特製レシピと素材集め
「――まあ独自に、とは言うけど実際はただの総当り。今は数種類しかないけど、良ければ見ていってよ」
そこには私の知らない――というより、私の予想をはるかに外れたレシピばかりが載っていた。
「『伝導石』・『石炭』・『蒸留水』=『黒曜石』……えぇ?なんですかこれ」
「『メモ:吹っ飛ぶ』…………何故?」
「いや、私に聞かないで。当の本人らも訳わかってないから」
困惑の目でシエルさんを見たけれど、どうやら彼女――いや、ここにいる誰もが訳が分からないといった状態らしい。
どうにか理解しようと他にもレシピを見たが、どれも常軌を逸している物ばかりだった。このゲーム、もしかしたら錬金術に何か別の法則が存在するのかな……?
――
「で、結局何も分からず終わったって訳か」
「人聞きが悪いね……こんなの誰も分からないでしょ」
「確かにな」
いつも通り栄水と教室で弁当を食べながら駄弁る。明日と明後日は学校の振替休日で休みのため、帰ったら即刻NHOにインし、夜通しで今度こそエメラルド・タブレットの謎を解明するつもりでいる。
「しっかしすっかりお前もNHO……っていうか錬金術師にハマってるよな」
「そう?」
別段そんな事はないと思うけれど。そもそも錬金術を始めた理由はくだらない理由だったし。
確かにどんどん深まる錬金術の謎が気になってはいるけれど、それがハマっているという事にはならない筈だ。
「とか思ってるだろうけどさ、真面目に錬金術やってるプレイヤーなんてお前とお前が言ってたメルク?ってプレイヤーしかいないと思うぞ」
「さらっと人の心を読まないで欲しいんだけど……」
別の部分に反応してしまったが、確かにそう言われると一理ある。メルクが言うには錬金術のスレはお通夜ムードらしいし、そう考えるならハマっていると言えなくもないかもしれない……?
「まぁ、確かに錬金術……始まってすらないけど、楽しくはなってきたかも」
――――――
「思ってたより寒い……」
私は今、種族〈ドワーフ〉で開始した際の初期地点でもある街、『カルサイト』に来ている。
ここに来た理由は、少し前にメルクさんと「一度先ほどのレシピで黒曜石を作ってみましょう」という話になったからだ。ちなみに黒曜石を選んだ理由は素材がお手頃という事以外ない。
一度作ってみれば何かが分かるはず、そう信じて私達はまず素材を集める事にしたのだ。
『黒曜石』作成に必要なのは、『伝導石』、『石炭』、そして『蒸留水』だ。この内、蒸留水は錬金棟内で錬金する場合に貰う事が可能らしいので、必要なのは伝導石と石炭の二つとなる。
そして、石炭はドワーフの初期エリアの街で買うことができ、伝導石も同様に初期エリア近辺ならどこでも採取できるアイテムである。
各種族の初期街は、各街のモニュメントから行き来する事が可能である。そのため素材集めの為に私ははるばるカルサイトにやってきたという訳だ。
しかし本当に思っていたよりも寒い。高山の街とは聞いていたが、まさか防寒具が必要なレベルで寒いとは思わなかった。ちなみに、現在私は防寒具を何一つ持っていない。
――
「おや。一日ぶり――いえ、14時間ぶりですか。おはようございます、アリスさん」
丁度街の外へ出る門でばったりメルクと出会った。特に素材集めに出る、とは言っていなかったが、きっとメルクも同じく素材を集めに来ていたのだろう。見上げた研究心である。
ちなみに、夜中にインしているのに“おはようございます”とは何事か、と思う人もいるかもしれないが、このゲームはリアルの一日で三日経つ、即ち一日八時間という形を取っているのである。
そしてゲーム内の現在時刻は午前6時。おはようございますという挨拶が何もおかしくない時間だ。
「メルクも素材集め?」
「はい。アリスさんもですか?」
「勿論」
どうやらメルクはしっかりとカルサイト周辺について調べてきているようで、十分な防寒対策をしてここへ来ていた。
……。私も下調べすべきだった。
「そうです、折角ですからパーティを組みませんか?」
「いいの?私一人だと若干……いや、かなり戦闘面で不安だから、居てくれると嬉しいな」
それは願ってもない提案だった。私のレベルは5、ここら一帯の推奨レベルは6である。一人で行く場合スニーキングをし、もし見つかればファイアボールで牽制して逃走――と、本当にMMORPGかと思える探索法を行うつもりだったが、メルクが加わるというのなら話は別だ。
多分、私よりも戦闘向きのスキルは取っているだろうし。きっと。メイビー。
まあ変な懸念は考えないようにして、街の出口に向かって二人で歩いていくと、不意に私たちの後ろから声を掛けられた。
「すまない!素材集めに役立てる自信はある。だから私もパーティに入れさせてもらってはいけないだろうか!」
それは非常に凛々しい、かつ幾らかの男らしさを含んだ女性の声だった。だがしかし、後ろを振り向いてもその声の主らしき人物はどこにもいない。
付近にいるのは何人かのドワーフ種族のキャラクターだけだ。どうやらメルクも同じく分からないようで、辺りをきょろきょろと見回している。
「あぁそうか、見た目がドワーフだからな。私だ」
よく見れば、近くでぴょんぴょん跳ねているドワーフの少女が見える。
……いやちょっと待って。この少女が声の主なのか……?
彼女は声の主が私だ、と主張するように桃色の髪を振り乱しながら飛び跳ねていて、その顔にはあどけなさが十分残っている。
どこからどう見ても先ほどのようなイケメンボイスが出せるようには見えないけど――。
「そうそう、ここだ。桃色の髪のドワーフ族が見えるか?それが私だ」
本当だった。嘘でしょ……?メルクの方をちらりと見ると、彼女も私と同じく、イメージが違いすぎて絶句しているようだ。体が硬直しているのも見て取れる。
……いけない、話が逸れすぎだ。あの子――いや、彼女はパーティへの参加を望んでいるようだけど、どうしてここでパーティに加入したいと言い出したんだ……?
「アリスさん、そういえば掲示板で“街の門近くにいるプレイヤーは臨時でパーティを組める人を募集している”とか何とか書かれていた気がします」
メルクがそう耳打ちしてくる。そういえば、私も掲示板でそんな記述を見た覚えがある。なるほど、そういうローカルルールもあるのか。
……後でローカルルールにはざっくりと目を通しておこう。そうしておかないと何が起こるか分からないし。
「では臨時面接を始めます。まず、貴方の名前から教えていただけますか?」
またメルクが唐突に何かを始めた。とはいえ、臨時だろうとある程度相手について知っておかないといけないというのは当たり前だ。
そもそも職すらも分かっていないのだ、面接くらい問題はない。
ドワーフの人もいきなり始まった面接に少し面食らっていたが、すぐさま気を取り直し、メルクの前に立つ。身長差は二倍くらいあるけど。
「私はイグニス。職業は鍛冶師、レベルは6だ」
「なるほど。では何故このパーティに参加する事を志願したのですか?」
意外と本格的に面接らしき物が進んでいる。突発的に始まった事だが、メルクもイグニスさんも真剣な顔で臨んでいた。……いや、イグニスさんは分かるけど、なんでメルクも真剣なの?
……まあいい、それより突っ込むべきはいつのまにか出現していた机と椅子だろうか。というかイグニスさん椅子に立ってるし。
「素材集め、と聞こえたからだ。それに関係するスキルは取っているから、ある程度お荷物にならずに済むかと思ったからだ」
「ふむ、お荷物、という事はどういう事でしょうか?簡単に説明をお願いします」
「あぁ、私は戦闘スキルをあまり取っていなくてね。普通のパーティなら見事にお荷物って訳だ」
「なるほど。ではイグニスさん、不束者ですがよろしくお願いします」
「……えっ?」
その返答が意外だったのか、イグニスさんは驚き、椅子に立ったまま器用に固まっている。お荷物だ、と自分から言っているのに採用された、その事に驚いたのだろう。
というかあの驚きようからして、今まで幾つかのパーティに参加しようとして全敗していた人のようにも見える。
「ふふ。何故採用されたのか、という顔をしていますね。
答えは簡単です。何を隠そう、私達もお荷物ですから!」
「それは誇るところなのか……?っと、そこの君は私が参加しても大丈夫なのかい?」
「メルクが言うなら大丈夫。それに、私もお荷物だから」
――――
『カルサイト』から出てすぐのフィールド、『真なる原風景』。乾き、荒れ果てた土地に何の生物かは分からない巨大な、それこそ塔の様に大きい骨が何本も突き出ている。
空の色は常に薄暗く、焦茶色の大岩が粗雑に骨と混在している、『原初の荒野』エリアとは大違いの生気のなさがとても特徴的だった。
そんな場所を採取ポイントを探しながら歩き回る。どうやらイグニスさんは《採取強化》から派生した《採取ポイント増加》というスキルを取っているらしく、私達の見えない採取ポイントからアイテムを手に入れているらしい。それでいて、採取した素材の分け前は平等という。とてもありがたい。
「うわ、モンスターに気づかれちゃったかも」
「気を付けてくださいアリスさん、イグニスさん、ここは私が」
こちらに気づいたモンスターは狐のようなモンスターだ。気付くやいなやその脚力を駆使し、私達のいる方へ駆けてきた。
メルクが詠唱をしようとする私を手で制し、一歩前へ出る。
そしてメルクさんは右手を胸の前へ、左手を顔の前に構え軸足を一歩下げる、なんだかよく分からない構えを取った。
狐のモンスターが前へ出てきたメルクにターゲットを移し、突っ込んでくる――そう見せかけ、目の前で急停止し、体を大きく回転させてしなりを効かせた尻尾で攻撃してきた。
普通の人間ならそのフェイントに対応できず、一撃貰うところだっただろう。しかしメルクは――。
「甘いですね」
襲いかかる尻尾を左手の二の腕で受けきり、そのままお返しとばかりに横っ腹に右フックをかます。当然受けられるとは思っていなかったであろう狐は吹っ飛び、力なく倒れこんだ。
その美しいカウンターは目で追う事が難しいくらい早く、そしてオグロや委員長が使っていたスキルで見たことがない物だった。
「あれは……【カウンター】?」
先ほどの動きを見て、イグニスさんが何か知っているかのように反応を示す。
気になったので早速聞いてみる事にした。
「知っているのイグニス?」
「ああ。あれは確か――格闘系統のスキルで最初の方に取れるスキルだ。猶予時間が本当に短いし、しっかり攻撃に対応しなきゃいけない。産廃認定されて、誰も取っているキャラはいないと思っていたけど」
どうやらそういう事らしい。
しかし、何故錬金術師という職業なのに物理技で戦っているのか、一度その辺もメルクに聞いてみよう――そう思ったところで、戦況が更に動いた。
「【ウェポンチェンジ】」
メルクのその声が聞こえると同時に、さっきまで徒手だったメルクの手に魔法の杖が二本現れる。気になったのでまたイグニスさんに聞いてみる事にした。
「あれは?」
「あれは狂戦術に関連したスキル。狂戦士はポンポン武器を使い潰す戦い方だからな。あのスキルは必須スキルだ」
一体どんなスキル振りをしているのか本当に疑問になってきたけど、メルクの攻勢はまだ終わっていない。倒れている狐の方へつかつかと歩いていくと、狐の両目に向かって杖を構えた。
「【ポインター】」
杖から照射される二本の光線が狐の両目を焼く。
えげつなっ……。そういう使い方があるのかと一瞬感心したけど、やっぱあれはちょっと……。
気になってちらりと隣を見れば、イグニスさんも若干引いていた。
目を焼かれて意識を取り戻したのか、逃げ出そうとする狐の首根っこをメルクは残酷にもむんずと捕まえ、狐を両手で抱えてこちらへやってくる。
「そうです。アリスさん、イグニスさん。《暗殺術》の【首狩り】って、字面から大鎌武器専用と思われていますが、実際は素手用なんですよ。――このように」
「【ウェポンチェンジ】【首狩り】」
再度メルクさんはウェポンチェンジを使用し、徒手になる。その後、彼女はまた見知らぬスキルを発動した。それと同時に狐の頭と首を持っていた手が九十度曲がり、何かが折れる嫌な音と共に狐が光の粒子に変わる。
メルクはそんな一連の戦闘を終えて、手をパンパンと払って手持ち無沙汰そうにしていた。
「お、お強いですね……」
私達二人は、そんな風に冷や汗をかきながらメルクを褒める事しかできなかった。