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錬金棟の名誉会長

「ちょ、ちょっと何これ……!?い、偉業……?ワールドアナウンス……?」


「お、おち、落ち着いてくっくださいアリスさん!ステイ!ステイ!」


 あまりの衝撃に取り乱す私とメルク。新たな場所を発見した時は問答無用でワールドアナウンス(ログイン中の全てのプレイヤーに通知されるものの事)が流れるというのは予想外だった。

だけど、こんな時でもイグニスさんは結構冷静だった。流石。


「…………と、とりあえず。この先に進むか、それとも一旦帰るか。どちらにするかを考える必要があるんじゃないか」


 これだけ凛としていて、それなのに見た目が少女なのだから驚きだ。

とはいえ、確かにイグニスさんの言うことは一理ある。ここであたふたしていても何も始まらない。


「その通りかも。どうし――ごめん、ボイスチャットが来てる」


「奇遇だな、私もだ。すまないメルク、どうするか考えておいてくれないか」


 私とイグニスさんに、唐突にボイスチャットの申請が飛んできた。余談だけど、ボイスチャットはフレンド同士じゃないと申請を飛ばす事はできない。だから掛けてきた相手は委員長かオグロという事になるが、今来た申請はオグロからだった。


『どしたのオグ――』


『おいアリス!?おま、お前何やってんだ!新ワールド発見って……や、お前……本当おま――うわっ!?』


 不意に何かが倒れる音と共に、ボイスチャットの音声が別の女性のものと切り替わった。――いや、この声は……委員長!?


『全く。語彙力がない輩は置いておいて。いいですかアリス?新ワールド発見というものは、これまでのNHO史には類を見ない大発見なんです。“エリア”ではなく“ワールド”。つまり今いた場所とは全く違う場所なんです。――――だから次の月曜日では是非詳しく聞かせてくださいね!?聞かせてくれなかったら生徒会の仕事を――うわっ!?』


『いいかアリス!これは俺が鎮めておく!ぐぎぎ……こいつ力強っ!?――あぁえっと、時間がない!手短に言う!

お前らの事は掲示板でも持ちきりだ!お前らを捕まえてそこへの行き方をなんとかして吐かせようとする、委員長みてぇな邪な事考える奴は沢山いる!だから悪いことは言わん、そこに居続けて隠れるかさっさと帰れ!』


 それだけ言い残してボイスチャットはブチッと切れた。何故委員長とオグロが一緒にいたかは分からないけれど、それはそれ。今はオグロが最期に言った言葉の方が重要だ。

どうやらイグニスさんもボイスチャットが終わったようで、こちらへ歩いてくるのが見える。


「『ログアウトするか早いうちに安全な場所、もしくはそこに居続けて』ってフレンドから言われたよ。アリスもかい?」


「ええ、そうです。ここがどんな場所か分からない以上、私は……早く帰った方が良いと思います」


 ここが気になる心も勿論ある。例えばファンタジー世界なのにどうして工場なのかとか。

でも、流石に異様すぎるというか。なんとも危険そうな雰囲気を感じ取ったのだ。

例えるならラストダンジョンのような――。


「あぁ、それなら問題ないね。私も賛成だ。

……遠くにいた敵モンスターみたいなものを【識別】してみたんだが――レベル16だった」


 意外とそうでもなかった。

確か、委員長のレベルが28くらいだから……。うん、ある程度進めた人なら誰でもここを探索できるって事になる。

……私達の平均レベルは6くらいだから、まだ全然早いんだけどね。


「私も賛成です。見てください、このスレ。完全にお祭り状態ですよ」


――

【速報】新ワールド、発見されるwwwwww【速報】

1 名無しの探索者

ここhあ先ほどワールドアナウンスで流れてきた新ワールドについて考察するスレです。

皆仲良く!


302 名無しの叙述者

>>1

ここまで突っ込まれてないけど何誤字っとんねん


303 名無しの探索者

>>302

ゆるして


304 名無しの料理人

しょうがねぇなぁ(寛大)

で、迷妄機関って何よ


305 名無しの探索者

>>304

分かんね

つーか発見した奴ら誰やねん


306 名無しの叙述者

イグニスってあいつじゃない?

結構前に中身と見た目が違いすぎる鍛冶師とか言われてた


307 名無しの探索者

>>306

あ、あれかぁ!


308 名無しの料理人

特定早すぎて草

流石特定の叙述者と呼ばれるだけあるわ


309 名無しの叙述者

でもアリスとメルクは誰かわかんねぇわ

分かる奴いる?


310 名無しの料理人

お前が無理なら無理

とりあえずどうにかして例のパーティから情報聞き出したいけどなー


311 名無しの叙述者

出待ちするしかないでしょ

でもどこなのか真面目に分かんね


312 名無しの探索者

>>311

諦めんな…諦めんなよお前!

ダメダメダメダメ諦めたら。周りの事思えよ、どこか気になってる人達の事思ってみろって。あともうちょっとのところなんだから。俺だってこの-10℃のところ、氷の華がトゥルルって頑張ってんだよ!


313 名無しの探索者

おっ冷えてるか~?(煽り〉

じゃあ自分、オラトリオ北門で張り込みするから…


314 名無しの詠唱者

>>313

じゃあ自分はカルサイト行くわ


315 名無しの探索者

>>314

じゃあ俺はアリア

――


「よし帰ろう。今すぐ帰ろう」


 皆は無言で頷いた。今、私達の中で顔が割れているのはイグニスさんだけ。

それに、イグニスさんもそこまで有名な人じゃない筈だ。今なら張り込んでいる人も少ない。さっさと帰って何食わぬ顔で普段通り暮らしていればいいのだ。街の中はPKやPVP行為は禁止のエリアである。そこに入りさえすればもう私達に手出しはできない。


「出口は多分、ここにワープしてきたであろう空間がありました。それを使えば戻る事ができるはずです」


 私達は速攻でメルクの教えてくれた空間へと走った。それが起動して、無事元いた骨柱群の場所に戻れるかは分からなかった。だが、幸運な事に先ほどと同じように蒼い光に包まれ、骨柱郡の場所までテレポートする事ができた。


「ここからカルサイトまでは!?」


「走って8分!急ぐぞ!」


 半分トレインまがいの事をしている気がするが、しなければ問い詰められ――最悪PKされる恐れまであるのだ。さっさとカルサイトまで戻っていかないと。

私の上の方に位置している空は相変わらずどんよりとしている。全く、気分が悪い。


 五分くらい走った。その天候の悪さが働いたのだろうか、カルサイトまで走る私にどんどんと疲労がのしかかってきて、私の体力は遂に限界に達した。


「ぜぇ……ぜぇ……ごめん、もう無理……というか……なんで二人ともそんな走れるの……」


「くっ、アリスが落ちたか……。こうなっては仕方がない、パーティ解散だ」


「へ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

どうしてパーティ解散なんてする必要があるのだろうか――一瞬だけそう思ってしまったが、よく考えれば確かにそれはありかもしれない。


「名前が割れているのは私だけだ。そして、このゲームではプレイヤー名は相手のプロフィールを見なければ見えない。――つまり逆に言えば、君たちは誰にも分からないという事だ。誰かにプロフィールでも見られたりしなければな」


 その通りだ。もしここでイグニスさんと一緒に行動していたのならば、私達がアリスやメルクだと即座にバレてしまうだろう。だけど、イグニスさんと別れさえすれば確実にバレない。

だけど、それをするとなると問題が一つ浮上する。


「じゃあイグニスさんはどうするんですか!?これじゃあまるで囮……」


「いいか?私はそれを承知の上だ。大丈夫、きっと何とかする」


「そんな、イグニスさん……!」


 私の言葉に応える事なく、イグニスさんはカルサイトの方へ向かっていってしまった。あえなく取り残された私達は、その場に立ち尽くしたまま会話を続ける。


「……イケメンだったね」


「ですね」


――


 結局、私達二人は特に張り込んでいたであろう人物に何かされる事はなく、カルサイトのモニュメントへとたどり着いた。そこからアリアのモニュメントへとワープし、スロウス学院に向かう。

イグニスさんは大丈夫なんだろうか、フレンドリストにはオンラインって表示されてるけど。


「それで、スロウス学院に来ましたが……本当に言うんですか?エメラルド・タブレットの事」


「……まあ、ああして安全にしてくれたイグニスさんには悪いんだけどね」


 入口に立って学院を見上げる。私達にはまだ放置している事があった。

そう、それこそがエメラルド・タブレットについての事だ。

帰っている最中メルクと協議に協議を重ねた結果、「とりあえず偉業には記載する」事と「とりあえず錬金棟の生徒には話してみる」という結果になったのだ。


 よし、と気持ちを固めて私達は歩き出した。目指すは勿論錬金棟だ。

移動しながら、私はメルクさんの錬金術関連の話題について話を聞かせてもらう事にする。


「分かりました、では軽く説明をしますね。まずですが……錬金術関連のクエストが、一つ増えました」


 そうなんだ。初めて知った。……あれ?だけど錬金術の本スレは全然過疎ってたよね?それはどういう事なんだろう。


「……でも錬金術のスレ、そこまで盛り上がってないみたいだけど」


 何故わかるのか。それは、最近、暇な時は錬金術師の本スレを読み漁っているからだ。

うん、何か新情報がないかとか色々気になるからね。決して錬金術師にハマり始めたという訳ではない。決して。


「えっと、それは……クエストの進行に必要なアイテムが、作り方が不明の錬金術アイテムだったからですね」


 あー、そういう事か。確かに、折角進める!と思ったのに肩透かしを食らったのでは過疎になるのも仕方ない事だろう。

……うん、やっぱり尚更私達がエメラルド・タブレットの事を年表に登録しなくちゃいけない。


 何やら、最近他の生産職が“まともに遊べる”らしき職業になってきているようで、悲しいことに錬金術師は産廃職業ランキングトップ3に君臨し続けているのだ。

それに、何より辛かったことがある。それは――例えばパーティに錬金術師が入ってきただけでパーティを蹴り出(キック)し、そして晒しスレで大々的に晒す。そんなプレイヤーが増えてきたらしい事だ。これは昨日オグロから聞いた。


 だからこそ、私は錬金術師の立場を良いものにする為に活動しなければならない。そんな熱い心が今、私には芽生えているのだ。


「よし、メルク。一緒に頑張ろうね」


 メルクはその言葉に微笑みを返してくれた。


「ええ。

……っと、付いたようですね。ここが錬金棟です」


 ……相変わらず分かりづらい所にあるよね錬金棟。普通に見逃しかけた。

何か薄暗いし。ここが錬金棟ですって表示があってもいいんじゃないの。


「失礼します」


 ドアを開ける。私の姿を見つけたシエルさんや他の生徒が、物凄いスピードで駆け寄ってきた。

そのあまりのスピードに退出したくなり、ドアに手をかけたが――。


「ちょっとメルク!?なんでドア閉めてるの!?あ、開けて!」


 ドア窓から見えるメルクの笑みは邪悪なもので、どう考えてもこうなるのを分かっていたようにしか見えない。

くっ、後で覚えておいてよメルク……!

そうして私は生徒達にもみくちゃにされたのだった。


――


 もみくちゃにされてから少し後。今は、私、メルク、生徒を代表してシエルさんの三人で、シエルさんが適当に引っ張り出してきた机の上で話をしている。

何故か私達に用意されたお祝いドリンク(命名:シエル)は精製水だった。うん、味がしない。


「やー凄いねメルクちゃん、アリスちゃん。流石私が見込んだだけあるね~うりうり~」


 机の向こうから両手が伸びてきて、私とメルクの頭をそれぞれ撫で回す。

……中々恥ずかしい。こういうのはあまり慣れていないし。


「さてさて。ここに来たって事は何かあるって事でしょ?まさか褒められに来ただけなんて事はないだろーしね」


 ……そういう事を察せるって、いったいどういうAIが積んであるんだろうか、このゲームは。いくら脳科学が進歩したからって、ここまでできるようになるものなのかな?


 っと、そんな事を考えている場合ではない。錬金術、それもエメラルド・タブレットについて話さなくてはいけないのだ。

でも、賢者の記憶Ⅲって言っても分かんないよね。……まあ、第三段とでも言い換える事にしよう。


「……実は、ですね。エメラルド・タブレットの第三節が、読めるようになりました」


 その言葉を聞いた瞬間、今まで楽しそうにしていたシエルさんの顔が引き締まった。この場の雰囲気も重苦しいものと変わる。

彼女の瞳はまっすぐ私とメルクさんを射抜いている。嘘を言ったら殺されそうな、そんな様子を彼女は纏っていた。


「……それ、本当?ご機嫌取りじゃなくて?」


 ……なるほど。多分、今までそういう嘘を付いたプレイヤーが何人かいたのだろう。だからこうして刺々しい、まるで取り調べみたいな感じになっているんだろうか。

とはいえ、私達がエメラルド・タブレットを読めるようになったのは紛れもない事実である。大丈夫、胸を張って話せ、私。


「はい。……証拠、お見せしましょうか?」


 ダイレクトメッセージ(NHOの機能の一つで、特定の相手にチャットを送る事ができるもの)で『ここで偉業の記載の許可、お願いできますか?』とメルクが送ってくる。確かに、教室に入った時の反応からしてNPCも年表を確認できる――というか、その存在を知っているんだろう。


 ならばこの場で年表に記載する、というのは証拠として確実なものになるという事だ。『了解』とだけ返事をして、通知タブから「エメラルド・タブレットの第三段階を開放」の年表への記載を許可する。


〈アリスが「エメラルド・タブレットを解放」「賢者の記憶Ⅲ解放」の偉業を達成しました〉


 その通知はシエルさんの元にも伝わったようで、一気にその表情が苛辣なものから驚愕のものへと変化する。遠くの方でこちらをチラチラ見ていた生徒達も、その通知が届いてからはずっとこちらを見てくるようになった。


「ふふ……ふふふふ……」


 急にシエルさんが俯いて笑いだした。ちょっと怖い。


「だ、大丈夫です……?」


 突然、シエルさんがバン、と机を叩いて立ち上がる。

そして私達二人を指さし、教室に響き渡る程の声のボリュームでこう言い放った。


「――いいや大丈夫じゃないさ!よし、今日から君たちに――この錬金棟名誉会長の座を与えようじゃないか!」


「あ、ありがとうございます……」


「そうそう。実は私達の方でも錬金術に関して二つ新発見があったんだよね~。よし、特別に君たちには教えちゃおう!」


 名誉会長というのが一体どれだけ重大な役職なのか全く分からなかったけれど、多分それになったおかげで新情報とやらを教えて貰えるのだろう。ここはありがたくなっておく事にする。


 ……それと、物凄い勢いでボイスチャットの申請が届いているけど、とりあえずそれは見なかった事にしよう。うん。ごめんオグロ、委員長。ちょっと待ってて。今大事な所だから。

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