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パラケルスス

VRゲームにおける錬金術を実装するにあたり、実際の錬金術の理論をかなり簡略化しています。


また、前回誤字によりメルクがNPCと思われた方がいるかもしれません。

誤った表記すみませんでした。メルクはプレイヤーです。

「立ち話もなんだ、とりあえず入ってくれ」


 私達はパラケルススさんに案内されて、宴を行っている教室の隣の部屋に入る。

そこはなんというか……物が全くない(かろうじて机といくつかのイス程度はある)、引越したての様な部屋だった。結構ホコリが積もっているけれど。


「君達の話はシエルから聞いている。そこに座ってくれ。……所で、そこの包帯の君は?」


「付き添いです。何か問題があれば外出しますが」


「ならお願いしたい。錬金術については真理を探求する人間にしか知って欲しくないのでな」


 それを聞いた委員長はそそくさと錬金棟から出て行った。最近、委員長がハブられすぎてて悲しくなってくる。後で一緒に遊ぼうかな……。


 ……それにしてもパラケルススさん、顔が怖い。

いや、怖いというより生気がないとでも言えばいいのだろうか。表情が全く変わらないのだ。そしてそんな顔を見ていると、こちらの心まで見透かされている様な気分になる。


「さて、それでは本題に入ろうか。あぁ、君達の話は聞かなくても問題ない。全て知っている。新世界を開拓した事も、エメラルド・タブレットを独力で解放した事も、『ヘルメスの書』を手に入れた事も。

――では、これより錬金術の講説を始める。準備はいいか?」


 そうパラケルススさんが言い終わると、私の目の前に〈「錬金術の修学Ⅱ」を受注しますか?〉というウィンドウが現れた。このクエスト、まさかⅡがあったとは。

私は迷わずYesと書かれたボタンを押す。私から見えてはいなかったが、メルクもきっと同じようにYesを押しているだろう。


「宜しい。それでは錬金術に必要な知識を与えようと思うが……まず、君達は四大元素についでどの程度理解しているか?」


 四大元素……確か、「物質は四つの元素から成り立っている」という様な考えだったと思う。だけど、それ以上の事はあんまり分からない。

……でも、この場面は知ったかぶった方がいい気もする。知らないって答えたら叩き出されそうな雰囲気があるし。


「いえ。あまり理解していません」


 おぉう、ざっくり行くねメルク。

いや、だけどその知らない事をはっきりと「知らない」と言える精神は見習いたいといえば見習いたいかも。……だけど、「そんな事も知らんのか」って追い出されたりしないよね……?


「分かった。ならそこから説明しよう」


 あ、良かった……。


「まず四大元素とは、「火」「水」「空気」「土」の四つの元素の事だ。現象界に存在する物質は全てこれらから成り立っている」


 そこまでは知識として私は持っていたから大丈夫だ。ついていける。

とはいえ、この世界が原子ではなく四大元素によって成り立っていた、という事は十分驚きな事ではあるけれど。


「そして、これらの元素の元となっているのが『第一質料プリマ・マテリア』と呼ばれる純粋な物質だ。これらに「熱・冷」の性質のどちらかと、「湿・乾」の性質のどちらかが加わるとそれは四元素になる」


 私はもうこの辺から全く知らない状態だ。だけど、メルクはその講義にうんうんと頷いている。……もしかして、メルクはこの辺の話まで知っているのだろうか。メルク、私が思っていた以上に物凄い知識人なのかも……。


「例えば、『第一質料プリマ・マテリア』に「熱」と「乾」の性質が加われば、それは「火」の元素となる。

そして、元素というのはいわばカテゴリー分けのようなものだ。ここで大事な事は、物質が仮に「火」の元素から成っているとした場合、「熱」と「乾」のどのような比率でできているか」


 ……やばい、メモを持ってくるのを忘れた。メルクは熱心にメモを取っているというのに。

やっぱりもっと私はメルクを見習った方がいいかも。


「そして、この比率こそが物質の錬成を行う為に必要な情報だ。――私はその比率の情報を入手するスキルの身につけ方を学んだ。それを今から君達に教えよう」


 ……なんとなくは分かったと思う。だけど、一つだけ疑問がある。

それをどうして私達に教えるかだ。シエルさんとか錬金棟の学生とか、もっと教えるべき人間はたくさんいると思うんだけど……。


「どうして……私達に?」


「決まっているだろう。それだけ君達が有望という事だ。自己評価を不必要に引き下げるな」


 あっはいすみません。

パラケルススさんは軽く咳払いをした。一体何が始まるんだろうか、正直結構不安である。


「いいか?このスキルを覚える為に必要なものは、まず比率の測定方法を知らなければならない。だから、まずはその理論を知ってもらおう。……あぁ、詳しく理解する必要はない。

……まず、物質というのはその――」


――――


「――という事だ」


「わ、分からないです……」


 ひっ、パラケルススさんに凄い懐疑の目で見つめられた。怖い!


「……わかりやすく説明したつもりだったのだがな。まあいい。錬金術のスキルを覚える為には「知ること」と「考えること」が重要だ。今回はその内の「知ること」を教えた。……ほら、もうじき君達もスキルを覚えられるようになるだろう」


 その言葉の意味は分からなかったけれど、確かに通知は私達に訪れた。それも、とてつもなく重要そうな――。


〈《錬金術》の新スキル【一元論モニスムス】が解放されました。《錬金術》レベル5から習得可能です〉


――

一元論モニスムス】▽

 真理を目指した錬金術師にのみ与えられる知恵。

 アイテムの持つ四性質の比率を知る事ができる。

――


「習得はできたか?」


「はい、できました!」


 私とメルクの声が重なる。

先ほど、「賢者の記憶Ⅰ」をクリアしたおかげでレベルが二つ上がっていた。そのため、今のスキルポイントは4だ。

《錬金術》のレベルは2のため、まず5にするためにポイントを3つ使い、その後新たに現れた【一元論モニスムス】に1つ使うことで習得ができた。

 

 メルクさんのポイントに余裕があったかどうかは分からなかったけれど、まあ――ああ言っているのならば習得できているんだろう。


「それでは、軽く錬金を試してみようか。……そうだな、試しに『ガラス』でも作ってみよう」


 そう言ってパラケルススさんから渡されたのは『鉄鉱石』と『黒曜石』だ。どう考えてもこの材料から『ガラス』を作ることは不可能な気がするが――。


「不可能だと思うだろう?だが錬金術ならば可能だ。

まず、『ガラス』は「土」の元素から成っていて、『第一質料プリマ・マテリア』への性質の結合比率は{冷-10:9-乾}だ」


 そしてパラケルススさんは私達に渡したアイテムを指差し、「鑑定してみろ」と促す。

それに従って鑑定すると、結果は以下の様になっていた。


『鉄鉱石』▽

 〈鉱石〉〈鉄〉

 {冷-4:3-乾}


 鉄を多く含んだ鉱石。

 《精錬》することで『鉄インゴット』に変化する。

 「真なる原風景(インサイドザイン)」において入手しやすい。


『黒曜石』▽

 〈ガラス〉〈岩石〉

 {冷-16:15-乾}


 黒く、割る事で非常に鋭く尖った断面を見せる事が特徴の一つ。

 古代においてもよく使用され、とあるエリアでは未だ主流のものである。

 基本的に「真なる原風景(インサイドザイン)」の山地エリアにおいてしか入手不可能。


 武具作成ボーナス▽

  耐久力減少

  攻撃力上昇


{ }(波括弧)に囲まれて表記されているのは、一つの『第一質料プリマ・マテリア』に結合している性質の比率を示す。

つまりこれらを混ぜ合わせれば、その比率は二つの『第一質料プリマ・マテリア』につき20:18となる。よって『ガラス』はこの錬金で二個作れる」


 なるほど。私でも分かってきたぞ。


「じゃあ一杯材料を入れて、一つの第一質料プリマ・マテリアにつき10:10になるように取り出したらいいって事ですね?」


「いや、違う」


 ……へ?

どういう事?そういう事じゃないんだろうか。


「釜から上げ鋏で引き上げる時、一つずつ引き上げる、という事は不可能だ。……基本的にはな。釜から取り出す際は、基本的に中にあるもの全てを取り出す事になる」


 錬金釜、意外と不便だった。

うーん、でもどうしてそうなるんだろうか。また謎の法則が出てきてしまった……。


「そして、引き上げる時に釜の中にある性質全てと第一質料プリマ・マテリアは均等に結合する。仮に、二つアイテムを入れて結合比率が30:30になった釜からアイテムを引き上げれば、一つの第一質料プリマ・マテリアにつき15:15の比率で結合したアイテムが二つできる事になる」


 うん……うん?


「……。もし三つアイテムを入れて30:30になった釜からアイテムを引き上げれば、一つの第一質料プリマ・マテリアにつき10:10の比率で結合したアイテムが三つできる」


 わかってない顔をしている私の為に、パラケルススさんが追加で詳しく解説してくれる。そのおかげで、私はやっと錬金の法則を理解する事ができた。


 NHOの錬金術はざっくり言えばこういう事だろう。結合比率をそのまま足して、それを錬金に使ったアイテムの個数で割る。で、割った結果が目的のアイテムの比率と同じになれば良い、という錬金方法のはずだ。


 そう「なるほどなー」と私が納得していると、突然メルクが手を挙げて質問をした。


「……あの、それでは錬金術は成り立たないのでは?入れたアイテムに含まれる『第一質料プリマ・マテリア』の量が違っていては、その錬金方法……ダメになると思うんですけど』


「いや、含まれる『第一質料プリマ・マテリア』の量が違うという事はない。私達が一つ(・・)とするアイテムに含まれる『第一質料プリマ・マテリア』の量は例外なく均一だ」


 メルクはその説明で分かっていなかったようだけど、今回はその説明で私の方がどういう意味か分かった。


 そっとメルクに「ゲーム的に、一個の(・・・)アイテムは全部同量の『第一質料プリマ・マテリア』からできてるって設定なんじゃない?」と耳打ちする。


 メルクが分かってくれたかどうかは微妙な所だったが、メルクはハッとした表情で何かをメモに書き留めていた。きっと分かってくれたんだろう。


「……ところで、どうして比率を同じにすると『ガラス』が作れるんですか?」


「その比率こそが物質を成り立たせているからだ。君達の認識がどうかは知らないが、少なくともここではその比率によって何のアイテムかが決まる」


 ははーん。つまるところファンタジー要素という訳か。

そう私が勝手に納得している間にも話はどんどん進む。私達はパラケルススさんの言うがままに部屋にあった錬金釜の前まで移動した。


「習ったばかりですまないが、早速『ガラス』を錬成してみてくれ」


 まず最初に錬成を行おうと動いたのは私だった。というかメルクが「後でいい」と言ってくれた。

多分メモを取るんだろう。本当にその熱心さ、見習いたい。


「火加減や混ぜ方は?」


「今回は必要ない。

……あぁそうだ、上げ鋏で上げるときは、二つの(・・・)『ガラス』をイメージしろ。一つだけしかイメージしないと、イメージ不足で一つしか錬成できない」


 ……火加減や混ぜ方が必要ないって、どういう事なんだろう。『黒曜石』を作るときは混ぜたり火加減を変えたりしないとできないってシエルさんが言っていたのに。

ま、いいか。


 錬金釜に『黒曜石』と『鉄鉱石』を投入する。

軽く混ぜた後に“集中”すると、釜の中には〈ガラス〉〈鉱石〉〈岩石〉の三つの形相が漂っているのが見える。

何か〈形相〉を減らすべきだろうか。……黒曜石の時みたいに爆発してもらっても困るし、ここは〈鉱石〉を減らしておこう。


 軽く念じて〈鉱石〉の形相のみを中央部から外へやる。

何やらパラケルススさんが少し驚いているのが見えるが、今はそこに首を突っ込む余裕はない。急いで“上げ鋏”を手にし、二つの四角い板状の形をイメージしながら引き上げた。


 引き上がってきたものは、想像通り二つの板状の『ガラス』だ。そして、それはまるで石の様に硬い物だった。

《鑑定》で確かめてみると、〈ガラス〉〈岩石〉の二つの形相が遺伝していた。だからこれほどまでに頑丈なのだろう。


「できました!」


 そうしてパラケルススさんに『ガラス』を見せる私だったが、パラケルススさんはそれとは全く別のところに目をつけた。


「君……どうして“それ”ができた?」


「……あー、実は――」


――


「なるほど、私の後輩達も進歩しているんだな……。まさかこれを独力で見つけるとは」


 どうやらパラケルススさんはこの『集中』の事も知っていたらしい。一体どうやってこれに気づいたのか不思議なところだが、今はそれについて聞くタイミングではない。


「どうでしょうか……!」


 メルクも無事錬成に成功し、出来上がった六角形のそれをパラケルススさんに見せている。特にそれについて何か言われる事もなく、私達二人ともは「よし、これだけできれば十分だ」とパラケルススさんから可を貰った。


 ありがとうございます、そう言って部屋を去ろうとする私達。だけど、パラケルススさんはそんな私達を呼び止めた。まだ何かあるらしい。


「これを持っていけ。私のレシピ本だ。『ヘルメスの書』を持っているならかさばる事もないだろう」


〈レシピブック『オプス・パラミルム』を入手しました〉


 そう言ってパラケルススさんは一冊の本を渡してくれた。どうして渡してくれたかはよく分からなかったけれど、多分私達が「錬金術の修学Ⅱ」をクリアしたからなんだろう。


〈「錬金術の修学Ⅱ」をクリアしました。1500expを入手しました〉


「――あぁそうだ、錬金術について何か疑問はあるか?私が答えて良いものなら答えよう」


 本を受け取った後、更にパラケルススさんがそう言ってくれた。私は特に質問したい事はなかったが、どうやらメルクは質問したい事があるようだ。メルクは部屋から出ようとしていた体を翻し、パラケルススさんに向かってこう質問する。


「「第一質料プリマ・マテリア」と「第五元素」……いえ、「第五精髄」は何が違うんですか?どちらも同じように物質を構成するものだと、そう聞き及んだのですが」


 その言葉にパラケルススさんは「なるほど」と興味深そうな声を上げる。それと同時に、これまでずっと鉄仮面を維持していた顔に少しだけ表情が現れた。口元がニヤリと歪んでいる。


「中々良い質問だな。その質問に対する答えは「言い方が違うだけで違いはない」と言って良い。

だが……「第五精髄」は「第五元素=第一質料プリマ・マテリア」が人間でも摂取できるよう濃縮されたもの、という意味だ。――本当は濃縮なんてされていないが」


「つまり……どういう事なんですか?」


 だが、パラケルススさんがメルクの更なる質問に答える事はなかった。

手をパンと叩き、「質問は終了だ」と暗に仄めかす。


「これは君達が研究してくれ。ヒントはここまでだ。……他に質問はあるか?」


「……私はありません」


 すごい、メルクがかなり悔しそうな顔(口元しか見えないけど)してる。

あんまり見られない表情だ。スクショでも撮っておこうか。

……あ、私が質問したい事は前と変わらずないです。


「右に同じ」


「そうか。君達が良い錬金術師になるのを期待しているよ」


 そうして私達は部屋から送り出された。


――


「あー気になります!第五精髄!」


「ひっ」


 外で待機していたらしい委員長が、突然聞こえたメルクの声に驚いていた。

いや、包帯グルグルの覆面付けた方がビビるっておかしいでしょ。


「それで、どうでした?」


 委員長がどうだったか聞いてくる。とりあえず詳しい事を話すとパラケルススさんに悪いと思ったので、「上々」とだけ答えておいた。


「なら良かったです。ところで、結局素材集めには出向くんですか?」


 ……あっ。完全に忘れていた。

そうじゃん!私錬金術師として強くならなくちゃいけないんだった!

その為に戦闘手段として『爆弾ヘルツ』を作らないといけないの、すっかり失念してた。


 委員長にまだゲームに付き合えるか聞いたところ、爆速で「勿論です」と答えが帰ってきた。というわけで早速素材集めに行こうとしたところ、メルクがありがたいことを言ってくれた。


「すみません、私も同行して宜しいでしょうか?同じ場所で採れるアイテムが必要になりまして」


――――


 《原初の草原》エリアの巨大な湖近辺。私達はそこで『爆弾ヘルツ』を作るために必要な、『湖水』を求めて走り回っていた。後メルクが必要としている〈水〉を持つアイテムも。


「採取ポイント少なすぎでしょ!どうなってんのここ!?」


「貴方の運が悪すぎるだけじゃない!?」


 いつ私の情報を狙うプレイヤーに見つかるか分からない状況だ。早く見つけてさっさと帰らなくてはいけないのに、一向に『湖水』――いや、『湖水』どころか採取ポイントすら見つからない。


 そして探索開始から三十分ほどが経過した時、遂に私の危惧していた危機が訪れた。

私が移動する方向を塞ぐように、何本かの矢が突き立てられた。


「お前らがアリスとメルクか?……ちょっと教えてほしい情報があるんだけどさ」


 声の方向を見ると、そこには数十人ものプレイヤー達が、湖を背にして動けない私達を囲んでいた。

このVRゲーム内において「第五元素」と「第一質料」は同一視されていますが、現実では違う物として扱われている場合もあります。


また、本来の錬金術では四大元素は作中で扱っているようなただのカテゴリー分けというわけではなく、四大元素が組み合わさって物質は構成されていて、その組み合わさっている四大元素それぞれに結合している性質の比率があるため、それら全てを合わせなければ物質を錬金する事はできない――とされています。


それをゲーム内にそのまま持ち込むと、まともに錬金をする事が不可能になるのではないか。そう考えたためにこのように簡略化させていただきました。

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