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夏の海底探査 その2

「皆!『シュポルト』お願い!」


「了解!」


 私達だって何も対策をしないで、襲われるのを待っていた訳ではない。

ここまで来る途中に、どこでどう襲われたらどう対処するべきか――そういったプラン立ては既に済ませてある。


 この幹線道路で襲われた場合のプランはまず魔法使いや弓使い、スナイパーからの視界を遮ること。上空に『シュポルト』の炎を広げ、ビルから見下ろしていては私達を見る事をできなくする。『シュポルト』の炎は結構厚いから、こういう使い方も可能だ。


 これで私達を攻撃するには、無差別に無関係なプレイヤーを巻き込んででも魔法を当てずっぽうで乱射するか、正々堂々白兵戦を仕掛けるかの二択になった訳だ。

当然白兵戦の選択肢を選んでくると思ったのだけど――。


「イグニスさん!あいつら詠唱してる!後ちょっとで何か魔法が来るよ!」


 今回はさっき程には何を言っているかは聞き取れなかったものの、私の黒歴史センサーは未だ働いている。何かの詠唱をしている事は間違いなく分かった。

それに、炎の霧を突き抜けて幾つか矢や銃弾も降り注いでくる。


「くっ、巻き込む事すらお構いなしか……。皆、プラン3だ!全力で先程の進行方向から見て“左側”の路地へ逃げ込め!」


 イグニスさんが“狙っている敵達に聞こえるように”そう叫ぶ。どうやら、敵は無関係なプレイヤーを攻撃してまでも、私達を殺そうとしているらしい。

私達は全速力で先程の進行方向から見て“右側”の路地へと向かった。


 反対の路地から爆風や寒気、何かが破壊される音等色々聞こえてくる。小手先の作戦だったが、掛かってくれたようで何よりだ。――だけど、まだこれでもスタートラインにすら立てていない。依然敵が有利な立ち位置にいる事は変わらないのだ。


「《暗殺術》を取っているプレイヤーは近くのマンションを探索し、魔術師や弓術士等の遠距離攻撃が可能な敵をとにかく倒してくれ」


 イグニスさんがそう頼む。メルクを含む何名のプレイヤーはそれに頷き、近くのビルへと入っていった。


 とにかく、私達が逆の路地へ逃げ込んだ事はいつかバレる。当てずっぽうの遠距離攻撃で私達を壊滅させようとしてきた敵だが、白兵戦をしに向かってきたプレイヤーもいるだろう。多分、その事はそいつらにバレているはずだ。


 後は敵がどれだけ連携が取れていないかにかかっている。どれだけ時間があるか分からないが、今のうちに必要な準備を済ませておかないと。

まずは最強の助っ人を呼ぶことだ。


『リーフ!聞こえる!?』


『――襲われましたか。分かりました、「ホロスコープ」全員で向かいます。どこへ向かえば?』


『6番パイプ直下に逃げる!そこでお願い!』


 どうやら委員長は私の声を聞いただけで何が起こったか察してくれたらしい。ありがたい事だ。それに、「ホロスコープ」が出向いてくれるらしい。まあ多分害ギルドを倒して知名度アップとかそういう打算的な感情があるとは思うが。


 さて、次に……そこまで逃げる準備をしないと。


「皆、〈岩石〉の『七色の丸薬(ファベルカメート)』は飲んだ?」


 タンク職を取っているプレイヤーに支給した、防御力アップの効果がある『七色の丸薬(ファベルカメート)』を飲んでもらう。よし、次に……!?


「どうやら準備時間はここまでのようだ!皆、奥へ!」


 路地の入口の方で爆発音が聞こえた。

どうやら、遂に敵が私達が逆に逃げた事に気づいたらしい。予想よりかは早かったが、大丈夫だ。まだなんとかなる。


 路地に逃げ込めば上から狙うことは魔法では難しくなる。矢や銃では可能だが、魔法と比べればダメージは低い。それに、こちら側のビルにいる遠距離攻撃してくる敵を味方に倒しに行ってもらっている。多分、これでギリギリ同じ土俵に立てただろう。


 そして、一つ嬉しい発見もあった。


「×ね!【一陣の風(ヴィンドボルト)】――何ぃ!?」


 まず最初に、《短刀術》を使う敵が突っ込んできた。しかし、その攻撃は“本来そこにあるはずのない壁”によって阻まれる。


「クソッ、なんだこれ!?」


 敵が見えない壁を攻撃するが、透明な壁はビクともしない。

敵は何人も路地になだれ込んできていたが、私達の場所へ一直線に来れる道を通ってきた敵達は、その地点で動きが止まっていた。


 どんどんと敵が増える。そしてある程度敵が増えたところで――。


「メルク!お願い!」


「了解です!」


 遠距離武器を持つ敵を倒しに行っていたメルクが敵の後方のビルから現れ、止まっている流れのより上流に何かを投げつけた。

それはある程度地面に近づくと拡大を始め、最終的に壁にめり込んで(・・・・・)拡大を終える。


 これで、メルクが投げたものと透明な壁に挟まれた敵は動けなくなった。


「『シュポルト』、舞え!」


「『爆弾ヘルツ』、爆発しろ!」


 動けなくなった敵達の元へ何個も『爆弾ヘルツ』や『シュポルト』を投げ入れる。『シュポルト』で生まれた炎の霧が消えた時には、その空間に敵は一人も残っていなかった。


 まさか、展開した『グロースシルト』が路地より大きいおかげでこうして壁になるとは思わなかった。本来の作戦ではタンク職に持たせて、相手の流れをせき止めるつもりだったのだけど、展開した時に大きくなりすぎて壁にめり込み、持ち手が誰もいなくても成立する壁になるとは……幸運だ。


 ――っと、敵が他の道から回り込んできた。皆が応戦しているが、私も【ウィンドカッター】や【ファイアボール】を使って援護する。


『ビル組はそのまま敵を陽動しろ、私達は下がる』


 そんなメールがイグニスさんから全員に送られた。敵がビル組の陽動に乗ってくれるかは分からなかったが、乗ってくれれば御の字だ。乗らなくてもなんとかなる。


 ……だけど、やっぱり敵の一人一人が強い。そもそも、オグロのギルドは宗教ギルドだ。PVPなんてしたことがないプレイヤーしか所属していない。


 それに対して、あちらはきっとバリバリ戦闘しているギルドなんだろう。

たとえこちらが奇策や人数差で勝っていたとしても、個人個人の能力というのはそれ以上に大きいものだ。普通にこのまま戦っていては確実に――負ける。


「イグニスさん、もっと何か奇策思いつかない!?」


「私をびっくり箱みたいに扱わないでほしいな!」


 先程の『グロースシルト』を使って敵を挟み込む方法で倒せたのはせいぜい8人か9人ほどだろう。相手はまだまだいる。

それに、敵は学習を続けている。同じ手は二度と通用しない。


「後ろからも敵が来たぞー!」


「馬鹿な、もう回り込めただと!?」


 ここら一帯は相当入り組んでいる。今、オプティマス理想協会のメンバーがミニマップを見て逃走経路を考えているというのに、どういう事だ。

――いや、嘆いても仕方がない。あちらには相当優秀なブレインがいる、という事だろう。


「クソっ、ルート班!まだか!?」


 今、後方から回り込んできた敵をまた抑え込みに行っているが――。それにより、前方から来ている敵を押し留めるメンバーが減ってしまう。今までは数の差でなんとかこちらが優勢に立てていたが、唯一(まさ)っていた人の数が減ってはもうダメだ。前線は既に崩壊しようとしている。


「現在判明中のルートで逃走!タンク班は――すまない、囮を頼む!」


 イグニスさんがそう叫ぶ。

私達は1、2人のタンク職のプレイヤーに敵を食い止めてもらい、敵が来ていない路地のさらに奥へと逃げ込んだ。

逃げる時に使った道は『グロースシルト』で塞ぐために、残ってもらったタンク職の人はどうあがこうがそのまま倒されてしまうという事になる。――ごめん。


「オグロ、後でオプティマス理想協会の人から闇討ちとかされないよね?」


「大丈夫だ。こうなるかもしれないって事は事前に言ってある。そしたら皆「友人を守るは教則の1番、必ずや守り抜いてみせます」って元気一杯だ」


 なら良かった。……だけど、こんな呑気な事を言っていられる余裕はない。

敵は賢く、私達が『グロースシルト』で塞いだ道を通ってこようとはしなかった。

なのに、敵は右から左からどんどんとやってくる。


 『グロースシルト』で壁を作り、敵が通れなくて右往左往している内に『爆弾ヘルツ』を投げ込む。そんな風に私達の方が有利な場所に立っている――そう考えていたのに、いつの間にかその立場は逆転していた。


「『爆弾ヘルツ』、爆発して!――イグニスさん、ここじゃ絶対不利!どこか広いところへ!」


「分かった。そう通知する!」


『皆、広場へ逃げるぞ。全速で後退だ』


 イグニスさんが高速でメールを送る。

撤退し始めの少しの間は敵が襲ってこなかったが、撤退し始めたのだと敵が理解した瞬間から攻勢を強めてくるようになった。


『ミニマップ上に大きな道路が見えた。6番パイプまでは辿りつけていないが――そこで戦闘だ。後方支援は奥のビルへ、《暗殺術》持ちは手前のビルで敵を待て』


 再度イグニスさんが全員にメールを送った。

私も逃げようかと思ったその時、視界にちょうど止めを刺されそうな、オプティマス理想協会のメンバーが3人ほど見えた。――大丈夫だ、今回は救える。


 落ち着いて『爆弾ヘルツ』を向こう側で爆発させて敵に当てる。その突然のダメージに敵がひるんでいる内に『グロースシルト』を使って敵との間に壁を作った。


「これを!」


 敵は『グロースシルト』の壁を破壊する事はできない。いや、壊すことはできても、その素振りを見せれば先程のように一網打尽にされるという事を学習しているからだ。

落ち着いて私は〈薬効〉の形相のみを持つ『七色の丸薬(ファベルカメート)』を手渡した。


 これは状態異常を一つ治し、結構なスピードでHPを回復する効果のものだ。多分、この3人はこれできっと立て直せるだろう。


「戦闘中に余所見とは、いいご身分じゃねぇか」


 私の首元に刃物が当てられる。


「……!?」


 この声は……「看板団」の団長!?

いや、気にするべきはそこじゃない。どうしてこんなに早くここへ来れた?回り道?……いや、近くに他の道はない。

『グロースシルト』を壊した?……いや、流石にこんな短時間で壊れる壁じゃない。なら……どうしてだ?


「冥土の土産に教えてやろう。“高さ”が足りてないんだよ、アレには」


 ……そういうことか。

事前検証の時、2m50cmくらいはある、という結果が出ていたから問題ないと判断していたが――。逆に言えば、それだけ(・・・・)しかないのだ。人一人を踏み台にすれば余裕で越えられる。


「でも、私を×××もいいの?」


「勿論。メルクかイグニスかお前の誰かが残っていればいいんだからな」


 首元の刃に力が込められる。痛覚は滅茶苦茶抑制されてるから痛みは問題ない。だけど――ごめん、メルク、イグニスさん。


「【縮地】!【バトルクライ】!」


「何だ!?」


 突然声が聞こえたと思ったら、急に団長の顔がそちらを向き、首に当てていた刃物も離した。


「おいアリス!俺も忘れんなよ!」


「オグロ!?」


 声の主はオグロだった。オグロは「【ガードアップ】」と数回呪文を自分にかけると、杖を握って抜刀する(・・・・)


「〈挑発〉をかけさせて貰ったぜ、団長さんよ」


「それ……仕込み杖!?」


 オグロのいつも持っていた杖はなんと仕込み杖だった。驚いている私を無視してオグロは【縮地】を使い、団長との距離を一気に詰める。そのままオグロは団長と鍔迫り合いを始めた。オグロは私の方を見ながら叫ぶ。


「俺のビルドは“僧侶盾”だ!この程度じゃ倒されねぇ、さっさと逃げろ!」


 〈挑発〉の効果はよく分からなかったが、きっとかかった相手はオグロ以外と戦えないという様な効果なんだろう。

団長はオグロを弾き返すと、オグロに向けて突進しながら『グロースシルト』を次々と越える団員に向かって声を上げた。


「クソっ、良いところだったのに……てめぇら、アリスを逃がすな!どれか一人拉致れば勝ちだ!」


「アリス!ここは何とかする!」


 ありがとうオグロ。私は感謝の代わりに〈薬効〉の『七色の丸薬(ファベルカメート)』をオグロに投げ、急いで追っ手の団員から逃げた。


『イグニス!相手に「看板団」の団長がいた!多分今戦ってるのは看板団!』


 私達の先を行っているであろうイグニスさんに、路地を走り抜けながらボイスチャットをする。


『戦力は分かるか!?』


『多分――前に襲われた時、ログインしてなかった分も含めて40人くらいはいる!』


『という事は……残り31人程度か。ありがとう。救援はいるか?』


『場所がわかるならお願い!』


『場所も何も通っているのは同じ道だ!』


 そう話してからボイスチャットを切る。

爆弾ヘルツ』で敵を牽制し、一人二人倒せてはいるが、それでも敵の歩みは止まらない。しかも残念な事に、私の敏捷は初期値のままだった。何も強化されていない。そのため距離はじりじりと詰められてきている。


 だが、すぐ先に目標にしていた道路が見える。そこまでたどり着ければひとまずは私の勝ちだが……。

背後に団員が迫る。敵は私を射程圏内に入れると、その凶刃を振り上げ――。


「伏せろ!アリス!」


 突然の声に私は疑う事をせず従った。

その瞬間、私の頭上をどこかで見た銃弾が掠める。銃弾は伏せた私を越し、武器を振り下ろさんとしていた敵を穿つ。イグニスさん達は、既に道路の場所まで着いていたのだ。


「サンキューイグニス!」


「それほどでも!」


 イグニスさんは銃を乱射し、一本道で避けることのできない敵を一気に掃討した。


「助かった。それで、状況はどう?」


 イグニスさんの差し出した手を掴み、私はよろよろと立ち上がる。

負ったダメージはほぼないが、ここまでずっと戦いっぱなしだ。流石に疲れてきた。


「こちらのメンバーはずっと走ったり戦闘していたりでかなり疲弊している。後方支援職は既に配備に移らせた。メルクを主軸とする、《暗殺術》持ちのメンバーはまだ路地で逃げ遅れたメンバーを支援中だそうだ」


「あんまり万全とは言えないね……」


「ああ。……だが、一つ嬉しい事がある。――私達の戦闘が、配信されている」


 イグニスさんがタブレットを見せてくる。そこには若干のタイムラグがあるが、道路で来たるであろう敵への準備を続ける私達と、また別画面で私達の待つ道路へ向かおうとする敵の姿が写っていた。


「なるほど。なら尚更……負けるわけにはいかない、って訳か」

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