最終準備
「はぁ……。中々苛烈な素材集めだったね」
「苛烈ってレベルじゃなかったと思うんですけど……」
あれから少し後。超スピードで素材集めを終わらせ、変な奴らに襲われるという事もなく、無事街に帰還する事に成功した。
私達は今、アリアのモニュメントを使ってカルサイトに飛び、イグニスさんのところへ向かっている途中である。
「……ところで、そろそろその“イグニス”というプレイヤーのいる場所じゃないのか?」
おおっと、行き過ぎるところだった。これは尚更パラケルススさんにお礼しないといけない。
イグニスさんはどこに……っと、見つけた見つけた。うん、やっぱりイグニスさんは分かりやすい。
イグニスさんは炉が野ざらしに置いてある場所で、何人かのプレイヤーと一緒に鉱石を精錬していた。
「すいませんイグニスさん、『鉄インゴット』何本できました?」
「ん、アリスか。とりあえず、皆で協力して35本は作ったぞ」
35本……多分、物凄い量なんだろう。
錬金術、なんでか知らないけれど典型例のレシピだと鉄インゴットを滅茶苦茶使うから、本当イグニスさんがいて助かった。
……あれ?イグニスさんの言う皆ってなんだろう?
「皆……とは?」
「あぁ、紹介が遅れたな。このプレイヤー達が手伝ってくれた――私のフレンドだ。……リアルの方だが」
イグニスさんの周りで精錬していた何人かのプレイヤー(全てドワーフ族だった)がイェーイとこちらに向かってピースをしてくる。
その中の一人がこう聞いてきた。
「そっちだとイグニスちゃんどう?悪さしてない?」
それにメルクが反応する。
「いえいえ。本当に助かってます。こうして錬金術のアイテムを量産できるのもイグニスさんのおかげですから」
ママ友同士の会話か。
そうこうしている内にイグニスさんとの交渉が終わり、私はイグニスさんにゴルドを支払った。
市場の価格よりかは安いが、ネットで軽く調べて決めた相場だ。多分標準的な額は払えているだろう。
「ありがとうイグニスさん!あ、鉄鉱石余ってない?」
そういえば鍛冶師だし、いくつか鉱石も持っている筈だ。割と『鉄鉱石』も錬金に使うし、できる事なら採取しないで手に入れておきたい。採取面倒くさいし。
「余っているが……錬金に使うのか?」
「うん。一個何ゴルド?」
「余っている」と言う割に、イグニスさんが持ってきた鉄鉱石の量は結構なものだった。30個程度はある。
これを買おうと思うと、結構な出費になるだろう。また委員長からゴルドをむしり取ろうかなと考えていた矢先、予想外のイグニスさんの言葉が私に飛んできた。
「……これだけ大口かつまともな値段で、鍛冶師のアイテムを買ってくれるプレイヤーはいなかったからな。鉄鉱石は無料にするよ」
「え、いいの!?」
これは僥倖だ。……というか、アイテムをまともに買ってくれるプレイヤーがいないなんて……鍛冶師はどれだけ不遇なんだろう。
今のところ産廃職ランキング5位の常連という事くらいしか分からないけど。
「勿論だ。……あぁそうだ、近い内に自分の工房を開きたいと考えているから、その時は是非常連客になって欲しい」
「分かった!」
――――――
「おぉ、結構いい雰囲気の店じゃん」
「オグロ、それにリーフも。おはよう」
私達はまたアデプトさんのお店に集まっていた。
採取を終えたらしいオグロと委員長も私達が集まり出してすぐ到着して、一気にお店の中が賑やかになる。
ここに呼んだ理由は、ここが一番集まる上で身を隠せるし、錬金術ができる場所でもあるからだ。
オグロと委員長なら、このお店の情報は口外しないだろうという信頼もあるし。
……ほんとアデプトさん、お店を宴会場みたいにしちゃってごめん。当の本人は嬉しそうな顔してるけど。
「じゃ、材料も揃った事だし……錬金開始!」
――――
まさか錬金術をするとMPが減るとは思わなかった。そのせいでローテーションを組んで錬金するハメになったけど、まあそれは別にいい。
とりあえず、最終的に――。
『ラージシルト』×26
『シュポルト』×10
『七色の丸薬』×28
『爆弾』×34
これだけのアイテムを量産する事ができた。うん、これだけあれば多分なんとかなるだろう。
そして、『爆弾』30個の内4つは私考案のオリジナルレシピで、形相が〈鉱石〉だけのものだ。
また、『七色の丸薬』の内8個はメルク考案のオリジナルレシピで、『鉄鉱石』と『夜露草』と『キーレ』2つを使う結構贅沢なものである。
そして、そのオリジナルレシピの『七色の丸薬』は8個とも全て〈薬効〉の形相のものとなっている。
これらはまだ使っていないが、なんとなくどんな効果かは分かる。勿論イベント開始までに一度は試しに使っておくつもりだが。
「ところで、アイテムを量産したのは良いと思うんですが……装備はどうしてるんですか?」
委員長が突然質問してくる。そういえば、装備は店で売っていた安めの杖からまだ変えていない。
そろそろ新調しないといけないかな。
「店売りの杖だけど」
「いえ、武器ではなくて防具の方を聞いているんですが」
「防具……?」
防具ってなんだっけ。
……あ!そういえば完全に忘れてた!
いや、って事は私ずっと初期防具のままでいたって事……?よくレベル上げできたね私……。
「……私も忘れていました」
メルクもですか。
早速新調したいところだけど、現実世界の時間でもうそろそろお風呂に入って寝ないといけない時間だ。装備を整えるのは明日にしよう。
「……色々と常識が抜けてそうですから、準備するアイテムとかは私が考えておきますね」
「ありがとうございます……」
――――
そして日付は変わり、金曜日。学校はもう終わらせた。
私は集合時間(今回集合するのはアリアのモニュメントで、アデプトさんのお店ではない)より少し前に、アデプトさんの店へ来ていた。
勿論買いたいものがあったという事もあるが、少し聞きたい事もあったからだ。
「すいませんアデプトさん、アイテムを買いたいんですが」
「そうか、何にするんだい?」
そうしてウィンドウを表示してくれる。
鉄鉱石を無料で買えた事で浮いたゴルドと、委員長からむしり取った残りのゴルドで私は『回復薬』を買いにきたのだ。
だけど、少し気になるアイテムが私の目に入ってきた。事前の計画を無視するのは良くない癖だと自負しているが、私は刹那的な人間である。別に問題はない。
「すみませんアデプトさん、この『転移石』って何ですか?」
「それかい?それは……使用者の友達のすぐそばにワープする事ができるアイテムだ。あると便利だよ」
何故これを欲しがったかだけど、どこかに転移できるのであれば、イベント中に襲われても容易に逃げられると考えたからだ。
まあ、その値段を見ただけで私、メルク、一緒に参加してくれるならイグニスさんも含むけど……その人数分の数を用意するのは無理と悟ったが。
「欲しいですけど……お高いですね」
「はは、それだけ錬金が難しいアイテムだからね」
結局私は予定通り『回復薬』を3つ買って帰った。
これで私の残金はゼロ。また委員長からお金をむしり取ろう。
そして、どちらかと言えば本題は買い物ではない。
アデプトさんについて、凄く気になる事があったからだ。
……今までここに居た時とか、一人で錬金術をしてた時は普通に訊くのを忘れてました。
「……アデプトさんってどうしてそんなに錬金術ができるんですか?シエルさんから聞いたんですけど、錬金術は歴史の海から見つかったばかりで、出来る人なんて誰もいないって――」
「…………一つだけ、言っておこうか。『錬金術を極めた者は、時をも越えられる』、と」
――――
「これで装備は揃いましたか?」
委員長が最終チェックをする。
市場機能や店売りの良さげな装備を買いあさった事で、無事私とメルクは頭・胴・足・腰・腕・アクセサリの全ての装備を購入する事ができた。
「そうです、見た目装備という欄がありますから、そこに装備する事で見た目がアレでも問題なく装備できますよ」
それを聞いたメルクが、フルフェイスのヘルメットのようなものからいつもの魔法帽へ即刻装備を変更した。……というかメルク、顔は意地でも見せたくないのか。
「とはいえ、ある程度装備を整えても焼け石に水な感じは否めませんがね……なるべく攻撃には当たらないよう努めてください」
「了解です」
私はまだしも、メルクは機動力を確保するために軽装の装備を付けている。その分耐久も低い。というかメルクは耐久1だし。
「あぁ、忘れずにステータス振りとスキルを取っておいてください。では解散!」
委員長はどこかへ去っていった。
そういえば、スキルポイントもステータス振り分けポイントの存在も忘れていた。
いけないいけない、振っておかないと。
名前:アリス
性別:女
種族:人間
職業:錬金術師
職業ボーナス▽
《錬金術》思考補正+10%
《錬金術》効率+5%
MP+100
ステータス▽
HP:100
MP:750
筋力:1
耐久:6
魔力:12
知力:34
精神:3
器用:5
敏捷:5
久々にステータスを見ると、職業ボーナスが増えていた。一体職業ボーナスが何をする事で増えるか分からないけれど、まあ増えるなら良いでしょ。
そして、ステータスは知力と耐久に振った。
耐久1?いや、そんなマゾプレイ私はやらないんで……。
スキル▽
《錬金術》5/? ▽
【大いなる叡智】1/1
【一元論】3/3
《鑑定》5/5 ▽
【植物学】1/3
【生物学】1/3
【鉱物学】1/3
《魔術》 1/?▽
《風魔法》1/?▽
【ウィンドカッター】3/5
《水魔法》0/?
《土魔法》0/?
《火魔法》1/?▽
【ファイア】3/5
そして次はスキルだ。6ポイントあったので、とりあえず【ウィンドカッター】と【ファイアボール】に2ポイント、そして【一元論】に2ポイント振って【一元論】のレベルをマックスにした。
多分まともなプレイヤーがこのスキル振りをみたら、イベントが近いのに戦闘用のスキルじゃない錬金術スキルに振るなって怒られそうな感じもする。
だけど、そもそも私は錬金術一筋だ。あまり錬金術の関係ないスキルにポイントを振りたくない、という気持ちが少なからずある。
「メルクもどう?」
「完璧です」
メルクが気合の入っている返事を返してくれた。よし、これで最終準備は完了。後は軽くオリジナルレシピで錬金したアイテムを試してみて、それだけすれば後はイベントを待つだけだ!
――――
昨日の金曜日の内にオリジナルレシピのアイテムは試した。
どんなものなのかは多分、本番で見せる事になるだろう。
「それにしても……またこの三人で探索する事になるとは思いませんでした」
「確かにそうだな」
「そうだね」
そう言って笑い合う。現在時刻は現実で午前6時55分。私は今、私とメルクとイグニスさんの三人パーティで運営が予告した“イベント開始地点”とやらに集まっていた。そして、そこはある程度広い広場だったのだが――見事に人で埋まっている。常時満員電車みたいな感じだ。
どうしてイグニスさんがパーティにいるかだけど、イグニスさんはNHOをやっているリアルのフレンド達が皆どこかのギルドに所属していたために、フレンド全員がギルドのイベント探索に引っ張られていったからだと言っていた。
そして、何故オグロと委員長はパーティにいないかだけど、これも同じような理由だ。委員長は「ホロスコープ」で探索に行くと言っていて、オグロはそもそもギルドマスターだ。
同行は厳しいみたいだったけど、二人とも「何かあったら絶対協力する」と言ってくれた。本当にありがたい。
……っと、この場所の雰囲気が何か変わり始めた。
そろそろか。
そう気構えたとき、私――いや、この場にいる全員に待ち望んでいた通知が訪れた。
〈これよりイベント「夏の海底探査」を開催します〉




