量産
「『湖水』頂戴!」
「まだ採取中です!」
採取ポイントを刈り尽くす勢いで採取ポイントを漁る。
『湖水』は結構な量が手に入るが、問題はそろそろ『黒曜石』が底をつきそうな事だ。
「カルサイト行くよ!」
「嘘でしょ!?まだ『キーレ』の採取終わってないけど!?」
疲れがたまってきたからか、だんだんと声を張り上げる強さが大きくなってくる。
【一陣の風】を使って《原初の平原》を駆け回っているメルクには聞こえているだろうか。……いや、そんな事を気にしている時間はない。――っと、ボイスチャットが私に掛かってきた。
『こちらイグニス!鉄インゴットの準備完了した!』
『ありがと!すぐ取りにいく!』
えーっと、イグニスさんの所に寄って鉄インゴットを買ってカルサイトに……あぁ、先もっと湖水を取っておかないと。
「時間がなぁい!」
……どうしてこうなったかは、少し時間を遡る。
――――――
「よし、やっとNHOにインできる……!」
午後六時。木曜日の学校が終わり、私はウキウキ気分でNHOにインした。
イベント開始まで後二日――いや、運営は多分朝イチにイベントを開催するなんて阿呆みたいな事はしないだろう。実質三日くらいは猶予がある。
とりあえず今日はどうするべきだろうか。やっぱり、もっと錬金術のアイテムを量産しておくべきだろうか……?
そんな風に考えながら私はNHOの世界へダイブした。
『アリス!運営がイベントの開始時刻を公表したんですが――』
またイン直後にボイスチャットが飛んできた。相手は委員長だ。
どうやら声を聞く限りでは相当焦っている様だけど、イベントの開始時刻に何か問題でもあったのだろうか。もしかして深夜開始とか?
『土曜日の朝の七時開始です!もう時間がありません!』
……マジですか。
えーっと、私は午後6時に帰ってきて、10時には寝たいから……夕食とかお風呂とかの時間を考慮すると……イベントが始まるまでに準備可能な時間、6時間もない……!?
『どうします?開催期間の一週間の間ならイベントはいつでも参加できますし……参加を遅らせますか?』
『……いや、私は楽しそうな事に乗り遅れるなんて我慢できない。なんとかイベント開始までに準備を整える』
こう豪語したのには理由がある。勿論乗り遅れるのは嫌、というのも理由の一つだけど――平日にイベントが重なっているのだ。家族の誕生日で一緒に食事しないといけないとか。
つまり、もし休日の間にイベントに参加できなかった場合――私がイベントに参加できるのは平日の内二日くらいと、イベント最終日しかないのだ。
要するに、まともにイベントで遊べない。
『ごめん委員長、素材集めお願いするかも』
『了解しました。何か入用の際はいつでも』
私は委員長とのボイスチャットを切る。
金曜日はイベントへの最終準備に充てたいから、今日の木曜日の内にそれ以外の事は済ませておかないといけないだろう。
……人脈、フル活用するか。
――――
『ごめんシエルさん、今から錬金棟に集まっていいですか!?』
『んー、今ちょっとチュートリアル中の子がいるからね……終わったら行くよ、どこ集合する?』
『なら……えっと、アデプトさんのお店で!』
――。
『メルク!』
『了解です!錬金棟でいいですか!?』
『あ!錬金棟はダメ!と、とりあえずアデプトさんのお店に!』
――。
『イグニスさん!鉄インゴット、大量に用意してもらってもいいですか!?』
『分かった。何本だ?』
――。
『オグロ!委員長!素材集めお願いしていい!?』
『OK、何採ってくればいい?……あ、でも報酬は貰うぞ』
『早速ね、了解』
『後で必要な物リスト送る!』
……ふぅ。これで、頼れる人達全員に色々頼めた筈だ。
今日に動ける時間は大体3時間。その時間で、メルクが進めていた「水」のアイテム、シエルが進めているらしい「空気」のアイテム、そして私の調べた「火」のアイテムについての情報を共有し、十分に戦える程度にアイテムを錬金せねばいけない。
「アデプトさん、お邪魔します!」
「おや、また来たんだね。何か入用かい?」
「いえ、ちょっと集合場所に使おうかと思って……」
ごめんアデプトさん。錬金棟が使えなさそうだったからこうなっちゃったの。
ホント、後で色々買うから……出入り禁止にはしないで欲しいな。
「あぁ、そんな事かい?別に気にしないよ、錬金術について議論してくれるならね」
やっぱりアデプトさん優しい……聖人すぎるでしょ。
そう感動している私を尻目に、アデプトさんはよく分からない器具を拭きながらこう続けた。
「真面目に真理を探求する錬金術師は少なくなってきたからね。君達のような子は大歓迎だ」
――――
「おはようございます!」
アデプトさんのお店で、商店なのに何故かあったテーブルで待ち始めてから数分。お店のドアがバンと力強く開けられた。
このドアの開け方――間違いない、メルクだ。
「おはよ、メルク。早速だけど、「水」の項目どう?」
「中々進みましたよ」
ニヤリと笑うメルク。うーん、頼りになるね、やっぱり。
早速メルクは私が座っているテーブルの隣に座り、『ヘルメスの書』を開く。早速覗き込んでみると、そこには――。
「なにこれ?」
……文字が、意味の分からない形になってる。
多分錬金に関するページなんだろうという事は分かるけれど、文字が読めなければ意味が分からない。私の『ヘルメスの書』は普通に読めたから、バグではないだろう。
その事をメルクに伝えると、こんな答えが返ってきた。
「……もしかして、これ……人のものを盗み見る事への対策でこうなっているんでしょうか」
なるほど、確かにそれならありえる。
……というか、盗み見れるなら錬金術がいかにして盗み見るかの別ゲーになるもんね。
「分かりました。では、アイテムの軽い説明とレシピだけここに記しますね」
そう言ってメルクが取り出したのは、お馴染みのメモ帳と羽ペンだ。
いつでも携帯しているとは流石。早速走り出したメルクの羽ペンの跡を読もうとしていた所、店のドアがまた開けられた。
「おっはよー!」
声の主はシエルさんだ。
……というか、なんかシエルさんが凄いぐったりして生気のない顔してる人、雑に抱き抱えてるんだけど。
「あ、ついでにパラケルススちゃん連れてきちゃった」
……いや、ついでで連れてきていい人ではないでしょ。
この人、錬金棟のリーダーだよね?
「パラケルススちゃん、「あの二人のため、長期探索に向けてのアイテムのレシピをメモに記しておいた。渡しておいてくれ」って言って私にメモ渡してきたからね。そんなこっそり支援するくらいだったら直接会った方がいいって!」
「……全く。会う必要がどこにある?レシピを教えるだけで十分だろう」
あ、パラケルススさん、そんな事言ってるけど……割と満更でもなさげな顔してる。
きっと、この人も根は優しい人なんだろう。
「この子、今まで崇拝の対象としてでしか見られてなかったからね~。内心は対等な友達が一杯欲しいって思ってるから、仲良くしてあげてね?」
「それを言うな」
パラケルススさんがシエルさんの口を無理やり塞ぐ。
……なるほど。パラケルススさんのキャラがなんとなく分かってきたぞ。うん、どうやら今まで通りちょくちょく錬金棟に遊びに行っても問題ないようだ。
「もちろん私も友達一杯欲しいよ?……あ、そうだ。私の事、今日から呼び捨てで呼んでもらって構わないから。友達の印、って事で」
そう言って、突然シエルさんが両手を私達に差し伸べてくる。
一拍遅れてその意図を掴んだ私とメルクはおずおずと握手をした。
「わ、分かった。……シエル、よろしく」
「おうともさ!……ほら、パラケルススも握手握手」
シエルが近くで傍観していたパラケルススの腕を掴んでこちらへ持ってきた。
その腕は滅茶苦茶こわばっていて、こういった事に慣れていないだろうと容易に推測できる。
「……いや、私は――」
パラケルススさんの腕に血管が浮かび上がる。シエルさんの握った手から本気で逃げようとしているようだったが、悲しい事に微動だにしていなかった。
……パラケルススさん、もしかしてめっちゃ力弱い?
「いいからいいから。シエルアイじゃ二人共優しいって出てるよ?……大丈夫。友達は怖いものじゃない」
「…………」
シエルがパラケルススさんの腕を握っている手を離す。
パラケルススさんは一瞬手を引いたが、少し時間を置いてまたおずおずと手を差し出してきた。
私はその手を握る。
「まだ、パラケルススさんについては良く知らない所も多いけど……」
その上からメルクが私とパラケルススさんの握っている手を握った。
「同じ錬金術師なんです。仲良くしましょう!」
「……ああ。不束者だが、よろしく頼む」
更に、その上からシエルさんが両手で私達の握った手を包む。
「はーい!これで皆“友達”ね!」
――――
そして会議が始まった。まず最初にパラケルススさんが口を開く。
……パラケルススさんはどんなアイテムを紹介してくれるんだろうか。気になる。
「私は全性質を均等に進めている。君達には「土」の性質を研究する人間が足りていないようだからな。私は少しだけ「土」のアイテムについて紹介させてもらうぞ」
「ありがとうございます!」
私とメルクの声がシンクロする。
なるほど、「土」の性質を研究する人間がいないから、その代わりになるという事か。
パラケルススさんは本当に底が見えない……というより、どれだけ錬金術について知っているか分からない。だけど、こうして協力してくれるのはとてもありがたい事だ。僥倖である。
「私から説明するアイテムは一つ、『グロースシルト』だ」
パラケルススさんはそう言い、板チョコ一枚程度の大きさの板を取り出してきた。色も板チョコっぽい。(表か裏か分からないが)片方の面の中央部に、指を引っ掛ける為のリングがついている。
「「[このアイテム]、展開しろ」と念じる事で巨大な盾になるアイテムだ」
「それは中々……どうなんでしょう、若干不便な気もしますが」
「“軽い”形相を持たせないと展開した後、悲惨な事になるから注意しろ」
……なんとも実際にやった事があるかのような物言いだ。いや、パラケルススさんがそんな事する訳ないか。
――っと、次はシエルが発表する番だ。心して聞かねば。
シエルは椅子(勿論メルクが取り出した)を勢いよく引き、作ったアイテムを私達に見せびらかす。
「私が説明するのはこれ!『シュポルト』!」
それの見た目は……何だろうこれ。燃えてる水晶玉って言ったらいいんだろうか。
水晶玉の中に炎が映し出されている、そんな感じのアイテムだ。一体これはどんなアイテムなんだろう。
「これは「[対象のアイテム]、舞え」って念じると玉から出た炎が辺り一面にブワって広がるアイテムさ!」
「きょ、凶悪ですね……」
「錬金には苦労したよー。錬金方法探るだけで物凄い時間かかっちゃったからねー。あ、そこまでダメージになるって訳じゃないからよろしく」
どういう原理でそんな事になってるんだろう。訳が分からない。というか「空気」の要素が全然ないんじゃ……?
……おっと、次はメルクの番だ。バッチリ聞いておかないと。
「私の研究したアイテムは『七色の丸薬』です。多分、形相によって様々な効果やバフをもたらす物だと思います」
ふむ、これは特に変な見た目はしていない。至って普通の黒っぽい丸薬だ。
「これの必須条件は……多分、〈食用〉の形相を付ける事だと思われます」
まあそりゃあ付けなかったら食べることできないしね。
どんな材料を使うかは想像できないけれど、
「そして、〈岩石〉の形相を付ければ防御にバフが、〈植物〉の形相を付ければHPが長期的に持続回復します」
なるほど、それは確かに便利そうだ。
……いや、待てよ?ちょっといいこと思いついちゃったかも。
「ちょっと質問いい?それって、形相は二つ以上付ける事ってできないの?」
「できますが、その場合効果がランダムになります……」
残念そうな顔でメルクは言う。二つ形相を載せれば二つ効果が!っていう事を期待していたけれど、どちらの効果が出るかランダムになるというのはダメだ。
肝心な場面に何の効果が起こるか分からないというのは非常に厳しい。
都合よくいかない現実に参っている場合ではない。次発表するのは私だ。
「私は――」
――――――
「これがレシピの一覧ですね。……時間、間に合いますか?」
メルクがどこからか取り出した謎の板に貼り付けた紙には、それぞれに必要なアイテムと条件が書かれていた。その一覧はこうだ。
『グロースシルト』▽
『鉄鉱石』・『黒曜石』+『鉄インゴット』
軽そうな形相を付けること。
『シュポルト』▽
『炎』・『ガラス瓶』+『銅インゴット』
調合は私に任せてね!
『七色の丸薬』▽
『キーレ』・『鉄鉱石』
アレンジ可ですが〈食用〉を付けること。
『爆弾』▽
『湖水』・『黒曜石』+『鉄インゴット』
アレンジレシピ、結構あります。
……こうして並べると中々壮観である。
とはいえ、今日インできる時間は後もう2時間しかない。急いで錬金作業を始めないと……。
というかこれ、間に合う?
「アリスさん。たとえ絶望的であろうと、できる事はするべきです。急ぎましょう」
――――
――そして、現在に至るのであった。
『グロースシルト』{冷-10:10-乾}▽
典型例 ▽
『鉄鉱石』{4:5}・『黒曜石』{16:15}+『鉄インゴット』=『グロースシルト』
生成物 ▽
『グロースシルト』〈鉱石〉[〈岩石〉〈鉱石〉]
『シュポルト』{熱-10:5-湿}▽
典型例▽
『炎』{10:1}・『ガラス』{10:9}+『銅インゴット』=『シュポルト』
生成物 ▽
『シュポルト』〈ガラス〉[〈熱〉]
『七色の丸薬』{冷-10:5-湿}▽
典型例 ▽
『キーレ』{16:5}・『鉄鉱石』{4:5}=『七色の丸薬』
生成物 ▽
『七色の丸薬』〈食用〉〈岩石〉
どうして比率が同じなのに調合結果が違うのかは後々……。




