表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/76

過ち

『錬金術を極めんとする者よ、よく聞くが良い』


 真っ白な視界の中、どこからかしゃがれた老人の声が聞こえてくる。


『錬金術は森羅万象を化する力。汝、錬金術を極めるならばこの世界に住まう、人間の真実を与えよう』


 ぐっ、気になることはいっぱいあるのに、体は動かないし声も出ない。

そもそもこの声の主は一体誰なんだ。


『探求者よ。汝が賢者である事を祈っている』


 そう言われた後、少しして体の硬直が解ける。そして、視界のホワイトアウトが無くなり――。


「すごい……」


 視力を取り戻して、最初に味わったのは本当にゲームの中なのかと思える程の臨場感だった。今、私はどこかの建物の中にいる。接地感、風の感覚、空気のおいしさ。今感じているものの全てが完璧だった。

一通りVRの素晴らしさを堪能していると、一見する限り20代ほどの、神官服を着た女性が話しかけてきた。


「初めての方ですね、こちらへどうぞ」


 なるほど、チュートリアルね。

どうやら今いる建物内はオフラインのエリアらしく、他にプレイヤーも見当たらない。多分、チュートリアルを終わらせればオンラインのエリアに出ることができるんだろう。

そうと分かれば受けるしかない。全身全霊で挑ませてもらうことにする!


――――


「はい、これで私から伝える事は以上です。お疲れ様でした!」


 チュートリアルではごくこく基本であろう事を学んだ。体の動かし方、魔法の使い方、スキルの使い方等々。これから分からないことに出会っても、Tipボタンを使えば基本的なことは分かるとも言われた。有難い機能だね。


「では、この世界を楽しんでいってくださいね!」


 その言葉に合わせて彼女の後ろにあった扉が開かれる。その扉の先には、沢山のプレイヤーに、中世風の街並み。そう、何より私が待ち焦がれていた、文字だけだった世界が広がっていた。


 さて、ずっと感動している場合ではない。

栄水とゲーム内で待ち合わせをしていたので、約束していた場所へと急いで向かわないと。


 約束していた場所は最初の街《アリア》の四つある大きな『モニュメント』の一つだ。

栄水曰く、『モニュメント』とは、その街にいる時ならいつでも、また何処からでもワープできる場所の事だそうだ。だから待ち合わせにピッタリらしい。


 また、街から街への移動は『モニュメント』から行うことができる。非常に便利だ。

まあその辺の要素が解禁されるのレベル3からなんですけど。栄水、絶対これ忘れてたでしょ。


――


「ごめん、待った?」


「いや全然。んで、結局何の職業にしたんだ?」


「錬金術師」


そう言った瞬間、栄水が軽く吹き出す。周りにいた人も何か言いたげな表情をしていた。


「え、もしかして錬金術師って地雷職?」


「地雷じゃないが、芸術家向けだな」


「どういう事……?」


 栄水が言うにはこうだ。NHOでは料理職を除く全ての生産職は産廃職らしく、非常に原始的なアイテムしか作成できないらしい。だが錬金術はそんな生産職の中でも多少はやる価値があるそうだ。それが――。


「小物アイテムの制作?」


「そうだ。【錬金術】スキルは物の形を想像通りに変えられるんだよ」


 確かにそれは便利そうだけど。果たして錬金術でそれをやる意味があるかどうかは知らないが、そういったことができるならば、他の産廃よりかは価値はあるだろう。


「なるほど。それで?」


「それだけだ」


「えっ」


「だから言ったろ?産廃だって」


「えぇ……」


 まさかのそれだけだった。流石にそれはないでしょ。もうちょっとこう……なんて言うか、色々できるものだと思った。

……でも、産業廃棄物だって某錬金術ゲームなら凄い使える素材だし。きっと他に何か役割はあるはず。

多分……。


 そうしょげている私を気遣ってか、栄水――このゲーム内ではオグロという名前らしい、は話題を結構強引に変える。


「ま、とりあえず採取も兼ねてフィールドに出ようぜ。攻撃スキルは持ってるんだろ?」


「ファイアボールしか持ってないけど」


「あー、それがあるなら十分だろ、多分」


 という訳で、私達二人はパーティを組んで最初(というより初心者向け)のフィールド『原初の平原』へ向かった。


――


「ここが原初の平原……」


 なだらかな勾配とそれを覆う瑞々しい草々。所々に大きな木が生えていて、雲一つない青空が広がっていた。目を凝らせば最初の街を見ることができる。

勿論空気はおいしい。どうやって空気の味を設定しているのか謎だが、その辺は最新技術はすごいなーという感じに納得しておいた。


「お、早速モンスター発見。試し撃ちの時間だぞ」


 オグロが指差す先には可愛らしい兎がいた。しかし、そんな可愛らしさとは裏腹にモンスターである事を主張するかの如く、細くて長い、鋭い角が頭頂部から生えている。刺されたら多分私なら一撃死だろう。怖い怖い。

とりあえず、まずバレない遠距離からの狙い撃ちを試す。


「【ファイアボール】!」


 私の手の平から拳大の火球が飛んでいく。それは兎型のモンスターに吸い込まれて(補助機能でもついているのだろうか)当たった。それと同時に相手のHPゲージが表示され、そこにある緑色のバーが10分の1ほど減っていく。


「……何かHPの減り地味じゃない?」


「そりゃ職業が違うし杖すら装備してないからな。素手で魔法が使えるだけありがたいと思え」


 NHOでは、基本的にどんな武器を使っていても好きなスキルを使用する事ができる。当然想定されていない武器を使うわけで、威力は目に見えて落ちる訳だが。

しかも悲しいかな、生産職を選んだ場合は初期装備が普通の服だけなのだ。武器を買おうにも買った段階で残金はゼロ。防具すら買えず戦闘に駆り出されてしまう。

私?錬金術に使えそうな素材を買っちゃったから装備なんて買えませんでしたが?


「ぼさっとしてんな、敵が来たぞ!」


「分かった!【ファイアボール】!」


 再度火球が敵を焦がし、敵のHPゲージを若干減らす。今回、オグロはピンチになるまで戦闘に加勢しない事になっている。その理由はPS向上の為と、単純につまらないからだそうだ。


「うわっ!?」


 一定の速度で向かってきていたはずの敵が急に加速を始め、予想の斜め上のスピードで私に突っ込んでくる。反射的に体をひねり、幸いにも角が刺さるのだけは回避したが、兎の頭の部分に当たってしまった。


 それだけだというのに、私のHPは一気に下がり残り18に。一撃で32ダメージも貰ってしまった。

私に当たった衝撃を気にせず突き抜けた敵はUターンし、再度私に突っ込もうとしてくる。攻撃でそれを止めようと試みるが、【ファイアボール】のクールタイムはまだ回復していない。多分、私の運動神経じゃアレを回避する事はできないだろう。即ち詰みだ。


「大丈夫か!」


 敵が突進を始めた瞬間、オグロが何かのスキルで敵を倒した。

万事休すの状態から生き残れた事もあり、脱力してその場に倒れ込んでしまう。

ちなみに、ドロップはなにもなかった。


――――


「あの当たりであんな減り……お前まさか耐久1か?」


「そうだけど」


 そう答えたらオグロがまた笑いながらこう言ってくる。


「嘘だろお前、耐久はどんな職でも振らなきゃいけない重要ステだぞ」


 なるほど。どうやら私は早々にして色々と間違えてしまったみたいだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ