島の中の戦い3
海竜は先程見た時よりもずいぶんと下まで降りて来ていた。以前見た白蛇と似た様な外見をしているが、大きさが比べ物にならない。その巨体が、短い足を器用に使い、壁面を這う様に伝って、なかなかのスピードで降りながら、大きな口を開け、次の攻撃を準備している。
「落ちなさい!」
レーシェルは海竜に照準を合わせると、すぐに魔法を発動させた。
魔法は海竜に命中し、と同時に海竜の躰が火口の壁面から引き剥がされる。瞬間、自分の身に何が起こったのかわからず、戸惑う様子を見せた海竜だったが、重力に負けて落ちて行く最中でも諦めてはいなかった。すぐに意識を戻して大きな口をレーシェルの方に向け、次の攻撃の準備に入っている。何はともあれ、目の前の障害は排除しようという考えの様だ。
だが、そんな海竜の動きよりも早くレーシェルが海竜の躰に更に強く荷重をかける。
ガンッ
海竜の躰が一段と大きく加速する。
が、急激に落下の速度を速めながらも、海竜は意識を保持していた。開いた口の奥で、青白い光が瞬き始め、と思った側からすぐにその光が放たれる。
しかし、その狙いは大きく外れ、光はレーシェルからは大きく離れた壁面に突き刺さった。抉られた壁面が、派手な音を伴いながら瓦礫になって落ちて行く。
直後、海竜の躰がレーシェルの正面少し上の岩棚に激突する。が、落下はそこでは止まらない。その岩棚を叩き割り、レーシェルの目の前をも通り過ぎていく。そして更に下の岩棚をも幾つか破壊して、火口の穴の底の部分に落下、激突した。
瓦礫の煙がもうもうと立ち上ってくる。
その煙はレーシェルや雛鳥達のいる岩棚にまで伸びて来て、更に上までをも包み込んだ。必然的にレーシェルの視界がゼロになる。
「アル、クース。落ちたら危ないですから、動かないでください。視界はすぐに戻るはずですから、慌てないで」
雛鳥達は、この様な視界の無い状態には慣れていないので、下手に動いて落ちたりしたら面倒な事になりかねない。先の攻撃では、海竜に止めを刺すには至らなかったようなので、格好の餌食になってしまう。
「なかなかしぶとい相手のようですね」
先程の攻撃で、レーシェルは手心を加えたつもりはなかった。少々巣の中を荒らしてでも、一気にケリを付ける方が得策だと考えたからだ。
しかし、海竜は落下の途中で岩棚に激突した衝撃を利用して、うまい事レーシェルの魔法の範囲から抜け出している。咄嗟の機転が利くしぶとい相手だという事だ。
それでもそれなりの手ごたえはあった。その手ごたえからして、まともに魔法を喰らわす事さえ出来れば、少なくともその場に縫い付けておく事くらいの事は確実に出来そうだ。
しかし、その為には海竜のいる場所を正確に把握しなければならない。
海竜の居場所を把握するには、煙の晴れるのを待つのが定石なのだろうが、レーシェルはそれを待たずにあてずっぽうで攻撃を開始した。そうする事により、瓦礫の山は更に大きくなってしまうかもしれないが、侵入者の気配も感じ取りやすくなるだろうと読んだのだ。
「ごめんね、みんな、巣の中を荒らしてしまって」
穴の底はあっという間に瓦礫の山と化していった。この後も巣として使う事を考えると、かなり大規模な掃除が必要になるにちがいない。
だが、それでも今はこうするよりしかたがない。万が一にも雛鳥が殺られないようにする為には、このくらいの犠牲はやむを得ないと考えたい。
レーシェルはそれでも無闇に岩棚を崩してしまわない様、一応はある程度の配慮はしながら、微かに感じる気配を頼りに更に数発魔法を発動させた。
その中には何回か手ごたえのあるものもあったとは思うのだが、仕留めるには至っていない。魔法の範囲に身体の一部が入る事はある様なのだが、無事な他の部分を使ってすり抜けてしまっているようなのだ。
時折、何か堅いモノ同士をこすり合わせた様な嫌な音がするのはその時の音だと思われる。
しばらくすると、レーシェルの魔法の副作用もあってか、瓦礫の煙は意外に早く収まって来た。レーシェルの魔法の範囲内にある瓦礫が強い重力に押さえられ沈んで行っているのだ。
瓦礫の煙はレーシェルのいる岩棚をも下回り、少しして岩棚の上の視界は意外に早く回復した。
壁際に避難した雛鳥達の無事も確認できる。ふたりとも大人しくしていてくれたようだ。
下を見ると、煙はまだ穴全体を覆っているものの、煙はもう底までの半分くらいの高さにまで収まっている。沢山あった岩棚は三分の一くらいにまで数を減らしている様だが、見える範囲に海竜の姿は見当たらない。という事は、海竜はまだ煙の中にいるものと推測される。
よく見ると、瓦礫の煙には動きがある事がわかる。その煙の動きで海竜の大まかな位置くらいは推測する事が出来そうだ。
その位置に狙いを付け、レーシェルが更に魔法を発動…しようとしたその時、煙の中から青白い光が射出された。しかも、その光は、真っ直ぐレーシェルを狙って放たれている。
どう狙いを付けたのかはわからないが、あてずっぽうのものではないようだ。
しかし、その光がレーシェルに届く直前に、レーシェルの身体が少し傾ぎ、その所為で光の槍はレーシェルの顔のすぐ脇を、さらに上へと抜けて行った。後ろを見ると、すぐそこにアルの顔がある。アルがまた嘴でレーシェルの身体を引っ張り、助けてくれたのだ。
アルにはお礼を言いたい所だが、それは一旦後回しにして、レーシェルはすぐに次の魔法を発動させた。急いだのは、光の出所を見失わない為だ。
それが功を奏したのかどうかはわからないが、この攻撃には今までで一番の手ごたえがあった。煙が薄くなっていた事もあり、レーシェルの掛けた魔法の周囲の煙が消え、その部分の穴の底が見えてくる。
円形に切り抜かれたレーシェルの攻撃の範囲内に、見えてきたのは海竜の胴だ。海竜は胴の一部を穴の底に縫い付けられ、動けなくなっている。
実は、レーシェルとしては、頭を狙って撃ったつもりだったのだが、海竜は光の槍を放つと同時に移動していたという事らしい。いや、もしかしたら移動しながら撃っていたのかもしれない。
海竜は魔法の範囲を外れて見えない前後の部分をうねらせ、何とか重力から逃れるべく足掻いている。だが、今回の魔法はバッチリ胴を掴む事が出来ているので、抜け出る事は出来ていない。
しかも、レーシェルの重力魔法はまだまだ荷重を強める事が出来る。もう少し強めれば、海竜の胴がいくら硬い鱗で覆われていると言っても、さすがに潰れてしまうに違いない。
「終わりです」
魔法の威力を高めるべくレーシェルが力を込めようとしたその時、レーシェルは視界の端に何か急降下して行くモノがある事に気が付いた。その動きを目で追うと、それがクースである事がわかる。
「クース、ダメ。戻って」
クースは海竜の頭があるであろう、その部分に向かって一直線に急降下して行っている。
その場所は今ならわかる。まだ火口の底にある煙の中に、青白い光が再び瞬き始めていたからだ。そこに海竜の頭がある事は間違いない。
この光の狙いはレーシェルだ。
先程の攻撃が外れた事で、再び狙って来たのだろう。
レーシェルは横に移動する事で、光の射線の先から移動した。
対して海竜は胴の一部を押さえられたままの状態なので、そう大きく動く事は出来ない。その為、レーシェルの動きに追従するのが少し遅れた。
これは第三者が攻撃するのには絶好のタイミングだ。雛鳥のクースに海竜にダメージを与えるだけの攻撃が出来るのかどうかは疑問だが、クースが攻撃するのにはちょうどいいタイミングともいえる。
しかし、クースはバカ正直に正面から突っ込んでいる。それに気づいた海竜が目標をレーシェルからクースの方へと強引に移した。
それを見たレーシェルが、身を乗り出して海竜の位置を確認し、魔法の出力を一気に上げる。
今までよりも数段強い重力が海竜の胴の一部にかかり、次の瞬間、ガクンという音と共にその部分が完全に潰れ、それと同時に青白い光はその勢いを失い、徐々に小さくなって消えていく。
さすがの海竜もどうやら力尽きてくれた様だ。
だが、クースはその事に気が付いていない様だった。勢いよく瓦礫の煙の中へと突入した後も、激しく海竜の亡骸を攻撃している…ものと思われる。そこはまだ煙の中なので良くはわからないのだが。
なので、そのまましばらく様子を見ていると、少しして、海竜の亡骸と、その側で胸を張るクースの姿が見えてくるようになる。
レーシェルはクースの無事な姿を確認し、ホッと胸をなでおろしたのだった。




