爆弾
「寝すぎた……」
現在時刻は11時。勿論現実の時刻だ。
やばい。NHOの時間だと既に二日経ってる。くっ、一日8時間制はいいシステムだと思うけど……時間の経過が早いのが中々きつい。
今日も今日とて錬金生活を満喫しようと思ったけど、学校から私宛に来たメールがそれを邪魔する。「2時から数学の補習を行います」との内容だった。……そういえば、前のテストで赤点スレスレを取っていた気がする。それのせいだろうか……。
悲しいことに、今日NHOができる時間はあまりないだろう。
まあいいや。そんな事を考えていたら、それだけ錬金する時間が消える。少しだけメルクがいないかなーって思ったけれど、残念なことにオフラインだった。まあ仕方ないだろう。
……あ、これメルクが朝にインして素材受け取ってたら私メルクがインするまで錬金術できないじゃん。
お願い!受け取ってないでいて――!
ログインした時は、勿論ログアウトした場所からの再開となる。そのためまず最初に視界に飛び込んできたのは、机に積まれた沢山の素材だった。
良かった。これで錬金術ができる。
「やあアリスちゃん、こんにちは。素材は置いておいたよ」
「ありがとうございます!早速代金支払いますね!」
何故前にこの店に来たときは何も買えないほどの金欠だったのに、素材集めの代金は払えるかだけど――答えは簡単である。委員長に『迷妄機関』の情報を話す(もちろんメルクとイグニスから許可は取った)代わりにゴルドを貰ったのだ。
当然、話すといっても行き方を丸々話した訳ではない。どのエリアにあるか程度しか私は話していないので、後三、四回はこの情報で委員長からゴルドをむしり取れるだろう。
早速錬金をしに錬金棟へ向かおうと思ったけれど、よく考えたらわざわざ錬金棟へ行く意味がない事に今気づいた。錬金釜は持ってるし、それにあそこで錬金すると尾行してくるプレイヤーもろとも他のプレイヤーを人払いするために、普通に迷惑だ。
「すみません、この辺りで人が来なさそうな、それでかつ錬金釜を開けられる場所ってありませんか?」
困ったのでアデプトさんに質問してみた。アデプトさん、なんとも底知れない感じがあるし……きっといい答えをもたらしてくれる、そんな気がしたのだ。
「錬金をするのかい?――なら、こちらへ来なさい」
私はアデプトさんに連れられて、カウンターからこのお店の奥へと入った。そこには、魔法陣の中央に錬金釜が鎮座している小部屋があった。
その周りには本棚や小さい椅子とテーブルなどがあり、きっとここでアデプトさんが作業をしているんだろうという事が分かる。
「ここで錬金作業をしなさい。ここならどこにも迷惑がかからない」
そう言ってアデプトさんは部屋から出て行った。ありがとうアデプトさん、早速錬金させてもらう。
折角なのでシエルさんを呼ぼうかとも考えたのだが、あの人は錬金棟の副リーダーだ。今まで一緒に色々してきたが、本来ならばそうポンポン呼んでいいような人間ではない。そのため、今回の錬金活動は一人で行う事にした。
という訳で錬金開始だ。……と、その前に。『爆弾』を作るためには『鉄インゴット』が必要なんだった。だけど大丈夫。『鉄インゴット』にはアテがある。そのアテとは……イグニスさんだ。
「……しまった。今日平日じゃん……」
やってしまった。今日って私とか委員長は学校が振替休日だから休みになっているけど、それ以外の一般人にとっては普通に平日だ。
当然イグニスさんはオフラインだった。
……。
「いやぁ、市場があって良かったよ……」
そう独り言を呟く。インゴット系統のアイテムは、昨日使えなかった“市場”において結構売られているアイテムだったらしい。そういえばそんな事誰か言ってた気もしなくもない。
ちなみに、市場で買ったアイテムはすぐさま自分のインベントリに届くという便利仕様だ。快適でとても遊びやすい。……ちょっと高かったけど。
よし、気を取り直して錬金を始めよう。
……っと、その前にもう一度『爆弾』のページを見ておくことにする。何か見落としたものがあるかもしれないし。
――
『爆弾』▽
爆弾とは{熱-10:10-乾}の爆発物です。
ですがそれは、通常の“爆弾”ではありません。
『火薬』による爆発ではなく、 による爆発を行います。
その為、爆発時に生じる温寒を操る事も可能です。
注意点は
なので、「賢者の記憶Ⅳ」を解放していない場合は何もしないでください。
――
……!『爆弾』の結合比率が書かれてる!
ここ、多分前に読んだときは読めない部分だったはず。なるほど、読めない部分が読めるようになっても特に通知とかはないのか。
とりあえず、材料である『湖水』と『黒曜石』、それと『鉄インゴット』の比率も調べてみる。
まず『湖水』と『鉄インゴット』の鑑定結果はこうだ。
『湖水』▽
〈水〉
{冷-4:5-湿}
これといった特徴もない湖の水。
一応飲むことは可能だが、それによって何かがあるというわけでもない。
だが、何でも良いから水が欲しい、そんな時にはきっと重宝するだろう。
服用効果▽
なし
『鉄インゴット』▽
〈鉄〉〈インゴット〉
{冷-5:5-乾}
『鉄鉱石』の延べ棒。
基本的に鍛冶師に使われ、武器・防具・アクセサリ等様々な物に加工できる。
また鍛冶以外においても、様々な職業において重要である。
装備作成ボーナス ▽
攻撃力上昇
耐久力上昇
そして、黒曜石の結合比率は{冷-16:15-乾}だ。
ここで、一度パラケルススさんが言っていた事を振り返ってみよう。
「釜の中にある性質全てと第一質料は均等に結合する。仮に、二つアイテムを入れて30:30になった釜からアイテムを引き上げれば、一つの第一質料につき15:15の比率で結合したアイテムが二つできる」
「もし三つアイテムを入れて30:30になった釜からアイテムを引き上げれば、一つの第一質料につき10:10の比率で結合したアイテムが三つできる」
……長い!
まあいいや。ええと、まず『黒曜石』を錬金した時のレシピでこれについて考えてみる。
『黒曜石』の材料の比率は蒸留水が{15:12}、伝導石が{21:26}、石炭が{12:7}だ。
よって『黒曜石』の錬金で使ったアイテムは三つ。釜から上げる時、全ての性質と均等に結合するんだから――つまり、足し合わせた合計の比率から使ったアイテムの個数で割ればいい。
だから、『黒曜石』を作るときは合計で比率が{48:45}、三つアイテムを使ったから3で割って比率が{16:15}になればいい訳だ。
だから、とりあえず今回の『爆弾』の錬金でも同じように考えて問題ないだろう。
湖水は{4:5}、黒曜石は{16:15}、鉄インゴットは{5:5}だ。
全て足し合わせると{25:25}、三つアイテムを使ったから3で割ると……あれ?割り切れない。
『湖水』と『黒曜石』だけを合わせるなら、二つのアイテムを使って20:20だから、2で割って10:10、『爆弾』と同じ比率になるけど……。
……ちょっと待って。レシピの部分読み返して気づいたけど、何か変な書かれ方してない?
――――
レシピ ▽
必要条件 ▽
を 使用する
典型例 ▽
『黒曜石』・『湖水』+『鉄インゴット』 = 『爆弾』
手順 ▽
『湖水』→『鉄インゴット』→『黒曜石』と投入する。
その後加熱し、強くかき混ぜる。
生成物 ▽
『爆弾』
〈水〉[〈ガラス〉〈鉱石〉]
――――
やっぱりそうだ。典型例の部分、“・”の記号と“+”の記号で別々に使われている。
最初見た時は形相の妙な記号に気を取られて気付かなかったけれど、明らかに怪しすぎる。
だけど……その違いが分からない。もしかしたら、『鉄インゴット』は比率を合わせるためではない用途として使われるんじゃないだろうか。
となればきっと――『鉄インゴット』が妙な形相の表記方法に関わってくるんだろう。多分。というかこれ以外に怪しい部分ないし。
……だけど、ここから先はやってみないと分からない。
よし、早速錬金開始と洒落こもう。
釜の中に『湖水』を入れて強く混ぜつつ、『鉄インゴット』と『黒曜石』を投入する。そして釜の火力を上げて、しばらくすると【錬金術】スキルが完成を知らせてきた。すぐに爆弾と聞いて誰もが思い浮かべる、丸くて上部に導火線の付いた形を三つイメージして上げ鋏で引き上げる。
……あれ?引き上げた爆弾、二つしかない。
やっぱり『鉄インゴット』は比率合わせ以外の何かとして役立っているんだろうか。
〈制作した『爆弾』に名前を付けますか?〉
そう考えている時にそんな通知が突然現れた。びっくりした……。危ない、誤って折角の爆弾を釜に落とすところだった……。
うーん、だけど名前を付けるってどういう事なんだろう……?
ま、いいや。適当に『ボム』って名前にでもしておこう。
名前を入力してOKボタンを押すと、またも新しく通知が現れた。
〈課題「『爆弾を一つ作成する」を達成しました〉
〈ヘルメスの書の項目が3つ解放されました〉
そういえばそんな課題もあった。ヘルメスの書も気になるけれど、そっちを見ていくと、今必要な武力を求めるところからどんどん道を外していく気がするからパスだ。
まずは『爆弾』の方を確かめよう。
完成したそれを持ってみると、なんとも不思議な感触がする。水が溜まっているような……そんな重みを感じるけれど、手触りは硬く、ツルツルとしている。
形相にある要素が全部混ざったからだろうか。
誤って爆発させないように(多分そんな事はないと思うのだろうけれど)、丁寧に持って《鑑定》をする。
『ボム』(爆弾)▽
作成者:アリス
〈水〉[〈ガラス〉〈鉱石〉]
{熱-10:10-乾}
「[対象のアイテム]、爆発しろ」と念じる事で爆発する。
装備作成ボーナス ▽
攻撃力上昇
耐久力減少
《鑑定》レベルマックスなのに、この短さは一体……。
しかも、なんで装備作成ボーナスがついているんだろう。
これ爆弾だよね?装備に使うの?
「……よく分からないので実験タイムを始めます!」
…………。
返事してくれる人がいないっていうの、結構寂しい。
まあまあ。とりあえず考察を始めよう。
このアイテムを作る過程で一番怪しいのは、どう考えても『鉄インゴット』だ。
私が睨んだ所では、レシピの必要条件の「 を 使用する」という部分は「“『鉄インゴット』”を“錬金に”使用する」、という文になるはずだ。
という訳で『鉄インゴット』を抜いて錬金を行ってみる。
イメージするのは前回と同じく、黒く丸くて上部に太い導火線のある、誰もが思い浮かべるアレだ。
「あ、あれ……?できちゃった……?」
上げ鋏には想像していた通りのアイテムが挟まれていた。おかしい。私の想像だと失敗するはずなのに。
〈名前を設定してください 〉
あ、すいません。
と、とりあえず名前は……「鉄インゴット抜き」でいいか。
《鑑定》を使用してみたところ、妙なところで先ほどのものと違いが生まれていた。
『鉄インゴット抜き』(爆弾)▽
作成者:アリス
〈水〉〈ガラス〉〈鉱石〉
{熱-10:10-乾}
「[対象のアイテム]、爆発しろ」と念じる事で爆発する。
装備作成ボーナス ▽
攻撃力上昇
耐久力減少
形相のところを囲っていた謎の[]がなくなっている。しかし、触ってみた感触は前回のそれと全く同じだ。一体何が変わったのだろうか。
……とりあえず、ちょっともったいないけど一回使ってみるか。
私は錬金釜をしまい、そそくさとアリアにあるとある施設のもとへ向かった。
どうして爆弾に装備作成ボーナスが着いたかは調べない。これ以上謎を深堀りしすぎると流石に頭がパンクする。
――――――
今日は運の良い事に、面倒なものに絡まれなかった。
しっかりとセクシャルガードは設定しておいたから、別に絡まれたところで問題はなかったけれど。
さて、私が向かっていたのはどの街にでもある『練兵場』という施設だ。
ここでは、広場に置かれている動いたり動かなかったりするかかしを相手に腕試しができる場所だ。
どうしてわざわざここへ来たかだが、ここはなんとオフラインモードとオンラインモードを切り替えられる――つまり誰かに見られる心配がないのだ。
そのため、安心して新武器や新スキル、新戦術を試せると(主にPVPを行うプレイヤーに)人気なのである。
イベントが始まるまでに『爆弾』の事がバレ、対策をされてはたまらない。そのために私はここに来たのだ。
……まあ、ここに来るという事だけで、何か新しい技を持っているとはバレるのだけど。
オフラインモードで入場した広場は、その広さの割に静まり返っていてなんとも不気味だった。回りに草とかかししかないの、普通に怖い。
……っと、怖がっている場合じゃない。
早速動かないカカシに向かって鉄インゴット抜きではない方を投げてみる。
私は水切り地方大会優勝の経験を持つ人物だ。丁度目的の近くに落ちるように投げる事も楽々である。
完璧なフォームで投げられた『爆弾』はかかしの足元に落下する。落下した瞬間、「ボムよ、爆ぜろ」と念じてみた所、それは床に落として割れた水風船の様に、周囲に水を撒き散らした。
その撒き散らされた水はかかしに刺さり、かかしのHPは一気に減る。更に、かかしが「出血」の状態異常になったのも分かった(練兵場ではかかしがどんな状態異常にかかっているかというのも分かる)。
多分、その威力は前に戦った蠍のHPを一発で7割は減らせる程度はあるだろう。その想像以上のダメージに私はにんまりとする。
「こ、これは……中々凄いね……」
とりあえず鉄インゴット抜きの方も投げてみなくては。
私は別のかかしに向かってそれを投げつけた。
先ほどと同様に「鉄インゴット抜きよ、爆ぜろ」と念じた所、それは全く同じように水を散布させた。――こちらは大量の塵のようなものをバラ撒いているが。
そして、驚いた事にかかしのHPは全く減らなかった。辛うじてかかしが「濡れ」の状態異常になった事程度だ。
……ううん?意味が分からない。『鉄インゴット』を入れるのと入れないのとで何がこんなに変わるんだろう。
……。
…………。
よし、最近は考えすぎて疲れてきたし、今回はもうこれ以上考えるのはパス!
これから先変なのが出てきても、とりあえず“典型例”に従う!
……っと、そろそろ時間が昼食の時間だ。一旦落ちるか。
一度インするのに15円使っちゃうし、できる事なら落ちたくないんだけれど……。ダメだ、空腹には勝てない。諦めて落ちよう。
もしかして、この空腹を感じるのもこのゲームが夢だからなのかな……。面倒な方法でVR化しおって……。
――――――
バイザーを外し、触感マントを脱ぐ。
……この触感マント、何の為に存在してるんだろう。「夢をコントロールしやすくするため」なんて開発者は言っていたらしいけど、こんな毎日摂氏40度を越える環境で羽織るのは、たとえ空調を効かせていたとしても中々厳しい。
せめて薄型のものが欲しかった……!
朝の間に親に作ってもらっていた料理をレンジで温めている間、私は錬金術師について考えていた。
産廃職業で戦う為にはどうすればいいんだろうか、とか本当に『爆弾』みたいなアイテムだけで戦えるのか、とか。
そしていくらか錬金術について考えていたおかげで、私は重大な事に気づく事ができた。
「……パラケルススさんから貰った本の事、完全に忘れてた」




