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終戦1

二匹目の海竜が完全に息絶え穴の中が静かになった事を確認すると、レーシェルは穴の底へと降り立った。すぐに先程落とした緋玉を探して動く。


緋玉はあっさり見つかった。瓦礫と瓦礫の間から赤い光が漏れ出ているのを見つける事が出来たのだ。レーシェルはそこまで行ってしゃがみ込むと、腕を伸ばしてその光の先にある緋玉を摘み上げた。

その場で上を見上げると、アルとクースが相次いで舞い降りてくるのが見える。まだ、完全に事が終わった訳ではないので、雛鳥達には岩棚の上に残っていてもらいたい所ではあったのだが、心配してくれている事もわかるので、レーシェルは彼らが降りてくるのをその場でしばし待つ事にした。そして降りて来た所で雛鳥達に注意する。


「アル、まだよ。クースも、気を抜かないで」

二羽の雛は穴の底に降り立つと、地面の上を飛び跳ねるようにしてレーシェルの方へと近寄ってくる。レーシェルは頭を下げて擦り寄ってくる雛鳥達の頭を撫でてあげた。

まだそんな事をしている場合ではないのかもしれないが、ヨンフリーも助けに来てくれた様だし、少しくらいは余裕を持っても問題ないはずだ。恐らくはレンドローブやコルドも海竜を斃してくれているはずなので、残った海竜はせいぜい一匹か、もしかしたらもう全て解決したという事だって考えられない事ではない。


が、そんな事とは無関係に、雛鳥達はレーシェルにじゃれつき甘えている。レーシェルは彼等の勢いに押され、足元の瓦礫に躓き倒れそうになってしまったものの、すぐ横にあった海竜の亡骸に手を突く事で何とか倒れずに踏みとどまった。


改めて周囲を見てみると、穴の底には二匹の海竜の亡骸と、その他にも崩れた岩棚や洞窟の瓦礫が無数に転がっている。いわゆる滅茶苦茶な状態だ。ここがこの雛達の住処だとはとても思えないくらい荒れている。この後の後始末の事を考えると気が重くなってくる。

が、雛鳥達は、相変わらずレーシェルに顔を寄せ気持ちよさそうにしている。アルなどは大きな頭をレーシェルに擦り付けるようにして甘えていて、もうすっかり安心している様にみえる。


「アル、くつろぐのはまだ早いですよ。甘えたいなら後でたっぷり甘えさせてあげますから、今はまだ油断してはいけません。外ではまだみんな戦っているのですよ」

言いつつアルの躰をゆっくり押し返して離れると、レーシェルはついさっき頭を潰したばかりの二匹目の海竜の亡骸の方へと歩き始めた。この海竜の胴体にはたくさんの透明な槍が刺さっている。うっすらと青い光を反射する氷で出来た氷の槍だ。


この海竜を斃す事が出来たのは、この氷の槍の助けが大きかったといわざるを得ない。あの時、氷の槍が海竜を滅多刺しにしてくれていなければ、もしかしたらまだ止めを刺す事が出来ていなかったかもしれない。


これらの槍は全て同じ方向から撃ちこまれている。その射線の先にあるのは洞窟だ。洞窟は、海竜が強引に通ってきた事で中の凸凹していた岩などが削れ、先程見た時よりも更に大きくなっている。覗くと随分と先まで見通す事が出来、ずっと先には以前は見えなかった外の光も見えている。これだけの大きさがあれば、人ならば充分楽に歩いて行けそうだ。


少し中まで行ってみよう。

レーシェルはそう思い、洞窟の入口に向かって大きく一歩踏み出した。と、そこへ突然レンドローブの声が届いて来る。


『すまんレーシェル、随分と手こずってしまった。そっちはどうだ、雛たちは無事か?』

その内容から、どうやらレンドローブの方も決着がついたらしいとわかる。急いで上を見上げてみるが、レンドローブの姿は確認できない。レンドローブは海竜を引き離す為に遥か沖にまで行っていたはずなので、良く考えればここにいないのは当然だ。


『こっちは大丈夫です。雛たちは無事です』

レーシェルが返事を返すと、レンドローブは小さく息を漏らした。


『ふう、ちょっと熱くなってしまってな、少々時間がかかってしまったようだ。その所為で、もしかしたら何匹か見逃してしまったかもしれんが、どうだ、雑魚が何匹か襲って来なかったか?』

『雑魚かどうかはわかりませんが、海竜が二匹、襲って来ました』

『二匹来たか。それは申し訳なかったな、次からは熱くならない様注意しよう』


申し訳ない、とは言うものの、レンドローブの口ぶりからは焦りのようなものは全く感じられない。というよりも、随分と余裕がある様に感じられる。

気が付くとレーシェルは少々強い口調で言い返していた。


『何だか随分余裕がある様に感じますけど、それならもっと早く助けに来てもらえるとありがたかったのですが』

正直、レンドローブ程の実力があれば、例えあの一番大きな親海竜が相手であっても、さほど時間を要する事なく倒して戻って来る事が出来たはずなのだ。そうすれば、更に別方向から侵入しようとする子海竜なども、排除する事が出来たはずで、レーシェルが二匹もの海竜と戦うような事も無かったかもしれない。

だが、レンドローブはそんなレーシェルの苦情などあっさり躱して流している。


『子海竜の二匹が三匹でも、レーシェルの実力なら楽に仕留める事が出来たであろう。問題ないはずだ』

『雛鳥達を守りながら戦うのは、意外と大変なのですよ。二匹目はヨンフリーさんの援護がなければどうなっていたかわからなかったですし』


すると、レーシェルのこの言葉にレンドローブは反応した。

『おう、そうか。どうもあの小娘、いや、ヨンフリーの姿が見えんと思ったら、もう合流していたのか。コルドの奴の方もようやく終わったようだし、我もそっちに合流する事にしよう。すぐに戻るからもう少し待っていてくれ』


なんだかんだ言いながらも、レンドローブはヨンフリーの事を結構気に掛けているらしい事が伝わってくる。しかし、そのヨンフリーは、実はこの場にいなかったりする。

『ちょ、ちょっと待ってください。ヨンフリーさんはまだこっちに合流なんてしていませんよ。そちらの応援に行ったのではないのですか?』


『馬鹿な事を言うな。我に応援など必要ないわ』

『それなら、どこにいるのでしょう?』

『ヨンフリーはレーシェルを助けたのだろう? ならば、そちらにいると思うのが普通だろうが』

『それはそうなのですけど、恐らく外からの魔法で助けてくれたのだと思います。姿は見ていません』


レンドローブは何か考えているのか、少し間、黙り込んだ。そして、その後ゆっくり言ってくる。

『もうすぐ島に着く。そっちが問題ないのなら、我はまず島の周りを探してみよう』

『お願いします』


レーシェルはレンドローブとの交信を終えると、雛鳥達の方を振り返った。雛鳥達は、重い空気を察したのか、二羽でまとまり心配そうにレーシェルの様子を見守っている。巣穴の中は新たな海竜が侵入してくる気配もないし、とりあえず危険な事はないようだ。

雛鳥達にその場を動かないようにと身振りで示したレーシェルは、再び洞窟に向かって歩き出した。


近づいてみると洞窟は予想以上に大きい事がわかってくる。人の背丈よりも大きな海竜の胴体が通って来たのだから当然と言えば当然だが、以前来た時に調べた時には人一人通るのがやっとだった訳で、とても同じ洞窟とは思えない。

たくさんの瓦礫を乗り越え、レーシェルが洞窟の入り口に立ったちょうどその時、洞窟の向こうから強い風が吹き込んできた。ほぼ時を同じくして、レンドローブの声も聞こえてくる。


『見つけたぞ。洞窟の前に倒れている』

どうやらこの風は、レンドローブが着陸する際に起こした風らしい。意外に強い風が洞窟を抜けて来て、吹き飛ばされそうになってしまう。その風に抗いながら、レーシェルは聞いた。


『倒れている?』

『ああ、だが、死んでいる訳ではなさそうだ。目は開いている様だからな』

『どういう事です?』

レーシェルがそう聞き返したその時、強い風は収まった。ほぼ時を同じくして、洞窟の先が暗くなる。レンドローブが洞窟の先に降り立った為、その巨体が外の光を遮ったのだ。


『心配ない。魔力切れで身動きが出来ない状態の様だがな』

レンドローブの口調は落ち着いている。その様子から見て最悪の状態ではなさそうだ。

が、その言葉の中にはレーシェルにとっては聞き慣れない言葉が混じっていた。


『魔力切れ?』

『ああ、動けなくなるまで魔力を使うバカなど、もう長い事見た事が無かったがな。ましてやウルオスの皇族ともあろうものが、この程度で枯渇など、恥かし…』

レンドローブは話の途中で突然言葉を止めた。わずかに無言の時間が出来る。


『どうかしたのですか?』

『なるほど、そういう事か』

レンドローブはどうやら自ら納得したようだった。しかし、何となくその雰囲気は伝わってくるものの、何を納得したのかはわからない。


『何があったのです?』

『いや、なんでもない。だが、小娘も小娘なりに頑張ったという事の様だ。とりあえず、こ奴をそっちに連れていく。なあに、しばらく休めば復活するはずだ。心配する必要は無い』


レンドローブがそう言った直後、再び強い風が吹き、と同時に洞窟の向こう側が明るくなった。

そのまま少し待っていると、今度は上空が暗くなり、上から吹き下ろす向きに風が吹いて来るようになる。レンドローブが火口の上に到達したのだ。


レーシェルがしばし様子を見守っていると、突然、背中に柔らかなものが当たった。それは小刻みに震えていた。慌てて後ろを振り返ると、アルが背中にしがみついている。そのすぐ横にはクースもいる。ふたりともレンドローブの姿を見て怖くなったらしい。


レンドローブの大きな躰はその翼を広げると、この巣穴全体を覆い尽くすかのように巨大で、しかも強烈なオーラがある。なので、その姿を見慣れていない雛鳥達が恐ろしく思うのも仕方のない事だといえる。それでもクースの方はまだ頑張って上を睨みつけているのだが、アルなどはただ震えているだけだ。


レーシェルはアルの躰を撫でてやりながら、下手をしたら無謀にもレンドローブに飛びかかって行きかねないクースの事も自分の方へと引き寄せて何とか宥め落ち着かせた。


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