表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/76

要注意ギルド

 私は無言で委員長とメルクの手を握った。二人とも、しっかりと手を握り返してくれた。

声の主はじりじりと距離を詰めてくる。後ろは湖、仮に泳いで逃げたとしてもこの状況が好転する訳ではないだろう。

どうやって逃げようか考えている時、委員長が耳打ちをしてきた。


「あれは――確か、要注意ギルドの一つ、「看板団」です」


「どうして分かったの?というか要注意ギルドって何?」


「晒しスレのテンプレにいるので」


「なるほど」


 そう軽く言葉を交わすと、私達は臨戦態勢を取る。

だが、声の主の男はそれに対して身動ぎすらせず――。


「なに、戦うのか?嫌だな、俺達は弱いものいじめなんてしたくない。……迷妄機関ビジョン・ダヴァーニの情報さえ教えてくれればな」


 ……典型的なチンピラだ!

しかし、私達を弱いもの扱いとか……中々肝が据わってるじゃいか。いや、委員長以外弱いっちゃあ弱いのは事実なんだけど。


「誰がよわ――!」


 “弱い”という単語にキレようとしたメルクの口を委員長が塞いだ。

「PK常習者は相手のレベルが見えません、あれはただのカマかけです」そんな声が少しだけ聞こえた。看板団にそれが聞こえたかどうかは分からなかったが、私の位置でギリギリ聞こえるのだから「看板団」の団員には聞こえていないだろう。


 だが、委員長の対応は少し遅かったと言える。

まあ「よわ」という部分だけ聞こえれば誰だって“弱い”って言おうとしてるってわかるよね……。


「やっぱり初心者だったか。それで、そこのお前は?」


「私は通りすがりの護衛ですよ」


 そう弓を相手に向けて引きながら言い放つ委員長。か、かっこいい!

頑張って委員長!私絶対殺されちゃうから!


「じゃあこいつは××しとくか」


 NHOに標準設定されているNGワード機能で勝手に言葉に規制がかかったけれど、相手の言いたい事はなんとなく分かる。そうか、相手からしたら委員長がいてもいなくても同じなのか。くっ……唯一この中で“まとも”な戦力なのに。


「やれ」


 その一言を皮切りに、一斉に委員長に矢や魔法が放たれる。だが、委員長は一言何かを唱えると、一瞬で遠方へと移動し、その集中砲火から逃げおおせた。


「ちっ……、10時の方向だ!追いかけろ!」


 それを聞いた「看板団」のメンバーらしき人が20人ほど纏まって委員長を追いかけていく。

これで私達の包囲網は10人程度となり、容易に抜ける事ができそうなものとなった。早速委員長の援護に向かおうとしたけれど――。


「……っ。走れない……!?」


「逃げようとしても無駄だ。お前らに〈スピードフォール〉と〈麻痺〉の状態異常を掛けさせてもらった」


 ステータスを見ると、敏捷の欄が5あったのがなんと1にまで落ちていた。どういう事なの……?

確かに、〈スピードフォール〉と〈麻痺〉の状態異常は敏捷を低下させるものだ。だけど、それだけでどうして敏捷を最低値にまで落とせるのかが分からない。固定値で減少するんだろうか……?


「状態異常は一つしか掛けられないはず。仮に〈麻痺〉もかかっているとしても、どうしてこんなに動きを低下させられるんですか……?」


「デバフポーションの効果とデバフの効果は重ねがけできるからさ。ステータス画面よく見てみろよ」


 言われた通り見てみると、ステータス画面には状態異常の欄に〈スピードフォールⅣ〉と〈スピードフォールⅡ〉、〈麻痺Ⅱ〉〈麻痺Ⅰ〉の、四つの状態異常が表示されていた。

……いや、その効果重複ってバグじゃないの?運営早く直して……。


「と、いう訳だ。じゃ、教えてもらおうか」


「嫌と言ったら?」


「こうする」


 「看板団」のリーダーらしき人物が指パッチンをする。すると、後ろに控えていた魔術師の様なプレイヤーから何発か水の魔法を浴びせられる。


「その減り……耐久1かよ、面倒くせぇな」


「…………」


「まぁいい。こいつを何分かおきに浴びてもらう。拷問でもこんなのあったんだぜ?そうとう堪えるぞ」


 そう言って看板団は仲間たちと下品に笑った。

いいだろう、そっちがその気なら私にだって――。

……うん、何もできない。この非力を呪いたい……。


 これは本当に困った事になったぞ。流石にこんな輩に口を割るのは死んでも嫌だったが、このままでは口を割らないと街に帰してもらえなさそうだ。

どうすればいいか悩んでいると、私は自分宛のダイレクトメッセージが来ている事に気づいた。


 差出人は委員長だ。私は看板団の団員にそれがバレないようにウィンドウを操作する。

……あぁそうか、多分ダイレクトメッセージを送れるという事はそういう事か。ごめん、委員長。


『後五人でしたがやられてしまいました。ごめんなさい、アリス』


『大丈夫。……というかそれでも十分凄くない?

それで、何か用?』


『その包囲からの抜け出し方について説明したいと思いまして。手順を示しますね。


1.まずログアウト

2.時間を開けて再度ログイン、PVPモードから外れているので速攻で『脱出』コマンドを使用する

3.逃げる


以上です。健闘を祈ります』


 なるほど、『脱出』を使って逃げるのか。

『脱出』とは大半のオンラインゲームに用意されているもので、基本的に変なところに入り込んでしまって詰んだ(・・・)場合に使用するものだ。コマンドを実行する事で、詰み(・・)の心配がない街やフィールドへと戻る事が出来る。


 勿論PVP(プレイヤー対プレイヤー)を行っている時には使用できない設定になっているが、ログインしてから相手が攻撃してくるまでの一瞬、ゲーム的には“PVPモードから外れた”扱いになる。

だから脱出コマンドを実行可能になる為逃げられる、という事だろう。


 当然PVP中にログアウトしたらログアウトした場所にアバターが残り、そこに攻撃を加える事で倒す事ができる。そのため、この方法はPKに襲われている時には使えない。

――しかし、今回は話が別だ。

何故なら、相手は私達を殺そうとする気がないからである。


『P.S. 多分このギルドもイベント中にあなた達を襲おうと考えているでしょう。軽く看板団の力量を測っておいては』


 いや、そういう器用な事するの無理だから。

……っ。委員長からのチャットを理解し終わった時、また看板団から水魔法を当てられた。うへぇ、これ結構クるね。


「どうしますアリスさん……?」


 メルクがそう小声で話してくる。私は委員長から来たチャットを丸々流用する事でそれに応えた。

何やら向こうの方で「ログアウトしても意味ねぇぞ」なんて声が聞こえてくるけど、無視だ無視。対処法さえ分かってしまえば全く危険じゃない。……なるほど、ここに来て委員長が探索にゴーサインを出した理由が分かったぞ。


「では、相手の力を測るのは任せてください」


 そう小声で応えてくれるメルク。さっすが!かっこいい!

…………あれ?

私、今回全然活躍してない……?


「その程度のデバフだけで私を倒せるとお思いですか?」


 歩く程度のスピードしか出ないメルクが短刀を片手に敵を煽る。

そのある意味健気な姿に看板団の団員達は呆れて笑いだした。


「へぇ?いいじゃん、ちょっと構ってやりなよ」


 そう言って看板団の団長は団員に指示を出した。それを受けて、弓を持っている一人の団員がふにゃふにゃな、明らか(耐久1が)死なない程度に加減した矢を放ったが――。


「【一陣の風(ヴィンドボルト)】」


 メルクはデバフを意にも介さず加速した(・・・・)。当然矢はメルクには当たらず、空を切る。

加速したメルクは一人の唖然としている団員を切り裂き、【ウェポンチェンジ】で素手になったかと思えば【首刈り】で団員を一人葬り去った。


「へー、中々やるじゃん」


 軽くメルクの事を賞賛(?)した看板団の団長は、仲間を倒されたことで憤る団員を手で制し、メルクの方へ一人つかつかと向かっていく。


「【一陣の風(ヴィンドボルト)】」


 再度同じスキルで加速したメルクは、今回はあえてそれを不発に終わらせて後ろに回り、【遣らずの雨(レーゲンブレイク)】で敵を止めにかかった。

遣らずの雨(レーゲンブレイク)】は当たれば確実に0.5秒ほど敵を止める、《短刀術》の強スキルなのだが――。


「甘い」


 団長が発動していたのは【カウンター】だった。その産廃スキル取ってる人、メルク以外にもいたんだ……。


「それ使った後は絶対攻撃しかしないのか?頭ハッピーセットかよ」


 ……なるほど、この男は後ろに回ったメルクを見切って、反射神経で【カウンター】を使ったんじゃない。

メルクの動きの癖を読んだんだろう。【一陣の風(ヴィンドボルト)】を使った後は絶対にすぐ攻撃してくる、そんな風に。

中々こいつ、対人戦慣れしてる……!


「がっ……」


 お手本の様な綺麗なカウンターを決められ、メルクは思い切り吹っ飛んだ。

なぜカウンター程度で吹っ飛ぶのかは謎だったけれど、耐久1だからだろうか。

……。耐久に、私振っておこうかな……。


「どうする?こんな状況でもまだ戦うか?」


 吹っ飛んだメルクの元まで軽く笑いながら団長が歩み寄る。――っと、ここでメルクから『相手の強さは測りました。ログアウトを』とダイレクトメッセージが送られてきた。


「了解」


 私はそう呟いて現実へと舞い戻った。


――


「確かにこうすれば確実にあれから逃げられるって言っても……睡眠導入剤にかかる費用はタダじゃないんだよね……」


 あれから夕食を摂ってお風呂にも入り、その結果リアル時刻は午後8時半になった。

私はNHO付属のカプセルに睡眠導入剤をセットしながらそう愚痴を付く。

確かに、最近の睡眠導入剤は一回分で15円もしない程度には安くなってきてはいるが、それでもログイン毎に15円程度取られるとなると結構負担になる。


 全く。看板団め。この15円の恨み、晴らさでおくべきか。次会った時は私が強かったら絶対一発殴る!


――


 ログインした瞬間、目の前に何人かの「看板団」団員が見えたけれど、無視して相手が何かしてくる前にさっさと脱出コマンドを実行する。行き先はこれ以上変なのに絡まれないようさっきまでいた《アリア》の街にした。


 唐突だけどNHOの良いところを紹介しよう。それはゲームにログインしていなくても、ゲーム内のプレイヤーと連絡を取ることができる点だ。

……いや、ブラックなギルドに入っている人からしたら悪い点かも。


 まあいいや。

とりあえず、先ほど私は既に無事看板団から逃げおおせていたメルクと委員長に連絡を取り、適当なモニュメント前で待ち合わせをしている。

人ごみは中々酷いものだったけれど、私は無事二人を見つけることができた。


「あのギルド、絶対許せません!ちょっと頭に来ました……!」


「はいはい落ち着いて落ち着いて。まずはアレに対抗できる力をつけてから」


 怒るメルクをなだめる委員長。うん、二人とも仲良くなれてよかった。……いやこれ、仲良くなったって言っていいんだろうか……?どっちかと言うと親子みたいな感じが……。


 っと、そんな事を考えている場合じゃない。

あのギルドの強さを聞いておかないと。


「で、どうだった?「看板団」の強さ」


「まず団長は強いですね。ですが他はあまり。耐久が1なので横槍には弱いですが、団長以外と一対一なら確実に勝てます」


「右に同じです。団長以外が相手なら一対十五でも私に分があります」


 二人とも、頼りになるなぁ……。私、団長以外相手で一対一でも勝てる気がしないし。もっと錬金術師として強くならないと。


「……ところで、素材集めはどうしましょう。外に出てもすぐ絡まれるのであればどうしようもない気がしますが」


 確かに、それはメルクの言うとおりだ。それに、私達の回りをこれ見よがしに尾行している人間もいる。「外へ一歩でも出たら襲いに行くぞ」そう伝えているんだろう。……まあ、撒く方法はいくらでもあるんだけれど。


 とはいえ、もうそろそろ就寝の時間だ。これ以上インすると明日に響く。

しかし、外へ出ればすぐに看板団を筆頭として、色んなプレイヤーに絡まれるというのは容易に想像が付く。


 絡まれては前にした様な逃げ方をする、というのでは流石に面倒すぎる。

だから、外へ出なくても素材を集められる――そんな秘策が必要なのだ。

……そして、私はその秘策を知っている。


「市場機能……ですか?」


「そう!」


 そう、NHOに搭載されている“市場”と呼ばれるシステムだ。ここではプレイヤーが商品を出品(残念なことに出品できる量は限られているが)したり、その商品を購入したりと――プレイヤー同士でアイテムのやり取りができる。つまり、ここで素材を買えば外へ採取に出向かなくても素材を入手できるのだ!


 ちなみに、市場機能には街にさえいればどこからでもアクセスできる。うーん、便利。


「あ、あれ……?素材アイテムが全然売られてない……?」


 おかしい。何と、市場には素材アイテムのその字すらなかった。かろうじてインゴットが少し売られている程度だ。

そうあたふたしていると、委員長から「当たり前でしょう」と声をかけられた。


「素材アイテムなんて売っても誰も買わないでしょう?生産職は産廃ですし、そもそも生産職のプレイヤー自体少ないんですから」


 ……そう言われればそうだ。

市場機能でいくら待っても売れない商品を出品するなんて阿呆のやる事だろう。そんなものを売るよりもっと売れるものを売った方が効率は高い。


「といいますか、『湖水』自体が初期街の近辺で簡単に採れるものですからね……。普通の人なら採取に出向きますし」


 …………。

ま、まあね。まだ秘策はある。そう、人に頼むという方法が――!


――


「アデプトさん!素材って売ってませんか?」


 そう、私の持つ最後の秘策――それは錬金術のアイテムを売っているお店についでに素材も売ってるかもしれない作戦だ。

正直、これがダメとなるとかなり厳しくなるから売っていてほしい。


 あ、勿論(少なくとも分かる限りの)尾行には見つかっていない。路地の奥まったところにあるから簡単に撒けたのだ。私も撒けてしまうところだったが。


「すまない。素材は売っていないんだ」


「あ、そうですか……」


 素材がなければアイテムを作れない。

アイテムを作れなければ錬金術師として戦えない。

錬金術師として戦えなければ錬金術師の評価は上がらない……。


 そう絶望している私を見かねたのか、アデプトさんがこんな提案をしてくれた。


「……毎朝私は素材集めに行っていてね。その時、余分に素材を取ってくるという手もある。

勿論、量や採取の難しさによって代金は頂くが」


「いいんですか!?」


「ああ。きっと何か事情があるんだろう?代金を払うことと必要な素材さえ教えてくれれば、明日ここの机の上に置いておこう」


 ここですよ、という事を伝える為にアデプトさんが人差し指で机をコンコンと叩く。うぅ、アデプトさん、なんたる聖人君子……。

早速私はメルクを見習って買ったメモ帳と羽ペンを用意し、そこに必要な素材を書き出す。勿論メルクの必要としている素材も書く。


 ……とりあえず一時はどうなることかと思ったけど、これで素材の目処も立った。

よーし、明日は『爆弾ヘルツ』作成だ!

敏捷低下を重ねがけできる仕様は次回メンテナンス時に修正されました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ