島の中の戦い4
少しして、瓦礫の煙が完全に収まったのを確認すると、レーシェルは海竜の姿をもう一度しっかり確認するべく岩棚から下を覗き込んだ。
海竜の腹の一部は円形に潰れ、しかも地面にめり込んでいる。それだけ強い圧力に押されたという事で、さすがの海竜も耐えきれなかったものと思われる。
「クース、もういいでしょう。戻ってきなさい」
レーシェルが声を掛けると、クースはその声に反応し、顔を上げた。が、クースの目の中の狂気はまだ収まっていない。収まるどころか、更に厳しい眼つきで、海竜の亡骸への攻撃を再開させていく。
レーシェルは、見上げた時のクースの視線が、自分から微妙にズレていた事に気が付いた。そちらの方向を見てみると、そこにはアルの姿がある。
レーシェルから少し離れて並んだアルは、クースの事を気に掛けているのか、心配そうに下を覗き込んでいる。今はまだ完全に安心して良い状況でもないので、心配しているのだろう。少々戸惑っている様子も見て取れる。
レーシェルはそんなアルの中に小さな違和感がある事に気が付いた。よく見ると、アルの足元に小さな血だまりが出来ている。どうやらアルはどこかに傷を負ってしまったらしい。
急いでアルの元へと駆け寄ると、レーシェルから見て反対側の首筋に赤い筋が出来ている。
「アル、怪我をしていたのね。いつ…」
思い当たるのは海竜の攻撃からレーシェルを庇ってくれたあの時だ。あの時の光線がアルを掠っていたものと考えられる。
幸いにして傷はさほど深いモノではなさそうだ。削られた表面の羽毛が元通りに戻るのには、少々時間がかかるかもしれないが、傷口はすぐにふさがってくれるに違いない。
「ごめんね。私の所為で…」
レーシェルはアルの身体を優しく引き寄せた。
アルが胸のふかふかの羽毛をレーシェルの腕に優しく撫でつけてくる。心配いらないよ、とでも言っているかのようだ。
下ではクースの暴れる音がまだ続いている。クースが激昂したのは、そのタイミングから考えても、アルのこの怪我を見た事が原因だった可能性が高い。
「アル、飛べる? クースの所まで行きたいんだけど」
侵入してきた海竜については、とりあえず排除する事が出来たと考えて良いのかもしれないが、外で迎え撃っているはずの仲間が誰も戻って来ていない現状では、まだまだ安心できる状況とはいえない。
アルの怪我も心配だが、だからと言ってクースと別々の場所にいたのでは、次に襲撃があった時に対応しきれなくなる恐れがある。一番いいのはクースに戻ってもらう事だが、それが出来そうもない現状では、こちらから行くより仕方がない。
アルは小さな翼を広げ、飛ぶのには支障がない事をアピールしてくる。翼を傷めた訳ではないので、実際、飛ぶ事は出来るのだろう。だが、レーシェルが聞いたのはそういう事ではない。アルは空を飛ぶのではなく、岩棚から飛びおりさえすればいいからだ。
レーシェルはアルの躰を抱きかかえるようにして支えると、その状態のままあると一緒に倒れる様にして岩棚から飛び降りた。そしてすぐさま魔法を発動、かかる重力を軽くして、穴の中をゆっくりゆっくり降りて行く。
始めは驚き羽ばたこうとしていたアルもすぐに慣れて大人しくなった。レーシェルに躰を押し付け、珍しい物でも見る様に周囲をぐるりと見回している。
少しして、レーシェルとアルが穴の底に到達すると、クースはふたりの存在に気づいて、動きを止めた。そしてすぐにアルの元へと駆け寄って来て、アルの首の傷口を舐めはじめる。クースはやはりアルの傷を気に掛けていたのだ。
レーシェルはじゃれ合う雛鳥達を横目に海竜の亡骸の方へと視線を向けた。
近くで見ると海竜の大きさを改めて実感する事が出来る。以前この場で戦った白蛇よりも、一回り以上太い立派な体躯。鋭い歯のびっしり生えた大きな顎は、人どころか雛鳥達をも軽く丸呑みできそうだ。これでまだ子供だというのだから、恐ろしい。
レンドローブが戦っているはずの大人の海竜は遠目で見ても他の海竜の二倍以上の大きさがあった。鱗も硬いのだろうから、ここに来たのがそいつなら、もしかしたらレーシェルの魔法だけでは対応しきれなかったかもしれない。
レーシェルは、じゃれ合う二匹の雛鳥達を後ろに残し、海竜の亡骸の方へとゆっくり近づいて行った。
海竜の躰は深い青色の鱗で覆われている。レンドローブの鱗ほどではないのだろうが、充分硬そうな鱗だ。持ち帰って売れば、もしかしたら高値で引き取ってもらえるのかも知れない。
等と余計な事を考えていたレーシェルの髪を、緩やかな風が撫で、通り過ぎていった。
風上の方向を見てみると、其処には小さな洞窟が開いている。以前から、この巣穴に通じているという三つの洞窟の内の一つの様だ。
よく見ると、周囲には他の二つの洞窟も確認できる。だが、最初に見つけた洞窟は他の二つよりも洞窟の間口が明らかに大きい。雛鳥くらいの大きさのモノでも入って行けそうな感じだ。その比較的大きな洞窟を通って、外の風が中に吹き込んできたものと思われる。
しかし、以前ここに来た時の事を思い出してみても、そんなに大きな洞窟がこの場所に開いていたという覚えはなかった。他の二つの洞窟と比べ、洞窟の中にたくさんの瓦礫が落ちているのが見て取れるので、もしかしたら先程の衝撃で、洞窟の天井が崩れ、洞窟が大きくなったのかもしれない。
と、そう思ったその時、その洞窟から流れてくる風が突然強くなり始めた。更に、洞窟の奥から何かをこすり合わせた様な音がし始め、しかもその音が次第に大きくなってくる。明らかに普通ではない雰囲気だ。
「アル、クース、そこを動かないで」
レーシェルは二羽の雛にそう命じると、急いで雛たちの所まで戻り、すぐに魔法を発動させた。
魔法は重力を極端に弱める方向に作用させている。その為、徐々に強くなってきた洞窟からの強い風に乗れば、穴の中を上昇出来るという算段だ。
その目論みは成功し、レーシェルの身体はアルとクースと共に風に乗って上昇し始めた。が、それで安心する間もなく、何か硬い物が擦れあう様な激しい音と共に、洞窟の入り口から巣穴の中にたくさんの瓦礫が押し出される様にして入り込んでくる。なかなかの勢いで瓦礫が入り込んで来た所為で、巣穴の中の気流が大きく乱される。
魔法を微調整する事で、何とかそれを耐えきったレーシェルは、その直後、眼下に海竜の姿を確認した。先程倒した一体ではない。それとは別の一体だ。
その海竜は、瓦礫を吐きだした後の洞窟から大きな頭をのぞかせている。いくら崩れて大きくなったとはいえ、洞窟はあの海竜の大きさではとても通り抜けられそうもない大きさの様に思えるのだが、この海竜は、どうやら落ちている瓦礫を強引に押しのける事で通り抜けて来たらしい。その証拠に、躰には何か堅いものに擦れたような痛々しい痕がたくさん残っている。
海竜は、目の前で息絶えている同族の亡骸を見て、明らかに目の色を変えた。そしてその目つきを維持したままその首をゆっくりと上へと向けた。




