雨の森の宿屋
夕食は恙無く終了した。
センテの作った料理はどれも美味しく、食べただけで疲れがとれて元気になったように感じられた。しかし、そう感じるという事は、実は疲れていたという事でもある。自身では自覚は無くとも、慣れない旅で意外に体力を使っていた、という事なのかもしれない。
もしかしたらこの三日間魔法を一切使わなかった事も、地味に影響している可能性もある。魔法を使わないからといって疲れるはずはないのだが、使わないようにしようと思う事で、無意識に気を張っていた可能性はあるという事だ。まあ、その事に気が付いただけでも、収穫だったといえるのではないだろうか。
そして夕食後、ヨンフリーは本来なら部屋へと戻るべき所を、センテの誘いで、そのまま食堂に残って二人と少し話をする事にした。多少面倒には思わない事も無かったのだが、しばらく誰とも話をしていなかった事もあり、誘いに乗る事にしたのだ。
男の名はティクトンといい、一応彼がこの宿の主だという事だった。とはいえ実際は、センテと二人、協力してこの宿を運営しているらしい。というよりも、この宿はむしろセンテが主となってやっている様に見える。主導権は明らかにセンテの方にある様だ。
お互いに簡単なあいさつを終えた後、センテの指示でティクトンが食器を片しにその場を去っていくと、センテはヨンフリーの正面の席についた。そして、席に着くなり言ってくる。
「あなたの様な綺麗な女性がお一人で旅をしているなんて。何か事情があるのでしょうけど、気を付けなければダメですよ。最近は若い女性を狙って襲うふととき者もいるようですから」
どうやらセンテはヨンフリーの容姿を見て、母親目線で注意してくれているらしい。
実際の年齢は多分ヨンフリーの方が年上なのだが、それを言うと説明が面倒くさくなりそうなので、ヨンフリーは、ここは話を合わせておく事にした。
「ありがとう。でも大丈夫。これでも私、結構強いのよ。竜を従えるくらいの男でなければ私の事を従える事なんて出来ないかも」
「竜? これはまた大きく出たわね。でもまあ、あなたが普通の旅人でない事は何となくわかるわ。そもそも、そんな女性でもなければ、一人きりでこの時期にこんな所を旅している訳がないものね」
「そうね、そう思っておいてくれて、良いと思うわ」
ヨンフリーがあまりに堂々と言い返してきた為、センテは少しだけ目を見開いた。が、すぐに真顔に戻って言ってくる。
「でも、これからラドオークへ向かうのは確かなのだろうから、一応忠告しておくわね。……。最近、ラドオークの街の城壁の外側辺りに、新手の強盗が現れるようになったみたいなの。少し前まではそこには別の盗賊団が巣食っていたんだけど、そいつらが「貧民街の英雄」とかいう旅人にやられたのを良い事に、空いたその盗賊団の昔のシマにそのまま入り込んで居付いちゃったらしいのよ。ラドオークのお役人さんも何とかしようとしているみたいなんだけど、追いかけると森どころかキュレ峠の先まで逃げて行ってしまうらしくてね、そうなるともうラドオークの役人が手を出せる場所じゃなくなるから、捕まえる事が出来ないらしいの。そんな強盗くらい、あなたに言わせれば心配ない事なのかもしれないけど、若い女性は狙われやすいっていう噂だし、捕まるとどこかに売られてしまうっていう噂もあるから、一応、注意しておいてね」
センテの目は真剣で、本気でヨンフリーの身を案じてくれている事がわかる。もしかしたら、センテは被害に遭った誰かの事を知っているのかもしれない。
正直、そのくらいの事ならヨンフリーにとっては心配ないレベルの問題だと思われるのだが、ヨンフリーはセンテの気持ちを受け入れて気にかけておく事にした。
「わかった。気を付ける事にするわ」
ヨンフリーがそう言ったちょうどそのタイミングで、ティクトンが厨房から戻って来た。洗い物をしたにしては早いので、恐らく洗い場に食器を置いて来ただけなのだろう。センテも同じ事を思っている様で、ティクトンの顔を睨みつけている。だが、ティクトンはそれを気にする事もなく、つかつかと近寄って来て、何食わぬ顔でセンテの隣にどっかと腰を落ち着けた。
「…で、ウルオスの鎖国はあとどれくらい続きそうなんかな?」
何が、…で、なのか良くわからないが、ティクトンの興味がそこに有る事は良くわかる。宿の運営がかかっているのだろうからある意味当然の事かもしれないが、随分と横柄な態度だ。が、センテを見ると、センテもティクトンを睨むのをやめ、姿勢を正してヨンフリーの言葉を待っている。ならばヨンフリーとしても、その話しに応じるより仕方がない。
「ウルオスの復興は順調に進んでいるわ。けど、開国するのはもう少し先の事になるでしょうね」
「噂じゃあ、ベイオングに国境の山を崩されて、国中を滅茶苦茶にされ、皇帝陛下以下、偉い人は皆、殺されたって言う話じゃねえか。本当に復興できるのか? いやな、これからの事もあるし、ウルオスの復興が難しいっていうのなら、俺達もここを引き上げる事を考えなきゃなんねえと思ってるんだ。いつまでもこんなんじゃあ、俺達がここに残っている意味もねえからな」
ティクトンは右手を大きく広げ、三人以外に誰もいない食堂を指し示した。
ティクトンが心配するのは尤もな事だった。現状、ウルオスは完全に外界と遮断された中で復興作業を行っている為、外部の人間には今のウルオスがどうなっているのか、想像するしかない状況なのだ。そんな状態では不安になるのも当たり前だし、噂話もどうしても大げさになってしまう。
ここは安心させてあげるべき所だろう。
「まず最初に言っておくけど、今回の騒動でウルオスという国が無くなる事は絶対にないわ。確かに国内は随分と荒らされたけど、新しい皇帝も決まり、国境も整備され、街だってほぼ機能は回復済みだもの」
「じゃあ…」
ティクトンが身を乗り出してくる。が、ヨンフリーはそれを手振りで押さえた。
「ううん、でもまだなのよ。ウルオスに来る者は魔法を習得する目的で来るからね。今はまだその肝心の教場がまだ荒れたままだから、それが修復されるまでは新皇帝も国を開ける決断は出来ないと思うわ」
実際、ウルオスは今もまだ復興の真っ最中にある。新皇帝に決まったゲラン以下、弟のサンファンも妹のリアリスも、今頃は魔力をフル活用して復旧作業を行っている事だろう。つい先日までは、ヨンフリーもそこに加わっていた。
当初から国の行く末にはあまり興味のなかったヨンフリーだが、別にウルオスという国が嫌いな訳ではない。弟達や街の住民達の事は好きだし、それ故心配でもあったので、持てる魔力をフルに使って、他の皇族ともども復興の為に尽力してきたつもりだ。
その甲斐あって、ベイオングに破られた国境の山のトンネルは元通りに埋め戻され、結界を維持するための八つの塔とウルの街、それに第一皇宮の居住区については、ほぼ復旧は完了した。しかし、被害の著しかった北と西の教場、それに第一皇宮内の上級者向けの教場については、まだまだ時間がかかりそうな状況だ。
修復にどれくらいの時間がかかるかについても、まだわからない。ある程度元に戻す事が出来た時点で国を開ける事も出来るのだろうが、それは新皇帝の腹次第だと言わざるを得ない。
「けど、ウルオスが無くなる事はないっていう事でいいんだよな」
「それについては間違いないわ。保証する」
「あんたに保障されても何にもならねえが、けどまあ、もう少しここで頑張ってみるかな。なあ、センテ」
「なにが、なあ、センテ、だよ。あんたの事だ。どのみち他所へ行く事なんざ、考えていなかったんだろう?」
「そんな事はねえぞ。俺だって客も来ないのにこんな所にいつまでも居座っていたって、仕方がない事位わかってる。いくらこの場所が好きだからと言って、生きていけないんじゃあしょうがねえ」
ティクトンはヨンフリーの目を見つめて止まった。本当に大丈夫かと問うているのだ。
「時期についてははっきりとは言えないけど、いずれまた国を開く事については間違いないわ。それも、たぶんそれはそんなに遠い先の話じゃない」
そうでなければ、ヨンフリーが大事なものを託してきた意味がなくなってしまう。ヨンフリーは、右の手首に嵌めた、一列に並んだ花の模様が印象的な木製の腕輪にそっと左手を添えた。
ヨンフリーが国を出る事を決断したのは、国境の山と結界、それに住民と皇族が住む為の場所が復旧した事がきっかけだ。此処から先は、ウルオスの統治に関わるつもりのない者が、新しい皇帝の近くにいるべきではないと考えたのだ。ましてや、ヨンフリーは新皇帝ゲランよりも年上になる。近くにいれば、鬱陶しく思われたとしても仕方がない。
そこでヨンフリーは、ヨンフリーの知る限り、ウルオスの皇族以外では最も大きな魔力を持つであろう、トキト達コチの面々の動向を探りに行くという事を口実に、一応はまだヨンフリーの配偶者候補であるトキトの元にしばらくの間寄せてもらいに行く、と言ってウルオスを出てきたのだ。
トキトの名前を出したのは、国を出る口実として使いやすかった事に加え、ゲランやサンファンを牽制するという意図もある。ヨンフリーがトキトの側にいると思えば、少なくとも安易な考えでゲランやサンファンがシオリやイチハにちょっかいを出す事は無くなるだろう、と考えたのだ。尤も、彼等はしばらくは復興に力を注がなくてはならないだろうから、そんな心配をする必要はなかったのかもしれないが…。
実際、ある程度めどが立ったとはいっても、ウルオスを元の状態に戻す為には、まだまだやらなければならない事はたくさん残っている。当然、皇族の持つ大きな魔力が必要となる場面もあるはずだ。そんな大事な局面で、大きな魔力を持つヨンフリーが抜ける事は、残された弟妹達に大きな負担を強いる事に他ならない。復興に必用な魔力が不足する場面も出てくるかもしれないし、何より魔力に余裕がなくなる事で、残された者達が精神的に余裕がなくなる事なども危惧される。いくら国の運営に関わらない邪魔者だからと言って、弟妹達にそんな風に負担をかけるつもりはヨンフリーには無かった。
そこで、ヨンフリーは自分の魔力の四分の三をゲランに預けて行く事を決めた。皇家に伝わる秘術を使い、自分の魔力を八つに分割し、そのうちの六つ分の魔力の使用権をゲランに譲渡したのだ。これによってゲランは、ヨンフリーを含めた他の三人の皇族と比べ、圧倒的に大きな魔力を持つ事となり、自分の意図に沿った復興がやりやすくなったはずだ。これは、新皇帝が新たな国家の運営を軌道に乗せる為の仕上げとなるこの段階において、必要な措置だとヨンフリーは考えていた。
しかし、この皇家の秘術には欠点があった。
それは、被術者であるヨンフリーと施術者であるゲランが精々同じ街位の距離にいなければ、魔力を送れなくなってしまうという事だった。つまり、そのままでは結局、ヨンフリーはウルオスを離れる事はできなくなる訳で、それでは意味がないという事になる。
その欠点を解消する為に、ゲランとヨンフリーは古の双子の樹で作られたという双樹の腕輪を宝物庫から持ち出した。これは、遠く離れていても双子の樹の力で魔力の受け渡しができるというもので、これがあれば、欠点を補えると考えたのだ。
ところが、この腕輪も万能ではないらしかった。
いくら腕輪の力を使っても二つの腕輪を一定の距離以上には離れる事が出来ない事がわかったのだ。しかし、良く調べてみると、過去にこの腕輪を使った者の記録が見つかり、その者がエルファールやベイオングにまで行った事がある事がわかった為、そこまで行けるのなら充分だろうという事で、ヨンフリーは予定通りこれを使う事にしたという訳だ。
ちなみに、腕輪の限界距離以上に離れようとした場合、腕輪の力が働き、強引に引き戻されてしまうらしい事もわかった。また、外す為には二つの腕輪を接触させる必要があるので、双方とも勝手に外す事は出来ない。つまり、それなりの制約はある、という事になる。
「…わかった。あんたの言葉を信じるよ」
ティクトンは小さく頷くと、ようやくヨンフリーから視線を外した。
すぐにテスラが食って掛かる。
「なに偉そうなこと言ってんだ。さっきも言ったけど、どのみち、あんたにはここから出て行く気なんてなかったんだろう? 他人のせいみたいな言い方をしなさんな。お嬢さん、困っているじゃないか」
「あ、いや、そういうつもりはなかったんだが…」
ティクトンはセンテに押され、文字通りに小さくなっている。
ヨンフリーは、このやり取りを聞き、少しの間固まってしまっていた。
とはいえ、これは彼等の話の内容に起因するものではない。ヨンフリーは、まさかこんな所で「お嬢さん」と呼ばれる事となるとは思っていなかったのだ。加えて言うなら、ヨンフリーは別に困っていた訳でもない。先程の自分の発言の後、少々思考を巡らせてしまっていただけだ。
「あ、いや、センテ。私の事を気遣ってくれているなら大丈夫よ。ウルオスの復興が進んでいるのは事実だし、そう遠くないうちに開国できるようになる事も間違いないから、それが気になっているのだとしたらそんな心配はしなくていいわ。ただ、いつ、という事になると、それは新しい皇帝が決める事だから、私にはわからないっていう事なの。まだ荒らされたままになっている教場を全部直してからにするのか、それとも一部でも治れば国を開けるのかによっても、国を開ける時期は変わって来るしね。でもまあ、全部直ってからにするにしろ、ウルオスが閉鎖されてから今現在までの期間よりは短くなる事は間違いないわ。…その為に私も魔力を置いてきたんだもの…」
最後の一言は、ヨンフリーが小さい声で言った為、二人には聞きとれなかったようだった。
しかし、それでも、二人は十分勇気づけられた様だった。二人からはそれまでの妙な険が消えているのがわかる。
「ありがとう、お嬢さん。俺達はお嬢さんの言う事を信じるよ。けどまあ、ステラの言う通り、本音を言えば俺はここに残りたいだけなんだけどね。だからまあ、出来る限り此処で頑張ってみるよ」
「あ、いや…」
「いいっていいって。俺達の事は気にすんな。なんとかなるさ」
ティクトンが何だか偉そうにそんな事を言って来るが、ヨンフリーが最初、固まったのはそんな事とは全く関係ない事が原因だ。
「い、いや、そうじゃなくて。私の事を、…お嬢さん、と呼ぶのはやめてくれないか。私の事はヨンフリーと名前で呼んで欲しい。お嬢さん、って言う呼ばれ方は、慣れない所為かくすぐったくて嫌なんだ」
見かけで言えば、確かに、ヨンフリーはティクトンやセンテにお嬢さんと呼ばれてもおかしくない年齢にしか見えないかもしれない。しかし、実年齢は恐らく二人より上で、しかも、ウルオスでは皇女と呼ばれ、お嬢さんと呼ばれる事の無かったヨンフリーには、その呼称はくすぐったく感じられるモノだったのだ。
ティクトンとセンテは、先のヨンフリーの発言の後、しばらく二人で目を見合わせていたが、やがて何か思いついたのか、センテが笑顔になって言ってくる。
「ごめんなさい。もしかしてあなた、お子さんがいたりするのかしら?」
「ち、ちが…」
ヨンフリーの言葉をヨンフリーの意図とは違う方向に解釈したらしいセンテに、ヨンフリーは反論しようとしたのだが、その言葉に被せるようにしてセンテは続けた。
「いいのいいの。私達は、別にあなたの事を細かく詮索するつもりはないのよ。でも、もしお子さんがいるのだとしたら、お嬢さん、なんて失礼な呼び方だったわよね。ごめんなさい」
そして、隣でぽかんとしていたティクトンの頭を掴み、自ら頭を下げるとともに、ティクトンにも頭を下げさせた。
センテの解釈が的外れなものである事は間違いない。本来なら訂正すべき所なのかもしれないが、しかし、良く考えれば、そう解釈されたところで別に困る事もない訳で、ヨンフリーはそのまま笑って流してしまう事にした。
と、気まずく思ったのか、センテが話題を変えてくる。
「ところでヨンフリーさん、あなた、魔法って使えるの?」
「おお、そうだ。ウルオスから来たっていう事は、お嬢…、いや、ヨンフリーさんも少しくらいは魔法が使えるんだよな。もしよかったら何か差しさわりの無いヤツで構わねえから、見せてくれねえかな」
「魔法…ね…」
ヨンフリーが国を出るに当たって馬を使う事にしたのは、使える魔力量が制限されている為だ。仮に飛翔や空間移動の魔法のような魔力消費量の大きい魔法を使ったとしても、距離や回数に制限がある現状では、実用的ではないと言わざるを得ない。それに加えて、今後は市井に入っていく事を考えている以上、露骨に魔法を使う事によって悪目立ちする様な事態にはあまりなりたくないという思いも有る。
だが、使える魔力が制限されているとはいえ、ヨンフリーの魔法は魔法それ自体が弱くなっている訳ではない。もちろん、消費魔力が膨大で、ヨンフリーの残留魔力量を超えるような強力な魔法は使う事は出来ないが、消費魔力量の小さな魔法なら、習得済みのものであれば、レベルの高いものでも普通に使用する事は可能な状態だ。
少し考え込んでしまった為、何も言わずにいたヨンフリーを見て、困っていると思ったのだろう、センテが助け舟を出してくる。
「あんた。またそんな無理を言って…」
しかし、ティクトンはその言葉を遮った。
「い、いや、俺も別にヨンフリーさんが嫌だというのなら、無理強いしてまで見ようって言う訳じゃあないんだ。たださ、以前はこの宿にもウルオスから帰ってきた者達がたくさん泊まって行ったものだけど、大抵の者は魔法を覚えたっていう自慢はするが、実際に魔法を見せてくれたヤツはほとんどいなかったじゃねえか。見た事が有るのは、暗い場所を照らすカンテラの様な魔法とその辺の風に紛れて良くわからない、そよ風のような風を起こす魔法くらいで、大概のヤツは他の人の前では使いたくない、とか言って、魔法を見せてはくれない。でもよ、今ならここには俺達だけしかいない訳だしさ。どうだろう? 誰にも言わないからさ、ダメかな」
ウルオスを出た者の多くは、魔法を習得して帰っている。だが、それでもそれはレベルの低いものが大半で、その中には目に見えてわかるレベルにまで至っていない者も含まれる。そんな者達からすれば、見せたくても見せられないというのが本当の所なのだろう。たまにはある程度のレベルの魔法を習得した者もいたのだろうが、たとえそれがレベルの低いものであったにしても、ウルオス以外の場所では使い方によってはかなり大きな武器になる事もある為、出来るだけ他人に知られないようにと考えたとしても、わからない事ではない。
だが、ヨンフリーならそんな事を恐れる必要はない。さすがに悪目立ちするような巨大な魔法は使いたくないが、目立たない魔法なら特に隠す事もないと思っている。実際、そうでもしないと、少ない手持ちが無くなった後は、日々の食い扶持を稼ぐ事さえ難しくなってしまう。例えば狩り一つするにしても、ヨンフリーには魔法が必須になってくるだろうからだ。
それに、ついさっき感じたように、ある程度魔法を使ってやらないと、精神的にもよろしくない。そういう意味でも、今後は魔法も使わざるを得ないのだろうし、にもかかわらず、ここで二人に隠す事は意味がない。ティクトンの言う、誰にも言わないから、と言う言葉は眉唾物だが、そんな事自体、ある意味どうでもいい事ともいえる。
「わかったわ。なら、明日の出発前に見せてあげる。もう外は暗いから何をするにしろ良く見えないだろうしね」
「どんな魔法が使えるんだい?」
「それは明日のお楽しみっていう事で…」
あまり派手な魔法でなければ、それと、今後の事を考えて、あまり魔力の消費量が大きいものでなければ、例えば、炎や水の玉を射出する魔法程度なら、今すぐにでも見せる事は出来るのだが、ただそれを見せるだけでは面白くない。どうせ魔法を使うのなら、たとえほんの少しでも彼等の役に立つ魔法を考えたい。
さして深い考えがあった訳ではないものの、そんな風に考えたヨンフリーは、その後もう少し二人と世間話をしてから、早々に部屋に引き上げた。そして、考え事をしながらではあるものの久々の湯船を堪能し、充分に疲れが取れたところで早めの床に就いて熟睡した。