夏の海底探査 その4
「二人とも……どうしてここに!?」
その声の主はパラケルススさんとシエルさんだった。
助けに来てくれたのは嬉しいけれど、NPCがなんでこんな所に……それに、どうやってここまで――。
「君達の戦いを見ていてな。どうにか助けられないか考えていたんだが――」
「そんな時、優しい店主が『転移石』を渡してくれたってワケさ!」
戦いを見ていた、というのがどういう事か分からなかったけど、多分運営の配信はNPCにも見ることができるとかそういう事なんだろう。そう納得しておいた。それより気になることがあるし。
気になること、というのはシエルさんの言っていた『転移石』についてだ。
アデプトさんの説明だと、「使った人の友達のすぐ近くにワープする事ができるアイテム」だった筈。
どうしてNPCが……。
――いや、そうか。友達は友達。システムの“フレンド”じゃないから、NPCにも使えるって事か!
「さあ、錬金術の真髄――見せてやるぞ!」
「おうともさ!」
その掛け声と同時に、二人は色々な種類のアイテムを手に持った。
その中には、私にも見慣れないものが幾つか含まれている。
「『暗闇一号』、舞え!」
そう言って、パラケルススさんがシュポルトとよく似た見た目のアイテムを投げる。
それはすぐ空中で破裂し、辺り一帯に闇を広げた。
「っ……逃がすな!」
後ろから誰かの声が聞こえ、遠距離攻撃が飛んでくる。
だが、それをシエルが錬金術のアイテムで(多分グロースシルトを使ったんだろう)防いだ。
「さて、前か後ろか。どちらへ逃げる?」
パラケルススさんが暗闇の中で訊ねてくる。
一寸先は闇と言っても過言ではない闇の中だが、辛うじて前か後ろかは分かる。
「前で!そっちに行ければ助っ人が来るから!」
「了解だ!『突撃三号』、穿て!」
パラケルススさんがまた何かよく分からないアイテムを投げる。それは進路上の敵を吹き飛ばし、私達が進むのには十分な道を作った。
「さあ行くぞ!」
――――――
走り出してから3分くらい経っただろうか。
道中色々と危険な場面もあったが、パラケルススさんが謎のアイテムで道を切り開き、シエルさんがよく知ったアイテムで足止めやヘイトを稼いでくれたおかげで、私達は無事6番パイプの下の幹線道路に辿り着き――。
「よく持ちこたえてくれました。我ら「ホロスコープ」、友軍の助けに応じ参戦します!」
目の前のビルの屋上に十二人のプレイヤーが立っていた。
その人達は全く躊躇わずに屋上から飛び降り(落下ダメージは何故か受けていない)、私達と看板団らの間に割り込む。
「馬鹿な……ホロスコープだと!?」
その名前を聞いた敵達の間にざわめきが広がる。
殆どの相手は怖気付いていて、何人かは戦わずして降伏するプレイヤーもいる。
……そして、やぶれかぶれに突撃してくる敵とホロスコープの戦いが始まった。
戦闘が始まってから少し経った。
戦況は誰がどう見てもホロスコープの優位で、敵は既に壊滅状態なのにも関わらず、ホロスコープ側は誰一人として倒されていない。
その圧倒的な戦いに見切りをつけたのか、委員長が途中で離脱しこちらへ向かってくる。
「貴方達の戦いは見ていましたよ。お疲れ様です、アリス」
「リーフこそ。助けに来てくれてありがとう」
委員長にこちらから歩み寄って、ガッチリと握手をする。
なんだかんだで看板団達に勝てたのは委員長達「ホロスコープ」のおかげだ。
「そういえば、どうしてホロスコープは私達の為に全員動いてくれたの?」
少し思っていた疑問を口にする。ホロスコープの全員が動いてくれた事はありがたいが、後で何か友人料的なものを奪い取られそうで怖いという気持ちが少々ある。
すると委員長は声のボリュームを下げ、ひっそりと耳打ちしてきた。
「あぁ、それは簡単です。友人を狙う悪徳ギルドを倒した、ギルドの評判を上げるに丁度いいでしょう?」
「これはオフレコでお願いします」とだけ言い、委員長は戦闘を終えたホロスコープの面々と一緒にどこかへ行ってしまった。
折角会えたのに……とも思ったけれど、今の委員長は私の友達として、ではなくギルド「ホロスコープ」の一員として活動している。わざわざ足手まといで時間を浪費する事になるだけの私達と行動する理由はないだろう。
というか、私達が6番パイプに着くまで待っていてくれた事はそう考えると異例だろう。後で菓子折りでも持っていこうか。
――――
圧倒的な戦闘――というより虐殺、が終わり、引き上げていった委員長らホロスコープを見送ってから暫く。
襲ってくる敵が誰もいなくなった事を確認すると、私達はその場にへたりこんだ。
「……私達、勝てたんですね……!」
「まあ、殆どホロスコープのおかげだけどね……」
天を仰ぎながら、私はメルクに話しかける。
この戦闘でのキーパーソンは沢山いただろうけれど、何より私達が勝てた一番の理由はホロスコープに所属している友人がいたからだろう。
もしいなかったら、そう思うとぞっとする。
「違いますよ。確かに最後はホロスコープに頼りきりでしたが、そこまで逃げられたのは皆さんのおかげです」
メルクがやや注意するように私に言葉を返す。
確かにメルクの言うとおりだ。私達を助けてくれたパラケルススさんとシエル、命懸けで私達を逃がしてくれたイグニスさんにオグロ、そして一緒に戦ってくれたオプティマス理想協会の皆……。
どれか一つでも欠けていたらきっと、私達がこうして勝てた事はなかっただろう。
……うん、これはホロスコープだけじゃない。皆で掴んだ勝利だ。
「……それで、この後どうしましょうか。このイベント、死んだらどうなるんでしたっけ」
「あー、私知らない。……そうだ、イグニスさんにボイスチャットしてみる」
そういえば、イベント内で死んだ場合どうなるのかを私は知らなかった。
いや、多分イベントの要項には書いてあったんだろうけど、私はそういうのを見てネタバレされたくない人間だし。
聞いてくるという事は、きっとメルクも知らないのだろう。
ボイスチャット申請はすぐに受理され、イグニスさんの声が聞こえてきた。
『戦いは見ていたぞ。お疲れ様だった、アリス』
『ありがとうイグニス。で、今どこにいるの?』
『《アリア》のゲートの前だ。このイベントは死んだらペナルティとして現実で3日間経つまで再入場はできない』
『うわっ、そうなの!?ごめんイグニス……折角のイベント、楽しめる機会を潰しちゃった……』
『何、気にするな。二度と参加できない訳ではないしな』
教えてくれてありがとう、とイグニスに伝えて私はボイスチャットを切った。
イグニスさんは気にしてなさそうだったし、まあオグロは大丈夫だろうけど……戦ってくれたオプティマス理想協会のメンバーに対して、本当に頭が上がらなくなる。
……菓子折りを持っていかないとダメな相手が増えた。
「あー、すみませんアリスさん」
そんな考え事をしている中、この戦いを生き残ったオプティマス理想協会のメンバーから声を掛けられた。
「何ですか?」
「俺達は先に「フィンフィーネ防衛戦」ってクエストに向かおうと思うんですけど、アリスさん達はどうします?」
フィンフィーネ防衛戦?……あぁ、そういえばそんなクエストが発生してた気もする。
確かに、私達を助けてくれた人間のできているメンバーだ。防衛戦、と聞いて行かない訳にはいかないだろう。
「どうするメルク?私的にはちょっとこの辺探索してから行きたいんだけど」
「私も同意見です。色々と、気になる事もありますからね」
色々と、という所でメルクはシエルとパラケルススさんの方を見る。
確かに、NPCがイベントエリアに来ている事はかなり気になる。オプティマスのメンバーにそれで足止めを食わせるというのもあれだ。
「分かりました。じゃ、俺達は先に行ってますね。また会ったらよろしくお願いします」
「お気をつけて!」
生き残ったオプティマスのメンバー三人は《フィンフィーネ》があるであろう中央部に向けて歩いて行った。それを手を振って見送ると、私はパラケルススさんとシエルの方へ向き直る。
「まず最初に。助けてくれて、本当にありがとう」
メルクと一緒に頭を深く下げる。くっ、この辺の礼儀作法を知っておけばよかった……。
「いやいやいいんだよー。私達、友達だからね」
「あぁ。友達たるもの、助け合うのは当然だろう?」
「ありがとう……!」
二人共、やっぱりいい人だ……。私も見習わないと。
「それと、他に聞きたい事があります。『記憶のペンダント』というアイテム、既に鑑定しましたか?」
「あぁ、気がついたら不思議なアイテムが手に入っていたからな。既にしてある」
これだろう?と言うようにパラケルススさんとシエルさんが『記憶のペンダント』を掲げる。
一見すると、普通のちょっと高級なペンダントとしか見えない。ペンダントトップに三つの渦巻き模様……みたいな感じのものが付いているが、なんでこれで『記憶のペンダント』って名前なんだろう。
「形相、見ました?」
「もちろん。〈記憶〉も気になるけど、〈ユニコーン〉もかなり気になるよね」
「パラケルススさん、何か知ってる事とかある?」
私とメルクでパラケルススさんの方を見る。
パラケルススさんは深く考え込む素振りを見せると、少し経ってから重々しく口を開いた。
「……知ってはいるが、これを話す事はできない。錬金術師の規定というものがある」
まあそりゃそうだ。パラケルススさんは色々と知っているんだろうけれど、それを仲が良いから、という理由だけで聞き出せるなら錬金術を研究する意味がないし。
……あれ?でもこの世界に錬金術師っていないのに、規定ってどこにあるんだろう?
あ、シエルさんが何か言いたげにしてる。……うん、この事はまた後で考えよう。
「私は知らないから話してもいいよね?実はね……こんな形相、一回しかないけど見たことがあるの」
「おお、本当ですか!?」
「確か……スロウス学院の農学棟の人が作ってた『駆虫薬』ってアイテムに、〈オオカミ〉って形相が付いてたのを覚えてる」
『駆虫薬』かぁ……。錬金術に全く関係なさそうなアイテムだけど……どういう事だろう?
それに、〈ユニコーン〉と同じように動物である事も一致している。
きっと似たような物なんだろうけれど――ダメだ、情報が少なすぎる。
「他には?」
「うーん、ないかな……」
シエルが首を振る。どうやら、NPCから引き出せるこの謎の形相についての情報は、今のところこれだけしかないようだ。
もしかしたらエメラルド・タブレットを進めることでもっと情報が増えるかもしれないけれど、今はイベント中だ。それはイベントが終わってからにしよう。
「では最後に。――面白そうな素材、見つかりましたか?」
「――そりゃもう。沢山あったよ」
――――――
「あっちにも採取ポイントが!行きましょうアリスさん!」
「わわ、ちょっと!こっちまだ終わってないって!」
「弱めのモンスターを発見したぞ。モンスター素材も手に入れられそうだな」
私達は今、素材集めに精を出している。そりゃもう一時間くらいずっと。
イグニスさんの持つ、採取ポイントを増やすスキルがない事が悲しかったが、まあ時間は結構あるし。いつイベントが終わっても問題ないように、素材アイテムのインベントリを全て埋めるまで採取を続ける予定だ。
何故そんな覚悟で集めているかだけど、勿論採取で見たこともない様なアイテムを集めるのが楽しいというのもある。
だけど何より、錬金術師の要であるアイテムを前の戦闘で使い切ってしまったのだ。
この後防衛戦とやらが始まるらしいが、初期装備の杖から放つこれまた初期スキルの【ファイアボール】と【ウィンドカッター】しか使えない様なプレイヤーはどう考えてもお呼びでないだろう。
メルクやアイテムを一杯持っているパラケルススさんとシエルは別だけど。
そうして素材アイテムを大量に集めていた時、事件は起きた。
その事件に一番最初に気がついたのはメルクだった。
「…………!?アリスさん!アリスさん!ちょっと、通知見てください!」
【一陣の風】を使ってメルクがこちらに駆け寄ってくる。
私は襟首を掴まれ、いつぞやの様に首をぶんぶんされた。いや、だから痛いって。
「……はっ!?すみません、つい……」
「何がついなのか分からないけど……で、何があったの?」
「上!画面上見てください!」
画面上……?特に何かある様な場所でもなかったと思うけど。何かドラゴンでも飛んでいるんだろうか。
そう思って上を見ると、そこには驚きの通知が流れていた。
〈『「賢者の記憶Ⅳ」を受注』の偉業が達成されました〉




