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VS毒蠍

「メルクっていつもあんな風に戦ってるの?」


 あの戦闘から少し後。何の脈絡もなかったけれど、気になったのでメルクにそう質問してみた。


「私も気になるな。あんな滅茶苦茶なスキルで戦うプレイヤーは見たことがない」


 私を含めた二人からの好奇の視線に晒されるメルク。

しかし、まああんな戦い方を見れば誰だって気になるだろう。私だって気になるし。


「分かりました。できる限りですがお話します。

まず大前提ですが、錬金術に必要なステータスは知力のみです。これは職業欄に書いてあったので、確実に信用できるでしょう」


 なるほど。だから近接系の戦い方――というかステータス振り、が出来る訳か。

そういえば、確かに私は職業を選んだときに説明を全く読んでいなかった。多分魔法関連だろうなーと思って適当に振ってた気がする。


「なっ……!?という事は君、錬金術師なのか!?」


 ワンテンポ遅れてイグニスさんが驚愕の声を上げる。

どうしてそんな驚くんだろう?と一瞬疑問に思ったけど、よく考えれば錬金術師って産廃職だった。そんな輩のパーティに入ったとなれば、確かに驚くのも妥当かもしれない。


「伝えていなくてすいません。抜けたければパーティを抜けてもらっても構いませんので」


「あぁいや、鍛冶師も錬金術師と同レベルでどうしようもない職業だからな。嫌という訳ではない。ただ、あの動きを生産職がした、という事に驚いていてな」


 どうやら驚いていた場所が違ったようだ。良かった。

確かに、どこからどう見ても先ほどの動きは生産職のそれではない。ましてやあれだけ見ては錬金術師だとは誰も思わないだろう。


「まあ、私は慣れていますから。――っと、採取ポイントがありましたよ」


 話を逸らされた気がしないでもないが、採取は重要だし。

というか採取しに来たんだった。


「おや、ここは残骸型ですか。どうします?」


「んー、まあ手に入るものは手に入れちゃっていいと思うけど」


 『原初の草原』で採取していた時は、見事に一面草だらけだったから気付かなかったが、このゲームの採取ポイントには同じエリアでも種類があった。

どんなオブジェクトの上で光っているかによって、採取可能な種類が変わってくるのだ。


 例えば、今目の前にある何らかの残骸の上で光っているものでは、一見するとガラクタのようなものが手に入る。そして私達が探しているのは鉱物の上(もしくはその付近)で光っているポイントだ。そこで採取すれば勿論鉱石関連のものが手に入る。


 ちなみに、素材アイテムと普通のアイテムのインベントリは分けられていて、素材アイテムを入れておけるインベントリの枠は滅茶苦茶大きい。だから後で整理や取捨選択、断捨離に困る事はないだろう。


 ……こういうところで生産職を優遇しなくていいからさ、もっと大元の生産職をマシにして欲しい。そう思っているのは私だけだろうか。


「二人とも、静かに。敵がいる」


「どこにもいなそうだけど……分かるの?」


「あぁ。視力はいいからな」


 あ、スキルがあるからとかそういう奴じゃないんですね。

……あれ?そういえば、なんでこのゲームに視力の良さとか反映されるんだろう?これVRゲームでしょ?


「イグニスさん、ちょっとした質問なんですけど……どうして視力の良さがゲームに反映されてるんですか?」


「あまり私にもよく分からないが……このゲームは夢の世界だ。視力が悪い人間が見る夢は当然視力が悪いままだろう?まあそんな感じで、現実の体験や感覚がある程度引き継がれるんだよ」


 はーなるほど。うん、分かった気がするけど分からない。まあ、夢だから現実世界の自分そのままが反映されるんだろう。

そうそう、今まで全然敵と出会っていないけれど、これは私達が敵を避けているだけで、フィールド上にはうじゃうじゃとモンスターが跋扈している。


 そして、それを視界に入れては避け、見ては避けと繰り返して行けそうな場所を回っていたのだ。視力の良い人もいるしね。

まあ実際は避けきれずにちょくちょく戦ってきていたのだけれど。そのおかげで後少し――それこそ一体倒せばそれだけでレベルが上がりそうな状態になっていた。


「私も見えてきた。デカイね……二体で道を塞いでる」


 前方の道の先が二つの大きな蠍型のモンスターに塞がれている。そして、その二体に塞がれている道以外に進める方向は、ここから戻る他にない。


 しかし、戻ってもまだ採取ポイントは復活していないし、今いる僻地以外を探索しようとするならばモンスターと何度も戦える戦力が必要となる。


 まだ私達は探索を始めて20分しか経っていない。個人的にはもう少し探索したい所である。

それに、メルクが「Wikiによるとこの先に中々の量の採取スポットがあるらしいですよ」と良い情報をくれた。

その辺も加味して皆で話したところ、「一回戦ってみよう」という結論が出てきた。


 幸いにも、デスペナルティは所持金の喪失(半額)と経験値の喪失(レベルは下がらない)しかない。

――であればアレに挑むのも面白いだろう。そのために、まずは計画を立てなければ。


「まずあれが何か詳しく分かる人、いる?」


「任せてくれ。【識別】なら持っている」


 イグニスさんが遠くの敵に向かって手をかざす。

そうそう、【識別】とはその名の通り敵を調べる事ができるスキルの事だ。

キャラメイクの時、これをとるか鑑定を取るかで悩んだために、このスキルについては良く知っている。

ほどなくして、イグニスさんが蠍達の詳細を伝えてきた。


「あれらはレベル7の「パープルスコーピオン」だな。毒を持っているから注意だ。

しかし……妙だな、あのモンスターは餌を探すために一箇所に留まることはないと書いてあるんだが……」


 顎に手を当てて深く考え込むイグニスさん。声をずっと聞いていると忘れそうになるが、これをしているのは年半ばもない少女である。

そんな可憐な女の子が名探偵ばりに深く考え込んでいるが、その顔つきはどこからどう見ても少女のそれだった。本当、物凄いギャップ……。


「採取ポイントを守っているんでしょうね。

……どうであれ通りたいなら倒すしかない、という事でしょう。誰か、あれを一体だけ引き付けられる人はいませんか?」


「どうして引きつける必要が?」


「サシでは確実に勝てると思うのですが、如何せん耐久が1なので、不意に横から攻撃される一対多では中々」


 ……確かメルクのレベルは6か5だった気がする。

それなのに一対一なら確実に勝てると豪語できる辺り、相当ゲームに慣れている人なんだろう。


「耐久1か……もう驚かないが、そんな修羅の道、良く歩めたね……」


「因みに私も耐久1。だから前衛はイグニスさんにお願いするね」


「……」


 何か、このパーティには揃いも揃って変人しかいないのか、みたいな目で見られた。幼い女の子がしていい目付きじゃないと思うんだけど。


「とりあえず、私は【ファイアボール】しか使えない。だから戦闘は勿論、引きつけるのも無理。二匹とも気づくだろうし」


「それもそうですね……」


「私の武器でもダメだな。遠くから当てられても音が大きすぎる」


 イグニスさんはそう言って背負っていた武器を見せてきた。

……うん、如何にも銃って感じの武器だ。確かに、これを撃っては二つともに気づかれるとは思う。


「なるほど。……所で、ここに手頃な石があるんですが」


 唐突にメルクは足元に落ちていた石を拾ってきた。アイテムとしてインベントリに入れることはできないが、それでも尖っていてある程度の殺傷力はあると思えるものだ。


「……そういう事ね。

――あー、実は私さ、水切り大会で優勝したことあるの」


 これは紛れもない事実だ。地元で行われたまあまあローカルな大会だったが、そこで優勝した経歴はある。メルクがその経歴に怖気付いたのか、少しぽかんとしていた。ふふ、もっと戦いて良いぞ。


 確かイグニスさんはこう言っていた筈だ。ここは夢の世界だから、ある程度現実の体験や感覚がゲーム内での能力を左右すると。

ならば、私にだってこの石を丁度蠍の一体に当てる事は可能なはずだ。


 とはいえ、この石は尖っているし、そもそも水切りをする訳では無い。なので少しフォームを変えて投げることにする。

石を掴み、蠍達に向けて手をまっすぐ伸ばす。そのまま肘を内側に曲げ、何回か素振りをした後に石を飛ばした。ダーツと同じ要領である。


 石は蠍の内一体に吸い込まれ、一匹だけがこちらに気づく――そんな予定だったのだが、運悪く襲ってきた強い横風に吹かれ、石は近くに突き出ている骨に当たってしまった。

骨は石に当たられ、ゴンと強く曇った音を響かせる。

当然蠍二匹もその音を聞き取り、こちらに気づいた。


「敵が来る!構え!」


 予想外の結果に唖然としていた私とメルクはイグニスの声で正気に戻る。

……イグニスさん、意外と指揮官とか似合うんじゃないかな。そう私は後方へ退却しながら考えていた。


――


「【ファイアボール】!」


 私の唯一使える魔法で敵を牽制する。

HPゲージは減ってはいるが、本当に減ってはいるといった具合だった。


「あいつは風属性が弱点だ!そこを突けるならそのスキルを!」


 すいません。私これしか使えないんですよ。


「風属性ですか……。風っぽい名前の技は使えるんですが、結局はただの物理になりますね」


 どうやらメルクも同じようだ。というか今は序盤も序盤、逆に近接職で属性技を持っている方が珍しいだろう。


「くっ……【装填】【射出】」


 イグニスさんが先ほど見せてくれた、上部にゴツいギザギザした箱(?)がついた、マスケット銃のような武器で敵を射撃する。その攻撃は結構なダメージになったようで、片方の蠍が少しだけ怯んだ。


 こちらに向けて突撃してくる蠍達の距離がそれによって離れたのを確認し、メルクは一対一に持ち込めると判断したのだろうか、突っ込んでくる蠍に向けて駆け出した。


「【ウェポンチェンジ】、【一陣の風(ヴィンドボルト)】!」


 メルクがナイフを構え、目にも止まらぬ速度で蠍を切り裂く。

私も【ファイアボール】で援護しようかと思ったが、やめておくことにする。このゲームに誤射機能はないけれど、単にエフェクトが邪魔になるだろうと考えたからである。メルクが一匹と必死に戦っているため、狙いは先ほど怯んだもう一匹の蠍にする事にした。


「【ファイアボール】!」


 人の頭程度の大きさの火球が蠍の頭部に直撃する。だが、火属性に耐性でもあるのか、イグニスさんの時と違いあまり怯まない。それどころか、こちらに狙いを付けて突っ込んできた。


「あっぶなっ!?」


 蠍の尾がさっきまで居た地点に突き刺さる。幸い回避行動を取っていたから、尾が地面に突き刺さった衝撃を受けるだけで済んだが、それでも耐久1だからだろうか。馬鹿にならないダメージを受ける。


「こっちだ!【射出】!」


 イグニスさんの手にした銃から緑色の奔流が迸る。彼女が発射した弾を横っ腹に受け、蠍はバランスを崩し、そのままひっくり返った。


「【排出】……アリス!私の武器はクールタイムが長い!早く攻撃を!」


「りょ、了解!」


――――

メルク▽

――――


 【一陣の風(ヴィンドボルト)】で敵を翻弄し、【遣らずの雨(レーゲンブレイク)】で敵を止める。

まともに使えるスキルはその二つしかなかったけれど、私にはこの二つで十分。

それだけあれば、この蠍を倒せる。それは私の経験から裏打ちされた、確実なものだった。


 隙を見て【ポインター】で目を焼けないか試みるけれど、それは何回も失敗している。きっと意味がない。

そんな事をするくらいなら、尻尾かその付け根を破壊するのを試みるべき――そう思考を改めて戦い方をまた考え直す。


 NHOには部位に特定の属性、例えば打撃や斬撃などで攻撃する事によって部位を破壊する事ができるシステムがある。きっと、この蠍が自慢げにぶら下げている尻尾も切り落とす事ができる筈。


 鋏で進路を塞ぎ、もう片方の鋏で攻撃してこようとするけれど、それは私には無意味。

一陣の風(ヴィンドボルト)】はナイフを振り抜きながら高速移動できるスキル。


 頭の中でそれを発動させて、スキルガイドに沿って動く。発動させるまではガイドに沿わなければならない事が気に食わなかったけれど、発動後は好きに動けるし、ガイドは思考である程度曲げられるから、その程度は許容するべきかもしれない。


 構えを解き、超高速で駆け出した私の足に合わせて蠍の鋏にナイフを突き立てる。そのまま残る慣性を利用して、ナイフを棒高跳びの棒の様に使い飛び上がる。

私は空中で一回転し鋏の向こう側へ着地した。それと同時に片方の鋏が私の居た場所に振り下ろされたのが音で分かった。


 徒手で発動させた【遣らずの雨(レーゲンブレイク)】で蠍の動きを止めて、【ウェポンチェンジ】でもう一本用意しておいたナイフを装備する。

我ながら理解不能なスキル振りだと感じたけれど、こうして上手く立ち回れているのだからどうだって良い。


 再度【一陣の風(ヴィンドボルト)】で尻尾の方へ回り込み、一番の脅威である蠍の尻尾を破壊する為に何度も何度も切りつける。

ふと蠍のHPゲージを見れば、もう半分を切っていた。


 これなら勝てる。そう意気込んだとき、異変は起こった。

それは、突然アリスさん達と戦っていた筈の蠍が乱入してきた事。


 その唐突な来襲に気を取られた瞬間、もう片方の蠍の鋏が私を吹き飛ばす。

吹き飛んだ先の岩に体が叩きつけられ、自身が『スタン』の状態異常になったのを確認した。


 アリスさんとイグニスさんは襲ってきた方の一体の蠍と戦っているのが見える。

そして私の方には、私に止めを刺そうと近寄ってくるもう一方の蠍の姿が。

……これが耐久1ですか。すみません、あれほど豪語したのに倒せませんでした――。そう思いながら、私はもがくのをやめて目を閉じた。


――――

アリス▽

――――


「アリス!【ファイアボール】は使えないのか!?」


「まだクールタイムが終わってません!」


 なんとかターゲットを私達に引きつけようとするが、全くうまくいかない。

そして遂に、最悪の事態が私達を襲った。

それは、必ず勝てるだろう――少なくとも私はそう思っていたメルクが、後方の岩に叩きつけられて動けなくなっているのが見えたからだ。


「嘘……。

――っ、イグニスさん!その銃は!?」


「……無理だね。【排出】が始まったから、少なくとも今から少しの間は撃てない」


 イグニスさんの銃は何発か撃つとリロードが必要なようで、そのリロードに要する時間は非常に長い。先ほどまでの蠍との戦いでそれを何回か見てきたから、その事実は知ってはいた。だが、流石に間が悪すぎる。なんだってこんな時に……。


 落ち着いて、私。メルクを助ける方法を考えないと。

別にデスペナが軽いからいいんじゃないか、そう思うかもしれない。だけど、VRゲームで仲間が倒されるのを見るのは嫌だし――そして何より、ピンチの仲間を助ける……あゝ、なんと美しい響き。ここで助けられなかったらカッコ悪いにも程がある。


 だけど、助けるとしてもどうするか。イグニスさんの銃は使えない。彼女は他に攻撃手段を持っていないから、私以外にメルクを救う事が可能なプレイヤーはいないと考えるしかないだろう。


 ここからメルクさんと蠍までの距離は10m程。私が走っても間に合う距離だ。

だけど、たとえ間に合ったとしてどうする。

メルクさんを運んで逃げる?……いや、逃げてもいいけど、メルクさんの動けない状態がいつ解けるか分からない。


 となると残されるのはイグニスさん一人。そうなったら喜々として蠍達はイグニスさんを狙うだろう。襲った方の蠍は私の【ファイアボール】一発で沈む程度のHPしか残っていないとしても実質一対一になる。

……だけど、イグニスさんの武器はマンツーマンで戦う場合には隙が大きすぎる。多分だけど、イグニスさん一人では勝てない。


 私がメルクさんの盾になる?……駄目、そうなると残るのはスタンして動けないメルクとイグニスさんだけだ。スタンがいつ解けるか分からない以上、やっぱりイグニスさんに全てを任せる事になる。結局三人とも死んで街へ戻されるのがオチだ。


 もう少しで詠唱が終わる【ファイアボール】で攻撃する?――いや、あの蠍はこれまで何発も撃ち込んできたファイアボールで全く動じていない。不意をついたとしても結果は同じだろう。


 メルクと戦っていた方の蠍は満足気にメルクの方へ歩みを進めながら、その大きな尻尾を振り上げていた。どうすればメルクを助けられるか、……もしかしたら、もうどうしようもないのでは?


 ――――いや、ある。この場面では最良の選択が……!

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