の認めた証が要る」


「それでも」


「知りたい?」


 妖精達がそう言い終わると同時に、〈「小妖精の秘術(ヘクセアレイ)」を受注しますか?〉というウィンドウが表示された。

答えは勿論はいだ。はいと書かれたボタンを押し、私達はクエストを受注する。


 妖精達はそれを確認すると、全く表情を変えずに矢継ぎ早に話す。


「じゃあじゃあまずは資格から。私達の言ったモノを作ってきてね」


「〈水〉と〈炎〉に〈植物〉の形相を付けたアイテムかな。まずはこれを持ってきてね」


 なるほど。〈水〉と〈炎〉と〈植物〉の形相が全部付いたアイテムを持っていけばいいと。

これ、錬金術のやり方さえ分かってれば結構簡単じゃない?だって、形相の付け外しは一瞬でできちゃうし。


「分からなかったら聞きに来てもいいよ」


「答えは教えないけど」


 それだけ言って家の中へ帰っていこうとする妖精達。だけど、それをアイナさんが止めた。


「すみませんっス!二人はすごい錬金術師なんスよね?唐突な事で悪いんですけど、《アリア》に来て欲しいんです!」


 アイナさんは思い切り頭を下げてそう言った。その頼みを聞くと、妖精達が少しだけ驚いた顔をする。だけど、その表情はすぐさま平常の無表情なものへと戻り、アイナさんにこう聞き返した。


「どうしてどうして?なんで私達は《アリア》に行かなきゃいけないの?」


「私達はエルフの森に住む妖精。奇異の目で見られちゃうよ?」


「《アリア》には錬金術を研究してる所があるっス!そこに来てくれれば、きっとそこの研究が進歩するっス!」


 ……あぁ、なるほど。

アイナさんが話したかった事っていうのはこの事か。

きっと、アイナさんは錬金術師をスロウス学院の錬金棟に呼び込みたかったのだろう。シエルも「錬金術師の講師が欲しい」的な事を言っていたし。


 ……あれ?

錬金術師が他のエリアにいるなら、エメラルド・タブレットが存在する必要ってないんじゃ?だって、他のエリアにいる錬金術師から学べばいいんだから。


 そんな不可思議な事実について考え込んでいる間にも、妖精とアイナさんとの話はどんどん進んでいっている。

……これ、結構大事な事のような気がする。聞き漏らさないようにしないと……。


「……ごめんね。行きたいのは山々だけど、私達は絶対《アリア》に行く事はできない」


「それこそ、ヘルメスの様な錬金術師でない限りは」


 ……重要そうな語句が出てきた。

ヘルメスって錬金術師は現実の方で聞いた事がある。それに、ゲーム内でも。

ヘルメス・トリスメギストス。現代において「錬金術の祖」とも呼ばれ、錬金術の別名を「ヘルメスの術」とも呼ばれるようにした人物だ。


 そして、ゲーム内では『ヘルメスの書』として名前が登場している。

あの時の私はそれを弄りまわす事に意識が集中して気付かなかったが、中々に怪しい名前だ。


「ヘルメス?それって誰っスか?」


 当然アイナさんがそこについて突っ込んだ。

かなり意味深に出てきた名前のおかげで、私もかなりヘルメスという人物について気になっていたのだが――。


「――これ以上は話せない。……あ、そうだ。私はフリップ、もう片方はフロップ。よろしくね」


「それじゃあまたね、錬金術師のアイナさん。それと、偉大な錬金術師の二人も」


 それだけ言って妖精達は家の中へ帰っていってしまった。

ご丁寧に鍵をかける音も聞こえたので、多分しばらくの間このフリップとフロップの二人に会うことはできないだろう。


 フリップさんとフロップさんが話していた事を考え、その場に立ち尽くす私達。

そんな時、アイナさんが気になる事を呟いた。


「……私、自分の名前がアイナだってこの二人に言ってないんスけどね……」


――――


 という訳で私達はいつもの、スロウス学院の錬金棟へ向かった。

その理由は当然〈水〉と〈炎〉と〈植物〉のアイテムを錬金する為だ。


 ……だが、ゲーム内の時刻は深夜の1時。

悲しい事に、スロウス学院は閉まっていた。そしてアデプトさんのお店も。

……いや、当たり前だけどさ。


 まあ、錬金釜は持ってるから錬金はいつでもできる。

それに、素材は溢れるほど(というか実際に素材インベントリから溢れてる)あるし、それら三つの形相が付いたアイテムを錬金するのは難しい事ではない筈だ。


 だけど、私が錬金棟に行きたかったのは別の理由があった。

それは、パラケルススさんやシエル、錬金棟のNPC達に錬金術の歴史とか本当に錬金術師はいないのか、とかそういった事を聞きに行きたかったのだ。


 アデプトさん?あの人はなんか……そういう核心めいた事を聞くとなんだかんだで有耶無耶にされそうだし……。


「うん、じゃあ適当に人気のなさそうな場所を見つけてそこで錬金しよっか」


「あ、なら私と会った所はどうっスか?ある程度の広さがあって、そこまで人も来ないっスよ」


「ええ、そこがいいですね。迷わなさそうですし」


 という訳で前回アイナさんと会った所で錬金釜を広げて錬金作業をする事にした。

……そうだ、移動中にアイナさんから色々聞いてみるか。


「そういえばアイナさんって「ヒストリア」所属なんですよね?色々NHOの歴史について聞いちゃってもいいですか?」


「勿論オッケーっスよ!あ、でもギルドで秘密にしてる事とかもあるんで、それは答えられないかもっス」


 アイナさんは考察で有名なギルド、ヒストリアに所属しているプレイヤーだ。

だからこのゲームの隠された歴史、特に錬金術の歴史について色々知ってるんじゃないかと思ったのだ。


「別に大丈夫。じゃあまず……ヘルメスって名前、知ってる?」


「いや、知らないっスね。聞いたのは今回が初めてっス」


 うーん、ダメか。結構歴史上で色々やってそうな名前だけど、ヒストリアが知らないって事はやっぱり何かしたって事ではないのかな……?

いや、待てよ?そもそもこのゲームの歴史自体深く語られてるものでもないし、ただ単純にヒストリアが知らないだけっていうのもありえる。


「あ、ヒストリアみたいな考察ギルドって他にもNHOにあるの?あんまり私、ギルド事情に詳しくなくて」


「いや、無いっス。……もしかしたらあるかもしれないっスけど、大規模なのは私らのギルドだけっスね」


 うーん、となると普通にヘルメスって人物がゲーム内で全く語られてないってだけなのかな。

そう私が熟考している間、メルクがアイナさんに質問をした。


「フリップさん、フロップさん達以外に知っている錬金術師はいますか?」


「パラケルススさんは知ってるっスよね?となると……あぁ、《アリア》の街に度々現れるらしい謎の老人さん。あの人も錬金術師らしいっス」


「あぁ、錬金術師専スレで挙がってたクエストのですか。……うーん、どうにかして錬金術師に師事してもらえるよう仰ぐ事はできませんかね……」


 むむむ、と今度は逆にメルクが熟考し始めた。

あ、そうそう。代わる代わるアイナさんに質問し続ける事になって悪いんだけど、もう一つ気になる事があったんだった。

それについてアイナさんに聞いてみよう。


「アイナさん、フリップさんとフロップさんは《アリア》に行けないって言ってたけど、その理由って分かる?」


「――これは考察好きな一プレイヤーの推測、って但し書きが付くっスけど……一応手持ちの情報で考察はしたっス」


 何やらアイナさんが悪い顔をし始めた。

ヒストリアがどんなギルドかはあんまり分からないが、そこに所属している、つまり考察ガチ勢のプレイヤーだし、きっと突拍子もないような考察ではないだろう。


「……それってギルド機密だったりする?」


「いいえ。……私の考え、話してもいいっスか?」

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