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Re:新たな錬金術師

「な……なん……!?」


 あまりの驚きに声が出ない。

まさか、私達以外に「賢者の記憶」を進められたプレイヤーがいるなんて思いもしなかった。


「年表画面早く!このプレイヤー誰ですか!?」


 メルクが年表画面を開こうとする私を急かす。

手は震えていて、うまくメニューを操作する事ができない。やばい、まさか先を越される事がこんなにも私の精神を乱す事だったとは。


「達成したプレイヤーは……「アイナ」!」


――――


「返信してくれるかな……」


「まあ……微妙な所ですよね……」


 「アイナ」というプレイヤーにメールを送信した後、私達は祈るように手を合わせた。

メールとは、フレンドではないプレイヤーに対しても送ることができるものだ。その名の通り文章と画像程度しか送る事ができないため、使われる機会は少ないが、フレンド以外のプレイヤーとも話したりできる唯一の手段のため、特にこういう時には重宝される。


 ちなみに私は迷妄機関ビジョン・ダヴァーニを見つけた後、委員長からのアドバイスでメールが送られてきたという通知は非表示にしてある。

というか、しないとまあ……通知がうるさすぎるし。


 委員長は常にメールは見ないようにしているらしいし、大概の有名なプレイヤーは同じようにしていると聞いているから、アイナというプレイヤーが私の送ったメールを読んでくれるかは微妙な所なのだ。読んでくれた所で何か反応してくれるとも限らないし。


 だが、意外な事に待ち望んでいた事象はすぐさま訪れた。


「返信来た!」


「早いですね!?」


「えぇと……件名は『Re:年表の件について』。

内容は……

『アリス様、メルク様。お初にお目にかかります、錬金術師のアイナと申します。


この度は「賢者の記憶Ⅳ」受注の年表に際しまして、小職にご連絡頂きありがとうございます。

つきましては、本日、《フィンフィーネ》の添付した座標におきまして10分ほど打ち合わせのできるお時間を教えていただけますでしょうか?

お忙しいところ申し訳ございませんが、ご返信の旨よろしくお願いいたします


 アイナ』

だって!」


「硬いですね……」


 返ってきたメールが想像以上に硬い文面だったため、最初死ぬほどラフな文で送ってしまった事を若干後悔しつつあるけれど、どうやら向こうが会ってくれるのだろうという事は分かった。


 だが、送られてきた座標は最初の街である《アリア》のものだった。もしアイナさんに会いにいくのであれば、イベントから離脱する必要があるのだが――。


「イベントから帰るのは勿体ないですよね……もう戻れませんし」


「そうだよね……」


 ……いや、ちょっと待てよ?

思ったんだけど、もう私達がこのイベントにいる意味、ないんじゃない?

だって多分、イベントの主軸になるであろう防衛戦には足手まといになるだけ(パラケルススさんやシエルが参加すればそれはもう錬金術の宣伝になるだろうけど、それは何か違う気がする)だし、ここでしか採れないであろう素材も大量に手に入れた。


「……メルク、このイベントでやりたい事ってある?」


「……。あれ、そういえばやりたい事って……もう観光くらいしかないです」


「だよね……」


 正直、やりたい事がない。……いや、正確には先ほどの戦闘で気力が尽きた、と言ってもいいのかもしれない。


 とりあえずこのことをパラケルススさんとシエルさんにも伝えに行こう、そう思って相談した所、予想外の答えが返ってきた。


「ん、私らは帰りたかったから私らについては気にしなくていいよ」


 何と、「帰ってもいいか」と聞いた所向こうから先にそう言われた。

何かまずいことでもしてしまったか、そう少しだけ不安になる。


「いや、さっきの発見は知ってるでしょ?なのに錬金棟のリーダーも副リーダーもいないとなると、結構まずいんじゃないかなってさ」


「あー、確かに……」


 年表に登録した人間が《アリア》にいるという事は、きっとスロウス学院の錬金棟に行っているのは確実だろう。

なのに、錬金棟を取りまとめる立場の人がいないとなると……確かに、言うとおり結構まずい。


「んー……ま、なんとかなるかな。見つけたのもよく知ってる子だったしね」


シエルはそう楽観的な態度だけれど、本当に大丈夫なのだろうか。

急いで帰らないと、そう思っている中メルクが帰還方法を説明し始めた。


「一応帰還の方法は分かっているようです。《フィンフィーネ》にいる老人に『記憶のペンダント』を見せる事で帰還できるらしいですが……」


 そこから先をメルクが言いよどむ。

何かその方法にダメな部分でもあるのだろうか、そう思っていたのだけれど……。


「皆さん、デスルーラという言葉をご存知ですか?」


 突然、メルクが突拍子もない事を言い始める。

デスルーラという言葉の意味は分かる。ゲーム中にわざと死んでセーブポイント等にすぐ戻れる、というテクニックの事だ。だけどそれを何で今――いや、まさか。


「このイベントでは死んでしまった場合、外へ放り出されて三日間戻る事は不可能らしいのですが――逆に言えば、三日経てば戻る事ができるという事です」


 なるほど。確かにその方法はアリだ。やる気が復活する頃には戻れるし。

……というか、なんで運営は死んでも三日経てば戻れる、なんてシステムにしたんだろう。それなら普通に帰るよりも死んだほうが良い、とかそんな風に思われるんじゃないか?


「でも、どうやって死ぬの?私VRゲームで自殺はちょっと……」


 だけど問題はある。ただのゲームなら自殺行為は簡単にできるけれど、それがVRとなったのなら訳が違う。だってVRでモンスターに一方的に殴り殺されたり、高所から飛び降りたりとかするのは誰だって嫌だ。


「大丈夫です。毒薬を持っているので」


 メルクがインベントリからいかにもヤバ気な液体を出してくる。……ほんと、いつも思うけどメルクって用意周到というか変なものばっかり持ってるよね。


「……。なんでそんなの持ってるの……?」


「《短刀術》とか《暗殺術》をメインにして戦うプレイヤーは皆持ってます」


 さいですか。まあ確かに使いそうな感じの戦い方っていうか名前だもんね。


「デスルーラする事には賛成なんだけど、パラケルススさんとシエルは死んでも大丈夫?復活できなかったりしない?」


「いや、そんな事はないが。普通に復活できるぞ」


「あ、そうなんですか」


 私がよく読んでいたネット小説では、大概NPCは死んだら復活できない設定になっていたのだが……。まあ、重要キャラが死んだら生き返らないとか、実際にあったら酷いゲームだしね。


「よし、じゃあメルクの案でいこう。いい?」


「了解です」


「承知した」


「分かった」


 うん、みんなから承諾を得られたし、このプランで行っても問題ないかな。

私はメールに『ゲーム内の本日20時に会いましょう』と返信をし、思い切って毒薬を飲み干した。

……これ、痛みとかないよね?


――――――


「ここが言われた座標だけど……」


 私達は無事に死亡、イベント会場から外へ出て《アリア》の街に移動することができた。そこから私達は急いで座標の場所まで移動する。


 メールで指定された座標は、イベントによってプレイヤーがいなくなった為、やけに静かになった《アリア》の街の中でも特に閑散とした場所だった。

裏路地を抜けるとたどり着ける、小さな公園のような所で付近には人が誰もいない。


 そのあまりの人気のなさに、何か罠に嵌められているのではないか。そんな錯覚を覚える。


「一応皆、警戒お願い。街の中だから襲われないとは思うけど」


 ほんと、突然遠距離武器を構えたプレイヤーが出てきて第二ラウンドなんて事はやめてほしい。

そう思い警戒を始めてから少し。私達が指定した集合時間の十五分前になった時。


「こんちわっス!」


 私達が通ってきた場所と同じ道から現れたのは、非常にラフな雰囲気を纏った女性プレイヤーだった。


――――


「え、アイナさん……ですよね?」


「そうっスけど?」


 おかしい。何かイメージと違う……。

想像していたのはメガネをかけたいかにもデキる感じの敏腕秘書、みたいな人だったんだけど……。


 目の前にいるのは褐色肌のエルフ耳を生やした、メルクと同じくらいの背丈の女性だ。

薄い青色の入ったショートの白髪は、活発そうなイメージをめいっぱい私達に与える。


「あ、あのメールは……?」


「あぁ、あれは癖っス」


「癖……?」


 一体何の癖なんだろう……。というか、癖で文体ってあんなに変わるものなの?


「じゃあ早速本題に入るっスね。……お願いなんスけど、「賢者の記憶IV」の受注方法を教える代わりに、クエストをクリアして欲しいんです!」


 当惑している私達をよそに、アイナさんらしき女性はどんどんと話を進める。

……しかし、クエストをクリアして欲しいというのはどういう事なんだろう。


「私、アイナは「ヒストリア」っていう、大規模な考察ギルドに所属するプレイヤーっス。そのヒストリアで、新たな歴史を紐解けるであろうクエストが見つかったんですが、どうにもヒストリアのメンバーではクリアできなくて……。それで、そのクエストを手伝って頂きたく思ったんです」


 「ヒストリア」というギルドについては聞いた事がある。確か、ネット掲示板のNHO考察スレに何時いつ行っても必ず一人は常駐しているとされる、考察ガチ勢のギルドだ。

これは後で知ったことだが、オプティマス理想協会くらい関わりたくないギルドだと一般プレイヤーからは思われているらしい。

まあ、当時の私はそれを全く知らなかったのだが。


「え、えっと……とりあえず、面接をしてもよろしいでしょうか」


「えっ面接?――あ、問題ないっスよ!」


 一瞬現実から遠ざかっていたメルクだったが、すぐさま現実に精神を引き戻してお得意の面接をする準備を始める。

……何か、アイナさんが一瞬変な反応をした気がするけど。気のせいかな?


 ちなみに、パラケルススさんとシエルが話に入ってきていないけれど、これは念のため周囲の警戒を行ってもらっているからだ。もしかしたら私達の会話をこっそり盗聴されている、なんて事があるかもしれないし。


「ではまず最初に。あなたは何故錬金術師に?」


「錬金術にはロマンがあるからっス!」


「ロマンとは?」


「錬金術師はNHOの未だ全く解明されていない歴史とその謎について、今のところ一番その真相に近づけるだろう、そう言われている職業なんス!だから私は――錬金術でこの世界の秘密を解き明かしたいんス!」


 錬金術について語るアイナさんの目はキラキラとしていた。まるで楽しいことを見つけた少年少女の様に。


 ……それにしても、錬金術師がそんなにこの世界の歴史とか秘密に絡んでいたとは知らなかった。結構NHOにおいては重要な職業なのかな?


「ふむ……では、錬金術を真面目に研究する気持ちはありますか?」


「勿論っス!」


 アイナさんはメルクのその質問にも、過去の私とは違って即答した。

さて、メルクの出した答えは――。


「OKです。私達とベクトルこそ違いますが、この人の錬金術に対するスタンスは問題ないですね」


 メルクがそう言っているのだ、ならきっと大丈夫なんだろう。

という訳で、そのクエストを攻略するのにどうして私達を頼ったのかについてもっと聞くことにした。


「えっと……アイナさんは、なんで私達を頼ろうと思ったの?」


「一番錬金術師の中で進んでいるプレイヤーだと思ったからっス!それに、唯一錬金術のアイテムだけで戦えてますし」


 アイナさんの言っている事はおかしくはない。私は私達が錬金術師の中で一番研究が進んでいるであろうプレイヤーだと自負しているし、他から見てもそう思われるのは過去行った事からしても必然だろう。


「だけど、私みたいな錬金術師よりもっと強いプレイヤーはいるんじゃないの?ホロスコープの人達とか」


「あー、その通りなんスけど、そうは行かないんスよ……。クエストの内容をざっくり言うと、とある場所を探索する、というクエストっス。でも、そのとある場所というのが問題でして……」


「どういう問題なんですか?」


「……錬金術師しか入れない、特殊ダンジョンっス」

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