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夏の海底探査 その1

〈《アリア》中央広場にポータルが設置されました。ポータルよりイベントワールドへ移動可能です〉


「うわっ!?」


 中央部に固まっていたプレイヤー達が何かよく分からない力によって遠くへ吹き飛ばされる。幸い、私達は中央から少し離れた所に固まっていたため、それに巻き込まれることはなかったが。


 それによって空いたスペースに周囲の家と同じ程度の大きさの、円形の真っ黒なものが現れる。

これがポータルなんだろう、という事はひと目で分かる。私達はそれに向けて駆け出す人の波に乗った。


 ポータルのすぐそばまで近づくとこんな通知が訪れる。


〈ワールド「虹の一端」へ移動しますか?〉


 「虹の一端」……か。なんとも変な名前だ。

とはいえ、錬金術師の立場を上げる事や純粋に気になるイベントである。多少名前が変であろうと怖気づいてはいられない。


「行くよ!」


 私達は“Yes”のボタンを押し、新ワールドへと突入した。


――――――

〈『記憶のペンダント』を入手しました〉


 視界がホワイトアウトから戻ったとき、そこはどこかよく分からない部屋の中だった。メルクとイグニスさんも、同じく視界が戻ったようで辺りをキョロキョロと見回していた。


「ここは一体……それに、渡されたアイテムも変ですし」


「すまないアリス、そのペンダントを鑑定してくれないか?その間私達は場所を探ってみる」


「了解」


 二人はこの部屋にある窓や別の部屋へのドアなどからこの場所をどこか探ろうとしているようだ。

よし、ここは言われた通りにしよう。

早速このワールドに来た時に貰った謎のアイテムを鑑定してみる。


「《鑑定》……っと」


――――

『記憶のペンダント』▽

〈記憶〉〈ユニコーン〉

 {冷-38:58-乾}


 「記憶」が内包されているペンダント。

 対となるペンダントにかざす事で、元いた世界に帰る事ができる。

 

 特性 ▽

  廃棄不可

  破壊不可

――――


 ……いや、何これ。形相が二つとも意味わかんないんだけど。

〈記憶〉はまだしも、〈ユニコーン〉って何さ。なんだろ、何か隠された意味があるとかかな……?

とはいえ、考察しようにも情報が足りなすぎる。一旦おいておこう。

とりあえず私は戻ってきたイグニスさんとメルクに声をかけた。


「どう?分かった?」


「……まあ、ここが凄いワールドって事は分かった」


「……それは、どういう?」


 二人とも、なんというか……苦虫を噛み潰したような顔をしている。

一体どんな場所だったんだろうか。


「イベント名からして、海底を探索するイベントだと勝手に思っていたが……予想が外れた。

ここは、海底にある都市だ。そこの窓から上を見上げてみろ」


 海底にある都市……ね。あんまり言われてもピンとこなかったけれど、とりあえず言われた通り窓から上の方を見てみる。そこには――。


「……えぇ」


 空に海が広がっていた。空の海は“都市”の中央部であろう方向へ向かうほど位置が高く、中央部から離れる程に海の位置は低くなっていて、遂には“空の海”が“海の壁”となっているのが見て取れた。多分、ここはドーム状の何かなんだろう。


 また中央部であろう方には、空の海から海水を取り出している装置……のような何かを見る事ができる。そこから幾多ものパイプが張り出し、縦横無尽に空や地面を這ってこの都市を巡っていた。


 空の海は分厚く、海を通した先に何があるかを見る事はできない。だからといってこの場所に光が差し込んでいないという事はなく、光をもたらす存在は海よりも下にあった。


「人工太陽……?」


「のように見えますね。見すぎると目には優しくありませんが……」


 何かとてつもなく明るい球体が海よりも下に浮いていた。どう考えても、あれは“太陽の代わりをしている”ようにしか思えない。

よく見れば、その太陽の軌道であろう場所に一本の線が通っているのが見えた。多分、あれがレールの様な役割を果たしているんだろう。


「どうします?とりあえずここから出ますか……?」


「だね」


 今いる場所がどこなのかは結局分からなかったけれど、窓から下を覗いた時の高さや、他の場所にも沢山ビルやマンションが建っていた事から多分、今自分達がいるところがビルかマンションの高い所にいるんだろうという推測を立てる事はできる。


「それにしても汚い……というかボロボロだね……。いつ崩れてもおかしくなさそう」


 軽く壁を触ってみると、塗装かコンクリートのような何かがボロボロと崩れ去る。これが建てられてから、どれだけ月日が経ったんだろうか。

……そういえば、他の建物もここと同じくらいに寂れていた気がする。


「おぉ、エレベーターみたいな物は動きました。早速降りて外へ出ましょう」


 部屋から出ると廊下のような場所に出て、そこからすぐエレベーターによく似た何かを発見する事ができた。

試しに下向きの三角のボタンを押してみると、しっかり光った。そして、それと同時に下の方から何かが動く音が聞こえる。どうやらエレベーターらしき機構は機能しているようだ。


――――


:おい


:何?


:アリスとメルクとイグニスの居場所分かるか


:ごめん、まだちょっと分かんない


:そうか。早く見つけてくれよ?


:勿論。伊達に情報屋やってないからね


――――


「ほんと、都市って感じだね……」


 外へ出た私達を待っていたのは、ビルやマンションが所狭しと立ち並ぶ現代のような世界だった。唯一違う所と言えば、そのどれもが管理の行き通っていない廃墟のようであるという事だけだが。

それに面食らっていた私だったが、かかってきたボイスチャット申請で現実に引き戻される。


「……っと、ボイスチャット来てる」


「分かった」


 少し離れた所で申請を許可する。オグロからのボイスチャットだった。


『そっちはどうだ、もう「虹の一端」に着いたか?』


『うん、着いた。今――なんかよく分からない場所にいる』


 どうやら、それぞれのプレイヤーはワールド内のランダムな場所に転送されているようだ。そもそも一箇所に転送されるなら絶対プレイヤーには会うし。


『こっちもだ。……そうだ、上の方に通ってる一際デカいパイプが見えるか?あれの“5番”って書いてある所の真下の……大通り?っぽい所にいる。もし近いなら来てくれ』


 先ほどパイプが縦横無尽に走っている、と書いたけれど、よく見てみればその表現は少し違っていた。“空の海”から水を取り出す機械から、真横に規則的な角度で何本もの太いパイプが伸びていて、それらは“海の壁”までせり出している。

そして、それぞれの太いパイプから細いパイプが様々な場所へ向かって伸びていた。


 私達はその太いパイプの間に挟まれた位置にいるようで、近くに見えるパイプにはそれぞれ「6番」と「5番」と書かれていた。


『ん、近くに5番のパイプがあった。そっち行くね』


『サンキュ』


 いつ危険なプレイヤーに襲われるとも限らない。味方は多い方が良いだろう。

それに、まだこのイベントで何をすればいいのかあまり分からないし。

……一応、委員長ともボイスチャットで位置を聞いておこう。


『何ですか?襲われました?』


『いや、そっちは何番のパイプの所にいるのかなって』


『私達は9番にいますね』


『分かった。私達、5番の方に向かうから、一応覚えといて』


 私はボイスチャットを切った。うん、委員長はきっと忙しいだろうし、とりあえずはオグロの所へ向かう事にしよう。


「イグニスさん、メルク。近くにオグロがいるみたいだから、そっちに行かない?」


「良いですね。どうやらこの辺りは、あまり安全とは言えなさそうです」


 メルクが顔を道の方へ向ける。そこには、何か変なポーズを取っているイグニスさんの姿があった。

何をしているのかとイグニスさんに聞こうとした所――。


「静かに。この道の奥にモンスターがいる。……あまり強い訳ではないが」


 どうやらそういう事らしい。イグニスさんは【識別】をしていたようだった。


「……レベルは8、一体だから私達なら余裕だろう。どうする?」


「戦闘音を聞きつけて他の何かが近寄ってくるかもしれません、無視した方が良いかと」


「右に同じ」


 そうして私達はこそこそと裏路地を抜けて、オグロ達の待つであろう5番パイプの下まで移動する事にしたのだった。


――――


:見つけた


:何処だ


:2万ゴルドかな


:分かった


:入金確認。毎度ありがとねー


:御託はいい。早くしろ


:はいはい。5番パイプの壁と中央の間。そこから若干だけど中央寄りの所にいるね


:先は読めるか?


:多分中央に向かうんじゃないかな?掲示板は読んでるでしょ


――――


 5番パイプの直下まで行くと、そこにはこれまで見てきた道路よりも一際大きな道路――多分この都市の幹線道路だろう――が広がっていた。


 どうやらこの辺りは私達以外にも分かりやすい目印となっているようで、他のプレイヤー達が合流しようとここへ集まっているのが見える。多分、この辺りにモンスターがいないのは「合流の邪魔だから」という理由で狩り尽くされたんだろう。哀れ。

私も早い内にオプティマス理想協会を探す事にしよう。


 とはいえ、オグロはただ「5番パイプの真下にいる」としか言っていなかった。もう一度ボイスチャット申請をして『詳しくお願い』と頼んだ所、『多分中央寄りだと思う』という曖昧な答えが返ってきた。

まあ、となれば中央部に向かって進めばいいだけの話だ。誤って“海の壁”の方に進むより全然ましである。


「よーし、行こっか。こんな人いる場所で襲ってこないだろうとは思うけど、一応警戒お願いね」


――――


:まだ5番にいるか?


:いるね。でもオプティマスと合流しに行く


:クソ 移動手段はないのか


:知らない


:3番からだと遠いな……奇襲に良いスポットを教えてくれ


:1万ね ま、合流しても倒せると思うけど


――――


「先の方に50人くらいの大所帯が見えるな。もしかしてあれがそのオグロって人のギルドじゃないか?」


 イグニスさんが持ち前の視力の良さでそれらしきものを発見してくれたようだ。はて、オプティマス理想協会がどれだけ人気なギルドかは知らないが――前に会話したとき、「滅茶苦茶人気になった」とか言ってた気がする。


 早速オグロの方へ走って行こうと思ったその時――。


〈《フィンフィーネ》がギルド「調査兵」によって発見されました〉


〈クエスト「フィンフィーネ防衛戦」が開始されました〉


〈明日の正午に中央部の《フィンフィーネ》にモンスターの集団が押し寄せます。防備を固めてください〉


 そんな通知が突然流れてきた。そのあまりの突然さに驚くが、多分ゲームの処理的にはそこまでおかしい事でもないのだろう。

誰かが《フィンフィーネ》というエリアを発見したから、そこに関するメインクエストが始まったという事はすぐ分かった。


「急ぎましょう。オプティマス理想協会の人達も、私達を待たずにすぐさま《フィンフィーネ》という場所まで行くかもしれません」


 オグロがそこまで心無い人だとは思わないけれど、あっちは宗教ギルドだ。何かを守ること優先という可能性もあるかもしれない。

私達は急いでオグロらしき大所帯に向かう事にした。


――――


 近づいてみると、イグニスさんの言っていた通り大所帯はオグロのギルドだった。

……いや、正確にはオグロのギルドの事は全く知らず、オグロの後ろ姿を見ただけでそうと判断しただけだが。


「オグロー!」


「ん?あぁ、アリスか」


 大分馴れ馴れしく近寄ったせいで、周りにいる結構な人から「開祖にあんな態度を……!?」とか「何者なんだ……」とか色々言われているけど、気にしない気にしない。


 後ろの方から「開祖って呼ばれる人と親しい……?」とか「いえ、アリスさんは宗教のヤバい人ではなく、ただ教祖の人とリアルで親しいだけです」とか聞こえるけど、まあ気にしない。


「で、合流できたのはいいけど――これからどうしよう。やっぱり防衛戦に出向く?」


「ま、そうだな。俺らのギルドの教則の一番優先すべき事が“人を守れ”だ」


 ……オプティマス理想協会、意外と宗教色強いですね。

まあいいや。心強い仲間が増えた訳だし、とりあえず《フィンフィーネ》って場所に着いてからどうするか考えよう。


「ところで、幹線道路と路地、どっちを通ろう」


「路地の方がいいんじゃないか?」


 私達が通れる道は3つある。パイプの下の幹線道路と、普通の道路。そして路地だ。

とはいえ、道路はどっちつかずだ。通る選択肢から外しても構わない。


「いえ、路地だともし場所がバレた場合襲われやすいと思われます。流石に襲うときに他のプレイヤーは巻き込みたくないでしょうから、幹線道路をなるべく他のプレイヤーと一緒に移動した方が良いのでは」


「よし、じゃあそうしよう」


 流石メルクだ、よく考えている。

……私も考えないとね。


――――


「変だな……なんだこの壁?」


 オグロがそう呟いた。私達が中央部に移動を始めて少し経った後だ。

そこには、幹線道路を塞ぐかのように、この世界らしくない“土の壁”がそそり立っていた。


 高さはそこまでないが、ここは道路だ。何か登って越えられるオブジェクトがあるというわけでもない。

そして、一直線に塞がれているという訳でもなく、互い違いに幾つかの壁が置かれている。明らかに人為的なものだろう。


「……怪しいですね」


「だね。絶対誰か私達を狙ってる。他の道行こ」


 先に来ていたプレイヤー達も足止めを食らっていて、どこかに抜け穴がないかを探している。

軽く立ち止まり、「これは罠じゃないか」とオグロを説得して、さっさと5番パイプの幹線道路を離れる事にした。


 ……何だろう、痛い詠唱が聞こえる気がする。

後々、確実に黒歴史になりそうな……そんな詠唱が。私、それが嫌で魔法職から逃げてきただけあって、そういうのには鋭いんだよね。


「……ねえ、何か聞こえない?「地に宿るは永遠の……」みたいな、痛々しい言葉が聞こえる気がするんだけど」


「アリス、それは本当か!?――皆!広がれ!」


 イグニスさんが突然叫ぶ。私達が慌てて散開した時、私達の真下の地面が爆音を立て、巨大な火柱が上がった。散開できたとはいえども、オプティマス理想協会のメンバーが何人か火柱に巻き込まれてしまった。


「な……何……!?」


 オプティマス所属ではない他にいたプレイヤーも突然の事に驚いている。


「クソっ、敵襲だ!皆――とりあえず広いところへ!」


 くっ、あの時一瞬足を止めたのがいけなかったか。きっとその隙を待っていたのだろう。とはいえ、近くに怪しい挙動のプレイヤーはいない。……付近に乱立してるビルから狙ってきたか。


 適当なビルに目をやると、小さい舌打ちの音と共にプレイヤーがビルの窓から姿を消したのが見える。やっぱりそうか。


「総員臨戦体制!敵の目標は私、メルク、アリス以外の皆殺しだ!」


 こうして、「虹の一端」での戦いは幕を上げたのだった。

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